(くそっ。こんな事なら視覚阻害と人払いの結界を張っておくべきだったな……)
覆面女、そして仮面の女が共にいなくなった為、追跡を断念するしかなかった。
こうも立て続けに乱入者の登場で邪魔されてしまったから、此方へ来させない為の事前措置を施さなかったのは迂闊であった。すぐに決着が付くだろうと思っていた己の慢心が、このような結果になってしまうとは……。
次から気を付けないといけないなと内心猛省してる中、司波はヘルメットを脱いでバイクを降りて、エリカと幹比古の安否を確認していた。
幹比古は至って無事だが、問題はエリカだった。仮面の女との戦闘によって、服がボロボロだったのだ。
素肌は見えてる訳ではないが、服が所々裂けていて、身体のラインが見え隠れしていた。それが恥ずかしいのか、エリカは羽織るものを貸してくれと言って、それを幹比古がハーフコートを投げ渡す事となった。
「それで隆誠くん、どういう事か説明してくれるわよね?」
安否確認を終え、幹比古のコートを羽織ったエリカが此方へ近付きながら訊ねてきた。当然、司波と幹比古も同様に視線を向けている。
「寧ろコッチが聞きたい位だよ」
エリカと幹比古は既に渋谷を歩き回ってるのは知っていたが、司波は完全に想定外だった。コイツが現れた時に何で此処にと疑問を抱いた程だ。
俺が渋谷へ来た際、間違いなく司波はいなかった。となれば誰かが此処へ来るよう連絡した事になる。エリカと幹比古のどちらかが。
恐らく幹比古だろう。(死んではいないけど)
「俺が此処にいるのはエリカ達と似たようなモノだ。レオを襲った吸血鬼とやらを成敗しにいこうって」
「ふ~ん」
一応理由を教えるも、いかにも信じられないような声を出していた。別に嘘は吐いていないのに。
「アタシ達は数日前から渋谷を見張ってたのに、隆誠くんがああもピンポイントで遭遇するなんて凄い偶然ね」
「そんな事を言われても……ああ、成程。エリカと幹比古がこのところ学校で眠そうにしてたのは、そう言う事だったんだな」
「「!」」
俺が学校で不審な行動を指摘したら、エリカと幹比古が途端に「不味い」みたいな表情となった。
多分こう考えている筈だ。生徒会副会長の俺は司波妹と違い、自分達の事を生徒会、もしくは普段から親しい前生徒会長の真由美に報告するかもしれないと。加えて真由美は十師族だから、吸血鬼を捜査中である為、もし彼女の耳に入ったら確実に面倒になる事も含めて。
「りゅ、隆誠くん、まさかとは思うけど、あたし達の事を学校に言ったりは……」
「それはない。と言うか、俺も独断で動いてるからな」
報告する気は無いと断言した事で二人は安堵した表情になる。
「だから此処はいっそのこと情報交換しないか? お互いの為に」
既にエリカ達から情報は得ているのだが、それを俺が口にすれば疑問を抱かれてしまう為、敢えて向こうから教えてもらうよう仕向ける事にした。
対して俺が教える内容は、吸血鬼が実は複数いて、その内の一人が先程交戦した仮面の女に殺されてしまった事を教えるつもりだ。そして仮面の女にも仲間と思われる女性二人の事も。
吸血鬼に仲間がいる他、第三勢力と思われる仮面の女達も吸血鬼を狙っている。エリカ達から頂いた情報を考えれば、充分見合うだろう。
「口止め料として此方の情報を得ようとするとは、随分強かなやり方じゃないか」
「司波にだけは言われたくない」
一切会話に加わらず、俺が持っている情報を得ようとしてる司波も充分に強かな奴だ。
俺の返しに司波は相も変わらず素知らぬ表情だった。本当に良い性格してる。
「まぁ、情報交換は明日にしよう。段々人が集まって来てる」
覆面女との戦闘で、俺や幹比古が雷の魔法を使った為、その光と音は確実に一般人達に行き届いている。加えて、魔法師と思われる複数のオーラも此方へ駆け付けているのも確認済みだ。
それに気付いたエリカ達も、仕方ないと言った感じで各々退散する事となった。因みにエリカは司波からの誘いで嬉しそうにバイクに乗り、俺と幹比古は徒歩だ。
「ねぇリューセー、僕はエリカと達也に文句を言いたいんだけど」
確かに幹比古としては、コートを取られた上に置き去りにされたから、文句の一つも言いたいだろう。
「じゃあ俺が明日、司波さんにチクっておくよ。『エリカが嬉しそうに司波の腰にしがみ付いて、夜中のバイクドライブをイチャイチャしながら楽しんでいた』って。ついでにさっき撮ったコレも見せて、な」
「リューセー、止めよう。それは絶対に止めるんだ。そんな物を見せたらとんでもない事になっちゃうよ!」
司波とエリカがバイクで去る前、携帯端末で撮った写真を撮らせてもらった。嬉しそうな表情をしてるエリカが、タンデムシートに乗って司波の腰にしがみ付いてるシーンが映っている。
俺が決定的な証拠となった写真を見せた事に、顔を青褪めてる幹比古は友人二人の命が危ういと思ったのか、あくどい笑みを浮かべてる俺を必死に止めようとしていた。
☆
「おかえりなさいなの、ご主人様」
「主、如何でした?」
幹比古と別れ、転移術を使って自宅から一気に自室へ戻った。俺が出掛けてる事は家族が知らない為に。
知っているのは
「詳しい事は後で話す。悪いけどお前達は一旦姿を消してくれ」
真剣な表情で透明になるよう命じた瞬間、
それを確認した俺は来ていたコートをクローゼットに仕舞い、携帯端末を取り出して電話を掛けた。
着信音が数回鳴るも、相手側は一切不審が無いように出てくれたので、すぐに
「こんな夜分遅く、申し訳ございません」
『構わないよ。以前私も夜分遅くに電話をしたからね』
画面には去年と全く変わらず、総白髪を綺麗に撫でつけ、スリーピース・スーツを隙無く着こなしている老人――九島烈が映っていた。
電話越しとは言え、今年初めて会ったので、先ずは一通りの挨拶などを交わす事にした。九島もそれに合わせてくれている。
『それで、兵藤君が私に電話をしてきたのは、余程重大な案件と思えば良いのかな?』
「まぁ、そうですね」
挨拶を終えた九島は早速本題に入ろうとした。
俺みたいな若造がこんな夜中に電話するのは非常識極まりないと誰もが憤るだろう。だが、当の本人は全く気にしてないどころか、まるで大変興味深いように耳を傾けている。
「突然ですが九島閣下、現在東京で発生してる『吸血鬼事件』についてはご存知ですか?」
『ああ、勿論だとも』
「それは十師族の七草家と十文字家が動いている事も含めて、ですか?」
『一応はな。尤も、七草家によって情報が規制されているから、流石に詳細までは不明だが』
俺に嘘を言ってるかどうかは分からないが、恐らく本当に知らないと思われる。この老人は俺に対して嘘を言ったりしないから。
けれど、九島がその気になれば詳細を調べるなんて簡単な筈だ。にも拘らず、それをしてないって事は……今回起きてる事件が九島家の担当方面じゃない、もしくは事件そのものに大して興味が無い。まぁどちらにしても、俺が先程まで起きていた事を話せば興味を抱く事になるだろう。
『君がそれに触れてくると言う事は、その事件について何か掴んだのかね?』
「ええ、まぁ。閣下。先に言っておきますけど、俺がこれから話すのは主に何の確証も無い情報ばかりです。それを前提に聞いて頂けると助かります」
『分かった』
確定でない事を念頭に置いて欲しいよう言うと、九島は頷いて言葉の続きを待つよう静かになった。
「では、お話します。先ず吸血鬼ですが――」
そう言って俺は九島に話し始める。
幹比古から得た情報を元に吸血鬼の正体が人間に寄生する『パラサイト』であり、被害者の中に七草の関係者が含まれていること。
渋谷で『パラサイト』と交戦するも、謎の第三勢力と思わしき女性魔法師達とも交戦したこと。
その女性魔法師達の言動からして他国の軍人である可能性が高いこと。
九島は考える仕草を見せるも、俺が話してる途中に一切質問する事無く終始聞きに徹していた。
「――とまあ、俺が得た情報はこんなところです」
『……いやはや、聞けば聞くほど初耳な情報ばかりではないか。よくそこまで集めたものだ』
十師族でも百家でもない俺が、一連の情報を集めた事に九島は心底驚くような表情となっていた。
一通り聞き終えた後、九島は熟考しながらも口を開く。
『取り敢えず話は分かった。だが内容が内容である為、一旦整理するとしよう』
全く初耳の情報であるからか、一つずつ片付けたいと言ってくる九島に、俺もそれに同意する。
『先ず吸血鬼の正体が「パラサイト」であるのは正しいだろう。君の友人が襲われた際に精気を奪われたとなれば、それは間違いなく「パラサイト」の仕業だと断定出来る。尤も、どう言う理由で出現したかまでは流石に分からぬが』
どうやら九島は吸血鬼、正確にはパラサイトについて詳しいようだ。
幹比古から情報を得ても未だに謎の存在だったが、老師と呼ばれてる九島が語れば間違いなく『パラサイト』は存在するのだと確定する瞬間でもあった。
『次に交戦した謎の第三勢力とやらだが、君が他国の軍人であると思った根拠は何かね?』
「彼女達が日本製じゃないサイレンサー付きの拳銃を使っていた他、『キャスト・ジャマー』とか言うCADから不快なノイズを俺に浴びせて来たんですよ」
『「キャスト・ジャマー」だと?』
女性が言っていた単語を教えた途端、九島はすぐに食い付いた。
『本当に向こうがそう言ったのかね?』
「ええ、間違いありません。アレを浴びせられた途端、俺のCADが突然使用不能状態になりまして」
お飾りと言っても、俺は(一応)魔法師なのでCADは携行している。待機状態にさせていたのだが、女性が持っているCADから発せられたノイズにより、いつでも発動出来る筈が使えない状態に陥っていた。
「てっきり『キャスト・ジャミング』の聞き間違いかと思ったんですが」
『いや、聞き間違いではない。「キャスト・ジャマー」は確かにある。性能に関しては『キャスト・ジャミング』の劣化版と言えよう』
劣化版、ねぇ。まぁ俺にとっては通用しない単なる耳障りな雑音に過ぎないから、どちらにしても無意味な物だが。
『そしてそれはUSNA軍が独自に開発した、アンティナイトを必要としない画期的な秘密兵器の一つだ』
「そうですか……」
九島からUSNA軍と聞いた瞬間、俺は納得の表情をした。
女性二人や仮面の女とは別に、俺と交戦した覆面男が俺の事を『シューティング・スター』と呼んでいた。それはつまり、ヤツは海外――アメリカからやって来た人間と言う事になる。そしてソイツを捕縛・もしくは抹殺する為にUSNA軍が動いていた。そう考えれば辻褄が合う。
『君が呂剛虎を倒せる実力者とは言え、「キャスト・ジャマー」を使ったUSNA軍を相手によく勝てたものだ』
「向こうがCADを使えないと油断してたところ、遠当てを使って倒しましたから」
『成程、その手があったか』
俺が魔法以外の手段を持ってる事を知ってる九島はすぐに納得した。一応彼もソレを受けた事がある一人なので。
「それはそうと、パラサイトが道理で俺の事を知っている訳だ……」
『どう言う事かね?』
俺の呟きを聞いた九島は不可解な表情となって訊いてきた。
悪霊同然のパラサイトが俺の事を知っている事も初耳であるから、疑問を抱くのは当然だ。
「実は――」
そう言って俺は再び話し始める。
一高の留学生としてアメリカからやって来た九島の弟の孫娘――アンジェリーナ・クドウ・シールズのこと。
彼女から俺が九校戦で大活躍した事で、アメリカでは自分の事を『シューティング・スター』と言う渾名で呼ばれてること。
そしてパラサイトの一人と交戦した時に、俺とは初対面である筈なのに渾名で呼んだこと。
「――と言う訳です」
『ハッハッハッハ。弟の孫娘は中々ユニークなところがあるようだ。それとは別に、九校戦で活躍した君が、アメリカからそのような渾名で注目されていたとは……ククク……!』
不名誉な渾名について教えた後、九島が何度も笑いそうになっていた。今も噴き出しそうになっていたのでチョッとばかり殺気を込めて睨むも、全然止めそうになかった。それどころか更に愉快そうな笑みを浮かべるばかりである。
だがそれはもうすぐに収まり、途端に真面目な表情となる。
『であれば、今回起きたパラサイト発祥の地がアメリカであるならば、それをUSNA軍が処理するのは当然であろうな』
「因みに日本政府や国防軍は、USNA軍が日本に来てる事を知っているのですか?」
『そのような情報は今のところ無いが、粗方の予想はしていた。突然向こうが交換留学を持ち掛けてきた時点でな』
どうやら確証は無くとも、アメリカに対してそれなりの疑念を抱いていたようだ。
いくら日本が各国から甘い国だと言われても、相手の行為を素直に受け止めて信じる事はしない。外交を行う際、必ずと言っていいほど裏表があるのだから。
『だが今回のおかげで、疑惑から確信に至る事が出来た。ありがとう、兵藤君。これ程の貴重な情報を私に教えてくれて』
「どう致しまして」
俺にとっては如何でも良いモノなのだが、九島からすれば貴重な情報のようだ。
本当は情報を教える為じゃなく、仮面の女達の正体がUSNA軍であるかを確認する為に相談したかっただけなんだが……まぁ良いや。感謝されたのは素直に受け取っておくとしよう。
「では俺からも、閣下に教えて頂きたい事があるのですが」
『言ってみたまえ』
「現在一高の留学生として来てるアンジェリーナですけど、彼女がUSNA軍に所属していたりします?」
『………………』
俺の質問に、先程まで饒舌だった九島が突然無言となった。
まぁ、そこは既に予想済だ。いくら俺に感謝してるとは言っても、流石に身内についてアッサリ教えてくれるとは思ってない。
此処でノラリクラリと躱すように誤魔化すのであれば、独自に調べれば良いだけだ。
俺が内心そう考えてると、無言であった九島が口を開こうとする。
『どうであろうな。だがもしも、彼女が弟の優秀な魔法の才能を受け継いでいるのであれば、USNA軍は必ずスカウトしている筈だ』
「そうですか……」
いつもと違って九島が俺に対し、らしくない言い回しをしていた。
リーナは一科生として留学しており、魔法の成績は司波妹と並ぶほど優秀である。実戦は別だとしても、そんな人材をUSNA軍は……絶対見逃したりしない筈だ。
明確な返答は貰っていないが、取り敢えず彼女がUSNA軍に所属してる事を前提で調べてみるとしよう。
「俺からの話は以上です。また何かありましたら連絡しても良いですか?」
『ああ、是非ともそうしてくれ』
そして一通りの話を終えたので、俺は九島に断りを入れてから電話を切るのであった。