クロス・フィールド部は十文字が所属していたクラブだった。その第二部室が部活連の非公式な会合に使われている事は一高内で暗黙の了解事項である上に、クラブ引退後も十文字がこの部屋を私的に使用しているのは公然の秘密だというのを生徒会で知った。その中に入った先には、真由美だけでなく十文字もいた。
「忙しいのに来てくれてありがとう、リューセーくん」
「そこに座ってくれ」
俺が入室した事に労いの言葉を掛ける真由美に、会議用と思われるテーブル(の前にある椅子)に腰掛けるよう十文字が促した。
言われた通りに座ると、まず最初に彼女から話しかけようとする。
「此処へ呼んだ理由はもう分かってるわね?」
「真由美さん、本題に入って構いませんから。遠回しな会話は苦手なんでしょう?」
「…………」
さっきまで話していた司波と似たようなやり取りをするんじゃないかと思った俺は、腹の探り合いは必要無いように言い返す。
俺の台詞に真由美は出鼻を挫かれてしまったのか、虚を突かれたように無言となっていた。
数秒後、顔を赤らめながらもゴホンッと咳払いをして、改めて質問してきた。
「リューセーくん、さっき達也くんから聞かせてもらったわ。昨日の晩に外出して、吸血鬼の他に正体不明の魔法師と交戦していたみたいね」
やはり司波は昨夜の事を白状していたようだ。真由美からの詰問に答えざるを得なかったか、もしくは……俺を利用する為に態とバラしたか、だ。
アイツは目的を達成するのに俺を利用出来ると分かれば、お得意の口八丁で上手く誘導させると言う狡賢い性格をしている。司波妹が聞いたら憤慨すること間違いないが。
それに加え、敢えて本当の事を話した方が吉だろうと判断したかもしれない。下手に隠し事をするより、妥協する姿勢を見せれば追及されないと。
司波の思惑は別に、俺としてもこれ以上の独断行動を行うのには無理だと感じていた。エリカと幹比古の目から逃れるのは簡単だが、二家の十師族が本格的に動いてる以上、必ずどこかで俺の動きを察知するだろうと思っていたから。
他にもある。吸血鬼以外に交戦した仮面の女がUSNA軍である為、状況によって外交問題に発展すれば、何かしらの協力者が必要だ。九島は表立っての協力が出来ないから、七草家と十文字家を協力者にするしかない。
「ええ。仰る通り、俺も独自に動いていました」
「理由を聞かせてもらおうか」
素直に白状した直後、十文字が有無を言わせないような
十師族が動いている中、第三者である俺が勝手に動き回っていると、彼等としては不都合であり迷惑なのだろう。万が一、一般人の俺が吸血鬼を討伐すれば、十師族側の面子が丸潰れになってしまうから。
「動機は友人のレオを襲った吸血鬼への報復の他、本当に犯人が吸血鬼なのかを個人的に調査をしようと動いていました」
「……
真由美がチョッとばかり裏切られたみたいに言ってきた。
勝手に動き回ってる司波達はまだしも、どうやら俺まで動いていたのが彼女にとっては予想外だったようだ。
「申し訳ありませんでした。……と言って、お二方が俺に厳重注意して話はこれで終わり、じゃないですよね?」
「理解が早くて助かるわ」
まだ続きがあるように問うと、真由美は頷いた。
「リューセーくん、私たちに協力してくれない?」
遠回しな会話をしなくて良いとは言ったが、まさかこんなストレートな頼み方をしてくるとは思わなかった。
「それは願ってもありませんが……良いんですか? 十師族でも百家でもない一般の俺なんかに協力要請したら色々不味いんじゃ……」
七草家と十文字家が協力して捜査しているのに、そこを二家との関わりも無い俺に協力してしまえば面子に関わる事になってしまう。
すると、真由美が途端に呆れたような表情になった。
「あのねぇ、リューセーくん。去年の九校戦や横浜事変の件で、今の君は日本だけじゃなく、各国からも注目されているのよ。もうとっくに一般のカテゴリーから外れているわ」
「………そうでしたね」
真由美の言う通り、確かに俺は色々と派手に活躍していた。
リーナや北山から聞いた話では、アメリカでは九校戦で見せた魔法や剣技で注目してるだけでなく、『シューティング・スター』と言う渾名まで付けられていた。恐らくアメリカ以外の国でも似たような反応をしてるだろう。
これは各国に知れ渡っているかは不明だが、横浜事変では大亜連合の呂剛虎を一人で倒した実績もある。日本にいる十師族や軍は確実に知っているだろう。
「因みに七草家と十文字家の両当主殿は、俺をどんな風に評価してるんですか?」
「私の父が何を考えてるかは分からないけど、リューセーくんを注目しているのは確かよ」
「以前にも言ったように、兵藤を十師族に迎え入れるべきだと考えている」
一応どちらも嘘は言っていないようだ。
真由美の方はともかく、現在当主の代理をやっている十文字は相変わらずだった。今も俺を真由美の結婚相手になるべきと考えているのだろう。
「取り敢えず俺に対する評価が高い事は分かりました。となると、注目している俺を加えるメリットがあるから、そちらの面子が例えマイナスになってもお釣りが来る、と考えているんですね」
「そう言う事だ。呂剛虎を倒せる実力を持っている兵藤がいれば、此方としても色々と心強い」
俺の考えに頷くように、十文字は理由を付け足しながら答えてくれた。
だったら初めから俺に協力要請をすれば良かったんじゃないかと思うも、十師族の立場上すぐに出来なかったのだろう。
どうしようかと考えている際、司波の報告で俺が動いてる事を知り、こうして俺を味方に引き入れる口実にしたかったかもしれない。
まぁ俺としても好都合な展開である為、ここで断る理由は無い。
「分かりました。お二人の信頼に応えるよう、微力ながら俺も協力します」
「ありがとう」
「感謝する」
俺が協力する姿勢を示すと、真由美と十文字は礼を述べた。
「ところで、司波も俺と同じく協力関係になったんですか?」
「ええ。快く了承してくれたわ。………性格悪過ぎだったけど」
「「…………」」
最後の一言が何やら負の感情が籠ったように聞こえたが、そこは気にしないでおくとしよう。俺だけでなく、十文字も敢えて何も聞かなかったかのように無言を貫く事にした。
因みに肝心の司波は現在、非常に冷え切ってる生徒会室で、妹を含めた女子二人によって尋問されている。今頃どうやって切り抜けようとしているのやら。
一先ず真由美の悪感情を取り払おうと、俺は一度咳払いをしながら、話を切り替える事にした。
「えっと、では早速厚かましいお願いをするようで悪いんですが、情報交換をしませんか?」
協力関係になる以上、情報共有は必須だ。ここで隠すような真似をすれば後々面倒な事が起きてしまう。
真由美も思考を切り替えたようで、俺からのお願いに応えてくれた。
「協力してくれる以上、私たちが掴んでいる情報を教えるわ。ただし、分かってると思うけど他言無用よ」
「勿論です」
「もうついでに言っておくが兵藤、この件はなるべく此方で片付けたい。だからお前と縁のある九島閣下や一条家にも決して口外しないよう頼む」
「……了解しました」
他言無用と了承するも、十文字が九島と一条家にも言わないよう釘を刺されてしまった事に、俺は内心舌打ちをした。一条家は最初から論外だが、九島に言ってはいけないのがネックだった。仮面の女達がUSNA軍だと分かったから、相談役の彼がいないのはチョッとばかり痛手だ。
……まぁ、協力すると決めた以上従うしかない。九島には悪いが、事件が片付くまで連絡しないでおくか。それでも手詰まり状態となった場合は、十文字達には申し訳ないと思いつつも、非常手段として頼らせてもらう。
真由美達がもたらした情報だが、殆ど此方が調べたものと同様のモノだった。
異なる点があると言えば、被害の規模だ。ニュースで報じた犠牲者の数が三倍とあった事だ。恐らく七草家がある程度規制したのだろう。
他は全く同じだった。吸血鬼が複数存在する可能性あり、そして第三勢力の存在を確認していると。
「それじゃあ、リューセーくんが掴んだ情報を教えてくれるかしら?」
「分かりました」
先ず俺は幹比古が得た情報を公開しようと、吸血鬼の正体がパラサイトである事を話す。だが二人は古式に関する妖魔の類に詳しくなかったみたいで、細かく説明しなければならなかった。
「成程な。吸血鬼、いやパラサイトが魔法師を襲っていたのは、精気と言う
「私達はそう言う方面に詳しくないけど、古式魔法師の吉田君がそう言うなら、間違いは無さそうね。でもまさか、噂の吸血鬼が本当に人外の存在だったなんて……」
犯人が人外であったと判明した事に、十文字と真由美は完全に予想外だったみたいだ。俺も幹比古の情報がなければ、吸血鬼の正体が分からず仕舞いだったから、二人がそうなるのは無理もなかった。
しかし、これはまだ一つ目の情報に過ぎない。この後も二人は確実に驚くだろう。
「そのパラサイトなんですが、俺の事を知っているみたいです」
「どういうこと?」
「俺に向かって『シューティング・スター』と呼んだんですよ」
二人は知っている筈だ。特に真由美が凄く面白がっていたのを今でも憶えている。
以前生徒会へ遊びに来た時、『リューセーくんってアメリカでは凄い渾名を付けられるほど有名なのね』と笑いながら俺をからかっていた。これには少しばかりムッとした俺は、偶々作ったベイクドチーズケーキの一切れを真由美にあげる予定だったが、自分で食べる事にした。俺の作るスイーツが大好きな彼女は頭を下げて謝っていたから、一応許すことにして後日あげたが。
それはそうと、パラサイトが俺を渾名で呼んだと知った瞬間、真由美達はすぐに気付いた。
「チョッと待って。それじゃあパラサイトが発生したのは日本じゃなくて……」
「そうなると、俺達が調べた第三勢力はまさか……」
「ええ。お察しの通り、どちらもアメリカからやって来た存在です。しかもその第三勢力と思われる俺が交戦した魔法師は、どうやらUSNA軍みたいですよ」
「「!」」
今度はさっきと違い、驚愕の表情となる真由美と十文字。
この反応からして、二人は犯人や別の勢力が外国人である事を推測しても、USNA軍が動いている事は考えていなかったようだ。
「リューセーくん、その第三勢力がUSNA軍である確固たる証拠は勿論あるのよね?」
「当てずっぽうでないなら、是非とも証明してくれ」
二人が疑いたくなるのは充分に分かる。吸血鬼事件の捜査を妨害してるのが他国の軍であるなら、確実に外交問題へと発展するだろう。もしも何の証拠も無いまま疑ってしまえば、USNAと日本の同盟関係に大きな亀裂を与えてしまう事になる。それが例え表面上の同盟であったとしても。
「良いですけど、出来ればコレは他言無用でお願いします。特に司波の耳に入れば、絶対
司波に伏せるよう釘を刺したのは、アイツが軍に所属しているからだ。横浜事変の時に
これは真由美と十文字は知らないが、国防軍の特殊部隊である『独立魔装大隊』は、俺と九島の関係を疑ってる。だからそれを知られたら不味いのだ。
他言無用と押した事に二人が了承したので、俺は話そうとする。
「さっき警告した十文字先輩には申し訳ないんですが、実は昨夜の交戦後、九島閣下に相談しようと電話しました」
「っ!」
「く、九島閣下に電話!?」
相談相手が九島である事を知った瞬間、十文字は勿論驚愕し、真由美はそれを通り越して思わず叫んでいた。
「チョッと真由美さん、声がデカいです」
「あ、ご、ごめんなさい……」
指摘する俺に真由美は自分が迂闊な事をしてしまったと、反省の意を示した。
因みにこの部室の出入り口周辺に人の気配は一切無かったからセーフだ。
「まさか、既に九島閣下に話していたとは……。念の為に訊くが兵藤、お前は本当に十師族じゃないんだな?」
「だから本当ですってば」
まぁ、十文字がそう疑うのは無理もなかった。あんな夜中に身内じゃない俺が九島に電話するなんて、普通に考えれば非常識極まりない。だが九島も九島で、以前俺に突然電話してるから、ある意味お相子みたいなものだ。
取り敢えず九島に相談した内容を教える事にした。USNA軍と思われる軍人たちが、向こうでしか使えない秘密兵器のCADを使っていた事も全て話した。
最初は厄介な人物に知られてしまったと苦い表情をしていた真由美と十文字であったが、今も軍に関与してる彼の見解であれば、間違いなくUSNA軍であると確信に至ろうとしている。
「私の父が噂で聞いてたみたいだけど、『キャスト・ジャマー』は本当に存在していたのね」
「だがそれを兵藤が直接受けて、CADが使用不能状態になった。それで間違いないのだろう、兵藤?」
「ええ」
キャスト・ジャマーだけで相手がUSNA軍と決め付けるのは早計かもしれないが、アレは向こうの秘密兵器だと九島が言っていたので、充分な証拠になる。それでも決定打に欠けるのであれば、また向こうと交戦する際、犯罪覚悟で拝借させてもらう。仮にUSNAから大事なCADを盗まれたと訴えられても大丈夫だ。日本政府に何の断りもなく潜入し、勝手に活動してる挙句、日本国民に危害を加えてる事を公表すれば、向こうの立場が一気に悪くなるから。
「もう一つ、USNA軍に関する事ですが」
「まだ他にもあるのね」
内容が内容だけにお腹一杯状態なのか、真由美はチョッとばかり呆れるように言ってきた。教えておいて、そんなこと言わないで欲しいんだが。まぁそうなってしまうのは分からなくもない。
「九島閣下は言葉を濁していましたが、一高に来てる交換留学生のアンジェリーナ・クドウ・シールズは、USNA軍に所属してる可能性が高いです。閣下曰く、『彼女が優秀な弟の魔法の才能を受け継いでいるのであればUSNA軍は必ずスカウトしている筈だ』、と言ってました」
「「…………」」
USNA軍が関わっているのを知ったばかりなのに、まさか一高にもいたと知った二人は無言となる。
「尤も、彼女は今のところ怪しい動きを見せていませんから、現状問い詰めるのは無理ですが」
学校内では、と付け加える俺に二人は頷いた。
「一応確認だけど、リューセーくんが昨夜に交戦した魔法師の中に、彼女と思わしき人はいなかったの?」
「いえ、いませんでした」
と言う俺だが、実は既に目星が付いていた。あの真紅の髪をした仮面の女であると。
体格と容姿、そして髪の色は全く別人であるが、アレは間違いなくリーナ本人だと俺は確信している。
判明してるとは言っても、
「とまあ、俺が得た情報はこんなところです」
取り敢えず情報共有はここまでにしておいた。リーナの変装については、確証を得てから話すつもりでいる。
一通り話し終えた直後、十文字は難しそうな表情になっており、真由美は途端にドッと疲れたような嘆息していた。
どうやら俺の情報は想像していた以上の内容だったらしい。九島は大変貴重な情報だと嬉しそうに言っていたが、二人からすれば外交が絡むほどの大きな事件だとは思わなかったのだろう。
真由美と十文字は一息つきたそうな感じがしてるが、生憎と此処には飲み物の類が無かった。
「全くもう……。九島閣下の助力があったとは言え、私たちが知らない情報をよくそこまで入手できたわね」
「誉め言葉として受け取っておきます」
前半はチョッとばかりズルい手段を使って得たとは流石に言えない。
「で、協力するとは言いましたが、俺は何をすれば?」
「なら私たちに同行してくれないかしら。できれば今晩から――」
「あ、すいませんが今日はパスさせて下さい」
指示を覆すように言った俺に、真由美は怪訝そうに見詰めてくる。
「今日は母が夕方から用事があって、俺が代わりに小さい弟と妹を見ないといけないんです。ウチは母子家庭ですから」
「ああ、そうだったわね」
「ならば仕方ないな」
言っておくが嘘じゃない。母さんが出掛ける際、セージとセーラは兄の俺が見る決まりになっている。
既に俺の家庭事情を知ってる真由美は引き下がり、十文字も疑う様子を見せていない。家族を優先しなければいけない事を、二人は理解している。
明日以降に同行しますと言った後、俺は二人の前から退いた。
一方、生徒会室では――
「だから何度も言っているだろう。俺はただ単に服がボロボロになったエリカを家に送っただけだ。他意はない」
「ですがこの画像を見る限り、エリカは随分楽しそうな表情をしていらっしゃいますが?」
「そうですよ、達也さん!」
「エリカが何事にも楽しむのは二人も知っている筈だろう」
昼食の時間が過ぎているにも拘わらず、未だに達也を尋問している深雪とほのかであった。三人が食事に移るのはもう少し掛かりそうなのは言うまでもない。
因みに二人から解放された達也は、少しばかりやつれており――
「覚えてろ、兵藤……!」
感情を殆ど失っている筈なのに、隆誠に対する恨みがマグマの如く煮え滾らせているのであった。
しかしコレは正直言って達也の自業自得でもある。『
隆誠が情報を公開した事で、一早く吸血鬼の正体と第三勢力がUSNA軍である事を知る真由美と克人でした。