(う~ん、分身拳を使って『白般若』に変装するのも良いんだが……いや、止めとくか)
十師族の真由美と十文字と協力関係になるも、諸事情により今日は自宅でセージとセーラの面倒を見ていた。夕食や風呂を済ませた後、丁度良く母さんが帰って来て、今は自室でゆっくりしながら行動に移そうかと考えている。
家にいる為のアリバイ工作として利用する分身拳を途中で考案するも却下した。各組織がパラサイトを捜査してる状況の中、新たな勢力と勘違いされてしまう恐れがある。他にも司波の奴が『
俺が変装して活動するには、司波が目の前の相手に気を取られている状況でなければならない。
かと言って何もしない訳にもいかないから、今も引き続きレイとディーネにパラサイトの動向を探らせている。
――ご主人様、今日はいつもと違って、全然見付からないの。
――昨日に感じた、強い念波が、感じられません。
すると、屋根にいるレイとディーネが俺に念話で報告してきた。
精霊特有の念波がキャッチ出来ないとなれば、いくつか考えられる。パラサイトが意図的に遮断している、もしくは……念波を出す余裕が無いほどの状況に追い込まれてるか。
まぁどちらにしても、位置が分からなければ動きようが無い。恐らく捜査中の真由美たち十師族側だけじゃなく、今夜も渋谷を歩き回ってるエリカと幹比古も発見出来ていないだろう。
そう考えると、今回は捜査に加わらなくて正解だった。見当違いな場所を捜し続けて徒労に――
――ご主人様、大変なの!
――どこかで、強力な、魔法反応が!
終わると思いきや、突如異変を感じた。此処から離れた場所から、明らかに規格外と思われる魔法の
俺だけでなくレイとディーネも当然感知しており、緊急事態も同然の報告をしてくる。
片方の冷たいオーラには憶えがある。これは間違いなく司波妹だ。恐らくお得意の冷凍魔法を使っているのだろう。
もう片方は恐らくリーナだろう。何度も勝負を挑まれた事もあって、魔法を使う際に発せられる彼女の
この激しい二つのオーラのぶつかり合いからして、司波妹とリーナが戦っていると言う事になる。何でそうなっているのかは全く分からないが。
一体いつまで続くのかと思いきや、それは突如消失した。まるで第三者が横やりを入れたかのように、司波妹とリーナの魔法が突然消えたのだ。そんな事をやる奴がいるとしたら……俺の予想が正しければ司波兄しかいない。
――あっ、急に消えたの。
――主、宜しければ、私が、見に行きますが。
反応が消失した事で、さっきまで大慌てだった
「いや、その必要は無い」
あそこには間違いなく司波兄がいる。もしディーネを行かせれば、あの鬱陶しい眼を持ったアイツに気付かれてしまう可能性がある為、調査させる訳にはいかない。
ならば俺が行くべきだろうが、それこそ余計に危険だった。あの場には何故か以前に九重寺で手合わせをした住職――
結果、今日は大人しくする事にした。月曜日以降に訊き出してみようと思いながら。
☆
「ゴメンねリューセーくん、部活前なのに急に呼び出しちゃったりして」
「いえいえ、お気になさらず」
日曜日の朝。俺は学校へ向かっていた。
今日の午前は剣道部が活動する時間帯となっていたので、学校へ行くこと自体問題ない。
だが、それとは別に真由美から連絡があったのだ。『話があると達也くんに呼ばれたから、リューセーくんも一緒に来て欲しい』と。
もしかして昨晩の件についてだろうかと思いながら、途中で真由美と十文字と合流した。
呼び出された場所が生徒会室であったから、そこへ辿り着いて早々、俺は扉を開けて二人に先に入るよう促した。
最後に俺が入ると、司波兄妹だけでなく、エリカと幹比古もいた。
「え、隆誠くん?」
「どうしてリューセーが……」
俺の登場が予想外だったのか、エリカと幹比古は思った事を口にしていた。
「兵藤、何故お前まで……?」
一番の想定外だったかのように、呼び出した本人の司波ですらチョッとばかり驚いている。
「リューセーくんは私が連れて来たの。彼は今、私たちの協力者だから」
『!』
真由美が説明した直後、司波達は一斉に目を見開いていた。
途端に何故かエリカから非難めいた視線を送って来た。言葉に出せば『裏切り者……!』と言ってくるだろう。幹比古は彼女と違い、『やっぱりそうだよなぁ……』みたいにチョッとばかり羨ましそうな視線だ。
司波兄は……最初驚いていたが、段々冷静な表情に戻っていく。恐らく俺が真由美に協力するのに納得したのだろう。
「では、全員揃ったので始めましょうか」
まるで気を取り直すかのように、司波兄が俺達に着席を促した。
始まって早々に険悪だった。その元凶はエリカと真由美であるから。
詳しく言うと、エリカが敵意を見せるような態度を示している為、真由美はその敵意に引きずられている。俺からすると、どちらも大人気ないとしか言いようがない。
そんな中、司波兄はそんなのを全くお構いなしな感じで本題に入ろうとしていた。
どうやら昨晩、パラサイトと遭遇していたようだ。その際、三時間おきに特定パターンの電波を発信する合成分子機械の発信機をパラサイトに打ち込んだらしい。その発信機の寿命は三日間であり、電波の出力は微弱でありながらも、パラサイトの追跡には利用出来るとの事だ。
その話を聞いて、俺を除く全員が一斉に反応した。真由美、エリカ、幹比古の三人から訊ねられるも、司波兄は無視する様に話を進めて発信機の電波周波数とパターンを示すカードを渡す。俺の参加が予定外だった為、司波兄が用意したカードは一枚不足するも、俺は大して気にしなかった。協力関係となってる真由美と十文字に渡されたのなら全然問題無いので。
司波がパラサイトを発見したのも、高度な発信機を使ったのも、恐らく『独立魔装大隊』が協力したと思われる。以前に九島と電話した際、あの部隊は魔法や最先端テクノロジーを使用する実験部隊だと教えてくれた。相変わらず便利な後ろ盾だなぁと改めて認識させられる。
「我々が追いかけている吸血鬼の正体ですが、USNA軍から脱走した魔法師のようです」
次の情報を開陳した司波に、内心やはりと思った。一昨日に交戦した覆面男が俺の事を『シューティング・スター』と呼んでいた他、USNA軍である仮面の女達が奴等を始末するのは当然だ。
「それも単独ではありません。脱走者は少なくとも二人以上、もしかしたら十人前後になるかもしれません」
複数なのは知っていたが、まさかそこまでいたとは。USNA軍が秘密裏に潜入してまで始末するのが分かる気がする。もしこの事が世間に露呈したら、アメリカ政府としては非常に不都合な事態へ陥る事になるだろう。
「スターズから十人も脱走者が出たの?」
「いや、エリカ。スターズに所属していたとは限らないぞ」
「そうなの?」
「七草……スターズはUSNA軍の中から特に魔法戦闘力に優れた者が選抜されて出来ている部隊だ」
エリカの誤解を司波兄が、真由美の誤解を十文字が正した。それを見た俺は息が合ってるなぁと思わず口にしそうになったが、何とか抑える事に成功した。言ったらエリカと真由美が絶対にヘソを曲げると容易に想像出来た為に。
「スターズでないにしろ、軍属の魔法師は基本的に何処の国でも厳重に管理されている筈です。脱走者の数が本当であるなら、人間を変質させるパラサイトの影響力がそれだけ強かった、と言うことになります。って考えて良いのか、司波」
「ああ。兵藤の言う通り、その変化が肉体だけでなく精神にも及ぶのであれば、寄生されたことで価値観が変わっても不思議はない」
俺の推測に司波兄は頷きながらも、自身の考えを更に付け足した。
「じゃあ、パラサイトは一体何の為に脱走したんだろう?」
「それは捕まえて訊いてみなければ分からないな」
司波兄がそう答えると、質問をした幹比古も尤もだと言わんばかりに苦笑していた。
「……それで、どうしろって言うのよ」
俺たち一年男子が今回の話題に直接関係の無い話をした為か、エリカが不貞腐れた声で口を挿んできた。見れば真由美もうんざりした表情になっている。
「どうしろこうしろと言うつもりはない」
表情を一切変えず、咳払いする事もなく、至極当然のように司波兄は即答。
その回答にエリカと真由美が意外そうな表情を浮かべていた。
「友人が痛い目に遭わせられたんだから、放っておくつもりは無い。しかし同時に、自分の手で思い知らせてやることに拘るつもりも無いな。師族会議や責任を持って処分するというならそれに文句は無い。七草先輩達に協力してる兵藤も含めてな。もちろん、千葉家が単独が討伐しても一向に構わない」
そう言った後、司波はテーブルを離れようとする。まるで話はこれで終わりだと言わんばかりに。
「ご足労いただいて申し訳ありませんでした。物が物ですので、直接お渡しした方が良いと思いまして」
「いや、構わない。ご苦労だったな」
頭を下げる司波兄妹に、十文字が労いの言葉を掛けた。
そして二人がそのまま退室しようとする――
「チョッと待て」
「何だ、兵藤」
ところを俺がすぐに引き留めた。
相手が俺だからか、司波は一瞬眉を顰めそうになるも、すぐにまた元の無表情になる。
「帰る前に幾つか訊きたい。お前は昨晩パラサイトに遭遇したと言ってたが、その時にあの仮面の魔法師とは遭遇しなかったのか?」
「「!」」
仮面の女魔法師と言った瞬間、エリカと幹比古が今思い出したかのようにハッとした。
パラサイトと遭遇したのであれば、パラサイトを殺そうとしてる彼女に遭遇している筈だ。なのにコイツはその事に関して一切触れていない。
「確かに遭遇したが、残念ながら逃げられてしまった。兵藤も見ただろう? あの仮面の魔法師が妙な魔法を使って、俺達の目の前で逃げ切ったところを」
「……そうか」
それを聞いたエリカと幹比古が打って変わるように納得の表情となるも、俺はすぐに嘘だと気付いた。
普段から用心深い司波兄が何の対策も考えず、二度も見逃すような間抜けじゃない。何かしらの手段を講じて逃亡を阻止し、その後に交戦しながら相手を徹底的に追い詰める筈だ。クラスは違えど、司波兄との付き合いはそれなりにある為、ある程度の考えは理解している。
だがそれを指摘したところで、コイツの事だからのらりくらりと躱すだろう。言葉巧みに誘導するのがオチなのが目に見えてるから、今回は標的を変えるとしよう。
「じゃあ次に司波さん」
「へ? わ、わたし、ですか?」
俺が声を掛けた瞬間、今まで黙っていた司波妹はまるで予想外だったように戸惑いの声を出していた。
「おい、深雪に何を――」
「チョッと訊きたいんだけど」
遮るように司波兄が言ってくるも、俺はそれを無視する様に話を続ける。
「昨晩にオーロラみたいな物が見えなかった? 俺の家からだとかなり遠かった所為か、薄くしか見えなかったんだけど」
「……さ、さぁ。わたしはその時に部屋で休んでいましたから」
知らないと答えるも、兄と違って誤魔化すのが下手だった。明らかに知っていると丸分かりである。
俺の質問にエリカ達は揃って「何の話だ?」と不可解そうな表情になっていたが、唯一気付いているのは司波兄だった。
「兵藤、質問が終わりなら俺達はこれで失礼する。行くぞ、深雪」
「は、はい……」
まるでこれ以上は不味いと言うように、司波兄は妹を連れて退室していく。
あの様子を見る限り、絶対他にも何か隠していると断言出来る。まぁそれは俺にも言える事だが。
「ねぇ隆誠くん、さっきの質問は一体何の事なの?」
「気にしないでくれ」
司波兄妹がいなくなった後、エリカが即座に訊ねてくるも適当に流した。
「それで十文字先輩、この後どうします?」
「そうだな。せっかくこうして千葉達と顔を合わせたのだから、少し話をしてから帰ることにしよう」
「「え゛っ……」」
俺の問いに十文字が答えた瞬間、気まずそうな声が聞こえた。特にエリカが物凄く嫌そうな表情になっている。
「だったら申し訳ありませんが、勝手ながら俺は先に上がらせて頂きます。これ以上、壬生主将や修哉を待たせる訳にはいきませんから」
思っていた以上に話が長く続いていた為、既に剣道部の開始時間はとっくに過ぎていた。早く終わると思って二人に遅くなる連絡は一切していないから、二人は今頃何故俺が来ないのかと疑問を抱いているだろう。
「そうだったな。ならばクラブが終わった後、俺か七草のどちらかに連絡してくれ」
「分かりました。って事で二人とも、俺はこれにて――」
「「チョッと待てぇ!」」
生徒会室を去ろうとするも、突如誰かが俺の腕を掴んできた。それをやったのはエリカと幹比古で、まるで逃がさないと言わんばかりだった。
「何だよ二人とも、俺はこれからクラブがあるんだから放してくれ」
「さーやにはあたしの方で言っとくから、隆誠くんも最後まで責任持って残りなさい! 君も協力者なんだから!」
「そうだよ! 七草先輩達と協力してるリューセーまでいなくなったら僕が一番困るんだ!」
俺の退室を阻止するエリカと幹比古に思わず苦笑してしまう。特に幹比古が物凄く必死になって、絶対離さないと俺の腕を強く掴んでいる。
結局のところ、二人の熱意に負けた俺は残らざるを得なかった為、壬生と修哉には遅れる事を連絡するのであった。
そして――
「エリカ、お前は俺に残れと言ったんだ。なら今後は協力する以上勝手な事をしないように。良いな?」
「わ、分かったわよ……」
「真由美さん。エリカの態度に思う所はあるでしょうが、ここは先輩として、もう少し理性的に振舞って下さい」
「そ、そうね……」
「それと十文字先輩、女子同士のやり取りに口出ししたくない気持ちは分かりますけど、チョッとでも良いですから、間に入って止めてくれないと困ります」
「む……す、すまん」
何故か舵を取る事になってる俺は、エリカ達が足を引っ張らないよう先に注意をしておく事から始まった。
「やっぱりリューセーがいてくれて良かった……」
普段から協調性のある幹比古は三人に注意してる俺を見て、物凄く安堵した表情になっているがスルーさせてもらう。
原作では協調性ゼロに近い状態で幹比古が非常に辛い空回りをしてますが、リューセーが加わった事で何とか回避する事が出来ました。