司波が発信機を仕掛けたパラサイトは肉体ごと焼失した為、捜索チームは解散となってしまった。と言うより、いくら十師族や百家でも、学生が連日に夜の捜索を行うのが不味いと言う理由で中止せざるを得なかったようだ。
加えて真由美と十文字は現在、大学受験を目前に控えてる身だ。パラサイトの捜索で支障をきたして不合格となれば十師族としての面子が丸潰れになるどころか、周囲から完全に笑い者扱いとされてしまうだろう。あくまで俺の想像だが。
だがそれでも、あの二人は簡単に諦めるつもりは無さそうだ。捜索チームを解散した際、受験勉強をしつつも密かに調べると言っていたので。
エリカに幹比古、そして司波も二人と同様、パラサイトの捜査を引き続き行うと思われる。勿論、俺も独自に調べるつもりだ。関わってしまった以上、放置しておく事は出来ない。
以前に俺が戦ったパラサイトの覆面男は、レイとディーネの事を『我々の
勝手に同胞と思い込んでいるパラサイトが現れないとなれば……向こうで何か起きている、とか。例えば学校に侵入したパラサイトみたく、宿主である身体を焼失せざるを得ない状況に追い込まれた為、今は新たな宿主を捜している最中だったりしてな。
俺の推測が当たっているのかは分からないが、向こうが暫く影を潜めているのは分かった。二月の上旬になっても全く見付からなかったから。
USNA軍も俺と似たような見解なのか、リーナがいつも通りに登校していた。以前と違って、朝から俺に勝負を挑む行為は鳴りを潜めている他、生徒会役員としての仕事を忠実に行っている。
それとは別に、日本国民を驚かせるニュースが発信された。タイトルは『USNA軍魔法実験で異次元よりデーモンを召喚?』だ。
内容はタイトル通りだった。USNA軍の魔法師達はダラス国立加速器研究所において、科学者の警告を押し切りマイクロブラックホール生成実験を強行。これによって次元の壁に穴を空け、異次元からデーモンを呼び出したとの事だ。更には昨年末より巷間を騒がせている吸血鬼の正体は、デーモンに憑依されたUSNA軍の魔法師であると報道されている。
だがこの他にも、魔法師が市民に危害を加えてる事もあって、魔法が如何に危険な物であるかを語っていた。上手くオブラートに包んでいるが、本音は魔法師を排斥する為にやっていると推測する。
この世界は魔法と言う存在が知れ渡っても、未だに忌避している人間が多い。同じ人間であるのに、魔法師を化物扱いしているのが現状だ。その者達は『人間主義』と呼ばれ、魔法師排斥運動を今も精力的に行っている。因みに去年俺が密かに潰した日本支部の『ブランシュ』も含まれていたが、アレは魔法師排斥運動を利用していた卑劣なテロリストに過ぎない。
まぁそれはそうと、俺が見たニュースはリーナも間違いなく見ている筈。USNA軍の失態を晒しているも同然の内容だから、向こうも相当頭を痛めているだろう。
同時に解せない事もあった。これは明らかに各国に知れ渡らないよう厳重に秘匿してもおかしくない案件の筈だ。なのに何故報道されているのかが俺には全く理解出来ない。国と言うのは組織以上に
にも拘わらず、秘匿された内容を公開されたとなれば……何処かの誰かがマスコミにリークした事になる。軍の秘密を暴ける程の力を持ってる、もしくはその組織に所属しているかだ。どちらにしろUSNA軍にしては、非常に悩ましい存在である事に変わりはないだろう。
ついでに余り関係の無い事だが、俺と一緒にニュースを見ていた母さんは思う所があるのか、ずっと無言になっていた。俺が声を掛けた瞬間にハッとして何でもないように振舞っていたが。
去年の横浜事変で俺が巻き込まれた事もあってか、魔法師に対する忌避感が段々強くなってる気がする。同時に少々危うい気もした。今のところ大丈夫であっても、近い内に手を打っておいた方が良いかもしれない。母さんの魔法師に対する認識を改めさせる必要があると考えながら。
☆
「おはよう、リーナ」
「リューセー……」
学校に向かう途中、運良くリーナを見付けた俺は声を掛ける事にした。彼女は顔を見て一瞬警戒するも、すぐに笑顔になった。
「珍しいわね。貴方からワタシに声を掛けてくるなんて」
「チョッと君に訊きたい事があってな」
自分の正体が知られてないと思ってるのか、彼女は留学生のリーナを演じて、俺と一緒に歩きながら学校へ向かっている。
「今朝のニュースは見たかい?」
「……見た。同じアメリカ人として納得行かなかったけど」
何のニュースであるかも言わずに答えたのは、USNA軍の不祥事だと理解したようだ。
「事実なんだろう?
「……貴方、いつからパラサイトの事を知っていたの?」
俺がパラサイトを口にした瞬間、リーナは信じられないと言わんばかりに驚愕していた。
どうやら白覆面の連中と戦っていたのは知ってても、何者かまでは分かっていないと思っていたようだ。
「本格的に知ったのは先月、あのお姉さん達二人や君に襲われた後だ。でも、あの時は驚いたよ。魔法で変装していた君を気絶させる一撃を放った筈なのに、すぐに起きて追いかけるなんて予想だにしなかった。よく我慢出来たものだ。いくら君が軍人だからって、さぞかし痛かっただろうに」
「痛いなんかじゃ済まなかったわよ! お腹に喰らったアレの所為でまともに食事が出来なかったんだから!」
癇に障ったのか、自分がどれだけ大変な目に遭ったかを主張するリーナ。
既に見抜いていたが、敢えて鎌をかけて向こうから自爆する様に誘導させたら、思いのほか上手く行ったようだ。
「やっぱりあの仮面の女は君だったか。同時にUSNA軍人でもあった、と」
「えっ……っ!?」
確信を得たように言い放つ俺にリーナは呆然とするも、すぐに気付いて反射的に手で口を押えていたが既に遅かった。
何度も勝負して分かった事がある。彼女はプライドが高く、物凄い意地っ張りであり、そして意外に単純な子であると。だからちょっと刺激させるような言い方をすれば、間違いなく乗ってくるだろうと思った。その結果、俺が他人事みたいに言い放ったリーナは見事に引っ掛かってくれた。
もし俺の方から、『君があの時襲った仮面の女だろ?』と言ったところで絶対否定するだろう。だからこうして、自分から正体をバラしてくれれば、態々俺から執拗に問い質す必要は無い。
「リューセー、はめたわね……!」
「否定はしない。だけど軍人なら、これくらいの誘導尋問で簡単に引っかかるのはどうかと思うぞ」
俺の指摘にリーナはぐうの音も出なかった。
明らかに文句を言いたげな顔だが、そんな事をすれば周囲にいる生徒に聞かれてしまうから、敢えて睨みつけるだけに留めてる。
「貴方もタツヤと並ぶほどに性格が悪いわ」
「出来れば一緒にしないでくれ。アイツは妹以外に平然と相手を騙すから、俺以上に質が悪いんでな」
今も少し離れた所から此方の様子を伺ってる上に、普段から厄介な眼で俺を視てる司波と同一視されたら誰だって嫌になる。言うまでもないと思うが、アイツの隣には妹も当然のようにいる事を補足しておく。
「ならタツヤと違うなら教えて。リューセーはワタシが魔法で変装してたのを一体どうやって見抜いたの?」
「仕草だよ。君の手足の運び方や首の振り方、目付きが仮面の女と全くソックリだったんだ」
「……そ、そんな些細な特徴だけで見抜くなんて……」
信じられないと言わんばかりに唖然としているリーナ。直後、まるで頭痛がするかのように頭を手で押さえ始める。
「いくら『シューティング・スター』だからって、本当に日本の高校生はどうなってるのよ……!」
「リーナ、君も高校生なの分かってて言ってる?」
自分の年齢を棚上げしてる台詞だった為、俺は思わずツッコミを入れたが、当の本人は完全無視だった。
学校に着く前に正体がバレるのは予想外でありながらも、リーナはもう完全にヤケクソ状態になっている。
「ねぇ、いっそのことUSNA軍に入隊しない? 貴方ほどの実力者なら大歓迎してくれるわよ。良かったらワタシが推薦状を出してあげるわ」
「断る。俺は軍に入る気も無ければ興味すら無い。と言ったところで、君は簡単に引き下がらないだろうから……」
「?」
勿体ぶって言う俺にリーナは怪訝な表情になるも――
「
「ッ!?」
USNA軍にいるスターズの隊長が俺に勝てば軍門に下ると言う条件を出した。
正直言ってこれは絶対に実現不可能だと考えている。
スターズはUSNA軍の中から特に魔法戦闘力に優れた者が選抜されて出来ている部隊だと十文字が言っていた。隊長は謂わばUSNA軍最強の切り札であるから、そんな大物をUSNA軍が態々日本に送り込むなんて迂闊な真似はしない筈だ。可能性は限りなく低いが、もし仮にリーナがスターズの隊長であれば、ハッキリ言って俺の敵じゃない。呂剛虎と戦っていた方がまだマシ程度の相手に過ぎないから。
呂剛虎みたいに近接戦闘が優れて魔法技能も超一流の偉丈夫、と言う男がスターズの隊長だと俺は思っている。あくまで俺の勝手な見解だが、リーナの実力を考えれば副長、もしくは三番手ってところだろう。
「……リューセー、その言葉に嘘はないってこの場で誓える?」
すると、リーナが突然真面目な顔になって俺にそう訊ねてきた。
「別に誓っても良いけど、どうせ結果は見えてるから止めておけ」
今の俺は立場上としては魔法師の卵と言っても一般人同然である。有名なスターズの隊長から見れば取るに足らない相手なので、例えリーナが申請したところでバカバカしいと一蹴されるのがオチだ。
そう答えると、いつの間にか学校に着いていた。
「そう、それが貴方の答えね。………なら後悔させてあげるわ」
「ん? おいリーナ、今なんて――」
リーナが途中で小さく呟いていた台詞が聞こえなかったから振り向くも、当の本人はそれを無視する様にスタスタと校内に入っていく。
(兵藤、その発言は余りにも軽率だ)
隆誠とリーナから少し離れた所から、達也は『
いつ動くかは予想できないが、隆誠は間違いなくスターズに処断されるだろう。良くてUSNA軍に強制隷属、悪くてモルモットか処刑。どんな結果にしても隆誠が近い内に日本から去る事になるだろうと、達也は最悪な展開を予想する。
USNA軍には最強であるスターズ総隊長『アンジー・シリウス』以外に、多くの優秀な魔法師達もいる。如何に隆誠が大亜連合の呂剛虎を倒せる実力があると言っても、スターズを相手にすれば絶対に勝てない。余りに無謀だと吐き捨てる程だ。
達也は隆誠に対して良い感情を持っていない為、もし殺されても微塵も悲しまないどころか、何かと利用出来る奴がいなくなったと考える程度に過ぎなかった。それでも同じ学校で過ごしてるから、多少の思いやりは見せるだろうが。
「お兄様、兵藤くんとリーナは一体何を話していたのでしょうか?」
隣にいる深雪は、二人の会話が気になっていたようでそう訊いてきた。達也が『
「単に世間話をしていただけだ。深雪が気にするような内容じゃなかったよ」
本当は色々と不味い話をしていたが、達也は不本意でありながらも敢えて誤魔化す事にした。
リーナが軍人である事を誘導尋問したり、
「しかしまさか、兵藤に先を越されるとは思わなかったな」
本当であったら、リーナに朝のニュースについて訊こうと鉢合わせる予定だった。そこを隆誠が急に現れた為、急遽少し離れたところから二人の様子を見る事にしたという訳である。
別に焦る事じゃないから後で訊こうと、達也はそう考えながら目の前にある学校へ向かう事にした。