再び転生した元神は魔法科高校へ   作:さすらいの旅人

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来訪者編 バレンタインデーの前日

 あの後、少々気になる台詞を呟いたリーナに問うも、向こうは何でもなさそうに「リューセーの気のせいよ」と答えるだけで結局分からず仕舞いとなった。よくあるアドベンチャーゲームとかで、何かしらのバッドエンドを迎える展開になるんじゃないかと一瞬頭を(よぎ)ったのは俺の考え過ぎだろうか。

 

 個人的な事とは別に、パラサイト捜査の進展が全く無いまま数日が経った。それは当然俺だけでなく、エリカ達も同様である。リーナも変わらず登校してるのは、USNA軍も同様に進展無しなのだろう。

 

 此処まで見付からないと、パラサイト側の動向が気になってしまう。仲間がやられた事でかなり警戒してる為に様子見をしてるのかは知らないが、ここまで大人しいと却って不気味だった。まるで動き出す為に何か大掛かりな準備をしているんじゃないかと考えてしまう。

 

 向こうが影を潜めている中、世間は今とあるイベントを迎える準備をしていた。明日の2月14日はバレンタインデーであるから。

 

 バレンタインデーは本来、キリスト教圏で一般に恋人や家族など大切な人に贈り物をする風習となっている。だがどう言う訳か、日本では女性が男性にチョコレートを贈る日になっている。人間に転生した聖書の神(わたし)が初めて知った時、『日本人は中々面白い事を考えるなぁ』と感心した程だ。

 

 俺が前世(むかし)の頃にいた日本と、今いるこの世界も全く同様である事にチョッとばかり驚いた。世界は違えど、共通している物がたくさんある事に。

 

 今回のイベントは当然、一高も対象になっており、校舎が一日中浮ついた空気に包まれていた。こういうところは、魔法師など一切関係のない普通の少年少女であると改めて認識する。

 

 

 

「……光井、今日はもう上がっていいぞ」

 

 放課後の生徒会室。

 

 データのチェックしながらしかめっ面になってる俺は、光井に帰るよう促す。

 

 因みにこれは俺だけでなく、つい先程まで中条も同じ事を言っていた。

 

「リューセーの言う通りよ、ホノカ。貴女、今日はもう帰った方が良いわ」

 

 俺の言葉を同調する様に主張したのは、臨時役員になっているリーナだった。

 

「ううん、大丈夫だから」

 

 何度帰れと言っても、光井は変わらず気丈な答えを返してきた。

 

 正直言って、このやり取りに俺はもう辟易している。いい加減に帰ってくれと強制したい程だった。

 

 不調の原因を自覚していながらも、こちらの心遣いに甘えるのが恥ずかしい、と言う理由だけでなく、思い込みが強くて過剰な責任を抱え込み無理をしがちだった。それは他の生徒会メンバーも当然知っており、今の彼女の振る舞いを見て心配が増幅する一方であった。

 

「あのさぁ、君が作成した書類データのチェックしてる俺達の身にもなってくれないかな? 今も誤字脱字を修正してチョッと大変なんだけど」

 

「ええ!?」

 

 俺が帰って欲しい理由を告げた途端、光井は驚きの声を出した。その瞬間、中条と五十里が『あちゃ~』みたいに額に手を当てている。

 

 いつもの彼女であれば、こんなあからさまなミスはしない。‶ある事″を考えながらデータ作成している為、誤字脱字してる事に全く気付いてなかった。

 

 俺としては、いつも頼りにしてる光井にこんな事を言いたくなかった。だが、今回ばかりは修正する箇所が余りにも多すぎる為、言わざるを得なかったのだ。

 

 これは中条や五十里も当然気付いており、彼女に気を遣うように敢えて指摘せず、オブラートに包んで帰らせようとしていた。それを俺が言ってしまった事で台無しになってしまったが。

 

「ほのか、今日はもう本当に帰った方が良いわ」

 

 司波妹が心配そうな顔をしながら言ったのが効いたのか、光井は漸く帰る決断をしてくれた。

 

 俺達に書類の入力ミスをした事の謝罪した他、明日から頑張ると言って、生徒会室から退室する際に何やら張り切った表情となっていたのを、俺達は敢えて気付いてないフリをしながら見送った。

 

「やれやれ、これでやっと専念出来る」

 

「リューセー君、何もあんな言い方をしなくても良いと思うんだけど……」

 

「そうですよ。これはそんな焦って作成する物じゃありませんし」

 

 光井の退室を確認した後、安心しきったように言い放つ俺に五十里と中条がチョッとばかり苦言を呈してきた。

 

 確かに二人の言う通り、彼女のミスはそこまで大袈裟なモノじゃない。今回はまだ下書きの資料である為、外部に提出する期日はまだまだ余裕がある。

 

「あんな露骨に『明日の準備がしたい』って顔に書いてある状態でいられたら、文句の一つも言いたくなりますよ。例えば啓先輩、もしご自分のフィアンセだったらどうしますか?」

 

「うっ……」

 

 まるで痛い所を突かれたように言葉を唸らせる五十里。

 

 もしも千代田が光井のようにミスをしながらも意地を張って残ろうとしていたら、流石の五十里(フィアンセ)も不味いと思いながら無理を言って帰らせるだろう。

 

 因みに俺と五十里(以降は啓)は生徒会に入って以降、お互いに名前で呼ぶ仲になっていた。同じ男子である他、彼からこう言われたのだ。『生徒会で一緒にやるなら、是非とも名前で呼んで欲しい』と。それを機に俺達は名前で呼び合ってる訳である。

 

「ま、まぁ千代田さんの事ですから、多分もう帰ってると思いますけど」

 

 千代田のフォローをしてるのかは分からないが、中条は苦笑しながらそう言ってきた。

 

 確かに風紀委員長さんは光井と同様に明日の準備をする為に、既に帰宅して愛するフィアンセ専用のチョコ作りに専念してるだろう。仕事を司波に全部丸投げしてなければ良いけど。

 

「? カノンってホノカと違って風紀委員長ですよね? 帰るのにはまだ早すぎませんか?」

 

 アメリカ人のリーナは日本のバレンタインデーを知らないのか、理解出来ない感じで訊ねてきた。

 

 如何でも良いんだが、「()(のん)」の発音が「キャノン」に聞こえた気がする。思わず兵器の大砲(Cannon)を連想してしまうも、彼女は啓の事になると非常に喧しいから、強ち間違ってはいないかもと考えたのは秘密にしておこう。

 

「あの風紀委員長も光井と同じく準備したい一人なんだよ」

 

 既に光井がいないから、俺は此処でリーナにネタ晴らしをした。2月14日にあるバレンタインデーの事を。

 

 それを聞いた途端に彼女は段々と納得の表情になっていく。

 

「要するに、ホノカの調子が悪かったのは、タツヤにあげる明日のチョコレートが気になっていたからなのね」

 

「そう言うこと。ついでに千代田委員長が早く帰ったのは、此処にいる啓先輩の本命チョコを作る為だ」

 

「あははは……」

 

 合点がいったと口にするリーナに、俺は更に付け足そうと千代田が帰った理由を告げた途端、啓は何とも言えない表情で苦笑していた。

 

「その反応を見ると、リーナは知っていたのね。チョコレートをあげるのは日本固有の習慣だと思っていたけど」

 

 意外そうに言う司波妹の疑問に、彼女はこう返した。

 

「そんなことないわよ。『バレンタインデーにチョコレート』は有名なジャパンカルチャーだもの。ステイツでも真似してる子は多いし、ミユキ以外のクラスメイトからも散々聞かされてるしね」

 

 既に知っていたのとは別に、クラスメイト達からもそう言うイベントがある事を聞かされていたようだ。何やら少しうんざりしたような口振りで。

 

「ふ~ん……リーナは誰にあげるの?」

 

「ミユキまでそれを訊くの……?」

 

 大変嫌そうに顰められた表情からして、どうやら同じ事を何度も訊ねられていたようだ。

 

 だがまぁ、クラスメイト達がそんな事をしてくるのは分からなくもない。リーナは司波妹と並ぶ美少女である為、その彼女から受け取る男はさぞかし自慢出来るだろう。これには俺だけでなく、話を聞いてる五十里と中条も興味深そうな感じだった。

 

「誰にもあげる予定は無いわよ」

 

 その返答を聞いてチョッと詰まんないと思ったのは多分俺だけじゃないだろう。

 

「あら、義理チョコも? でもせめて、兵藤くんにお詫びの意味も込めてあげてもいいんじゃない?」

 

「チョッと司波さん、何故そこで俺が出てくるんだ?」

 

 彼女が突然自分の名前を出してきたので、俺は即座に割って入るように言った。

 

 理由はリーナが留学して早々、呆れるほど俺に勝負を仕掛けていたから、そのお詫びとして義理チョコを渡すべきじゃないかと考えていたようだ。

 

「いくらお詫びといっても、ワタシがリューセーに個人的な贈り物をしたりしたら、色々と問題が発生するのよ」

 

 あ、それは確かに。どうやらリーナは自分の容姿を理解してるからこそ、誰にもあげないと決めているのか。

 

 まぁ俺としても、そんな厄介事は御免被りたい。ただでさえ真由美からチョコを貰えるのを確定してる他、更にリーナから貰ってしまえば、(友人を除く)他の男子共からの嫉妬に対応するのが非常に面倒であるから。

 

「そうなの? 人気者は大変ね」

 

 まるで他人事のように呟く司波妹にリーナは一瞬ムッとするも、途端に嫌な笑みを浮かべていた。

 

「人気者というならミユキの方が凄いじゃない。誰にあげるの? やっぱり本命はタツヤ?」

 

 どうやらリーナは分かっていたようだ。司波妹が本命チョコをあげる対象を。

 

 普通に考えれば、実の兄を相手に本命チョコを渡すなど、倫理的な意味も含めておかしいだろう。

 

 だが司波兄妹は例外であった。兄妹でありながらも、周囲を大いに困惑(あきれ)させるほどイチャ付いているのだ。司波兄妹の事を良く知る一高生徒達の誰もがそう認識しているどころか、今更何を言っても詮無い事だと諦めている。

 

「何を言ってるの、リーナ。お兄様とわたしは兄妹なのよ。実の兄を相手に本命チョコなんておかしいでしょう」

 

『……………』

 

 司波妹が常識かつ当たり前のように言い切った瞬間、リーナだけでなく、俺と啓と中条ですら言葉を失った。

 

 二の句を継げないとは正にこの事かと心の底から実感する。

 

 だけどそれとは別に、俺はこの台詞を口にするのを必死に我慢していた。『普段から司波兄を恋人のように振舞ってるお前が言うな!』と。

 

 

 

 

 

 

「シリウス少佐。本国の参謀本部と検討した結果、『シューティング・スター』のリュウセイ・ヒョウドウについて決定が下された」

 

「っ……」

 

 場所は変わってリーナの生活拠点としているマンション。学校から帰って来て早々予想外の人物がいた。

 

 目の前にいるのは彼女の上官――ヴァージニア・バランス大佐。USNA統合参謀本部情報部内部監察局第一副局長の役職に就いている。

 

 バランスは今回行われてる任務の総責任者として来日していた。けれど彼女は本来USNA大使館で待機している為、何の連絡も無しにリーナのマンションに来るのは完全に予想外だった。その上官が此処へ訪れたと言う事は相応の理由があるとリーナは推測し、そして話を聞く事となった。

 

 案の定と言うべきか、先日に報告した内容の返答だった。以前に隆誠と遭遇して戦闘した際、自分を倒しただけでなく、仮装行列(パレード)を使った自分の正体を仕草だけで見破ったと報告されたUSNA軍本部は当初耳を疑っていた。『それは一体何の冗談だ?』と言い返す程に。

 

 普通ならありえないと一掃されてもおかしくない内容だが、バランスは全く異なる反応を示していた。寧ろ、あの出鱈目な実力を持った『シューティング・スター(リュウセイ・ヒョウドウ)』なら見抜いてもおかしくないと。

 

 バランスの他、他のUSNA軍上層部も隆誠を注目していた。去年の夏に日本で行われた全国魔法科高校親善魔法競技大会――九校戦の時から、自分達ですら全く想像出来ない魔法や剣技を見た事により、是非とも我が軍に迎え入れたいと考えていた程だ。日本の十師族や百家でもない一般人同然の彼ならと猶更に。

 

 もしかしたら『灼熱のハロウィン』を引き起こしたのも彼ではないかと、一高にいる司波兄妹と一緒に容疑者リストに加えていた。そんな中、パラサイト処断の任務中に隆誠と遭遇し、そしてリーナの正体まで見抜かれた。これは由々しき事態であると判断したバランスは、『本国と検討するから時期が来るまで一旦待機せよ』とリーナに命じ、そして今に至る。

 

「知っての通り、少佐の素顔と正体を知った以上、スターズは対象を抹殺しなければならない。それは当然『シューティング・スター』のリュウセイ・ヒョウドウも例外ではない。本来なら彼を抹殺すべきなのだが、検討中に少しばかり厄介な情報が入った」

 

「厄介な情報、ですか?」

 

 珍しく言い難そうな表情になっている為、リーナは思わず鸚鵡返しをしてしまった。

 

 そんな彼女の反応にバランスは特に気にする事なく頷いている。

 

「リュウセイ・ヒョウドウは『灼熱のハロウィン』が起きる前、日本に潜入した大亜連合の『人食い虎(The man-eating tiger)』を単身で倒したと言う情報を、参謀本部が極秘に入手したようだ」

 

「あの『人食い虎』を!?」

 

 余りにも予想外な情報にリーナは信じられないと言わんばかりに叫んだ。上官相手に無礼同然の行為なのだが、バランスは当然の反応だと言わんばかりな感じで一切咎めようとしない。

 

 知っての通り、『人食い虎』と称されてる呂剛虎は対人接近戦等で世界の十指に入ると称されており、USNA軍も当然警戒するほどの要注意人物である。もし近接戦闘のみの展開になれば、総隊長のリーナですらも敗北する可能性が非常に高いと踏んでいる相手だ。

 

 そんな恐ろしい相手を隆誠が単身で倒した事を考えた瞬間、リーナは非常に複雑な気持ちになった。警戒すべき人物だと分かってはいても、もし何も考えずに殺そうとしていたら、間違いなく自分は返り討ちに遭ってたかもしれないと最悪な展開を考えてしまう。尤も、隆誠本人はリーナを殺す気など全くと言っていいほど皆無であるが。

 

「これはまだ確定した情報ではないのだが、九校戦で見せた実力を考えれば、可能性は非常に高いと参謀本部は解釈している。故に抹殺するとなれば、いくらシリウス少佐と言えども厳しい結果になるだろう」

 

 呂剛虎を単独で倒す相手であるなら、相応の戦力を以ってして挑まなければならない。もし隆誠がUSNAにいたら、リーナを含めたスターズの精鋭数名を連れていただろう。

 

 だが生憎、今いるこの日本で待機している主戦力はスターズ総隊長のリーナ、そしてスターダストのみ。明らかに戦力が不足していた。

 

 因みにスターダストとは、USNA軍統合参謀本部直属の魔法師部隊であり、USNAの魔法光学技術を注ぎ込んだ強化魔法師である。九校戦の時に隆誠が遭遇した大亜連合の『ジェネレーター』みたいなものだが、意思と感情を奪い去らないだけ幾分まだ良い方であるだろう。

 

「かと言って、このまま手を(こまね)く訳にもいかない」

 

 バランスの言う通り、いくら厄介な相手だからと言っても、隆誠を放置する訳にはいかなかった。本人が口外しないと言っても、何かしらの事態でポロッと喋ってしまう可能性が充分にある。リーナの正体は各国に知られてはいけないUSNA軍の機密情報(トップシークレット)であるのだから。

 

「そこで我々はこう結論した。最終手段を使ってでもリュウセイ・ヒョウドウを強制確保するしかないと」

 

 強制確保と聞いてリーナは思わず眉を顰めた。彼女としてもそれは賛成だが、あの出鱈目な実力を持っている隆誠が此方の都合で応じる訳がないと思っているのだ。

 

「貴官の報告で、彼はこう言っていたそうだな。『USNA軍スターズ総隊長が、自分に魔法戦闘で勝てればUSNA軍に入っても良い』、と」

 

「はい。確かに言ってました」

 

 確認する様に訊くバランスの台詞を一切否定する事無くリーナは頷いた。

 

「ならばシリウス少佐、『ブリオネイク』の使用を許可する。これは本部長からも了承済みだ」

 

 リーナは理解する。USNA本部は隆誠の確保にそれだけ本気である事を。

 

 最大兵器であるブリオネイクを使えば殺してしまうかもしれない。だが殺す事を前提に挑まなければ、呂剛虎を倒した隆誠に勝つ事が出来ないのも実状だった。

 

「だがそれでも万が一にシリウス少佐が敗北した時の事を踏まえ、もう一つの最終手段も考慮しておかなければならない」

 

 バランスにしては余りにも用心深い事を言った為、流石のリーナもこれには疑問を抱いた。

 

 ただでさえブリオネイクと言う強力な兵器の使用を認められたと言うのに、これ以上どんな手段を用いるのかと逆に気になる程である。

 

「此方でリュウセイ・ヒョウドウについて調査した際、彼は非常に家族思いであるそうだ」

 

「ッ! 大佐殿、まさか……!」

 

「そうだ。明日の夜に行う戦闘前に、リュウセイ・ヒョウドウの家族を別動隊の方で事前に保護しておく」

 

 聞こえは良いが、保護とは名ばかりの人質であった。

 

「私としても、こんな手段は取りたくない。だがそれだけ今回は重要な任務だと心してくれ」

 

「――了解(イエス・マム)

 

 軍に所属する以上は非情にならなければならない。故にリーナは表情を消して立ち上がり、内心自己嫌悪してるであろうバランスに向けて敬礼した。


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