「ん、んぅ………」
瞼を開いた視界の先には、見覚えのある部屋の天井だった。
未だ覚醒していないが、何故自分は此処にいるのかとリーナは疑問に思っている。何故なら自分が拠点にしてるマンションの部屋であるから。
他にもある。横になってるのは自身が利用してるベッドの上であり、首から下は温かい布団で覆われていた。
どういう事なのだろうか。
自分は先程まで隆誠と戦い、そして彼の手から放たれたビームに包まれて止めを刺されたはず。あの途轍もない激痛に襲われたなら、間違いなく自分は死んでいてもおかしくない。
そんな疑問を抱きながら周囲を見渡すも、やはり此処は自分の部屋である事に間違いない。
もしかして、今までの事は全部夢だったのかと再び瞼を閉じようとするが――
(違う! 夢なんかじゃない!)
眠気が一気に覚めたかのように目を見開きながら、布団を捲り上げながら上半身を起こした。
「一体どういうこと……?」
頭がハッキリしながらも、リーナは混乱していた。この部屋は間違いなく自分が拠点にしてるマンションの部屋であり、どうして此処で寝ていたのかが全く分からないのだ。
部屋に置いてある時計を見ると、時間は朝の五時過ぎ。昨夜の戦いから結構な時間が経っていた。
すると、急に冷ややかな空気が自分の身体に襲い掛かった。自分が身に纏ってた筈の戦闘服や防具が無く、唯一残されているのは下着だけである。
(まさか……!)
自身の姿を見て最悪な事を想像した。もしかしたら自分は誰かに犯された後ではないかと。そしてそれをやったのは、自分と戦った男――隆誠の仕業ではないかと。
だが、それは違うとすぐに判断する。簡易的な確認しか出来ないが、自分の身体に犯されたと思われるような形跡が一切無いどころか全くの無傷である。寧ろ逆に疑問が膨らむばかりであるが。
自分の容姿が優れている事を本人は自覚している。もしもゲスな事を考えてる男が自分を捕虜にすれば、間違いなく自分の身体を好き放題に
軍人であるリーナは、そうなる事も当然覚悟しており対処も心得ている。例え身体を好き放題にされようとも、国や仲間に関する情報は決して喋らないよう訓練されており、場合によっては自害も躊躇わない。益してや自身はスターズ総隊長『アンジー・シリウス』であり、国家承認の戦略級魔法師である。それだけ大きな覚悟を背負っているのだから。
取り敢えず何もされていないと少しばかり安堵した表情になりながら、この部屋にある筈の服を着ようとしたが、どこからか音がした。
(誰かいる!)
リーナは即座に思考を切り替え、そして警戒する。このマンションには自分以外の者もいると。何やらいい匂いがするのは気のせいだろうか。
因みにこのマンションには以前にシルヴィア・マーキュリー・ファーストと言う女性軍人と同居していたが、参謀本部から帰国命令が下されて、今回の任務から外される事となった。
その原因となったのが、隣の部屋に住んでいたサポートスタッフのミカエラ・ホンゴウであった。もう既に死亡してるが、彼女がリーナや隆誠達が捜していたパラサイトの白覆面である。それに一切気付けなかった他、後方支援の役割を充分に果たせなかったシルヴィアは帰国命令を出されたのである。
故に今このマンションに住んでいるのはリーナだけ。だから自分以外の誰かが、此処にいるのはおかしいのだ。
いるとすれば隆誠だろうと推測する。彼に自分の居住地を教えてはいないが、恐らく前以て生徒会にある名簿で住所を調べ、そして勝手に入ったのだろう。簡単に侵入できないよう一通りの防犯対策をどうやって回避したのかは分からないが。
今の自分は服だけでなく、武器も根こそぎ剥ぎ取られていた。ブリオネイクは勿論の事、特化型CADや汎用型CADも全て。
まともに戦える手段は一切無いが、武器や魔法など使えない場合の格闘術もそれなりに学んでいる。尤も、隆誠はそんな甘い相手じゃない為、恐らく奇襲したところで返り討ちにされてしまうだろう。
だがそれでも、今の彼女は一矢報いらなければ気が済まなかった。自分を殺さなかったどころか、
あの時は本気で隆誠を殺す覚悟で挑んだのに、自分はその殺そうとした相手に生かされている。それが癇に障り、リーナのプライドも大きく傷つけられているから、隆誠に対する怒りが募っていた。
一先ず奇襲を仕掛けようとリーナは動き出した。気配を殺し、相手に聞かれないよう部屋の扉を静かに開けて移動を開始する。
「よし、こんなところか」
足音を立てないようリビングに辿り着くと、そこには予想通りと言うべき存在――兵藤隆誠がいた。
向こうはまだ自分が寝ていると思っているのか、背後を取られている事に一切気付いていない。
仕掛けるなら――
「リーナ、覗き見とは趣味が悪いな」
「!」
今しかないと強襲するも、背中を向けている隆誠が突然そう言ってきた事により止めざるを得なかった。
自分なりに気配を消した筈なのに。
そう考えながらもリーナは段々と口惜しげな表情になっていく。
「よく分かったわね。ワタシが接近していた事に」
「君が寝てる部屋で慌ただしい音が聞こえたんだよ」
その台詞を聞いてリーナは自身が仕出かした迂闊な行動を恥じた。もし冷静に受け止めていたら、向こうに気付かれる事はなかったと。
「まぁ、俺としてはそろそろ君を起こしに行こうかと思って……おいおい」
隆誠が振り向きながら言ってる最中、途端に何故か呆れ顔となっていた。
恐らく自分が仕出かした行動に呆れているのだろうと、リーナはそう考えながら、敢えて無視して尋ねようとする。
「リューセー、一体どう言うつもり? ワタシを殺さないどころか、態々ワタシのマンションに連れて行くなんて、ハッキリ言っておかしいわよ」
「いや、その前に着替えてきたらどうだ?」
「え?」
自分の格好を見てみろよ、と隆誠は指しながら付け加える。
リーナは自身の姿を改めて見た途端、石のように固まった。ついでに顔を熟れたトマトみたいに真っ赤になりながら。
先程部屋で認識していたのだが、このマンションに自分以外の第三者がいると分かった瞬間に失念していた。身包みを剥がされて下着姿であった事に。
辛うじてブラジャーやパンツがあるとは言え、全裸一歩手前の状態だった。
高校生でありながらも立派に成長している柔らかそうな乳房、引き締まっている腰と臀部。そこら辺の女優よりセクシーな体型だ。
加えてリーナは優れた容姿をしている美少女であるから、そのプロポーションと合わされば初心な男を完全に悩殺するだろう。
「…………き……」
顔が真っ赤のまま数秒以上固まっていたリーナがやっと口を開いたかと思えば――
「キャァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
マンション全体に響き渡る程の叫び、と言うより悲鳴が放たれた。
「リューセーのスケベ! 変態! 痴漢!
「酷い言われようだ……」
悲鳴を上げたリーナが即行で自分の部屋に戻ってから少し経った後、誰に見られても問題無い格好となって再びリビングに姿を晒した。
その直後、ずっと隆誠に罵倒を浴びせていた。まるで自分の大事な物を奪われた憎い男のように。
「だが強姦魔は聞き捨てならないな。言っておくが俺はそんなゲスな行為は一切してないぞ」
「ワタシの服を無理矢理剥いだ時点で立派な性犯罪よ! 今すぐ警察に自首しなさい!」
「それを言うなら、俺を殺そうとした君こそ自首すべきだと思うが」
「女性に対する性犯罪は
「………はぁっ」
今の彼女に何も言っても無駄だと理解したのか、リビングにあるソファに座った隆誠は溜息を吐きながら、用意していたコーヒー入りのカップを手にして口にする。
まるで自分の家みたいに寛いでるような仕草を見た事で、リーナは思い出したかのような表情になる。
「って言うか、何でアナタが人の家にある物を勝手に使ってるのよ」
「昨夜の戦いで腹が減ってしまってな。どうにも我慢出来なくて、此処で朝食を取る事にした」
今飲んでるコーヒーは食後の一服だ、と付け加えながら言い返す隆誠。
それを聞いたリーナは先程までの怒りが段々消え失せていき、そして呆れ果てていく。
昨夜に殺そうとしていた相手の家に連れて行くどころか無断で寝泊まりし、更には勝手に朝食を作って寛いでいる。これで呆れない者は決していないだろう。
色々な意味で大物かもしれない。リーナは心の底からそう思った。
「ほら。詫びにはならないが、君の分の朝食も作っておいたぞ」
そんな彼女の心情とは他所に、隆誠はテーブルを指した。そこには先程から美味しそうな朝食が置かれている。
「……ワタシが素直に食べると思ってるのかしら?」
それは普通に考えてあり得ない。
確かに今は空腹で食べたい気持ちだが、そこは軍人として押し殺している。あの朝食には薬、もしくは毒物を仕込んでいるかもしれないと。
いくら自分が敵の手中に収められているとは言え、そんな簡単に引っ掛かったりする訳にはいかない。隆誠に敗北したとは言っても、彼女なりの意地であるから。
「別に毒物なんか入ってないよ。安心して食べると良い。何より、俺が今更そんな回りくどい手段を取る必要があると思うか?」
「う……」
言われてみれば、確かにその通りだった。加えてリーナが意識を失ってる間、隆誠はいつでも殺せるはずだから、それをずっと放置するのは愚かな行為である。
そんな無防備を晒されている中、態々朝食で毒殺すると言う無駄な手段を講じるヤツはいるだろうか。
否。それは断じてない。
もしリーナが彼の立場であったら、任務達成しようと即座に殺しているだろう。もしくは意識を失っていたら即時拘束して、自由にさせないようUSNA軍が用意した施設に監禁させている。
だと言うのに、隆誠はそれらを全く覆すような行動を取っていた。自分を拘束しないどころか思いっきり自由にさせている。その時点で充分におかしい。
しかし、こうも考えられた。それだけ自分をいつでも簡単に殺せると言う余裕の表れかもしれないと。
実際、昨夜の戦闘で隆誠は全くと言っていいほど余裕そうにあしらっていた。ブリオネイクのビームを簡単に弾き、相殺し、極めつけには片手だけで防いでいた。普通に考えてソレは非常識を通り越して絶対にあり得ないのだが、直接戦闘した自分が見た以上は信じざるを得ない。
だから例え武器を取り戻してこの場で抵抗、もしくは逃走しても、無意味な結果になるだろう。いや、それどころか今度こそ殺されてしまうかもしれない。今のリーナは隆誠の実力が、自分より遥かに上だと気付き始めているから。
(口惜しいけど、ここは従うしかないわね……)
冷静に考えた結果、リーナは既に命を握られている事を理解した。例え自害するような事をしたところで、隆誠が一瞬で動いて阻止するだろうと。
だからここは隆誠に従うしかない。この後にどのような屈辱を与えられても、絶対に耐えきると固く誓って。
「……言っておくけどリューセー、ワタシはこう見えて結構舌が肥えてるの。もし美味しくなかったら、遠慮なく指摘させてもらうわよ」
「どうぞ。寧ろそうしてくれた方がありがたい」
せめてもの抵抗として少しばかり虚勢を張ったが、言われた方は全く気にしてないどころか快く受け入れていた。
ここまで余裕な
そう考えながらソファに座り、テーブルの上に置かれている朝食に手を付けようとする。
自分の目の前にある朝食はパンケーキにベーコンエッグ、サラダだった。そして自分がいつも飲んでいるハニーミルク。
アメリカ人のリーナには何の違和感も無い食事だ。パンケーキはアメリカでも朝食の一つとして食べており、リーナ自身も好んでいる。
実を言うと、彼女はこの朝食が目に入っていた時からずっと気になっていた。ずっと美味しそうな匂いがしており、食べたいのを必死に我慢していたのだ。
不本意だが仕方がないと取って付けたような言い訳をしながらも、リーナは早速パンケーキから食べ始める。
(何これ凄く美味しいじゃない!)
パンケーキが口に入った瞬間、絶妙な甘さでフワフワしながらも柔らかく溶けていく。プロも顔負けと言えるほどの美味しさだった。
「どう? お味の方は?」
「ふ、ふんっ。まぁまぁってところかしら」
素直に美味しいとは言わずとも、表情で丸分かりだった。
その後からは一切の強がりを見せずに、目の前にある朝食を黙々と食べ続けている。周囲の事を全く気にしないように。
「お、来たか」
すると、誰かが入って来たかのように隆誠が何処かへ視線を向けるも、食事に集中してるリーナは気付いていなかった。
そして残ったパンケーキの一切れを口にすると、リビングにある扉の一つが急に開き、誰かが入ってくる。
「…………少佐、一体何をしている?」
「た、大佐、殿……」
リビングに入って来た女性軍人――ヴァージニア・バランスが頬を引き攣らせながらの登場に、先程まで美味しく朝食を頂いていたリーナが途端に不味い顔となって青褪めていった。
「時間通りですね。お待ちしていましたよ」
二人の様子を全く気にしてない隆誠は、入室してきた人物を歓迎するように言ってきた。
因みに今は午前六時。隆誠がその時間にバランスが来る約束をしていた事を、リーナは全く知らないと補足しておく。
(さて、予定通り来たな。ちゃんとタイミングを合わせてくれよ)
歓迎しているとは裏腹に、まるで何かを狙っているかのように考えている隆誠だった。