時間はほんの少し遡る。
リーナが住んでいるマンションの出入り口付近に、一台の車が停まっていた。
「大佐殿、本当にお一人で向かわれるのですか?」
運転席に座っているパンツスーツ姿の長身の女性は心配そうに、後部座席にいる女性――バランスの方を見ながら問う。
「そのつもりだ」
「しかし、それでは大佐殿の御身が……」
彼女は無礼を承知の上で、此処に来るまで何度も進言していた。自分を護衛として連れて行くべきだと。
この女性は個人戦闘能力を優先して選んだ下士官の軍曹であり、腕も胆力も超一流。そして護衛に最も適してる人物であった。
だが、バランスは必要無いとずっと断っていた。自分一人だけで行くと何度も答えている。
隆誠から護衛は一人までなら構わないと言っているのに、何故こうも断り続けているのかが軍曹は全く理解出来ない。相手の思惑通りに動く訳にはいかないにしても、万が一に向こうがバランスに襲い掛かった時に備えが必要だった。己の身を犠牲にしてでも上官を守る為の盾役として。
「シリウス少佐を圧倒出来る『シューティング・スター』に、今更仰々しく護衛を連れて行ったところで何の意味も無い」
昨夜の戦闘を見ていたバランスは殆ど諦めに近い状態であった。USNA軍最強の魔法師であるリーナを相手に、隆誠が非常識極まりない出鱈目な実力を見せた事によって。
そんな彼の前に、目の前にいる軍曹を護衛で連れて来たところで何の意味があるだろうか。自身を守る為の盾になったところで、あっと言う間に瞬殺されてしまうだろう。
バランスがそのように考えるのは、昨夜の戦闘で隆誠が使っていた魔法だった。ブリオネイクを相殺する為に二本の指から放った戦略級魔法のビーム、そして開いた片手から放たれたリーナを覆う程の広大なビーム砲。どちらも普通の魔法師とは次元が全く異なる強力な魔法である。
だから隆誠を刺激させるような事を避けようと、彼女は敢えて一人で行くと言ったのだ。あんなモノが放たれたら間違いなくマンションが崩壊する事になり、自分たちUSNA軍だけでなく、此処に住む民間人達にも重大な被害を被ってしまう事になる。
もしかすれば彼はそれも見越して、リーナのマンションを引き渡し場所に選んだのかもしれない。もしも交戦するような展開になれば、間違いなく日本政府が様々な理由でUSNA政府に追及してくるだろう。
色々視点から考える度に、実は全て隆誠の掌の上で踊らされているんじゃないかとバランスは錯覚してしまう。同時に
このままだとマイナス思考に陥ってしまいかねない為、バランスは一旦考えるのを止める事にした。今はリーナ達の救出に専念すべきであると。
「では予定通り私が行く。貴官は此処で待機だ」
「……
隆誠が指定した時間まであと五分となった為、バランスは車のドアを開けて行動を開始しようとする。軍曹は未だ納得してない表情だが、上官の命令に逆らう事なく若干間がありながらも返事をした。
車から出たバランスは急がず焦らずと言った感じで、マンションの出入り口へ入っていく。これから引き渡しの交渉をする際、慌てて向かおうとするのは愚の骨頂だ。もし息を切らしてる状態を相手に晒してしまえば、それこそ此方が圧倒的不利だと教えるようなものであるから。後方勤務を行っている当然の常識と言えよう。
「………ふぅっ」
そしてリーナが住んでいる部屋の前に辿り着くと、バランスは一旦深呼吸をした。
いくら冷静に対応しなければならないとは言え、相手はリーナを圧倒した隆誠こと『シューティング・スター』。自分だけでは当然勝ち目が無い相手だと分かっても、もしあの魔法が自分に向けられたと考えるだけで恐怖を抱いてしまう。
もし護衛がいたら、そんな事は一切やらなかっただろう。階級が下の者に気弱な姿を見せられない、と言う彼女の意思や感情を超えて刷り込まれた士官の心得がそうさせていたから。
だが、今は周囲に誰もおらず一人だけだったので、バランスは心を落ち着かせる事が出来た。これはある意味、護衛の軍曹を連れて行かなかったのは正解だったかもしれない。
来た事を知らせる為にドアホンのスイッチを押そうとしたが、突如ガチャリとドアが開いた事にバランスは目を見開く。思わず警戒しそうになるも、ドアが開いた先には誰もいなかった。
一体誰が開けたのだと不審に思うも、すぐに何かしらの魔法を使ったのかもしれないと考察した。自分、もしくは第三者がこの部屋の前に止まっていたらドアが自動的に開くような仕掛けを施したのだと。それはそれで意味の無いものだと思われるが、取り敢えず気にしないことにしておく。
態々向こうから開けてくれたのだから、ドアホンを押す必要は無さそうだった。バランスはそう考えて部屋の中に入り、そして開いている扉を閉めた。
玄関に置かれてる靴は見当たらないが、それでも中に誰かいるのは分かった。リビングで男女と思わしき会話が聞こえたから、恐らくリーナと隆誠がいるのだろうとバランスは結論する。
そう考えながらブーツを脱いでからリビングに向かい、そして目の前にある扉を開く。
「…………少佐、一体何をしている?」
「た、大佐、殿……」
てっきりリーナが拘束された状態で会話してるかと思っていたバランスだが、全く異なる信じ難い光景であった。拘束されていないどころか、とても呑気そうな表情で朝食を食べているのだ。バランスが頬を引き攣らながら問うのは無理もないと言えよう。
「時間通りですね。お待ちしていましたよ」
不味い所を見せたと顔を青褪めているリーナとは他所に、彼女の近くにあるソファに腰掛けている隆誠が、バランスを見ながら歓迎の言葉を述べていた。
「シリウス少佐、後で話がある」
「イ、イエス・マム!」
色々言いたい事があるバランスあったが、一先ずリーナの無事な姿を見れただけで良しとする事にした。
二人のやり取りを見ながらも、隆誠はテーブルに置かれてる食器をヒョイっとすぐに片付けた。これから話をする為に。
バランスは敵に気を遣われた事で早速頭を痛めるも、反論出来る言葉が無かった為、敢えて気にしない事にした。
そして先程まで隆誠とリーナが座っていたソファから、対面する一対の椅子に腰かける事にした。バランスとリーナが並んで座っており、その正面に隆誠が座っている。
「念の為にお伺いしますが、貴女が昨夜に俺と話していた彼女の保護者ですか?」
昨夜の時と同じく、隆誠は流暢な英語でバランスに話しかけていた。
普段日本語でしか聞いてない為か、リーナは呆気に取られるような表情となるも、隆誠は敢えて気にしない事にしている。
「そうだ。私はUSNA軍統合参謀本部大佐、ヴァージニア・バランス。シリウス少佐の上官として、此方へお伺いに参った」
指令室で話していた時は機密を理由にして役職を明かさなかったが、こうして直接対面する以上、自己紹介せざるを得なかった。
いくら自分がリーナの上官だと言っても、それを一般人である隆誠に証明する手段がない。それを信じてもらうには自ら役職を教え、階級がリーナより上だと公開するしかなかったのだ。
高圧な態度で交渉するのはいけない事なのだが、隆誠と話していた際にそう言う口調で話していた。だから昨夜と同じ態度で、その時の自分である事を隆誠に分からせている。
「なるほど。その声は確かに昨夜俺が話した女性の声と同じですね。俺はてっきり貴女の代理、もしくは本物に扮した影武者が来るかもと思ってましたが」
「貴殿がシリウス少佐達を引き渡してくれるのに、そのような無礼な真似をする訳が無いだろう。其方も理解してると思うが」
「それは確かに」
隆誠の皮肉にバランスが少々眉を顰めながら言い返すも、当の本人は尤もであると頷いていた。
(昨夜にそんな話をしていたなんて……!)
隣に座ってるリーナは全くの寝耳に水であり、自分を引き渡す為にバランスが自ら交渉しに来るとは微塵も想像しなかった。先程まで呑気に朝食を取っていて、それを見た上官が頬を引き攣らせていたのは無理もない事であると、内心改めて反省している。
だが、他にも気になる事があった。先程バランスは『シリウス少佐
一体誰が捕らわれているのかとリーナは知りたかったが、今はバランスと隆誠が会話をしている為、敢えて黙って聞くしかなかった。
「ところで、他の二人はどこにいるのかな?」
「あの警察官のコスプレをしたお姉さん二人でしたら、今もあっちの部屋で寝てますよ」
(コスプレ?)
バランスの問いに隆誠は指をさしながら答えた。リーナが見たその方向は、以前に自分と同居していたシルヴィアの部屋だ。
聞き慣れない単語を聞いたリーナだったが、警察官と言う
(まさか
その二人は昨夜に自分が隆誠と戦う前、別動隊として彼の家族を密かに保護するよう命じられていた。それをすっかり失念していた彼女は、またしても失態を犯したと気付いて自己嫌悪してしまう。
因みにクレアとレイチェルと言うのはハンター達の事で、コードで呼ぶ事を嫌うリーナが便宜的に付けたもので本名ではない。
その二人が自分と同じく隆誠に捕らわれていたのは全くの想定外だった。と言うより、自分と戦闘していた彼が一体どうやって二人の事を知ったのかが全く分からない。後でバランスに聞けば分かるだろうが。
「一応其方で確認してもらえませんか?」
彼女の考えとは他所に、隆誠はバランスにハンター達の身元確認をするよう言った。
普通なら部下であるリーナがやるのだが、今の彼女は(一応)まだ捕虜の身である為に出来ない。
バランスもそれを理解してるように、自ら動いて隆誠が指した部屋へと向かい入っていく。僅か一分もしない内に戻り、再び椅子に腰かける。
「確認した。確かに今もベッドで眠っているあの二人は私の部下だ。シリウス少佐と同様、丁重に扱ってくれて感謝する」
別動隊として送り込んだ二人をどうやって分かったのかと訊ねたい衝動に駆られるも、交渉前にそれはすべきでないと自制していた。
それとは別にバランスは疑問を抱いている。これが本当に交渉前の空気なのかと思えないほど、余りにも穏やかだった。
先程から此方がずっと警戒しているにも拘わらず、隆誠は自分と違って全くの無警戒だった。自分がリーナに命じれば拘束出来るのではないかと錯覚してしまいそうな程に。
だが、相手はリーナを圧倒するほどの絶対的強者であるから、一切気を抜く事が出来ようが無かった。もしかすれば自分達を油断させる為、敢えて隙を晒しているのかもしれないとバランスは考えている。
(さて、向こうは一体どんな要求をしてくるか……)
ここからが本番であると改めて交渉に乗り出そうと――
「そうですか。では後の事は任せますので、俺はこれにて失礼します」
「………は?」
していたが、向こうから余りにも予想外な台詞を言った為に、流石のバランスも呆気に取られた。一緒に聞いているリーナも同様に。
そんな二人に隆誠は立ち上がり、そして何事も無かったかのように帰りの準備を始めた。その途中、リーナ達が使っていた武器やCADは物置らしき部屋に全部置いてると教えている。
「……リュ、リューセー、チョッと待ちなさい!」
固まっているバランスとは別に、一早く復活したリーナが隆誠を引き留めようとする。
「何だよ。俺は学校があるから早く帰りたいんだ。ってかリーナも早く準備しないと遅刻するぞ」
「……え? が、学校って、アナタ……」
学校を理由に帰ろうとする隆誠の発言に、リーナは肩透かしを食らっていた。
「どう言うつもりだ。彼女達を引き渡す条件とかは無いのか?」
「条件? それがお望みだったんですか?」
漸く復活したバランスが問うも、隆誠は逆に問い返した。
彼の言ってる意味が全く分からない。そう考えてしまうほど二人は混乱している。
「昨夜で話してる時にバランスさんが言ったじゃないですか。『私が責任持って引き取ろう』って」
「た、確かにそう言ったが……」
それは決して間違っていない。確かに間違ってはいないのだが、それだけで済む訳が無いとバランスは叫びたい衝動に駆られるも必死に抑え込む。
人質を引き渡す前提として何かしらの条件、もしくは要求を突き付けてくる。例えば今回捕らわれたリーナを取り戻すとすれば、法外な要求をされてもおかしくない。莫大な身代金、もしくは彼女が持つ戦略級魔法の情報開示、もしくはUSNAが開発したブリオネイクなどを含めた兵器の譲渡など。もしも国の高官であれば、間違いなくそのような事をしてもおかしくない。
一般人の隆誠であれば、精々家族が遊んで暮らせるほどの金額を要求すると考えていた。それが億単位であったとしても、スターズ総隊長かつ国家戦略級魔法師の『アンジー・シリウス』が、その程度の金額で助かるならば安いものである。本国にいる上層部もそのように考えるはず。
だと言うのに、当の本人は一切要求してこない。それどころか何の対価も求めず、まるでもう用事が済んだと非常に軽そうな感じで帰ろうとしている。それが却ってバランスには不気味であった。
「ならばこれだけは教えてくれ。君は最初から無条件で彼女達を返すつもりであったなら、何故私を此処に来させたのだ?」
「単なる確認ですよ。本当に貴女が総隊長さんの保護者であるかを、ね。それに――」
隆誠は更に理由を告げようとする。
「聞いた話によると、総隊長さんの素顔と正体を知った者は誰であろうと抹殺するそうですね。ですが彼女から自分の正体をペラペラ喋っておいて殺すと言うのは、些か理不尽だと思いませんか?」
「!」
自分から隆誠に正体を教えていたと言う内容は、バランスにとって全くの初耳だった。
思わず部下に視線を向けるも、リーナはビクッと身体を振るわせた後、大変気まずそうに目を逸らしている。
(しまった、そう言う事か……!)
バランスは察した。隆誠が我々に要求をしない理由を。
いや、違う。『今までの件は無かった事にしておくから、リーナ達を
はっきり言ってこれは非常に厄介であった。お金や物を渡して解決するのとは全然違う。これならば彼に数億の大金を渡して解決する方がまだ良かった。
恩と言うのは一種の借りである。その為にUSNAは隆誠個人に大きな借りが出来てしまい、もし向こうからソレを盾にして手を貸せと言われたら、此方は無条件で協力しなければならない。
(何と言うことだ……!)
此処に来てバランスは自身のキャリアと矜持を傷付ける失態を晒してしまった。同時に相手が一般人の学生であるから大丈夫だと、自身の浅はかな考えと詰めの甘さに腹が立ってしまう程に。
だが、気付いたところでもう遅かった。今更ここで待ったを掛けたところで隆誠は聞き入れないどころか、もう帰る寸前となっている。恐らく自分が気付く前に話を終わらせ、即座に帰ろうとしたに違いない。
もしかしたらリーナを自由にさせて朝食を取らせ、ハンター達が一切拘束されていないのは、一種の心理戦だったかもしれない。隆誠に対する警戒感を無意識に緩めさせようと、自分にリーナ達の無事な姿を直接見せて安心と言う名の隙を作る為に。
何から何まで隆誠の掌の上で踊らされていたと内心歯軋りをするバランス。そして最早如何にもならない事であると悟る瞬間でもあった。
「そちらの都合で殺される俺は堪ったものじゃありません。だから後の事は其方で何とかしてくれませんか?」
「……分かった、此方で処理しておく」
スターズ総隊長がやらかした失態を揉み消す際に自分の事も隠せと、隆誠は暗にそう言った。
バランスとしても当然そのつもりだ。こんな恥も同然の内容を公表するつもりは一切無い。もし日本や各国に知られたら確実に笑い者扱いされるだろう。
お願いに従う返答しか出来ないとは言え、自分に此処まで敗北を喫されたのは初めての経験だった。それもまさか一般人の学生相手になど誰が予想しただろうか。
リュウセイ・ヒョウドウは実力だけでなく、相当頭が切れる策士でもあったと本国に報告せざるを得なかった。そして今後も一層警戒すべき相手になる。だがその前に、彼に借りを返さなくてはいけないが。
「って事で、俺は今度こそ失礼させて頂きます。リーナ、遅刻するなよ」
そう言って隆誠は帰ろうとする。今度ばかりはバランスとリーナも一切口出しする事ないまま。
直後、リビングにある電話が突然響いた。
振り向いたバランスやリーナだけでなく、帰ろうとしていた隆誠も足を止めている。こんな朝方に一体誰が電話をして来たのかと気になっているから。
「シリウス少佐」
取り敢えず電話に出るようバランスが指示を出した。一応この部屋の家主はリーナである為、彼女が応対しなければならない。
そしてリーナは足を運び、響いている電話をオンにした。向こうは相手側の顔が見えるようテレビ電話に設定していたのか、画面が映り出す。
『初めまして。私は九島烈と言う者だが、君が弟の孫娘でよろしいかね?』
「く、九島将軍!?」
「!?」
対応してるリーナだけでなく、バランスも目を見開いていた。画像に映っているのは、十師族の長老――九島烈である為に。
隆誠達の位置には烈の姿が見えている。それは当然画面の向こうから此方を見ている烈も、リーナだけでなく、バランスと隆誠の姿を視認している。
(バカな! 何故ここでレツ・クドウが出てくる!?)
約20年前までは世界最強の魔法師の一人と目されていた人物であり、当時は「最高にして最巧」と謳われ、「トリック・スター」の異名を持っていた。当時とは言え、現在も各国が彼の事を知らない訳が無い。
隆誠との交渉が終わったかと思いきや、ここに来て十師族と対応するのは全くの誤算であった。
バランスが頭の中で必死に考えている中、画面の烈はリーナの後ろにいる隆誠に気付いて視線を向ける。
『おや、何故兵藤君が孫娘の家に? もしや泊まったのかね? いくら学生とは言え、私の家族に手を出すとは感心せんな』
「おはようございます、閣下。安心して下さい。其方が想像してるような事は一切してませんから」
『やれやれ、何もそんな大真面目な顔で答えなくても良いだろうに。チョッとくらいは老人の冗談に乗ってくれても罰は当たらないぞ』
「さり気なく既成事実を作り上げる以外の事でしたら、いくらでも付き合いますよ」
『残念、見抜かれたか。ハッハッハッハ』
「「…………………」」
烈と隆誠の会話にリーナ達は信じられないように見ていた。
あの『トリック・スター』が『シューティング・スター』と親しげな会話をしてること自体あり得ないのだ。
隆誠が九校戦で活躍していた際、烈も当然彼を注目しているだろうとUSNAは予想していた。しかし、ここまで親しい関係であったのは全くの予想外である。
普段忙しい筈の烈がこんな朝早くリーナの家に電話したのは、勿論家族である彼女と話す為ではない事をバランスは既に察している。
『さて、其方はもう察しておるであろう。私がこの時間に電話してきた理由が』
楽しそうに隆誠と会話していたのとは一変し、バランスへ視線を向けた途端に違う笑みとなっていく。
『USNA軍統合参謀本部大佐、ヴァージニア・バランス殿だな』
「私をご存知とは光栄です、ミスター・クドウ」
隆誠と日本語で会話していた烈だが、バランスと対面した瞬間に英語で話しかけた。
『女性でありながらも大佐の地位に就いておるのだ。君の軍功は日本にいる私も知っていて当然だよ』
烈がここまで言い切るのは、バランスは相当有名なUSNA軍人のようだと隆誠は改めて認識した。同時にリーナの上官であるのは本当であったと。
すると、さっきとは違う口調で烈は話しかけようとする。
『ところで、昨夜の件は聞かせてもらった。君が孫娘のアンジェリーナやスターダストを使い、一般人である兵藤君を誘い込んで強襲し、更には彼の家族を拉致しようとしていたそうだな』
「!?」
何故それを烈が知っているのかなんて問うまでも無かった。バランスの目の前にいる隆誠が話したのだと分かったから。
九島烈が既に当主から退いている他、第一線を退いているとは言っても、現在は国防軍魔法顧問の地位に就いている。並びに日本魔法協会からも尊敬の意を込めて『老師』と呼ばれており、まだ相応の権力が彼にはあるのだ。
バランスも当然知っており、九島烈とは極力関わらないよう心掛けていた。十師族の『四葉』とは違う意味で厄介な相手でもあるから。
そんな関わりたくない相手がリーナの家に電話し、そして今こうして話している。バランスとしても、これは完全に誤算な展開だ。
『いくらUSNAが同盟国とは言え、我が国の魔法師や民間人に手を出すのは大問題だよ。今回の件について然るべき――』
「チョッと宜しいですか、閣下」
話している烈に隆誠が突然割って入るように口を挿んできた。
『何かね、兵藤君。今は大事な話をしておるのだが』
「それは勿論理解しています。ですが俺はそろそろ家に戻って学校に行かないと不味いんですが……」
『おお、そうであったな』
肝心な事を思い出したみたいな感じで烈は言った。
隆誠の今後についての話をしていると言うのに、当の本人は如何でもいいみたいに学校を優先している。普通なら休んででもおかしくない筈であるのに。
『ならば後の事は私に任せて、急いで帰ると良い』
それは一高の留学生であるリーナにも言える事なのだが、彼女は昨夜に隆誠と戦った一人である為、学校に行くのは許されない状況であった。
烈から許可を貰った隆誠は、この場にいる彼女達に『失礼します』と言ってリビングを出ようとする。リーナが何やら行かないで欲しいような素振りをしていたが、敢えて気にしなかった。
そして彼がリーナの部屋から出た後――
(本当に
懐に収めてる携帯端末を取り出すと、何故かソレは通話モードになっていた。ディスプレイには『九島 烈』と表示されている。
周囲に人の目が無い中、隆誠は通話をOFFにしてすぐ、再び端末を懐に入れながらマンションから去っていく。
隆誠が帰る際に電話が鳴って、そこで本物の隆誠が出てくるシーンですが、そこを変更して九島烈を出しました。
九島も出た事によってバランスが今まで以上に追い詰められる、と言う展開に変更です。