「先ず犠牲者の血が失われた件だが、これは以前のお前も含めたパラサイトの仕業か?」
『Yes』
どうやら俺を仮初めのマスターと認めているのは本当みたいで、ピクシーは素直に答えた。
最初はてっきり返答を渋るかと思っていたが杞憂のようだ。ならば話を続けるとしよう。
「人の生き血が必要だった理由は?」
『失血は意図したものではありません。増殖に失敗した副作用です』
今まで人間を襲っていたのは
内心不快に思っていると、ピクシーは説明を続ける。
『我々の増殖プロセスは、先ず自分の一部を切り離し宿主に送り込むことから始まります。分離体は血液中の
「チョッと待て。お前達は本来霊的な存在だから質量は持たない筈だ。置き換わった血液の質量はどうなる?」
『同化に伴う肉体の変容に使用されます。同化に失敗すると、分離体と共に
「成程な……」
『肉体への浸透が完了すれば、その情報体である幽体も掌握できます』
実体と情報体の相互作用、か。この世界の魔法と似た原理と考えて良いだろう。
『幽体を経て宿主の精神体にアクセスし、一体化出来れば増殖は成功です。しかし残念ながら、成功例はありませんでした』
死んだ犠牲者達は全て増殖に失敗か。確か犠牲者の多くは七草家の関係者だったから、真由美が知れば確実に憤慨しているだろう。
俺や
「失敗した理由は?」
『不明です。私もそれを知りたかった。何故かその思いだけが失われず、私の中に残っている』
「そのボディに宿る以前、お前達は共通の目的意識を持ち、組織的に行動していたように見えるな。パラサイトの中に、命令する
『我々の中に指揮命令関係は存在しません』
「となれば、お前達パラサイトは元々独立した個体じゃないな。お前達は個にして全。個別の思考能力を持ちながら、意識を共有し交信することで、遠くにいる仲間からの情報を得られると言う訳か」
『Yes。仮初めのマスターは、マスターと同じく聡明ですね』
「それはどうも」
ピクシーからの称賛に俺は素直に受け取りながらも、『吸血鬼事件』の一連について内心理解した。恐らく奴等は俺達の知らない所で、今も密かに人間を襲っているだろう。
連中としては生き延びたい理由で仲間を増やしているのかもしれないが、襲われている人間達からすれば堪ったものじゃない。悪いがこれ以上の犠牲者を増やさせない為、
「因みに他のパラサイトの現在の居場所は分かるか?」
『現在位置不明。ですが、他の個体が私を捜している思念波は感じられます』
「どういう事だ? お前達は意識を共有している筈だろう」
『このボディに宿ってから、仲間との接続が切れています』
「そうか。因みにお前が昨日言っていた『俺と繋がりのある
『Yes』
随分熱心な事だ。連中は本来の仲間だけじゃなく、未だレイとディーネも並行して捜しているとは。
そう考えると、今夜はレイとディーネも一緒に同行させた方が良いな。前回は現れなかったが、ピクシーの言ってる事が本当であれば遭遇する可能性が高い筈だ。
「分かった、俺からの話は以上だ。マスター権限は解除していい。分かってると思うが、司波には絶対他言無用だぞ」
『Yes。ですが解除する前に、私も仮初めのマスターにお聞きしたい事があります』
「何だ?」
目的を済ませた俺は再び転移術を使おうとするが、ピクシーが引き留めるように言ってきた。
『先程見せた光の塊ですが、あれは本当に魔法なのですか?』
「……………」
『目にした瞬間、私は初めて底知れない恐怖を抱きました。同時に本当に人間が使える光なのかと疑問を抱いています』
「っ!」
コイツ、まさか……!
『私が知る限り、あそこまで次元が異なる穢れの無い光は見た事がありません。アレはまるでこの世界とは異なる――』
「悪いが、そこまでにしてもらおうか」
ピクシーにこれ以上余計な事を言わせないよう、俺が開いてる手を向けた瞬間に口を閉じた。
正体がバレていないとは言え、完全に
「良い事を教えてやろう、ピクシー。中途半端に勘が鋭い者は却って早死にする。そいつを今此処で教えてやろうか?」
『………申し訳ありません、失言でした』
自分がどれだけ不味い事を口にしたピクシーは理解したみたいで、頭を下げながら俺に謝罪してきた。
「言っておくが、それを司波に報告すれば……分かっているよな?」
『勿論です。このガレージには誰もおりませんし、今まで私が独り言を呟いていただけに過ぎません』
「結構」
そのボディに搭載されてる通話記録も
話を一通り終えた俺は、ピクシーがサスペンドモードに移ったのを確認した後、再び転移術を使って自宅へ戻った。
☆
家に戻った後、軽い朝食を済ませ、今度は転移術を使わずに徒歩と交通機関を利用して学校へと向かった。
剣道部の朝練は何の問題無く終わって、いつも通りのカリキュラムが始まる。
違いがあるとすれば、司波達也を除く司波一行が俺と顔を合わせた際、大変気まずい表情になって目を逸らしていた。ピクシーに踊らされていたとは言え、昨日やらかした事が相当負い目を感じていると言う証拠だ。
修哉から一体何が遭ったのかと訊かれたが、大した事じゃないと誤魔化しておいた。司波達が俺をパラサイトだと一方的に疑われたなどと流石に言えないだけでなく、教えたら絶対文句を言うのが目に見えている。特に剣道部を通じて仲が良くなったレオと険悪になってしまうのは、俺としても余り宜しくない。
放課後に生徒会室で仕事をしてる際、司波妹と光井も俺を見た途端にレオ達と似たような反応を示していた。流石に昨日の今日で気持ちを切り替えるのは無理だろうから、二人の気まずさを見て、今日は剣道部に専念する事にした。中条もそれを察したかのように了承してくれたので、俺は来て早々に生徒会室を出た。
(あ、司波だ)
剣道部の部室へ向かう途中、司波と鉢合わせる事となる。
「「……………」」
だが俺達は少しばかり目が合った後、何事も無かったかのように素通りしていく。昨日の件があろうが無かろうが、コレが俺と司波の関係だ。特にこれと言った用が無い限り、俺達は声を掛ける事はしない。
「兵藤」
交差した瞬間、突如司波が声を掛けたので、俺は思わず足を止めた。
だが振り向く事はしない。それは司波も同様である。
「答えたくないなら聞き流しても構わない。俺は今夜動く予定だが、兵藤はどうする?」
端から聞けば司波の質問は意味不明だろう。けど、俺は分かっている。
暗にこう訊いているのだ。『此方はパラサイト討伐を今夜決行するが、兵藤も参加するのか?』と言う感じで。
「奇遇だな。俺もそのつもりだよ」
「………そうか」
俺が答えると思っていなかったのか、司波が間がありながらも意外そうな感じで言った。
「ならばもう一つ訊きたい。兵藤は対抗する手段を持っているのか?」
「少なくとも、無策で挑む気は無いとだけ言っておく」
パラサイトを倒す手段を確かに持っているが、それは余り教えれる内容じゃない。だから敢えて濁すしかなかった。
返答を聞いた司波は「そうか」と言った後、止めていた足を動こうとする。話は終わりだと言わんばかりに。
そして俺も同様に、止めていた足を動かし、剣道部の部室へ向かう事にした。
(ふむ。司波が動くなら、やはり分身拳を使って行動した方が良さそうだな)
その間、俺は今夜の行動方針を考えていた。レイとディーネを連れて行くのなら、変装した白般若の方へ行かせた方が良いと。
あ、そうだ。変装時には駒王学園の制服じゃなくて、別の服で行かないと。特に上着はフードが付いたパーカーを用意しないと不味い。
もし司波達と遭遇した際、いくら白般若の面で顔を隠しても、髪型で俺だとバレてしまいそうなので。