「だめなの、ご主人様。全然見付からないの」
「恐らく、パラサイトが、意識を、失っているかと」
「そうか……ちっ」
時刻は深夜。
母さんやセージ達は既に就寝しており、俺だけ起きていた。
昨夜に俺がパラサイトを分離したのとは別に、司波達が逃がしたパラサイトの行方をレイとディーネに捜すよう命じたが、今も見付からず仕舞いの結果であった。
逃がした、ではなく横取りされたと言うべきか。それをやったのは、七草家と繋がりがあるだろう国防軍情報部。何の理由で捕らえたのかは不明だが、軍事利用するつもりなら、それは余りにも危険な行為である。
数日前、USNA軍が異次元からデーモンを召喚させたという朝のニュースで、魔法師に対する非難が広がっている。その問題となってるデーモン――パラサイトを軍事利用すれば、魔法師排斥運動をしてる者達に口実を与えることになるかもしれない。俺としては、魔法師に忌避感を抱き始めてる母さんが一番心配なのだが。
なので俺は情報部が愚かな事をする前に、パラサイトを見つけ次第に捕獲後、あの時の女性のように分離させようと考えた。
しかし、肝心の対象が見付からない為、
「こ、今度は領域を広げてもう一度探してみるの!」
「も、申し訳、ありません!」
「え? あ、いや、別にお前達を責めてないからな……!」
どうやらさっきの舌打ちは、レイとディーネを失望させた表現だと思わせてしまったようだ。
無意識にやったとは言え、自分を慕う
すると、俺の机の上に置いてある携帯端末が鳴り響いた。突然の事に俺は思わず振り返るも、それは今も着信音が部屋中に広がっている。
こんな時間に電話をするのは、自分が知る限り九島しかいないだろう。彼に訊きたい事がある俺からすると、それは大変好都合だった。
頭を撫でているレイとディーネから離れて端末を見ると、電話をして来たのは全くの別人だった。ディスプレイには『レイモンド・S・クラーク』と、登録した憶えが無い筈の人物名が表示されている。
名前からして明らかに外国人だが、生憎俺にそんな知り合いはいない。何故自分の携帯端末にそんな名前が入っているのかは知らないが、間違いか迷惑電話のどちらかだろう。得体の知れない相手と直接話すならともかく、流石に電話越しで会話する気は毛頭ない。後で番号拒否設定しておこうと考えながら、即座に着信を切るボタンをタップする。
しかし、数秒後にまたしても携帯端末の着信音が鳴り響く。
「………ん?」
いっそ電源自体を落とそうかと考えながらディスプレイを見ると、さっきと違う名が表示されていた。『シズク・キタヤマの友人』と、今度はそう簡単にOFFに出来ない。
表示されている『シズク・キタヤマ』とは俺が知る限り、光井の親友である『
俺と北山は司波達みたく親しい関係じゃないから、自分の連絡先番号は教えていない。それは修哉と紫苑も同様で、あの二人も教えていない筈だ。
そんな彼女の友人を名乗る奴から、こんな夜中に電話してくるのは間違いなく怪しいのは明白である。
さっきと同じく電話を切るべきだが、知り合いの名前が出てしまった以上見過ごす事は出来ない。限りなく低いが、アメリカにいる北山からのSOSと言う可能性だってある。これでもし向こうで何かしらのトラブルが起きた場合、俺は彼女を見捨てた事になるだろう。そして後から知った光井、そして司波達からの非難轟々と言う展開も容易に想像出来る。
取り敢えずここは電話に出るしかないと考えた俺は、レイとディーネに透明化するよう言いながら、通話をONにすると同時にテレビ電話に切り替えた。
『ハロー、電話に出てくれてありがとう。そして初めまして、「シューティング・スター」』
「……その前に自己紹介して欲しいのだが」
ディスプレイには予想通り、見た事の無い金髪碧眼の白人少年だった。リーナと似た特徴からして、この少年もアメリカ人だろう。
此方の指摘に、白人少年は気付いたようにハッとする。
『すまない。どうやら僕とした事が礼を欠いてしまった。では改めて、僕の名前はレイモンド・セイジ・クラーク。ティア……じゃなかった、シズクから色々聞いて知ってるよ。九校戦は本当に素晴らしくて、僕はもう完全に君の大ファンになっちゃったんだ』
「……俺としては、人の連絡先をどうやって知ったのかが一番気になるんだが」
無断で人の番号に電話してる時点で充分失礼なのだが、この男に言ったところで無駄だと思い、敢えて指摘しなかった。
そう言えば、北山が留学先で最初に知り合った男子生徒の友人が出来たと言ってたな。名前は『レイ』とだけしか言ってなかったけど、今俺と話しているレイモンドがその友人か。ファンだからっていきなり電話するのは少々度が過ぎているんだが。
『「七賢人」の一人である僕なら、それを調べるくらい簡単だよ』
アメリカ人であるコイツが日本にいる俺の番号を調べたと言う事は、恐らくハッキング行為をしたんだろう。普通はそんな簡単に出来るものじゃない筈だが、それをあっさりやったレイモンドは相当な能力を持っているのだろう。
だが、それとは別に妙な事を口にしたな。『七賢人』と言う古臭い単語を。因みに七賢人とは、紀元前六~七世紀頃に古代ギリシアで優れた七人の統治者の呼称である。
そんな大昔の呼称を自ら名乗るなんて、レイモンドを含めた連中は世界の統治者だと気取っているんだろうか。嘗て世界を創造した当時の
「もしかして君は、ギリシャ七賢人の関係者なのか?」
『それは誤解だ、「シューティング・スター」。あくまでUSNAの情報機関に名乗る時に使う組織名だから、向こうとは全く関係無いよ』
「……あ、そう」
聞いて損したと言わんばかりに、俺は内心嘆息した。
だがそんな事よりも、指摘しておかなければならない事がある。
「レイモンドと言ったな。その『シューティング・スター』は止めてくれないか? 生憎俺はその名称が好きじゃないんでな。出来ればヒョウドウかリューセーのどちらかで呼んで欲しい」
『そう? じゃあリューセーって呼ばせてもらうよ、よろしくね。僕には「レイ」って呼んでもらえると嬉しいな』
「悪いけど、お前の呼び方に関しては遠慮させてもらう」
『え、何で?』
その愛称は、今も俺の背後で透明化している
もしもここで俺がレイモンドを愛称で呼んでしまえば、後ろにいるレイが絶対に黙っていない。
「それはそうと、一体何の用で俺に電話して来たんだ? いくら北山の友人や俺の大ファンだからって、こんな時間に電話するのはどうかと思うんだが」
日本とアメリカの時間は半日以上の時差がある。俺のいる日本は深夜で、レイモンドのいるアメリカは昼前。
向こうが午前中に電話しても問題無いだろうが、こっちとしては夜中に電話されたらマナー違反である。知り合いならまだしも、初対面の相手であれば猶更に。
『じゃあ此処からは真面目な話に入ろう。今回君に電話したのは、パラサイトに関する情報を提供する為さ』
少々不快な表情になってる俺を見て察したのか、レイモンドは笑顔でありながらも本題に入ろうとした。
どうやって調べたのかは知らんが、俺がパラサイトを捜している事をご存知のようだ。まぁ俺の連絡先番号を調べたんだから、行動を把握するのも造作も無いのだろう。
『先ず確認だけど、リューセーはタツヤ・シバと交戦したパラサイト達が、国防軍情報部防諜第三課に横取りされた事は知ってるかな?』
「まぁ、一応は」
『なら話は早い。ついさっきアンジー・シリウスが防諜第三課のスパイ収容施設を襲撃して、捕まっていたパラサイトを全て始末したよ』
「っ……!」
レイモンドがどうやってパラサイトが捕らえられた施設の情報を知ってる事よりも、パラサイトを殺した実行犯がアンジー・シリウスだと知った瞬間に目を見開いた。
アンジー・シリウスことリーナは俺が見る限り、殺し屋に向いていない。表面上の付き合いだけとは言え、あの表情豊かな少女に惨い事をさせるUSNA軍幹部共に憤りを抱いてしまう。軍人としての任務だから、と言えばそれまでなのだが。
暗殺者たる適性が無ければ、その重さに耐えきれず、心が少しずつ壊れていく。そう言う
「……それを知っているって事は、シリウスに情報を教えたのはお前か?」
『いや、違うよ。これは本当だと誓っておく。何故か彼女は、僕が教えてあげる前に知っていたみたいでね』
「何だそれは」
チョッとばかり気が抜けてしまい、俺は思わず突っ込みを入れてしまう。だが相手が既に知っていたのであれば教えた事にはならないとは言え、それはそれで複雑な気分だ。
『そしてリューセーにも、特ダネを提供しようと思っている』
随分と俗な日本語を知っているものだ。よほど日本に興味が無ければ知る事が出来ない言葉なのに。
『君にとって、とても有意義なネタだと思うよ』
「それ以前に。何故お前はそんな情報を俺に教えようとするんだ?」
『さっきも言ったけど、僕は君の大ファンなんだ。それと個人的に関係を築きたいから、お近づきの印として無料で提供しようと思ってね』
「何だと?」
俺と関係を築きたいって、一体何を考えているんだ?
「たかが一般人如きの俺と仲良くなったところで、レイモンドに何の得もないと思うが?」
『日本人は謙虚だとよく聞くけど、君の場合は嫌味にしかならないから止めておいた方が良いよ』
何だよ、嫌味って。普通にありのままを言ったつもりなんだが……。
指摘を聞いた納得行かないと思いつつも、レイモンドは更に続ける。
『リューセーは九校戦で大活躍しただけでなく、大亜連合で有名な『人食い虎』こと
「そ、そうなのか……」
確か真由美からもそう言う指摘をされた事があったな。
レイモンドが真剣な表情で言い放つとなれば、どうやら各国は本気で俺を注目してるのは間違いなさそうだ。
まぁ向こうの思惑など、正直如何でも良いと思ってる。仮に襲い掛かって来るなら、先日相手をしたUSNA軍みたく、敗北を味合わせれば良いだけなので。失う覚悟で挑むのであれば、いくらでも相手してやる。
そちらの忠告は取り敢えず受け取っておくと言い返すと、それを聞いたレイモンドは話を戻そうとする。
『現在ステイツで猛威を振るい、日本にも飛び火しつつある魔法師排斥運動は、僕と同じ七賢人の一人、ジード・セイジ・ヘイグが仕掛けたものだ』
さっきまでの話とは打って変わるように、いきなりとんでもない情報を俺に教えてくれた。
『ジード・ヘイグ。またの名を
「『ブランシュ』だと?」
『そう。去年の春に逮捕されたブランシュ日本支部のリーダー、司一の親分だよ。これについての詳細は僕でも不明で、何でも「白般若の面を被った襲撃者」によって司一は倒されたらしいね』
どうやらレイモンドは、分身拳を使って変装した
『他にも国際犯罪シンジケート「ノー・ヘッド・ドラゴン」の前首領、リチャード=孫の兄貴分でもあるね。向こうでは「黒の老師」「
またしても俺が関わりのある件を言って再び内心ドキッとするも、襲撃者が
アレは九島の部隊が捕らえたと言うシナリオに仕立て上げた筈だが、よくもまぁコイツは裏情報を入手出来るものだ。
「随分とジード・ヘイグについて詳しいじゃないか。まさかとは思うが――」
『言っておくけど、七賢人だからといって僕と共謀関係は無いからね』
俺がチョッとした疑念を口にしようとする直前、レイモンドが即座に否定した。
「どうだか。そう言いながら実は裏で繋がってるんじゃないのか? 同じ組織に所属してる以上は」
『リューセーに誤解されたくないから教えておくね。七賢人というのは一つの組織の名前じゃなくて、フリズスキャルヴのアクセス権を手に入れた七人のオペレーターのことなんだ』
「フリズスキャルヴ?」
またしても古臭い単語を口にするレイモンドだが、生憎それは間違いなく自分の知っているアレじゃないだろう。
因みに
『フリズスキャルヴというのはね』
怪訝な表情になって鸚鵡返しした俺に、レイモンドが説明を始めようとする。
『全地球傍受システム「エシェロンⅢ」の追加拡張システムの一つでね。エシェロンⅢのバックドアを利用しているから、システム内に潜むハッキングシステムと表現する方が妥当なのかな?』
自ら違法行為をやっていると公言してる事に、俺は呆れざるを得なかった。
七賢人とは本当に名ばかりで、高性能な機械を使って情報を入手し、あたかも賢人のように振舞う集団に過ぎないというのがよく分かった。まぁオーディンや
『とにかくフリズスキャルヴは、世界中から情報を集めて、オペレーターの検索にヒットする情報をもたらしてくれる。そのオペレーターの選出はシステムそれ自体が行っていて、選出基準に法則性は見付かっていない。見かけ上、完全にアトランダムなんだ』
「とんでもない代物じゃないか」
もしフリズスキャルヴを作った
『君がそう言うのは当然だね。だけど、フリズスキャルヴの使用には、オペレーターにとってもリスクがある。検索履歴が記録されてしまうんだ。僕がジード・ヘイグのことを知ったのも、検索履歴の記録からだ』
「チョッと待て。そうなればお前の素性もジード・ヘイグに知られているんじゃないのか?」
『それは尤もな疑問だね。でも、いくらリューセーでも流石にこればかりは答えられない。代わりに別の情報を提供するから、それで手を打たせてくれ』
素直に答えてくれないのを前提で訊いたのだが……まぁ向こうが情報を提供するなら別に良いか。
俺が了承すると、レイモンドは話を戻す。
『ブランシュ日本支部の壊滅とノー・ヘッド・ドラゴンの日本拠点喪失によって、ヘイグは日本に干渉する手段を失っていた。パラサイトが日本に渡るよう仕向けたのもヘイグで、その目的は騒ぎに乗じて日本における工作拠点を再建することだ』
「そんな事の為にパラサイトを日本に連れて来たのかよ……」
何て傍迷惑な奴だ。人間を殺した実行犯はパラサイトだが、そうなる原因を作ったのはジード・ヘイグになる。拠点を再建する為だけに多くの死者が出てしまったのを考えると、必ず落とし前をつけさせなければならない。奴が活動する原因を作ってしまったのは、二つの組織を壊滅させた
「ブランシュ総帥が自ら動いて日本で拠点を再建するのには、何か大掛かりな目的があると俺は推測するが」
『察しが良いね。まだ確証は無いけど、彼の目的は、魔法を社会的に葬り去る事だと僕は分析している』
先程まで笑顔で話していたレイモンドだが、途端に真面目な顔で話していた。
『魔法技術が駆逐されれば、魔法後進国である大亜連合は一気に軍事力バランスを改善できるからね。魔法の無い世界で覇権を手にする。それがヘイグと、その背後にいる者たちの目的だと思う』
「所々飛躍はあるが、まぁ全体として見れば論理的な推理だな」
九島から聞いた話によると、レイモンドの言う通り大亜連合は他の国と比べて魔法技術レベルが低い。もし世界中で魔法の存在が消えてしまえば、下克上の如く立ち上がるだろう。
『だけどそれは、僕の望むところじゃない。ロマンチストと笑ってくれても良いけど、魔法は人類の革新に繋がるものだと僕は思っているんだ。因みにリューセーはどうかな?』
「別に何とも思ってない。そもそも魔法に善悪など無いし、使うのはあくまで人間なんだ。それが正しいとか間違っているなんて、勝手に決め付けること自体おかしいと俺は思ってる」
『ふむ、どうやら君は徹底したリアリストだね。僕と意見が合わないと言っても、君のそういう考えは嫌いじゃないよ』
「それはどうも」
ロマンチストとリアリストは本来相容れない筈なのだが、レイモンドは随分柔軟な考えを持っているようだ。
『と言う訳で、僕は今後、継続的に、君
「君にも? 他に教える奴がいるのか?」
『ああ。リューセーもよく知っている人物だよ。名はタツヤ・シバ――戦略級魔法師「
情報を提供する相手が司波なのは分かったが、大袈裟なニックネームを聞いた瞬間に吹いてしまった。
『ん? そんな反応をするって事はもしかしてリューセー、彼が戦略級魔法師だって事を知っていたのかい?』
「まぁ薄々に、な」
遥か遠い場所から莫大なオーラを感じて調べた結果、司波が戦略級魔法師だと分かった。なんて言える訳がない。
俺の返答にレイモンドは大変興味深そうな表情になって、改めて訊こうとした。
『凄いね。君はフリズスキャルヴを持ってないのに、一体どうやって分かったんだい?』
「そこは企業秘密と言っておく。どうしても知りたいなら、さっきはぐらかした俺の疑問に答えてくれ」
『おっと、それを出されたら弱いなぁ。仕方ない、コレに関しては潔く諦めるとしよう』
意外とあっさり引くレイモンドに、余程さっきの問いに答えたくないのだと俺は察した。
『まだ話の途中だけど、ジード・ヘイグとは別の情報を今教えておくよ』
確か答えたくない代わりの情報を提供すると言っていた件だったか。
如何でも良いけど、早くこの会話終わってくれないかな。俺としてはそろそろ寝たいんだが。
『さっき話したように、フリズスキャルヴはオペレーターが使うと、調べた情報についての検索履歴が記録されるリスクがある。その検索履歴の中に、リューセーの出自や魔法について何度も調べているのが確認された』
「俺の? どうせお前以外のオペレーターの誰かが、九校戦や横浜事変について調べたんだろ」
レイモンドと同様に調べようとするのは容易に想像出来ていた。尤も、そんな物を使ったところで何の意味も無いが。
『それをやっていたオペレーターが、君と同じ日本にいる十師族当主の一人――「マヤ・ヨツバ」だったらどうかな?』
「何だと?」
またしても思いがけない情報に、俺は驚愕する事になった。
原作ではレイモンドが達也に一方的に喋っていますが、こっちでは会話する流れにしました。