魔法陣が輝きを発し、空を突き抜けるような柱となっていた。
その中心にいる俺は特に異常は起きていない。端から見れば、光に包まれて被害を受けていると思われるだろうが。
司波ならこの状況でも冷静に対処しようと、『
俺としても大変好都合なので、止めてくれた幹比古に感謝している。発動している魔法陣から、
嘗てのオーフィスは『
普通なら心配ないと言いたいところだが、案外そうでもない。何故ならこの世界にいる人間(特に権力者や魔法師連中)は色々な意味で厄介であり、オーフィスの存在を知って放置するなんて絶対あり得ない。私利私欲の為に手に入れようとするか、もしくは危険だから始末する等々、様々な展開が容易に想像出来る。ある意味、『
まぁ、ここで嫌な未来を想像したところで、必ず起きるのは確定しているから今更だ。最初に絶対何かやらかすであろう司波達也とか、大事な妹を守る為の口実として何らかのアクションを起こそうとする司波達也とか。って、同じ奴を二回も言ってしまったな。
チョッとばかり既に諦めの境地へ至っていると、魔法陣から発してる輝きが最高潮に達していく。
「くっ!」
普段から光を見慣れている俺でも眩しすぎて、思わず眼を閉じながら腕で覆うようにした。近くにいる司波達も同様の事をしているだろう。
「兵藤!」
「兵藤くん!」
「リューセー!」
司波兄妹とリーナの叫びが聞こえるも、輝きはまだ収まらない。
☆
「はぁっ、はぁっ……!」
学校の野外演習場である為か、幹比古は移動魔法を使いながら全速力で現場へ向かっている。
達也から頼まれた護衛役を途中で放り出してはいけないと重々承知してるが、今の彼にそんな余裕は無かった。隆誠によって造り出した魔法陣が神霊を呼び出すかもしれないと、吉田家として黙って見過ごせなければ、一人の古式魔法師として是非ともこの目に留めたいと言う欲求が走っているから。
空へ向けて光を発してる柱は既に消えているが、位置は把握しているので迷うことなく向かっている。
「え? ミキ!?」
「お前、どうして……!?」
途中でエリカとレオの姿を見かけたが、話しかける時間も惜しいのか、二人を無視するように突っ走っていく。
漸く現場へ辿り着くと、そこには司波兄妹とリーナ、そして隆誠の姿は見えないが光が弱まり始めている魔法陣があった。
「幹比古……」
何故此処へ来た、と言う問いを達也はしなかった。
隆誠が造り出した魔法陣から神霊が現れるかもしれないと幹比古が推測していたから、急いで此処へ来る事を粗方予想していたのだ。
「達也、状況は!?」
「見ての通りだ。あの魔法陣から発してる光で、未だに兵藤の姿が視認出来ない」
先程から
幹比古が此処へ来るまでの僅かな間、隆誠を救出しようとリーナが動いていた。けれどすぐに達也が止めてくれたので、どうにか事無きを得ている。
「あの魔法陣が神霊を呼び出す為の祭壇になっていると言ってたが、古式魔法師のお前では強制的に中断出来ないのか?」
「残念だけど無理だ。さっき達也に教えたように、破壊どころか儀式の邪魔立てする行為を行えば、魔法陣から出現するであろう神霊の怒りに触れてしまう恐れがある。加えてアレは吉田家が知る術式とは全く異なってるから、僕の知る知識だけでは対処出来ない」
「そうか……」
古式魔法の専門家である幹比古が断言してしまえば、達也も完全にお手上げ状態となってしまう。
個人的に隆誠のことが多少気に食わないとは言え、見捨てるという選択肢は無かった。自分たち兄妹やリーナの代わりにパラサイトを倒してくれたのだから、此処で恩知らずな行動に走るほど達也はそこまで冷血ではない。
「チョッとミキヒコ! じゃあこのまま黙って見過ごせって言うの!?」
「リーナ、落ち着いて」
話を聞いていたリーナは食ってかかるように怒鳴り散らすが、幹比古が何も言い返せないところを深雪が宥めていた。
(此方から手は出せないが、魔法陣の中にいる兵藤が黙って受け入れるとは思えないな)
達也が知る限り、隆誠はどんな事態が起きようとも常に冷静に対処している。生命反応に異常が無いところを視る限り、何かしらの手を打っている筈。と言うより、そうでなくては逆に困る。
予想外のトラブルが起きたとは言え、此処で簡単に死ぬ男であれば、今まで自分が警戒し続けていた意味が無くなってしまう。
達也は決して隆誠の身を案じている訳ではない。さっさと魔法陣をどうにかして、この場にいるリーナ達を早く安心させろと言うのが本音であった。
すると、願いが届いた訳ではないが、魔法陣の光が完全に消えようとしていた。
「リューセー!」
「無事だったのね!」
隆誠の無事な姿が見えた事で、幹比古とリーナが安堵していた。達也の傍に居る深雪も声に出さずとも、安心した表情になっている。
服装や身体に異常は全く見当たらず、彼の周囲に神霊らしきモノも存在していない。だが気になる点が一つだけある。何故か分からないが、隆誠は空を仰ぎ見ていた。
(上に何かあるのか?)
達也だけでなく、深雪達も隆誠が見ている方へ空を仰ぐと………人らしきモノが浮いていた。
(馬鹿な、俺が気付かなかっただと!? いや、本当にアレは存在しているのか!?)
さっきから
上空で浮いてる存在を改めて『視て』いるが、アレから何一つ存在を認識することが出来ない。
以前に幹比古からの要請で変装したリーナを分析した際、身体情報を正確に把握することが出来なかった。色彩と輪郭だけの表面だけで、材質や質量や構造に関する情報が抜け落ちていると言う不思議な出来事が。
今回はあの時と違って、今視ている存在から何一つ
なのに、肉眼では確かに存在している事が確認出来る。この矛盾により、達也は混乱するばかりであった。
「よ、吉田君、アレが、神霊なんですか?」
「さ、さぁ……? 僕は姿を見た事がありませんから……」
自分が想像していた神霊が全く異なっていた為に深雪が思わず幹比古に問うが、彼も同様だったみたいで何とも言えない返答をしていた。
「そのシンレイっていうのはよく分からないけど、少なくともワタシの目には、可愛い服を着た小さい女の子が浮いてるようにしか見えないわよ……」
リーナの言う通り、彼女達の目に映っているのはゴスロリ衣装を身に纏った黒髪の幼女。アレが本当に神霊なのかと疑うのは無理もなかった。
達也だけは唯一異なる反応をしているが、深雪達が呆然としてる中、向こうが動き出した。
ずっと浮いている黒髪の幼女がゆっくりと急降下し、そのまま地面に着地とはいかず、隆誠と同じ目線になるところでピタッと停止した。
「「…………………」」
未知の存在と相対しているのに、隆誠は動揺する事無く冷静だった。
どちらも戦おうとする姿勢を微塵も見せておらず、ただ只管ジッと見詰め合っている。
すると、神霊らしき幼女が口を開く。
「やっと会えた」
「……誰かと間違えていないかな? 俺と君は
「我は間違えていない。お前から、我と同じ力を感じる」
「ッ!」
会話を聞いた幹比古は驚愕する。同時にあの幼女は、本当に神霊かもしれないと。
彼女(?)が口にした力とは、恐らく隆誠の内にある神霊との繋がりの事を指しているのだろう。と言うより、そうとしか考えられないのだ。
幹比古が確信に至ろうとしている中、無表情だった神霊が途端に小さく笑みを浮かべ――隆誠に近付き、そして突然抱き着いた。
『………………は?』
余りにも想定外過ぎる展開に、達也は勿論のこと、深雪達も目が点になっていた。
抱き着かれている隆誠は神霊の行動に驚くも、何か不味いような表情で額に手を当てている。
すると、エリカとレオが漸く到着した。
「………え? 何なの、あの光景は?」
「知らない幼女がリューセーに抱き着いてるって……もしかしてアイツ、ロリコンか?」
神霊の登場に立ち会っていない二人は、目にしている光景に困惑するばかりであった。
因みにこの直後、レオの失礼な発言をばっちり耳に入った隆誠は、少々強めの指弾を放って彼の額に命中させたことを補足しておく。
「ねぇ十文字君、これは警察に連絡した方が良いかな?」
「……………」
隆誠より野外演習場で起きた案件を密かに処理してもらうよう頼まれた真由美と十文字は、十師族の権限を利用して野外演習場をモニターしていた。
大事な後輩の一人が実はロリコンだったのかと真剣に悩んでいる真由美に対して、何処をどう突っ込めばいいか分からない十文字。
隆誠から連絡が来るまで、二人はずっと見続けているのであった。
リューセーが周囲からとんでもない誤解(笑)を招かれる事になりました。
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