「久しぶりだねぇ、兵藤くん。僕の事を憶えてるかな?」
「以前訪問したのはこちらです。忘れる訳ないでしょう」
大変聞き覚えのある声がした事で、俺は思わず振り返った先には、以前会った僧侶――
風の噂で九重寺に相当腕の立つ僧侶達がいるという話を偶然耳にした。一般人の立場である俺が調べるのに少々苦労したが、その寺院の住職を務める九重八雲が高名な『忍術使い』であると判明する。それが分かった俺は、自分と互角に戦えるかもしれないと期待に胸を膨らませ、九重寺へ向かう事にした。
最初は予想通りと言うべきか、手合わせを願う俺に向こうは最初から断る流れの話に持って行こうとしていた。それでも何とか出来ないかと粘って何とか九重が現れるも、とてもやる気が無さそうな雰囲気であった為に諦める事にしたが……ここで予想外の展開となった。彼が俺を見た瞬間、何故か急に考えを改め、手合わせを承諾してくれたのだ。
突然の変わりように九重の弟子達が戸惑っている中、俺は寺院の中へ招かれ、手合わせを受ける事となった。
俺の実力を知りたかったのか、最初は彼の弟子達との相手から始まった。一人倒したら別の弟子が相手をすると言う一対一の形式だったが、立て続けに一撃で倒される弟子達の姿を見て不甲斐無いと思ったのか、漸く九重との手合わせとなる。
彼は確かに噂通り相当な実力者であったが、それでも俺が全力を出す相手ではなかった。とは言え、流石に弟子達の前で無様な姿を見せたら色々不味い事態になると考えた俺は、態と負けようと隙を晒した。九重も気付いて乗っかるように、その隙を突いて勝利を手にし、俺は彼を称賛した後に九重寺から去ったのである。
あの時から約二年経つ為、お互い久しぶりの再会だ。尤も、九重は手合わせ以降に俺を調査してる気配を見せていたが、特に害は無いので放っておいた。もしも家に侵入してきた場合、有無を言わさずに捕まえた後、
「それより、何故住職がこんな所へ? 確か俗世に関わることを戒めにしている筈では」
「今回はチョッとばかり事情があってねぇ」
久しぶりの会話であっても、九重は相も変わらず飄々とした口調だった。
一見すると似非坊主みたいな胡散臭さを感じるが、それが却って油断出来ない。俺の敵じゃないと分かってても、いつの間にか懐に忍び込もうとする雰囲気を感じるから。
「だけどその前に、達也くんに向けてるその手を引っ込めてくれないかな? 彼は僕の弟子なんでね」
「ほう、コイツが……」
司波は九重の弟子だったのか。
となると前に司波妹とリーナがこの河川敷で魔法対決してる時に彼がいたのは、師匠として見守っていたからだろうか。
いや、それはないな。さっき俺が言ったように、この住職は基本俗世に関わらないから、何かしらの理由があって此処へ来たのだろう。
「だとしても、コレは俺と司波の問題です。貴方に介入される筋合いはありませんね」
「それは尤もかもしれないけど、ここで達也くんを始末したら大変なことになってしまうよ。無論それは君だけでなく、君の家族や友人達も同様に、ね」
「………それは脅しですか?」
思わず俺は殺気を込めながら九重を睨んだ。
自分だけならまだしも、自分と関わっていると言う理由で家族や友人に手を出そうとする奴に容赦する気はない。それが目の前にいる九重相手であっても、な。
俺の睨みに九重は一瞬目を開きそうになり掛けるも、それでも表情を変えずにこう言った。
「君の推測通り、達也くんは四葉家に連なる者だよ。此処にいない深雪くんも含めて、ね」
「ッ! 師匠、それは……!」
倒れている司波が口出しをしようとするも、九重は気にせず話を続ける。
「四葉家の事は君も知っているだろう? あそこは徹底した秘密主義だから、もし此処で達也くんが兵藤くんに殺されたと知ったら最後、四葉家当主は間違いなく君を危険分子と見なして消そうとする。当然、君と深く関わり合いのある者達も全て」
「……噂通りの物騒な連中ですね」
俺が知る限り、四葉家は『
もし司波を殺してしまえば、九重が言った通りの展開になるだろう。俺は勿論のこと、家族や友人の修哉達を密かに消した後、全て闇へ葬る為の処理を。
尤も、俺としては別にそうなっても構わない。寧ろ、やれるものならやってみろと言うスタンスだ。俺一人だけでも大事な家族や友人達も守れると同時に、四葉家を滅ぼすことなんて造作も無い。
加えて現在、
まぁそれはあくまで、もう本当にどうしようもなくなった時の最終手段である為、そんなバカげた行為をするつもりはない。今の
「ですが俺には許容出来ませんね。いくら十師族の命令でも、毎回土足で踏み込まれてる俺からすれば堪ったモノじゃない」
「う~ん、兵藤くんの心情は分からなくもないから……ならば、ここは取引をしようじゃないか。達也くんを殺すのを止めてもらう他、封印された『眼』も解除するに見合う取引を」
「! 師匠、ダメです! そんな取引をすれば――!」
「達也くん、悪いけどチョッと静かにしてもらえるかな?」
瀕死の身体を動かそうとする司波に、九重はにこやかでありながらも威圧感を醸し出していた。
「元はと言えば、達也くんが僕の忠告を聞き流した結果だ。変に意地を張るのはやめたまえ。それに、君に死なれでもしたら、深雪くんが悲しむからね。それは君も望まないだろう?」
「………………」
九重の言い分に、司波は何も言い返せないように無言となった。
本当に妹の名前が出ると、コイツは途端に大人しくなる。大事な存在なのかもしれないが、それでも極端過ぎるのは俺の気のせいだろうか。
「と言う訳でどうかな、兵藤くん」
「……一応確認ですが、対価の内容は俺が決めても?」
「勿論だよ。かと言って、余り過度な要求は流石に勘弁して欲しいけどね」
俺が対価を決めるのを容認するほど、此処で司波に死なれるのは不味いってことか。
確かにコイツは普通の魔法師とは違う。四葉家に連なるどころか、国防軍にある独立魔装大隊でも非常に重宝されている存在だ。
加えて『トーラス・シルバー』で、非公式の『戦略級魔法師』でもあるから、始末してしまえば日本は大きな損失となってしまうだろう。
尤も、俺は初めから司波を殺す気なんて無い。もし本気で殺すのであれば、『眼』を封じる以前に一撃で仕留めている。もしくはオーディンから教わった原初のルーン魔術――『死のルーン』を身体に刻み、二度と復活出来ないよう絶対の死を与えている、とか。
当初の予定では回復用の光弾を放って意識を失わせ、コイツの
「…………分かりました。不本意ですが、今回は師匠の貴方に免じて、それで手を打つことにします」
熟考したかのように振舞う俺は、敢えて応じたかのように、司波に向けている光弾を消した。
「賢明な判断に感謝するよ、兵藤くん。それで、君の求める対価は何かな?」
「要求は二つ。一つは、司波の『眼』に関する詳細をこの場で明かすこと。それが無ければ使う事が出来ない魔法も含めて」
「なっ!」
俺が求める対価を聞いた瞬間、司波は信じられないように驚愕していた。
「おやおや、最早それは魔法師に対するマナー違反どころか、達也くんの秘密を暴く気満々だね」
「こっちは司波に一年近く覗き見された身なんです。今更マナー違反もクソもないでしょう」
「それはまぁ、確かに……」
魔法師としてやってはいけない事を指摘する九重だったが、俺の言い分を聞いて、徐々に否定することが出来なくなった。
司波が今までやらかした事を考えれば、普通に考えて犯罪行為だ。警察に捕まってもおかしくないレベルである。
いくら魔法であるとは言え、他人のプライバシーを土足で踏み込んで調べ上げたら、誰だって不快な気持ちになるだろう。それどころか精神的苦痛を受けたと訴えて、多額な慰謝料を請求されたっておかしくない筈だ。
「二つ目は、今後四葉への俺に関する報告は控えること。今回の件も含めて、ね」
「完全に止めさせないのかい?」
「そんな事をしたら四葉が余計に怪しむし、コイツと妹の立場も悪くなるでしょう」
流石にそこまでは俺も望まないんで、と付け加えた。
この取引内容は言外に、『俺が不利益になる報告はするな』と告げている。九重だけでなく、司波も当然理解しているだろう。
四葉家は司波に情報収集させているのだから、地味にこの要求は通す必要があった。
今まで四葉家に忠実だった司波が今後どう言い繕っていくのかは気になるところだが、そこは奴の手腕に任せることにする。お手並み拝見、といったところか。
「以上が俺に出来る最大限の譲歩です。これ以上ゴネるなら、取引は無かったことにします」
「だそうだよ、達也くん。此処から先は僕でも擁護しきれないよ」
「………………………分かり、ました」
師匠である九重からの一押しにより、司波は苦渋の決断と言わんばかりの表情で、間がありながらも承諾の返答をした。
「兵藤、教えるから早く『眼』を解除してくれ……!」
「説明が先だ。言われなくても、それ位の誠意は見せろ」
取引に応じてくれるのであれば『眼』を解除しても良いんだが、途中で裏切り行為する可能性を考慮して、敢えてそのままにしている。
加えて今の俺は、司波の言葉を何一つ信用出来ない。そうさせた一番の原因はコイツ自身なのだから。
納得いかない展開かもしれませんが、達也との対決は此処までです。
感想お待ちしています。