(どうしてこう言う日に限って……!)
端整な顔立ちをしている青年が、慌ただしい様子で自宅へ戻ろうと走っていた。
青年の名は千葉修次。天才剣士の名を欲しいままにする千葉家の次男。
普段の彼であればどんな時でも冷静に振舞うのだが、今回急いで戻ろうとしているのは、以前から手合わせをしたいと願っている少年――兵藤隆誠が千葉道場にいるからであった。
修次が隆誠の名を知る事になったのは、去年の春頃までに遡る。
第一高校を襲撃した『ブランシュ事件』の際、敵を撃退していた生徒の中に兵藤隆誠の名前を、そこに通っている腹違いの妹であるエリカから聞かされた。事件解決して少し経った後、エリカが隆誠と直接手合わせして引き分けになったと言う結果を知り、益々興味を抱く事になる。
自身の妹は千刃流剣術印可の免許を持っており、並の剣士が挑まれたところで簡単にあしらう事が出来る実力者でもある。勝てるのは自分を含めた二人の兄と当主ぐらいなのだが、全くの無名な少年――兵藤隆誠を相手に引き分けと聞いた時は己の耳を疑うほどだった。
数ヶ月後には九校戦であった新人戦モノリス・コード決勝で、隆誠が一条将輝を倒した奥義を見た瞬間、剣士としての本能が叫ぶように魅入られてしまう。
途轍もない速度で九つ同時に斬撃を繰り出す奥義を見て、恋人の摩利が使う魔法剣技『ドウジ斬り』に類似してると考えるも、全く違うものであると修次は察した。アレは魔法を一切使わず、純粋に剣術の奥義であるのだと。
千刃流剣術免許皆伝の剣士である修次なら出来るんじゃないかと周囲から囁かれてるが、アレを再現するのは無理だと本人は否定している。魔法抜きであの奥義を再現させる事は出来ないと、摩利にだけ教えている。
隆誠が見せた奥義はもしかしたら、純粋な剣士が極めなければ使う事が出来ないのではないかと、修次はそう感じていた。
自分も剣士だが、魔法を利用した剣技を主体としている為、若干ジャンルが異なっていた。だがそれでも、魔法抜きの剣術も扱う事が出来て、そう簡単にやられはしないと自負しているのだが、隆誠が見せた奥義によって考えが変わり始めている。
流石に家族の前で打ち明ける訳にいかないが、修次はこれを機として、一度初心に帰って基本からやり直そうと密かに決意した。
そんな中、更に信じられない情報を耳にする事になった。兵藤隆誠がたった一人で『人喰い虎』の呂剛虎を無傷で倒したと。
修次も以前に交戦したが、その時は摩利の協力もあって撃退に成功している。だが、それは恋人がいたからであった。
仮に一人で呂剛虎に戦って勝つとなれば、死を覚悟しなければならない。自分と同じく対人接近戦に優れている『人喰い虎』は、それだけ恐ろしい相手なのだ。
だと言うのに、隆誠がたった一人で倒した。一応その現場には摩利も参戦していたのだが、殆どは彼一人で戦っていた為に大した活躍はしていないと本人が語っていた。
呂剛虎を倒す実力者であると改めて知る修次は、是非とも手合わせしたい衝動に駆られるのは必然であったが、必死に堪えて鍛錬をしようと己に喝を入れている。
ずっと密かに鍛錬をする日々を送っている昨日に、
自宅へ戻ろうとした矢先、予想外な事態が起きてしまった。防衛大にいる教師から急な手伝いを頼まれた事で、急な足止めを食らう事になってしまったのだ。
修次としては断りたかったのだが、いつも世話になっている恩師からの頼みであった為、引き受けるしかなかった。
頼まれごとを迅速に遂行するも、かなりの時間をロスしてしまった為、修次は即座に防衛大を後にして、大急ぎで自宅へ戻っている訳である。
一高が放課後の時間になってから既に一時間以上経ってるが、それでもまだ隆誠が千葉道場にいる筈。そう予想しても、早く戻らなければと修次は非常に焦っていた。
(やっと着いた!)
そして漸く自宅に辿り着き、修次は中に入って早々に道場へ向かっていた。
『やぁぁぁぁぁぁぁ!!』
(今のはエリカ!)
道場の中からエリカと思わしき声が聞こえた。明らかに誰かと手合わせしてる発生である。
彼女と相手をしているのは間違いなく隆誠だと確信した修次は、周囲の反応を意に介さないように道場の扉を開けた。
「な、修次さん!?」
「何故貴方が……!?」
門下生達が一体誰かと振り向くも、エリカの兄と判明した途端に狼狽していた。
レオも当然知っているが、修哉だけは修次のことを知らない為、怪訝そうに彼を見ている。
「こ、これは……!」
多くの視線が向けられても、当の本人は全く気にしていなかった。
「はぁっ……はぁっ……!」
「どうしたエリカ、もう息切れか?」
息切れしながらも全神経を集中させて構えているエリカに対し、構えを取らずに余裕の表情を見せている隆誠。
実質的に免許皆伝の腕前を持っている筈の妹が、まるで翻弄されてるような姿を見た事で、修次は眼を見開くしかなかった。
今まで登場しなかった千葉家の次男、千葉修次を出しました。
必要無いだろうと思いますが、今回は千葉家のお話なので登場させました。
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