(そんな筈は! あたしは気を抜いてなんか……!)
突然のことにエリカは困惑していた。
まだ構えてもいなければ、開始の合図もしていないが、ここまで接近を許すほど気を抜いたつもりは無い。戦おうとしてる相手が強敵と認識しているであれば猶更に。
実は今日、エリカは手合わせをする為の準備をしようとレオを連れて学校を早引きした。それは当然達也達が疑問を抱いて理由を尋ねたが、『家の事情』という一言の理由を聞いて簡単に引き下がっている。
因みに隆誠は彼女と違って早引きしておらず、ちゃんと授業を終えてから来ている。明らかに不公平なのだが、エリカはそれを失くす為に準備の時間を充てるつもりでいた。
それを言おうとしていたのに、当の本人が突然おかしな発言をした。『一瞬たりとも絶対に気を抜くな』と。
エリカは内心少しばかり呆れるように言い返した直後、隆誠はいつのまにか自分に接近したどころか、首筋に竹刀を軽く当てていた。
自分が手合わせしようとしてる相手が相当な実力者である事を分かっている筈なのに、全く気付かれずに接近されたのは初めてだった。加えて、自分より強い
「いつまで固まってるんだ?」
「!」
隆誠の台詞に意識を取り戻したかのように、エリカは瞬時に竹刀を振るったが、対象に当たらず躱されてしまう。
先程いた位置に戻った隆誠は、片手で持っている竹刀をトントンと当てながら言い放つ。
「全く。気を抜くなと言って早々に接近を許すとは、油断し過ぎにも程があるぞ」
「っ……」
油断してないと言い返したい衝動に駆られるエリカだったが、それはせずに敢えて押し黙っていた。
事実、今の自分は彼の言う通り、全く気付くことなく接近されていたのだ。これで否定してしまえば、事実を受け入れる事が出来ない恥知らずになってしまうから。
門下生達がざわめく中、エリカは一度心を落ち着かせようと深呼吸し、改めて構え直そうとする。
「全くその通りね。剣士としてあるまじき失態を犯してしまったわ」
「ほう」
失態を受け入れる姿勢を見せるエリカに、思わず感心の声を上げる隆誠。
隆誠は手合わせを始める前に試してみようと、少しばかり本気を出したスピードで接近した。この後の反応で彼女の剣士としての器を測ってみようと。
もしも無駄にプライドの高い剣士であれば、簡単に事実を受け入れようとしないだろう。単なるマグレだと自己完結しながら。
エリカがそう言う愚かな行為をしなかった為、隆誠は彼女に対する評価を上げていた。上から目線なやり方であると重々承知しているが、このじゃじゃ馬娘が冷静に受け入れるかをどうしても試してみたかったのだ。
「だけど、気に入らないわね」
「何がだ?」
「いくら油断していたとは言え、貴方はさっきの接近でその気になればあたしを倒せた筈よね?」
(やばっ、思っていた以上に冷静だった……!)
エリカの指摘に、隆誠は内心焦り始めていく。
いくら実力があっても高校生だから、そこまで深く考えたりしないだろうと思ってやったつもりが、却って藪蛇だったと後悔した。
「それをしなかったのは、あたしをいつでも簡単に倒せるだけの実力を持ってることになる。違うかしら?」
「……はぁっ、全く。君がここまで勘が鋭いとは思わなかったよ」
たったあれだけのやり取りで実力差を見抜いたエリカの鋭さに、参ったと言わんばかりに嘆息する隆誠。
その瞬間、門下生達だけでなく、レオと修哉も同様に眼を見開いている。
隆誠の返答を聞いて、やはりと確信したエリカは、更に問おうとした。
「参考までに訊きたいんだけど、去年やった手合わせは全然本気じゃなかったでしょ?」
「さて、何のことだか……」
(やっぱり!)
敢えて惚ける隆誠だが、それでもエリカは見抜いた。あの時から既に実力差があるだけでなく、完全に手を抜いていた事に。
同時に恥じていた。目の前にいる同級生が自分より遥かに格上の存在だと全く気付かず、今まで呑気に放置していた自分の馬鹿さ加減に。
だが、それはもう今更でしかない。
例えCADを使っての真剣勝負をしたところで、本気になった隆誠の前では歯が立たないどころか、掠り傷一つすら付ける事が出来ないのが目に見えている。
初めから負けるのが分かっているのであれば、この男の戦い方や技を観察し、盗むだけ盗んでやろうと決心する。
(こんな考え方、千葉の剣士としてやっちゃいけないことなんだけど……)
名門である千葉家の娘が、『千刃流剣術』の印可を持っているにも拘わらず、他人の戦い方や技を観察するのは恥知らずに等しい行為であった。相手が自分より多少強い程度なら絶対やらないが、実力差が有り過ぎる格上の相手であるなら話は別だと自分に言い聞かせている。
もし此処に次男の修次がいたら、暫く目を合わせる事が出来なくなるだろう。何しろ彼女は、剣技を磨くことをせずに新しい技術を取り入れようとする彼の姿勢を否定しているから。
「隆誠くん、さっきあたしにあんなことをしたんなら、このまま始めちゃっても良いわよね?」
「ああ、良いぞ。何処からでも掛かってきな」
「ッ!」
まるで自分の攻撃など簡単に対処出来ると言いたげな態度を見る隆誠に、エリカは思わず激昂しそうになるが、それでも何とか心を落ち着かせようとする。
これには彼女を慕う門下生達も怒りを抱くも、一切の邪魔立てをするなと厳命されている為に押し留まるしかなかった。
「リューセーの奴、マジで
「それだけの自信がリューセーにあるってことなんだろ。今更だけど、俺って凄いヤツの弟子になったんだなぁと改めて思う」
既に道場全体が殺気立ってギスギスしており、居心地悪そうに見ているレオと修哉は思った事を口にしていた。
「はぁぁっ!」
直後、既に構えていたエリカは鍛えた脚力を使い、一瞬で隆誠に接近する。
自己加速術式を使わずとも、身体能力だけで相当な速さを出せるエリカだからこそ出来る芸当であった。加えて彼女は千刃流剣術印可であっても、既に免許皆伝の実力を備わっている。
凄まじい速さから繰り出される彼女が振り下ろされる攻撃は、並の剣士であれば反応出来ずに受けてしまうだろう。
「成程、確かに去年とは比べ物にならないほど腕を上げたようだな」
「なっ!」
エリカが繰り出した渾身の一撃を、隆誠は何一つ動揺せず、手にしてる竹刀で受け止めていた。
今の攻撃は疾風と称されるほど速さの剣であり、簡単に防げるものではない。だと言うのに、止めた本人は涼しい顔をしたまま、一切動かずに彼女の脚力すらも止めている。
隆誠が自分より遥かに格上だと理解しても、去年より腕を上げたから多少は効くはずだと考えていたエリカの考えを、一瞬で粉々に砕かれてしまう瞬間でもあった。
だがそれでも諦めようとはせず、すぐに現実を認識したエリカは一旦距離を取ろうと後退する。
「今のは良い一撃だったぞ」
普段は未だに剣筋が荒い修哉の相手をしてる事もあって、久しぶりに洗練された剣を見た事で隆誠は思わず称賛した。
「……隆誠くんに褒められても、全然嬉しくないわよ」
対してエリカは皮肉にしか聞こえなかった。
自分にとって速さは最大の武器である為、それを簡単に防がれた彼女のプライドは既に罅が入っていた。恐らくもう少し経てば、完全に壊されてしまうだろうと予想しながら。
「そうか。なら今度は、ちゃんと俺に当ててみな」
「!」
隆誠が竹刀を持っていない左手で『来いよ』と挑発する仕草を見た瞬間、エリカの頭の中にある何かがキレてしまう。
まるで自分を全く相手にしないような振る舞いをされるのは今まで無かった。冷遇されてる父親や、腹違いの兄二人にもされた事だって無い。
特に剣の勝負に関して、こんな扱いをされたのは文字通り『生まれて初めて』の経験だった。
「やぁぁぁぁぁぁぁ!!」
先程と同じく、途轍もない速さを繰り出しながら攻撃を仕掛けるエリカ。
今度は防ごうとしないのか、隆誠は最低限の動きだけで簡単に躱す。
「おいおい、さっきと違って雑念が混じってるぞ」
「このっ!」
隆誠からの
何度やっても隆誠に当たらないどころか、掠ってすらいない。
『………………』
先程までエリカに無礼な振る舞いを行っていた隆誠に憤る門下生達だったが、今はもう大人しくなるどころか、信じられないと言わんばかりに絶句していた。
彼女が繰り出している攻撃は、相当な実力を持った剣士でも躱すのが困難と言えるほど速く、そして重い。シンパである為か、彼女こそが千葉一門を纏める者として相応しいと思っている程だ。
そのように慕う彼女を軽んじるような振る舞いをする隆誠は、彼等からすれば非常に許し難い光景であった。
だが、エリカの攻撃を簡単に躱す隆誠を見て、非難する資格は無いと改めて認識する。自分達では彼みたいな芸当は出来ないと理解しているから。
「せぁっ!!」
門下生達が自身の無力を痛感している中、当てる事が出来ないと内心歯噛みするエリカは、攻撃手段を
それを見た隆誠は意外そうに少々目を見開くが、彼女の
「そんな……!」
躱されていたとは言え、今までは充分に目で追えた筈なのに、いきなり隆誠の姿が消えた事にエリカは困惑していた。
一体何処へと見渡すも――
「今のは惜しかったな」
「ッ!」
後ろから声がしたので振り向くと、いつの間にか自分の後ろを取った隆誠がいた。
「だがそれでも、チョッとスピードを上げただけで、もう目で追えなくなったようだな」
「アレでチョッと、ですって……?」
エリカは全く理解出来なかった。
彼女からしたら、急に動きが何倍も速くなったように消えたので、隆誠の発言が信じられなかったのだ。
(まさか、今も全然本気じゃないってことなの……?)
そう認識した瞬間、エリカは途端に恐怖を抱き始めていく。達也とは全く違う意味での恐怖が。
直後、今まで我武者羅に攻撃を続けていた所為か、彼女の身体に急な疲労が襲おうとする。
「はぁっ……はぁっ……!」
「どうしたエリカ、もう息切れか?」
急に息が上がったエリカの様子を見て、隆誠は気遣うように声を掛けた。
「こ、これは……!」
「ん?」
すると、今まで手合わせに意識を向けていた隆誠が、道場の出入り口から聞き覚えのある声が耳に入った事で思わず振り向く。
そこにいるのは、以前に九校戦で偶然見かけたエリカの兄――千葉修次。彼の登場に隆誠だけでなく、門下生達も驚いている様子を見せている。
(少々面倒になりそうだな……)
隆誠は内心舌打ちをしていた。彼からしたら、修次の登場は大変不味い状況となっていたから。
もし此処でエリカを倒してしまえば、間違いなく自分に挑もうとするだろう。兄として、妹の無念を晴らそうとする為に。
仮に挑まれたところで、勝利することに変わりない。だが、修次はエリカと違って千刃流剣術免許皆伝の剣士だから、此処で倒してしまえば本格的な面倒事が起きてしまうと隆誠は危惧している。
どうやって乗り切ろうかと考え始める隆誠に、エリカが急に動き始めた。
「隙有り!」
隆誠が自分から意識を逸らしているのを見たエリカは、狙うなら此処しかないと再び攻撃に移ろうとした。
彼女のやっている事は、正直言って褒められる行為ではない。けれど、手合わせ中に意識を他に向けてしまった隆誠が悪い為、誰も非難することは出来なかった。
エリカとしても、こんな卑怯なやり方は好まないが、もう既にプライドをかなぐり捨てている。隆誠に攻撃を当てるには手段を選んでいる場合じゃないと、改めて理解したが為に。
「油断したわね!」
「エリカ!」
そう言いながら、エリカは他所へ視線を向けている隆誠に斬撃を当てようとする。
それを見た修次は咎めようとするが――
「油断? 何のことだ、エリカ。これは『余裕』というものなんだが」
『!?』
自分を見ていないにも拘わらず、隆誠はエリカの攻撃を簡単に防いでいた。
完全に決まったと思われる渾身の一撃を、何とも思わないように言い放つ彼の発言に、誰もが驚愕している。
「まぁそれでも、手合わせの最中に余所見した俺が悪いことに変わりはない。その非礼に対する詫びをしよう」
「ぐっ!」
防いでいた竹刀を少々強めに押し出された事で、エリカは思わずたたらを踏んでしまう。
隆誠はその隙に一瞬で両手で構え――
「秘剣――『ドウジ斬り』」
(あの女の技!?)
エリカにとって聞き覚えのある技の名を聞いた瞬間、思わず渡辺摩利を連想してしまう。
自分が知る『ドウジ斬り』は二本の刀を遠隔操作し、握っている刀と合わせ三本の刀で対象を取り囲むようにして同時に斬りつける魔法剣技。
けれど、隆誠が持っているのはCADじゃない竹刀一本だけなのに、何故
(え? 魔法じゃないのに、何で
刹那であったが、エリカにはそう見えた瞬間――
「がぁっ!」
三つの斬撃はエリカの身体に打ち込まれ、途轍もない激痛が彼女に襲い掛かり、あっと言う間に意識を失ってしまう。
結果は言うまでもなく、隆誠の圧勝と言う形で終わる事となった。
ちょっといまいちな内容かもしれませんが、エリカとの戦闘は以上になります。
感想お待ちしています。