「どうだったエリカ? 斬撃を三回同時に受けた気分は……って、聞いちゃいないか」
感想を求めようとする俺だったが、エリカが意識を失って倒れてることに気付いた俺は途端に嘆息した。
先ほどの秘剣『ドウジ斬り』は、以前に摩利が呂剛虎を倒す時に見せた魔法剣技とは全く違う。
彼女は折り畳み式の小型剣にある複数の刃を分離させて対象を同時に斬りつける魔法剣技に対し、俺の『ドウジ斬り』は一呼吸で三つ同時に斬りつける剣技。
魔法の有無で違いが全く異なるが、少なくとも俺が使う『ドウジ斬り』は、この世界の剣士が再現するのは到底不可能だろう。
因みにこれは本来『ドウジ斬り』と言う技名じゃない。エリカがしょうもない理由で摩利に失礼な態度を取り続けるのを見た俺は不快に思い、敢えて『ドウジ斬り』と名付ける事にした。
恐らくエリカの事だから、摩利の技だと勘違いして意識を失った筈だ。自分が嫌う女の技を受けて敗北したとなれば、目が覚めた後に相当な屈辱感を味わうことになるだろう。意地の悪いやり方だと思われるかもしれないが、これは少しばかりお灸を据える為にやらせてもらった。
エリカは摩利に対して失礼な態度を取っている以外にも、色々問題を起こしていた。去年の秋に起きた横浜事変関連だけでは飽き足らず、先日解決した
そんな中、レオが余計な発言をした所為で、急遽エリカと手合わせをする事となった。
要らぬとばっちりに愚痴を零す俺だったが、後々になって好都合じゃないかと考えを改める。口で指摘してもダメなら、今回の手合わせで力の差を思い知らせるほどの圧倒的敗北を与える方が、エリカにとってはいい薬なのではないのかと。
向こうが本気を出せと言うのだから、益々好都合な展開だと内心笑みを浮かべた俺は、こうして圧勝した。
唯一の誤算は、手合わせ中に千葉修次が現れたことだった。彼のことだから、手合わせ後に自分と勝負しろと言ってくるのが目に見えていたから。
ついでに俺が彼に意識を向けた事で、エリカが『油断した』などと戯けた台詞を聞いてチョッとばかりムッとした為、此処で摩利に代わって『ドウジ斬り』を使った訳である。
『……………………』
エリカを敗北したのかを信じられないのかは分からないが、修次やレオ、そして門下生達は無言となっていたが――
「お、おいエリカ、大丈夫か!?」
『エリカお嬢さん!』
レオが動き出した事に、門下生達が一斉に意識を失ってるエリカの方へと駆け寄っていく。
「私が治療します!」
心配そうにエリカを治療しようと、俺と修哉を案内した青年が倒れている彼女の頭の横に膝をついて、CADを操作した。
青年が俺の技を受けたエリカの上半身に両手を翳すと、治癒魔法が発動した。
この世界の治癒魔法は、完全に怪我を治すモノじゃない。対象となる人体が怪我をしてない状態であると、世界を騙す術式になっている。なので時間が経てば世界は騙されたと気付いた瞬間、治癒された怪我は無かった事になる。それを回避しようと、『嘘』の効果が切れる前に新たな『嘘』を重ね続ける必要がある為、怪我が本当に治るまで、治ったことにしておくのが治癒魔法の本質になっている。
治療されてるエリカを心配そうに見ているレオや門下生達とは別に、俺は今も呆然と見ている修哉の方へと近づく。
「リ、リューセー、さっきの技は一体……」
「後で教えるよ。さ、エリカの事は向こうに任せて、俺達は帰るとしよう」
修哉にそう言いながら俺は、今の内に退散しようと道場を後にするも――
「待ってくれ、兵藤君!」
予想通りと言うべきか、千葉修次が俺の前に立ちはだかった。
それが引き金となったかのように、先程までエリカの身を案じていた門下生達が一斉に俺を睨んでいる。
「久しぶりだね。こうして君と会うのは、去年の九校戦以来か」
「そうですね。あの時はいきなり逃げてしまって申し訳ありませんでした」
覗き見するように様子を伺っていた所為で急にクシャミをしてしまい、居た堪れない気持ちになった俺は思わず逃げてしまった。彼一人だけならそんな失礼な事はしないんだが、顔を真っ赤にしていた摩利がいれば致し方ないだろう。
妹が敗北したと言うのに、修次は随分と落ち着いた様子を見せているから、俺は思わず訝ってしまう。
「ところで、俺に何か御用ですか?」
「兵藤隆誠君、今度は僕と手合わせして欲しい」
彼の台詞に門下生達がざわつき始めた。
俺の近くにいる修哉も動揺した様子を見せている。
「それは妹の無念を晴らす為ですか? もしくは千葉家の顔に泥を塗った俺に対する報復、とか?」
「どちらでもない。僕は一人の剣士として、兵藤君と手合わせをしたいだけだ」
「……意外な返答ですね。大事な妹がやられたのを見た筈なのに」
「今回の手合わせは聞いている。そしてエリカが負けたのは、兵藤君が想像以上に強かっただけのことだよ」
修次の台詞に門下生達が聞き捨てならないと言わんばかりに立ち上がった。
「何を言ってるんですか、修次さん!」
「兄の貴方がそのような事を言っては、エリカお嬢さんが……!」
「それに御当主殿の耳に入れば……!」
「悪いが余計な口出しはしないで頂きたい」
相手がエリカの兄だからか、鶴の一声で門下生達は一斉に黙り込んだ。
年下相手にこうも委縮するとは、流石は千葉家と言うべきか。まぁ実力は完全に彼が上だから、強く出れないのは当然なのだが。
「どうかな、兵藤君。僕との手合わせは受けてくれるかな?」
「………承諾した場合、千葉家はどう処理するつもりですか?」
千葉修次と手合わせしたところで、エリカと同様俺が勝利する事に変わりない。
だけど今回はエリカ以上の実力者である他、千刃流剣術免許皆伝の天才剣士が負けたとなれば、千葉家としては絶対黙っていないだろう。
いくら俺が少しばかり有名になってるとは言え、白兵戦技で知られている名門と呼ばれる千葉家が負かされた事実を世間が知れば、他の名門が鬼の首を取ったように非難する姿が容易に想像出来る。そうならないよう、千葉家は広がせないよう様々な処置を取るかもしれないが。
「これはあくまで僕の個人的なもので、千葉家は一切関係無い」
「成程……」
彼の眼を見るだけで分かる。俺と本気で戦いたい思いが物凄く伝わっているのだ。
ここまでハッキリ断言するとなれば、周囲から何を言われようが甘んじて受け入れる覚悟だろう。
門下生達もそれが伝わったのか、ゴクリと息を飲みながら俺の返答を待っている様子だった。
普通なら此処は承諾すべき展開なのだが――
「申し訳ありませんが、やはり遠慮しておきます」
エリカの敗北を晒してしまった以上、修次にまで敗北の土を踏ませたら絶対面倒な事になると考えた俺は、『貴方と戦うのが恐い』と言う理由で断る事にした。
「―――」
「!」
修次にしか聞こえないよう小声で告げた途端、彼は途端に目を見開いたが敢えて気にせず、俺は修哉を連れて千葉道場を後にした。
☆
日曜日の朝。
学校は休みでもクラブがある為、俺と修哉は体育館へと向かっている。
「しかしまぁ、エリカって意外に脆いな。まさか二日続いて学校を休むとは」
「あれほどの実力差を教えられたら、誰だってそうなるさ」
向かっている途中で俺が思わず口にすると、修哉は仕方なさそうに言い返す。
手合わせ後の翌日、予想通りと言うべきかエリカは学校を休んでいるとレオから聞いた。一応生徒会の方で確認してみたが、どうやら『体調不良』を理由に休んでいるそうだ。まぁそうなる原因を作ったのは俺なので、強ち間違ってはいない。
司波達もエリカがそんな理由で簡単に休む訳が無いと当然気付いている筈だが、敢えて何も触れようとしなかった。恐らくレオが気にしないように説明したと思われる。
「まぁ、俺としては別に如何でも良いが」
「さり気なく酷いこと言ってるな」
「これまで散々アイツに振り回された身なんでな」
前にやった手合わせは、殆ど我儘同然の呼び出しだった。これを機にキツいお灸を据えてやろうと、俺は敢えて承諾したのだ。
その結果として、俺に圧倒的敗北を叩きつけられたエリカは今も学校を休んでいる。と言っても、今日は普通の休日なのでサボっている訳じゃないが。
「ところで修哉、上級用バンドを着けて調子はどうだ?」
「まだ結構重くて動き辛いけど、何とか頑張ってる」
「そうか。だけどキツくなったらすぐに言えよ。中級用と違って、それはゆっくり時間を掛けないといけないからな」
「分かってる」
今使ってる上級用バンドは、前世でリアス達が高校生の頃に使っていた程の重さではないが、それに近い仕様になっている。
いくら俺が鍛えてるとは言っても、修哉はこの世界の人間である為、下手をすれば身体を壊してしまう。これ以上は無理だと分かれば、俺は有無を言わさず中止することも視野に入れている。
今のところは順調に成長してるから問題無いが、上級用バンドを使う以上は慎重に見極めなければならない。前世の頃に鍛えていた
まさかこの世界で、弟子を鍛える経験を存分に活かせるとは思いもしなかった。再び転生した
とまあ、そんな考えは忘却の彼方へ葬る事にしよう。決して恥ずかしいからと言う理由じゃない。
いつの間にか体育館に着いたので、今日も頑張って修哉を鍛えようと扉を開ける。
「おはようござ――」
「やっと来たわね、隆誠くん!」
「よ、よぉ、リューセー」
挨拶をしてる最中、壬生の近くに部外者がいる事を認識した俺は、開けていた扉を即座に閉めた。
「修哉、予定変更だ。今日は帰ろう」
「え、あ、いや……」
剣道部に参加する気満々の部外者達――エリカとレオを見なかった事にしようと、俺は帰ろうと促していた。
修哉も当然彼女を見てるのだが、俺の突然の行動に戸惑い気味だった。
直後、閉じていた筈の扉が急にガラッと開く。
「チョッとぉぉぉぉ! 何で急に帰ろうとしてんのよ!」
「帰りたくなるわ! ってか今日は日曜日なのに何で
俺が至極同然の突っ込みをすると――
「決まってるじゃない。今日から暫く剣道部の世話になろうと来たのよ。勿論、さーやも了承済みよ!」
「紗耶香先輩!?」
「何で許可してるんですか壬生主将!」
自信持って宣言するエリカに、修哉と俺は思わず壬生に向かって叫んでしまった。
「ご、ゴメン二人とも! エリちゃんが、どうしても参加したいって言うから……!」
その後、壬生が俺達に苦しい言い訳をするも、結局はエリカとレオを剣道部に参加する事となってしまった。
二人の面倒を見るのは、当然の流れと言うべきか、俺と修哉だった。
実力的に考えてエリカは俺、レオは修哉。壬生があからさまに、二人を俺達に押し付けようとしてるのが明々白々である。
「エリカ、一体どう言うつもりだ。俺との実力差は前の手合わせで酷く痛感したから、学校を休んでいたんじゃなかったのか?」
「確かにあの時は泣くほど口惜しかったけど、いつまでもウジウジなんかしてられないの。隆誠くんがあたしより遥かに強いと分かった以上、勝つまで何度も挑ませてもらうわ」
「………思ってたよりポジティブだな」
自分の得意分野で敗北したとなれば、そう簡単に立ち直れない筈なんだが、エリカは相当ポジティブな性格のようだ。普通は感心すべきなんだが、此処まで来るとチョッとばかり(良い意味で)呆れてしまいそうになる。
「別に挑んでも構わないが、負け続けて二度と立ち上がれなくなっても知らないぞ」
「生憎あたしは負けず嫌いなの。負けたらどこが悪かったのかを改善するのが、あたしのポリシーなの」
「……ほんっとにポジティブなんだな」
此処まで言い切られると、もう何も言えなくなってしまう。エリカの本気が目だけでも充分に伝わっているから。
俺とエリカの会話を余所に、レオと修哉も話している。
「悪いな天城、急だけど宜しく頼む」
「良いけど、今日の俺は少しばかり動きが悪いから、もしかしたら西城が勝つかもしれないな」
「何だ? もしかして調子悪いのか?」
「いや、チョッと訳があって……」
前から相手してる事もあって、弟子側の二人は随分仲の良い会話だ。
「レオ! あたしの前で無様に負けたら承知しないわよ!」
「うっせぇ! お前だってこれからリューセーにボロ負けする予定だろうが!」
「何ですって!」
エリカは発破を掛けたつもりなんだろうが、レオの発言によっていつもの喧嘩へと発展しそうになっていた。
「お前等、喧嘩するんなら強制的に帰らせるぞ」
「「………………」」
俺が少しばかり声を低くして警告した瞬間、二人は即座に大人しくなったのは言うまでもない。
「……やっぱりあの二人は兵藤君に任せて正解みたいね」
少し離れたところで見ている壬生が何やら他人事のように呟くも、俺は敢えて聞こえなかったことにした。
☆
「――って言う事がありまして……」
「あはは……。本当なら呆れるべきなんだけど、僕としてはエリカが凄く羨ましいよ」
部活を終えた夜中。
俺は目の前にいる人物――千葉修次に、朝の出来事を話していた。
エリカとの手合わせを終えて千葉道場を後にする寸前、俺は彼に小声でこう言った。
『日曜の夜、――の河川敷に一人で来て下さい』
返答を聞かずに河川敷へ訪れた結果、修次は約束通り一人で来て今に至る。
「さて、お話しはここまでにして、そろそろ始めましょうか」
「……そうだったね」
俺が此処へ来るように言ったのは、千葉修次と手合わせをする為だった。
いくら彼が個人的な手合わせをしたいと言っても、あそこでやれば確実に面倒事が起きる為、敢えて人目が付かない此処でやることにしたのだ。
お互いに用意した木刀を手にして、俺達は距離を取って相対する。
「念の為に訊きますが、その木刀は特注のCADですか?」
「違うよ。これは君が持ってるのと同じ、ただの木刀だ」
俺とフェアに戦いたいのか、魔法を使って挑む気は無いようだ。
「兵藤君。こんな事を言ってはいけないんだが、もし僕が勝ったら、エリカに見せた『ドウジ斬り』について教えて貰っても良いかな?」
「………良いでしょう。勝てたらの話ですが」
何やら修次が凄く真剣な表情で言ってきたので、俺は取り敢えず了承する事にした。
自身の恋人が使う『ドウジ斬り』と全く異なっても、どうしても知りたいと言ったところだろう。
条件付きの了承をした瞬間、構えている修次の全身から凄まじい闘気を発していた。俺や
(これはチョッとばかり真剣にやった方が良さそうだな)
エリカの時と違って遊びは一切抜きにしようと、俺も彼に倣って構える事にした。
そして――
「――参る!」
「来い!」
自分自身に喝を入れた修次は、瞬時に疾走した。
対する俺は動かず、迎撃の構えを取っている。
誰にも知られる事なく、兵藤隆誠と千葉修次の
「ほわぁ~、すっごく速いのね!」
「主と、あそこまで、戦えるなんて……」
「……木場祐斗に数段劣るけど、あの人間、それなりの実力はあるのは確か」
余談ではないが、万が一のことを考えて修次に気付かれないよう、レイ達に周囲の目が入らないよう結界を張らせていた。
中途半端な終わり方ですが、千葉家との話は此処までになります。
次回は七草家との会合話です。
感想お待ちしています。