エリカとレオのお騒がせコンビが剣道部に来てから一週間以上経った。
放課後のクラブにはお決まりと言うように、俺と修哉が相手をする事になっている。別に嫌じゃないんだが、そんな元気があるんなら自分が所属してるクラブに専念しろと言いたい。
尤も、流石にレオは毎日来ている訳じゃない。アイツは俺の言いつけをちゃんと守るように山岳部へ行っており、向こうの部長から苦情は今のところ来てないから大丈夫であった。
けれど、逆にエリカが剣道部に参加してる所為で問題が起きてしまった。彼女の所属するテニス部の部長から、剣道部に苦情が入ったのだ。レオと同様、『ウチの部員を引き抜くことはしないで欲しい』と。
レオと違って全く活動してない幽霊部員に苦情を申し立てるのはどうかと思うかもしれないが、エリカはアイドル並みの容姿をしてる為、引き抜かれては色々不味いらしい。それとは別に、『剣道部に顔を出す暇があるなら、テニス部でも活動して欲しい』と言う愚痴を零してた事に、俺と壬生は何とも言えない表情になったが。
そう言う事もあって、俺の方からエリカに話した。それを聞いた当人は物凄く不満そうな表情をするも、今後も毎日来たら剣道部への出禁を下さなければいけないと言った瞬間、渋々でありながらも何とか了承してくれた。ついでに偶にでも良いからテニス部の方も顔を出すように言うも、全然乗り気じゃない返事だったから、そこは大して期待出来ないと俺は予想してる。
まぁそれでも毎日ではなく数日置きに来るようになり、テニス部からの苦情は来なくなったのは確かだから、取り敢えず一応の解決となる。
漸く落ち着いた日常を迎える事が出来ると思ったのだが、またしても面倒な厄介事が起きるとは、この時の俺は全く予想していなかった。
三月に入った現在、三年生の卒業式に向けての準備期間になった。
本格的に忙しくなるのは卒業式当日に行われる卒業パーティで、その準備や設営を行われるのは数日前になる。因みに日が近づいていくにつれて、生徒会長の中条が徐々に慌ただしくなってくる様子を見せてるが、そこは大して気にしてない。
今は昼休みの時間帯で、俺は久しぶりに生徒会室で昼食を取っていた。
「え? 摩利さん、魔法大学じゃなくて防衛大を受験したんですか」
「そうなのよ。まさか親友の摩利に裏切られるなんて思いもしなかったわ」
昼食が始まって早々、俺は裏切られたと嘆いてる真由美の愚痴に付き合わされている。
数日前に大学受験を終えたと言うのに、彼女は未だに登校し続けている。それだけこの学校に思い入れがある為に来ているかもしれない。
受験の合格の結果は後に発表される予定となっており、手応えを聞くつもりで昼食に誘ったのだが、まさか愚痴を聞かされるとは思いもしなかった。
とは言え、摩利がまさか防衛大を受験するとは予想外だった。俺もてっきり、真由美と同じく魔法大学を受けると思っていたのだが。
全く知らない風に真由美の話を聞いてる俺だが、実は知っている。この前密かに千葉修次と手合わせをした際、彼女について一通り聞いたのだ。
手合わせの結果については、当然俺の圧勝。年下の自分に敗北した修次は口惜しがると思っていたが、全く異なる反応を示していた。
『兵藤君、もし良かったらまた僕と手合わせしてもらえないかな?』
確かに最初は口惜しそうな表情をしていたが、俺との手合わせが相当お気に召したようだ。彼曰く、俺の剣技は『至高の領域』に至ってると過言じゃない腕前らしい。俺の剣はそんな大げさなモノじゃなく、
まぁそれとは別に、俺としても彼の戦い方は非常に参考になる為、もしかすれば修哉に教えれるかもしれないので却って好都合だった。向こうが俺の剣を見て盗もうとするなら、俺も相手の剣を盗ませてもらう。これはお互いメリットがあるウィンウィンな取引と言える。
因みに今夜も会う予定だった。修次としては、可能な限り空いてる時間を使って手合わせしたいらしい。
これは非常に如何でも良いことなのだが、いくら手合わせ目的とは言っても、こんな密会行為をしてると誰かに誤解されそうな気がする。エリカや摩利辺りが耳にして、変な方向へ暴走しなければいいんだが……。
「あ、そうだわリューセーくん、今度の日曜日空いてる?」
「空いてますが……それはつまり、デートのお誘いですか?」
昼食を終えて談笑してる最中、突然妙な事を訊かれてしまった為、俺は思わず真顔で問い返した。
その直後、真由美の顔は途端に真っ赤になっていく。
「違うわよ! これは真面目な話だから!」
「あ、そっち方面ですか」
勘違いだと判明した瞬間、俺は酷く残念そうに嘆息する。勿論これは演技に過ぎない。
此方の反応を見て、先程まで顔を赤くしていた真由美だが、段々消えていくと同時に意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「何? もしかしてリューセーくん、私とデートしたいの?」
「そうですね。一度でも良いからしてみたいと思ってます。真由美さんは気さくで、とても話しやすくて、チョッと小悪魔的な性格でも可愛い所がありますし、綺麗に整ってる髪が女性としての美しさも強調されて――」
「待って! もういいから止めてリューセーくん! 聞いてるこっちが恥ずかしくなるから!」
再び顔を真っ赤にしてる真由美は、本気で恥ずかしがってるように両手を前に出してストップをかけてきた。
「真由美さんにしては、随分らしくない反応ですね。てっきり軽く流すと思っていたんですが」
「あ、あのねぇ……! そんな真顔で言われたら、誰だってこうなるわよ!」
「そうなんですか? もしこれが服部先輩でしたら、余裕な表情で揶揄う真由美さんを容易に想像してしまうんですけど」
「逆に訊くけど、はんぞーくんがリューセーくんみたいな口説き文句を言える度胸があると思う?」
「…………無いですね」
言われてみればそうだった。もし服部が口説ける度胸があれば、今頃は卒業間近の真由美に思い切って好きだと告白している筈だ。
思えば去年の九校戦にあった後夜祭合同パーティで、俺が真由美とダンスした後に服部に譲っても、全くと言っていいほど進展が無かった。単に片思いの人とダンスが出来て良かった程度で済んでいる。今更だが、最早ヘタレとしか言いようがない。
「まぁ取り敢えず話を戻しまして、日曜日に何かあるんですか?」
服部がヘタレ男だと改めて分かったが、もう如何でも良い事だと切り捨てるように本題へ戻る事にした。
俺の切り替えを見た真由美は、チョッと複雑そうな表情になりながらも、ゴホンと軽く咳払いをする。
「実は私の父が、リューセーくんと一度話をしたいと言ってるのよ」
「真由美さんの父君が?」
俺が確認の意味を込めて問うと、真由美はさっきと違って真面目な表情でコクンと頷く。
真由美の父――
そんな大物が、一般人の俺と話したい理由は何となく察している。九校戦、横浜事変、
「その方が、俺と話をしたい御用件は?」
「詳しい事は私も知らないわ。大事な話があるとしか教えてくれなくて」
「……いくら七草家当主だからって、具体的な内容を言ってくれなければ、俺としても対応に困るんですが」
「私もそう言ったんだけどね」
俺の発言に真由美は心底同意しているが、この様子から見て全く分からず仕舞いのまま終わったんだと思う。
「でも私の立場上、どうすることも出来なかったわ。だからリューセーくん、非常に申し訳無いのを重々承知の上で言います。七草家当主からの頼みとして、日曜日の午後に我が家へ来て頂けますか?」
今の俺は七草家が守護する関東に住まう住民の一人であると同時に、魔法科高校に通う魔法師でもある為、十師族に逆らう事は許されない。
もし断った瞬間、俺は七草家当主の顔に泥を塗る事になってしまう。そうなれば俺の魔法師人生が終わってしまうだけでなく、家族にも多大な迷惑を被る恐れがある。
「……分かりました。日曜日の午後、七草家のご自宅へお伺いさせて頂きます」
真由美から七草家の名を出されてしまった以上、俺には従う選択肢しかなかった。
尤も、あくまで伺う事を了承しただけにすぎない。
万が一に七草家当主殿が舐めた態度を取ったら、相応の覚悟を持って頂く事になる。
(神霊の)オーフィスは別として、もしも神造精霊のレイとディーネの怒りに触れるような事をしたら、一体どんな反応をするのやら。
修哉と紫苑を連れて帰ってる最中、俺は日曜日の事を考えていた。
「なぁリューセー。今度の日曜はクラブが休みだから、久しぶりに遊びに行かないか?」
「ゴメン、その日は大事な用事があるんだ」
「大事な用事って……もしかしてデート?」
「いいや、呼び出しだよ」
「呼び出し? 一体誰からなんだ?」
「真由美さんが家に来てくれって言われてな」
「それって、七草先輩の事か?」
「ああ」
「へぇ~。あの七草先輩がリューセー君を家に招くなんて………え?」
「……お、おい、リューセー……それってマジか?」
「マジだ」
「「……………ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」」
思った事をそのまま教えた瞬間、二人は信じられないように叫ぶのであった。
次回は真由美の妹二人に会う予定です。
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