一高より遠く離れた石川県金沢市にある第三高校にて、一人の女子生徒が大変機嫌良く教室に入ろうとしていた。
「おはようなのじゃ、愛梨、栞!」
いつもよりテンションが高い小柄な女子生徒――
「おはよう、沓子。朝から随分ご機嫌ね」
「おはよう。何かいい事でもあったの?」
女子生徒達――
沓子は全く気にしてないのか、すぐに答えを教えようと、ある物を取り出そうとする。
「実は今朝方、わし宛てに郵便が届いてのぅ。何かと思って開けてみたら……これじゃ!」
「あら、それって……」
「
綺麗にラッピングされてる小箱を見て、愛梨と栞は珍しそうに見た。
沓子は神道系古式魔法を受け継ぐ由緒正しい家系の四十九院家の生まれである他、将来有望な古式魔法師の一人。加えて小柄な体型でも愛嬌のある美少女でもあるから、愛梨や栞と同じくアイドル並みの人気を博している。
そう言う事もあって、周囲の男性からお近づきの印と言う意味合いでプレゼントを贈られることが時々ある。当の本人は興味が無い為か、全く相手にしていない。因みにそれは愛梨と栞も同様のことをしていると補足しておく。
普段から贈り物に大して興味を示さない筈の沓子が、此処まで喜ぶのは相応の理由がある筈。親友の二人が思い当たる人物を考えた瞬間、すぐに判明した。
「もしかしてソレ、一高の兵藤君から?」
「うむ、大正解じゃ!」
「やっぱりね」
栞が特定の人物を口にすると、沓子は思いっきり頷いていた。
余りにも嬉しそうに答える彼女に、既に予想がついていた愛梨は少々呆れるように嘆息する。
既にもう知られているが、沓子は去年の九校戦にて、一高の兵藤隆誠に恋をしてるんじゃないかと思うほど親しい関係になっていた。異性にも拘わらず、何の躊躇いもなく引っ付くほどに。
愛梨と栞は親友の恋を応援する立場なのだが、内心少しばかり微妙だった。隆誠が沓子に対する態度は確かに異性として見ていながらも、時折娘みたいに、いやそれ以上に孫みたいな接し方をしてるような気がしてるから。あくまで自分達の思い過ごしかもしれないが、それでも応援する事には変わりない。
「でもどうしてこのタイミングで? 確かホワイトデーはもうチョッと先の筈よ」
隆誠が沓子にプレゼントする理由は、バレンタインデーのお返しだと愛梨は気付いていた。
今はもう3月に入ったとは言え、ホワイトデーは来週の14日。いくら何でも早過ぎるんじゃないかと、愛梨は疑問視している。
「前に電話で話した際、どうやら隆誠殿は生徒会に入っておるみたいでのぉ。卒業式の準備で忙しくなるだろうから、早めに渡しておくと言ってたのじゃ」
「ああ、そう言うことね」
沓子から理由を聞いて愛梨はすぐに納得した。
卒業式の準備は生徒会が主体となって行われる為、式以外にも卒業パーティの会場設営も行う事になっている。他校とは言え、同じ魔法科高校の生徒会は共通しているのだと愛梨は改めて認識した。
「でも、一高の生徒会って一科生しか入れない資格制限があった筈よね。確か兵藤君は二科生だと言ってたけど」
「これも隆誠殿から聞いたのじゃが、去年に一高の前生徒会長が生徒会一科生限定廃止案を出して見事に可決したそうじゃ。それを機に、九校戦で大活躍した隆誠殿を生徒会へ迎え入れたらしい」
「当然ね」
実力主義の考えを持つ愛梨としては、隆誠が生徒会に迎え入れるのは当たり前だと思っている。
加えて、非常に残念な気持ちも抱いていた。自分は勿論のこと、あの一条将輝を遥かに上回る実力者は三高にこそ相応しい人物と時折考えてしまう。
「おっと、忘れるところじゃった。実は隆誠殿がわしだけでなく、愛梨達の分も用意してくれたぞ」
「あら、私たちも?」
「兵藤君からのお返しなら、ありがたく頂戴する」
沓子が新たに出した小箱を渡してきたので、愛梨と栞は何の抵抗もなく素直に受け取った。お返しに全く興味のない二人だが、相手が隆誠となれば話は別のようだ。
因みに男からのプレゼントだと知ったクラスメイトの男子達は、隆誠にチョッとした殺意を抱いている。愛梨達はアイドル並みに人気があっても簡単に近づく事が出来ない為、何の気兼ねなく接してる他校生が非常に気に食わないから。
すると、二人の男子生徒が教室に入ろうとする。
「……ジョージ、何かウチの男子達が妙に殺気立ってないか?」
「みたいだね。理由は分からないけど……」
明らかに男子達の様子がおかしい事に、
「……もしかしたらだけど、原因は彼女達かもしれないね」
真紅郎は教室の周囲を見渡した後、男子達が殺気立つ原因が何となく分かった。
彼が見ている方には、クラスメイトである愛梨、栞、沓子が贈り物らしき物を手にしている。
あの三人が贈り物を手にして、あそこまで喜んでいる姿は滅多にない。特に普段興味のない相手からの贈り物を消して受け取る筈の無い愛梨が、あそこまで嬉しそうにしてるのは初めて見る。
「一色があんなに喜ぶなんて初めて見たな」
真紅郎だけでなく、将輝も愛梨の性格を知っているから、彼女があんな嬉しそうに贈り物を手にする姿を見るは初めてだった。
「沓子、後で構わないから、兵藤君にホワイトデーのお礼を言っておいて」
「了解じゃ」
((あ、そう言うことか))
会話を耳にした瞬間、贈り物の相手が兵藤隆誠と分かった途端に二人は納得した。
同時に、あの三人は隆誠にバレンタインデーのチョコを贈ったことを知ってる。あの贈り物はちょっと早めのホワイトデーなのだと理解しながら。
(俺も一高にいる司波さんからバレンタインチョコを貰ってたらなぁ……)
彼女達の会話を軽く流し、真紅郎と同じく席に着きながら如何でも良い事を考え始める将輝。
知っての通り、彼は一高の司波深雪に今も絶賛片想い中である。九校戦の後夜祭でダンスして以降は何の進展も無いのだが、それでもバレンタインチョコが欲しいと願うのは男の性だった。
もし仮に、深雪が自分宛てにバレンタインチョコを贈ってくれたら、恥ずかしげもなく舞い上がっているだろう。彼女からの
そんな淡い希望を抱きながら2月が過ぎた現在、将輝は自分にバレンタインチョコ(主に本命)を贈ってくれた三高女子達のお返しをどうしようかと考えていた。尤も、これは中学の頃から続いているので、いつものように簡単に済ませている。女にモテない男からすれば羨ましいのだが、将輝からすれば少々億劫な恒例行事だった。出来れば誰かに代わって欲しいと願うほどに。
「あ、そう言えば司波深雪なんじゃが」
(!)
沓子が突如、深雪関連の話をしたことで、将輝の耳は必然的に彼女の方へと意識を向ける。
「何でも、去年の10月から隆誠殿と同じく生徒会副会長になってるそうじゃ」
(な、何、だと……!?)
大変聞き捨てならない情報に、将輝はほんの一瞬ばかり思考停止に陥るほどのショックを受けていた。
去年の十月と言えば、横浜事変が起きる前だった。その時から隆誠は深雪と同じ生徒会副会長として、一緒に活動してる事になる。(あくまで将輝の思い込みで)もしかしたら、生徒会の仕事で仲良く二人っきりになっていたりとか。
(兵藤の奴、何でそんな大事なことを俺に教えなかった!?)
ショックを受けてる将輝だったが、次第に沸々と怒りが沸き上がっていく。
これがもし達也が副会長であるなら簡単に諦めがつく。彼は深雪の実の兄だから、一緒にいても問題はない。
しかし、隆誠は別だった。兄の達也と違って一切血の繋がりが無い赤の他人が、自分の想い人と一緒に仕事をするのが非常に気に食わない。要するに単なる嫉妬である。
今すぐに電話して問い質そうと、携帯端末を手にした直後、朝の予鈴が鳴った為に出来ないのであった。
「まぁいい、後で昼休みにでも……」
「将輝、さっきから何ブツブツ言ってるんだい?」
急に自身の相棒が独り言を呟き始めている為、参謀役である真紅郎は少しばかり不安そうに見ていた。
☆
「真由美さん、摩利さん。チョッと早いですけど、俺からのホワイトデーです」
「ありがと、リューセーくん」
「うむ、ありがたく頂くよ」
昼休み。
昼食を済ませた俺は、生徒会室に真由美と摩利を呼んで、バレンタインのお返しを渡していた。
本来だったらホワイトデー当日に渡したかったが、卒業式前日でとても忙しい為、予定を繰り上げるしかなかった。
真由美と摩利も当然理解しており、まだ時間に余裕がある内に受け取ろうと、こうして来てくれている。
「一応確認だが、中身は君の手作りお菓子なのか?」
摩利は俺がお菓子を作れることを知ってるだけでなく、何度も食べたことがあるから、少々期待してる感じで訊いてきた。
「ええ、チョッとばかり手の込んだモノを作ってみました。女性でしたら大変お気に召すかと」
「ねぇリューセーくん、もし良かったら今此処で開けても良いかな?」
俺の言い方が気になったのか、好奇心が勝った真由美が中身を見ていいかと許可を求めてきた。
「どうぞ。お二方の感想を聞いてみたいと思ってましたので」
俺が了承すると、真由美だけでなく摩利も気になってるみたいで、揃ってラッピングされてる小箱を丁寧に開き始める。
そして二人が同時にカパッと蓋を開けた瞬間――箱の中からキラキラと輝かしい光が放たれた。
「………へ?」
「………は?」
自分が想像していたお菓子と違っていたのか、真由美と摩利は中身を見た直後に目が点になっていた。その数秒後、意識を取り戻したかのように、そっと蓋をするどころか、何故か俺に返却しようとする。
「リューセーくん、ごめんなさい。こんな高価な物は受け取れないわよ!」
「あたしもだ! と言うか、コレは明らかに宝石じゃないか!」
「いやいや、本当にお菓子ですよ。それは宝石を模した鉱物お菓子です」
真剣な顔で返却する二人に、俺はすぐに中身の正体を言った。
鉱物お菓子は、
ホワイトデーはクッキーやマカロンが定番なのだが、少し手の込んだモノを作ろうと、鉱物お菓子を作る事にした。流石に宝石を本物同然にするのは無理なので、そこは
「ほ、本当にお菓子なの?」
「どう見ても凄く綺麗な宝石にしか思えないのだが……」
俺が説明しても、二人は未だに信じられない様子だった。
改めてもう一度蓋を開け、キラキラと輝きを発する鉱物お菓子をジッと見ている。
「試しに一つ食べれば分かりますよ。それとも、俺が毒味しますか?」
「「……………」」
二人は恐る恐ると、それぞれ小箱に入ってる一つの鉱物を指で摘まんで取り出した。
エメラルドを取った真由美と、アクアマリンを取った摩利。
大変勿体なさそうに見るも、意を決するように、鉱物お菓子を食べようと口に入れた直後――
「……あ、美味しい」
「……ほ、本当に砂糖菓子だな」
漸くお菓子と認識してくれたようで、二人はモグモグと味わうように食べ始めた。
そしてゴクンと飲み込んだ後、途端に何故か疲れたように嘆息する。
「と、取り敢えず、美味しいお菓子なのは分かったけど……」
「これを食べるにはチョッと勇気がいるな」
「そうですか? 作った俺は全く気にしませんが」
因みにこの鉱物お菓子は俺だけでなく、前にバンドを買ってくれた店長に試食させてもらった。
受け取った当人は『リューセーちゃんの愛を感じるわぁ!』とか言いながら大変美味しく食べていたので、味に問題無いと思っていたのだが。
「まぁそれは一ヵ月ほど日持ちするんで、ゆっくり味わって食べて下さい」
「「…………………」」
何か言いたげな他、微妙な表情をしている二人だが、取り敢えず今度は返却せず受け取ってくれた。
その直後、俺の携帯端末が突然振動し始めた。
メールでなく電話の方だったので、俺はすぐに懐から取り出してディスプレイを見ると、発信者は司波だった。
「どうした、司波。何か遭ったのか?」
昼休み中とはいえ、司波が態々学校内で電話するのは珍しい。
『兵藤、至急1-Eの教室に来てくれ』
「? 何故だ?」
『お前が渡したホワイトデーの中身が高価な宝石だから、美月が今すぐに返したいと言ってるんだ』
「いや、それは本物の宝石じゃなくて――」
『とにかく急げ。こっちは今、幹比古が暴走しかかっている』
は? 幹比古が暴走って……一体何が起きてるんだ?
全く状況が分からない俺は司波に情報を求めようとするが、向こうは用件を言ってすぐに電話を切ってしまった。
「真由美さん、摩利さん。司波から緊急コールが入ったんで、今日は此処で失礼します」
「え、ええ。聞いてて何となく分かったから」
「早く誤解を解いた方が良いぞ」
何故か分からないが、真由美と摩利は向こうの状況を察してるような気がする。
二人に一礼した後、俺はすぐに生徒会室を後にした。
言われた通り、急いで教室に戻ろうとしてる最中、またしても携帯端末が振動した。
「何だよ、今教室に向かって――」
『久しぶりだな、兵藤。今日はお前にチョッとばかり訊きたい事がある』
んん? この声は司波じゃなくて、一条じゃないか。
って、ディスプレイを見たら『一条 将輝』って表示されてた。
本当なら金沢にいる知り合いからの電話を歓迎するんだが、生憎今は急いでるのでゆっくり話してる暇はない。
「悪いが一条、話なら後にしてくれ。ついさっき司波に大事な話があるって呼び出されたんだ」
『は? お、おい待て兵藤、それはどう言う事だ!? お前、司波さんと一体何の話を――!』
何やら急に狼狽した声を出してる一条だったが、俺は気にせず端末の電話を即座に切った。その直後にまた電話してくるかもしれないと考え、今度は端末の電源自体をOFFにしておくことも忘れずに。
「ひょ、兵藤君! すみませんが私、コレを流石に受け取る訳には……!」
「リューセェェェェェ! 君は柴田さんにあんな綺麗な宝石を渡すなんて一体どう言うつもりなんだぁぁぁぁ!!??」
「いや、ちょ、まっ……! 先ずはお前ら落ち着けって!」
司波達がいる1-Eの教室に到着して早々、顔を真っ赤にしながら贈り物を返そうとする柴田と、いきなり詰め寄って来る幹比古を宥めるのに大変苦労したと言っておく。
以上で番外編は終了となります。
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