俺が待機を命じられている中、司波と桐原に向かわせたロボ研とバイク部の方で起きたトラブルは解決と言う形で終わった。
しかし、別の問題が起きていたようだ。司波の話によると、執行部見習いの七宝琢磨と風紀委員の七草香澄が衆人環視の中で喧嘩を始めようとしていたらしい。しかも互いに魔法を使う素振りを見せていたとか。
違反行為を取り締まる執行部と風紀委員が自ら問題行動を起こそうとするなんて、それは愚の骨頂としか言いようがない。普通なら誰かが止めに入ってもおかしくないのだが、七宝と香澄は
その後からは余り大きなトラブルが起きる事無く、比較的平和に新入部員勧誘期間は過ぎたのであった。そうならなかったのは、各クラブが俺の厳しい取り締まりを警戒してる事もあって、今回は控えめに行動していたみたいだ。取り締まれたくなければ、最初から違反行為を起こさず普通に勧誘しろよと俺は言い返したかった。
☆
西暦2096年4月20日
勧誘期間が終わった金曜日。平穏な日常が訪れたかと思いきや、生徒会室は少々慌ただしくなっていた。
何でも国会議員が一高の視察へ来るようだ。神田議員と言う民権党に所属している野党の若手政治家で、魔法師の味方を装いながら、実際は魔法師を国防軍から排除しようとする反魔法主義者の一人。以前に一高の入学式に来た魔法師に友好的な議員とは対照的だから、魔法関係者からすれば好ましくない議員なのは言うまでもない。
神田と言う議員の目的は、司波曰く『魔法科高校が軍事教育の場と化しており、学校が生徒に軍属となることを強制している事を非難したい』と言う見解らしい。
そんな下らない理由で来るなら、一高の職員や校長の百山に事情を説明して対処を任せれば良いんじゃないかと思った。普段は生徒側の行事に口出しをしないんだから、せめて外来者の対応ぐらいはして欲しい。
俺がそう進言しようとするが、司波が予想外な事を言った。神田議員の来校に合わせてデモンストレーションをやると。
デモンストレーションの実験内容は、『常駐型重力制御魔法式熱核融合炉』と言う、加重系魔法三大難問の一つだった。これが成功すれば魔法の平和利用を主張出来て、神田の思惑を打ち砕くと言う算段を立てているようだ。
それを今から申請するのかと思いきや、昼休みに担任のジェニファーに話してあると司波はサラッと言った。因みにデモンストレーションの事は、中条や啓も既に知ってるとの事だ。始業前に生徒会室で司波から聞いたのだと。
朝からもう決まっていた話だと理解した俺は、以降は聞き役に徹する事にした。司波が野党議員に一泡吹かせる算段を立てているなら、問題無く終わるだろうと予想しているから。
その直後、今回の実験を監督する
「実験の手順は拝見しました。面白いアプローチだと思います」
司波が打ち合わせをして、廿楽はピクシーに給仕されたお茶を飲み第一声を放った。
今回行われる実験の企画者は司波である為、協力者は今のところ生徒会役員に限られているから、生徒会室で打ち合わせをするのは当然である。
「それで司波君。役割分担はどのように考えているのですか」
「先ずは――」
聞き役になってる俺が見守っている中、司波と廿楽は役割分担と言う名の実験協力者を定めようとする。
今回使用される魔法は重力制御、クーロン力制御、第四態相転移、ガンマ線フィルター、中性子バリアの計五つ。
ガンマ線フィルターは光井ほのか、クーロン力制御は五十里啓、中性子バリアは(此処にいない)桜井水波と決まっていく。
因みに司波が一年の桜井を選んだのは、対物理防壁魔法にかけては天性の才能を持っており、自分の従妹だからと言う理由らしい。それを聞いた廿楽は先程まで不安を抱いていた様子から一変し、安心した顔になっていた。恐らく彼の事だから、優秀な司波妹の従妹だから信用出来ると思ったに違いない。
「第四態相転移は誰に頼むかまだ決めていません。そして要となる重力制御は妹に任せようと思います」
「妥当な人選だと思います」
司波が決める人選に廿楽は納得顔だったが、途端に疑問を抱き始める。
「しかし、第四態相転移は何故まだ決めていないんですか。此処にいる中条さんや兵藤君では不都合なのですか?」
廿楽の疑問に司波はすぐに答えようとする。
「会長には全体のバランスを見てもらいたいと思っています」
「成程。確かに中条さんはその方が適切ですね」
「そして兵藤は実験以外にやってもらいたい事があります」
俺の不参加理由を聞いた廿楽だけでなく、残りの生徒会メンバーも不可解な表情になっていく。
一体何の話だ? 俺は一切何も聞いてないぞ。
「実験以外、ですか。まぁ司波君がそう言うなら仕方ありませんね」
廿楽は司波に対する信用があるのか、敢えて深く追求する姿勢を見せていない。
結局のところ、第四態相転移の担当は七草姉妹になった。それは当然この場にいる泉美と、事情を全く知らない香澄の二人。因みに司波は特に反対する事無く了承済みだ。
「それで司波、俺にやってもらいたい事って一体何なんだ?」
廿楽が退室した後、司波は俺を生徒会室の隣にある別室まで連れてきた。
この場にいるのは当然、俺と司波だけの二人っきり。コイツがこんな場所で話すって事は、相当込み入った理由があると思うんだが。
「兵藤、神田議員の視察当日には魔法大学へ行って欲しい。出来れば天城と佐伯も連れて」
「…………はぁ?」
俺が素っ頓狂な声を出すのは仕方ない事だった。
何の事情も知らず、いきなり魔法大学へ行けと言われて戸惑いの反応を示さないのは司波妹ぐらいだと思う。彼女は基本的に兄の言う事を何でも肯定する重度のブラコンだから。
「………一応確認だけど、お前がそう言うのは何かしらの理由があると思って良いんだよな?」
「当然だ」
「なら聞かせてくれ」
キッパリ答える司波に、俺は改めて聞く事にした。
今回行う実験は魔法大学にも見せようとする為、その映像を公開する為の中継役として俺に大学へ行って欲しいようだ。あそこは部外者の立ち入りを厳しく制限しているから、いくら俺が魔法科高校の生徒でも簡単に入れないのだが、そこは司波の方から魔法大学の講師でもある廿楽に話を通しておくようだ。
当然、俺はそこで閲覧している講師や学生に実験内容の詳細を説明しなければならない。何で俺がそんなことまでしなければいけないのかと思わず問うも、以前に俺がエリカとレオに講師役をやった事を知ってか、その腕前を披露して欲しいとの事だ。説明なら中条でも良いんじゃないかと思ったけど、あの小動物タイプな彼女がガチガチに緊張して説明役には向いてない事を瞬時に理解したのは内緒にしておく。
中継役とは言え、論文コンペに近い演説だ。しかも魔法大学でそのような事をするのは、相当な度胸が必要になる。俺がやろうとする中継役は責任重大にも等しい。そして修哉と紫苑には俺の助手として同行して欲しいそうだ。
「で、本音は?」
「心外だな。理由を聞いて早々に疑うのは流石に失礼だと思わないのか」
「お前が裏表のない性格だったらな。大方俺を大学に行かせないと、お前にとって何か不都合な事があるんだろう?」
「…………………」
デモンストレーションとは言え、あんな凄い実験を魔法大学に公開させるなら、俺じゃなくて他のヤツに任せるべきだ。適任なのは一番やる気がある五十里啓とかを、な。なのに俺を中継役にさせるのは、そうしなければいけない本当の理由があると考えてしまう。
それが的中したように、俺の推測に司波は途端に何も言い返さなくなっている。
「司波、本当の事を言わないなら――」
「分かった、今度はちゃんと説明する」
俺が
普段の司波なら脅しに屈しないが、あの眼を使って常時妹を『視』なければいけない変た……じゃなくて使命がある為、封印されるのは非常に不味いのだ。もしこの場で
「兵藤を大学に行かせる理由は二つある。一つ目は神田議員が一高の視察ついでとして、お前に接触しようとするのを避ける為だ」
「はぁ? 何で国会議員が俺に?」
「お前が九島閣下の陣営に入ったと思ってるのか、閣下の弱味も握ろうと色々訊きだすつもりらしい」
「………やっぱりそんな風に見られてたか」
恐らく後夜祭の時だろう。俺が九島と親しく話してるのを誰かから聞いて、九島の陣営に入ったと勘違いしたかもしれない。
陣営には入ってないが、繋がりがあるのは確かだ。九校戦中に彼と結託して色々裏工作をしてくれた恩があるし、二ヵ月前にはUSNA軍の交渉も代わりにやってくれた。俺と九島はもう一蓮托生の関係になっている。
因みに俺は司波が向こうの目的を何故知っているのかは敢えて突っ込まない。その情報を得たのは、四葉家を通じて知ったのだと既に見抜いているから。
「けど、神田議員が俺と接触したところで、お前には何の不都合も無いと思うんだが」
「俺も九島閣下に助けられた個人的な恩がある。万が一に仇で返すようなことは出来るだけ避けたい」
「ああ、なるほど……」
司波は去年の九校戦でミラージ・バットで司波妹のCADチェックを行った際、検査員に暴行を働く行為をした。俺が阻止したとは言っても、結果的に九島が止めてくれたので、司波からすれば恩人であるのは間違いない。
一つ目の理由を聞いて納得した俺を見た司波は、次に二つ目の理由に移ろうとする。
「二つ目だが、これは主に俺にとって一番不味いとしか言いようがない理由だ」
「ほう」
司波が前置きで言うほど重要な理由なのだろう。
「デモンストレーションと言っても、今回の実験は必ず成功させなければならない。実験中は周囲の状況を確認する措置として、俺は
「ああ、そういうこと」
まだ言ってる途中だが、二つ目の理由が判明した。
もしも本番中に俺達三人の誰かがエリア内に入った瞬間、
これ以上言う必要が無いと分かった司波は、途端に嘆息しながらこう言ってきた。
「出来れば当日だけは限定的に解除してもらえるとありがたいんだが……」
「悪いけどアレは特殊な魔法だから、そんな都合のいいように解除出来ないぞ」
「だろうな」
だが生憎、司波にそれを教える訳にはいかない。もし出来ると言ってしまえば、コイツは事あるごとに相応の理由を持ち出して、何度も限定解除を頼もうとするだろう。そんな事になれば罰を与えた意味が無い。
「そう言う訳で、兵藤には天城と佐伯を連れて魔法大学へ行って欲しい」
「良いだろう。修哉と紫苑には後で俺から言っておく」
「助かる」
俺が大学へ行った方がいいのは確かである為、今回は司波の指示通り動く事にした。加えて神田議員と会うくらいなら、少々面倒な中継役している方が遥かに良いから。
「ところで、俺達は何時頃に大学へ向かえば良いんだ?」
もし途中で俺が神田議員に鉢合わせるようになったら、向こうに気付かれてしまう恐れがある。
「具体的な時間はまだ決めていないが、取り敢えずは午前授業が終わって早々に向かって欲しい」
これも四葉家経由なのか、司波は神田議員が午後辺りに来ると言っていた。どんな方法を使ったのかは知らないが、少なくともただの一般人では出来ない方法で入手したのは間違いないだろう。
一方、生徒会室では――
「兵藤君と司波君、まだ戻って来ませんね」
「そんなに重要な話なのかな?」
打ち合わせが終わって生徒会の業務を再開してる中条と五十里は、未だに戻ってこない隆誠と達也の事が少々気になる様子を見せていた。
「ねぇ、深雪は何か知ってる? 達也さんが兵藤君に任せようとする件について」
「お兄様が後で話すと言ってたから、わたしもまだ知らないわ」
隆誠よりも達也が戻らない事が一番気になってるほのかは、妹である深雪なら何か知ってるんじゃないかと訊いてみるも、何も知らないと言い返された事で余計気になってしまうのであった。
「少々狭い別室に殿方が二人っきりで、未だに戻ってこないということは……まさか!」
「泉美ちゃん、一体何を想像したのかしら?」
「っ!? わ、私は邪なことなんか一切考えていません、深雪先輩!」
何やら少々危ない想像をしていた泉美だったが、深雪に氷の視線を向けられた事で瞬時に正常な思考に戻った。
だが――
(お兄様、何故まだ戻られないのですか? 兵藤君に魔法大学へ行かせる話をするだけなのに、いくら何でも長過ぎませんか?)
泉美の発言によって、愛する兄が未だに戻ってこない事に深雪は段々不安を抱き始めていく。
リューセーが魔法大学へ行くのはオリジナル展開です。
感想お待ちしています。