生徒会室に戻ると、何故か分からないが司波妹が妙に不安そうな表情で出迎えた。彼女だけでなく他のメンバーも似たような雰囲気を感じ取るも、俺と司波兄は全く分からず首を傾げるしかなかった。
そんな不可解な点は如何でも良いとして、司波兄が俺に別室で話した事を、今度は生徒会室で簡単に説明した途端、中条達は予想外と言わんばかりに驚いていた。その中で司波妹は事前に知っていたのか、他と違ってそこまで大袈裟な表現はしてなかったのはスルーしておく。
俺を魔法大学へ行かせるだけでなく、そこで中継役として多くの講師や大学生達に公開するなど、それは論文コンペに近いモノではないかと誰もが認識した。それを一番に表していたのは、我等が生徒会長の中条で、見てて分かり易いほど表情がガチガチだった。彼女は全体のバランスを見る役割の他、最後に実験成果の宣言もすることになっている。自分の宣言次第で大学側の印象が大きく変わってしまう他、重大な役割を担ったのだと改めて理解したから。
司波兄が説明し終えた後、予想通りと言うべきか、中条は即座に自分の役割を変えて欲しいと懇願してきた。特に最後にやる実験結果の宣言を。
「じゃあ宣言が嫌なら、中条会長が俺の代わりに魔法大学へ行って中継役しますか?」
「…………………今のは無かったことにして下さい」
俺が提案するも、中継役は宣言以上に大変だと言う事を理解したみたいで、観念するしかないように今の役割を受け入れるのであった。
「お、俺達も魔法大学に行くって……んなもん無理に決まってんだろ!」
「リューセー君、私も演説するほどの専門知識なんか無いわよ」
合流した修哉と紫苑に話があるといって、いつもの喫茶店で緊急会議的な話をしていた。
予想外な役割を担われた事を知った二人は、無理だと言って断ろうとする。
「まぁそう言うなって。主に中継役の俺が説明して、助手役の二人はそんな難しいことをする必要は無い」
司波とは別室で、修哉と紫苑の役割についても話していた。いくら
どちらもそう難しくない作業であっても、二人には必要最低限の知識を身につけてもらう必要がある。特に画像公開役は演説中に何度も切り替えなければならない為、ある程度の知識がなければ役割を果たせない。通信役もそこまで知識を必要としないと言っても、一高側に通信する際にどこまで進んだかの状況報告をしなければならない。助手役は地味な役割であっても、裏側からすれば重要なのだ。
「司波から一通りの詳細資料を貰った後、俺が噛み砕いて教えるからさ」
「でも、別に俺達じゃなくても……」
「こう言うのは普通、技術者向きの人を選ぶべきでしょ。正直言って私達じゃ力不足にも程があるわ」
修哉だけじゃなく、紫苑も余り乗り気でない様子だった。
こうも否定的になるのは既に予想している。専門家じゃないのに、何故自分達が助手役に選ばれたのかが理解出来ないからだ。
俺が身体能力と魔法力を鍛え上げた事で、二人は魔法による実技試験の成績が格段に向上し、晴れて二科生から一科生になれた。けれど、魔法の専門知識まで身に付いた訳ではない。一応理論もそれなりに上がった他、あくまで並みの魔法師を
実験内容として教えた『常駐型重力制御魔法式熱核融合炉』の概要を簡単に説明しても、二人は揃って難しい表情をしていた。専門的な用語を立て続けに言えば、そうなるのは無理も無いと言えよう。
「良いじゃないか。こう言うのは何事も経験だ。二人は去年の論文コンペの時に風邪引いて不参加だったから、その埋め合わせをするには丁度良いだろう」
あの時は大亜連合の所為で台無しになってしまったが、今回やる演説でそんな心配など一切無いから大丈夫だ。国会議員が一高に来て問題を起こすと言っても、あくまで国内の世論が騒ぐだけである為、横浜事変のような馬鹿げた事にはならない。
「それに俺としては、一番信頼出来る二人が傍にいてくれれば、安心して演説出来るしな」
「……っ。お、お前なぁ……!」
「そ、そんなこと言われちゃったら、もう断れないじゃない……」
修哉と紫苑は先程までの断る雰囲気から一変して、急に照れくさそうな表情になっていく。
司波の思惑とは別に、俺は学生の思い出作りの一つとして丁度良いと思ってる。特に修哉と紫苑は高校で出来た友人なので、こう言う事はなるべく一緒にやりたい。
俺が本心で言ってると理解したのか、二人は満更でもない様子で参加表明してくれることになった。
☆
恒星炉実験の実質的な準備期間は4月21日~24日までの四日間。論文コンペと違って、絶望的と言えるほどに時間が不足している。普通に考えたら、余りにも無謀だと非難されてもおかしくない状況だ。
しかし、企画者である司波は全くと言っていいほど悲観した様子を見せていない。それどころか一切焦らず、予定通りに完成出来ると確信してる様子で準備をしていたのだ。今回行われる実験は基本的に魔法の実演である為、論文コンペの時のように実際に作動する実験装置を組み立てる訳ではないと、司波はそうしっかり認識しているから。
その準備の中、司波は俺が魔法大学で演説を行う為に必要な詳細資料を用意した。器材や魔法、そして実験の手順などを細かく記載されており、俺はそれを理解しようと念入りに確認をした。しかし、放課後の時間だけで確認するには流石に無理だった為、授業を途中で切り上げるしかなかった。司波も大学で演説する以上は仕方ないと割り切って、恒星炉実験の詳細を細かく教えようと付き合ってくれている。因みにやっている場所は生徒会室で、司波が俺だけに教えてると言う事を知った司波妹と光井から嫉妬の視線を送られていた。可愛らしく頬を膨らませて睨む光井とは別に、冷たい笑みを浮かべてブリザードを放出する司波妹にチョッとばかり引いた。と言うより、男の俺にそんな嫉妬すること自体間違っているんだが。
まぁそれはそうと、一通りの知識を得た俺は修哉と紫苑に実験内容を噛み砕いて教えようと、放課後を利用して講義を行った。どこか間違っていた点がないかの確認の意味を込めて、司波も一緒に参加させている。何故か北山も一緒だったが、そこは敢えて気にしないことにした。結果としては『大学でも充分通用する内容だ』との太鼓判を押してくれている。特に北山から、『素人の私でも充分に分かり易い内容だった』と言われて嬉しかったのは内緒にしておく。
西暦2096年4月24日
(流石は魔法大学。一高以上に荘厳な造りだ)
本番前日となる火曜日。一高で最終リハーサルを行っている中、俺は魔法大学に来ていた。
本当は明日に行く予定だが、演説を行う前に魔法大学学長の事前挨拶をする必要があった。本来は大学講師である廿楽やジェニファー・スミスも同行すべきなんだが、二人はリハーサルや業務で忙しい為、こうして俺一人で行く事になったのだ。
「おい、あの制服って一高の……」
「何で高校生が此処にいるのかしら?」
「あの学生、確か去年の九校戦で活躍した第一高校の兵藤隆誠じゃ……」
魔法大学に在籍してる大学生達が帰宅中に物珍しそうな視線を向けていた。
まぁこれは仕方の無い事だった。魔法科の学生とは言っても、向こうからすれば俺は完全な部外者。益してや自由な服装になってる大学で、高校の制服を身に纏ってる俺が此処にいること自体おかしいから、目に留まってしまうのは当然の流れである。
その中には俺を知っている生徒もいるみたいで、一層に視線が強くなっている気がする。もし修哉と紫苑も一緒にいたら、三高に訪問した時と違って、完全に居た堪れなく身が縮こまっていること間違いないだろう。
魔法大学に俺がよく知っている人物は三名いる。去年は三巨頭と称されるほどに有名な他、十師族の直系でもある七草真由美と十文字克人。もう一人は生徒会会計だった市原鈴音。
特に真由美と十文字に会うのは出来るだけ避けたい。恐らくあの二人の事だから、明日に民権党の神田議員が一高へ視察する情報を得ている筈だ。此処で鉢合わせたら、間違いなく俺を問い詰めようとするのが目に見えてる。そうならないよう、二人の気配が近づいてきたら回避するよう警戒している。
「やはり君でしたか、兵藤君」
すると、俺の目の前には去年に一高を卒業した女生徒――
此処で彼女と会うのは予定外だったが、あの二人と会うよりはマシなので許容範囲内にしておく。
「これはこれは。お久しぶりです、市原先輩」
「ええ、お会いしたのは卒業式以来ですね」
再会した市原を見た俺は、思わず足を止めて挨拶をしていた。
彼女としても、此処で会うとは思いもしなかったのか、後輩の自分に笑顔を見せている。周囲の視線を気にせず、俺と市原は話を始めようとする。
「兵藤君が大学へ来たと言う事は……もしや、明日予定している一高の公開実験についてですか?」
「ええ。明日の演説に先立って、此処の学長に挨拶しようと伺ったんです。と言うか市原先輩、講師から盗み聞きでもしたんですか?」
本当なら惚けるべきなんだが、どうせ彼女の事だから既に耳に入ってると思い、敢えて肯定していた。
魔法大学の生徒が一高の公開実験を知るのは、明日の受講開始前に周知される予定になっている。だと言うのに、市原は一体どうやって情報を入手したのだろうか。
「盗み聞き、というのは語感が良くないですね。講師の方々が興味深い話をしていたところを、
偶然、ねぇ。何だか違法な手段で探ったんじゃないかと思わず勘繰ってしまうんだが。
「その他にも、今回行われる実験は去年私が論文コンペで発表した内容に類似しているとか」
「申し訳ありませんが、今此処でそれはお答え出来ません」
更に追求しようとする市原に、俺は此処でNoを提示させてもらった。
一応、司波から当日まで情報公開しないよう釘を刺されている為、答える訳にはいかない。いくら彼女が知り合いの先輩かつ一高の卒業生であろうとも。
「明日になれば分かりますから、それまでお待ち下さい」
「どうしてもですか?」
「はい、そうです」
「………分かりました。確かに君の言う通りですね」
俺が頑なに答えれないと拒否する姿勢を見た市原は、これ以上は無理だと思ったのか、漸く身を引いてくれた。
「では明日、
「はい、また明日に……って、帰るんじゃなかったんですか?」
バッタリ会った時は帰宅するように歩いていた筈の市原が、急にUターンしていた。しかも何故か大学の建物内へ向かおうとしている。
「急に忘れていた用事を思い出したので戻るだけです。それでは」
そう言って市原は颯爽と移動して、建物内へと入っていく。
変だな。俺の知る限り、嘗ての生徒会会計は完璧に仕事をこなして真由美を補佐していた。加えて、スケジュール関連は忘れずにちゃんと記憶するほど、凄く真面目な性格をしている筈。
なのにさっきまで用事を忘れていたとは、余りにも彼女らしくない。しかも俺と話して急に思い出すなど、チョッとばかり不審な行動とも言える。
――リューセー、後ろ。
何やら(透明化中の)オーフィスが声を掛けてきたが、俺は気にせず――
「やっと見付けたわよ」
「此処にいたのか」
市原の行動を不審に思っている中、またしても誰かが俺に声を掛けてきた。
凄く聞き覚えのある声だなぁと内心嘆息しながらも、振り向いた先には私服姿の七草真由美と十文字克人がいる。
――リューセー、折角教えたのに無視した。
(ゴメン、本当に悪かった)
親切を無下にされた事で頬を膨らませているオーフィスに謝罪しながら、表面上は笑顔を装いながら真由美達に挨拶をしようとする。
「お久しぶりです、真由美さんに十文字先輩」
十文字と違い、真由美は先々週の入学式に会って以来になる。
二人も先程会った市原と同様、初めて見る私服姿だった。
色々お世話になった先輩方である為、世間話に付き合うべきなんだが、今はそう言う訳にはいかない。
「お二人に会えたところ申し訳ありませんが、俺はこれから一高に戻らなければいけないので、今日はこれにて失礼します」
そう言って俺は二人に会釈しながら去ろうとするも――
「リューセーく~ん、何ですぐに帰ろうとしてるのかな~?」
「お前らしくない行動じゃないか」
真由美と十文字が逃がさないと言わんばかりに、俺の肩を掴んできた。
「折角こうして会ったんだから、向こうにあるカフェテリアでチョッとお茶しましょ」
「長話をする気はないが、コーヒーぐらいは奢ろう」
「いや、俺は本当に戻らないと……!」
俺の肩を掴んでいる二人は、有無を言わさず強制的にカフェテリアへ連れて行くのであった。
こうなる事を予想して会わないようにしていたのに……。ああ、オーフィスの警告をちゃんと聞いてれば。
――我、もう知らない。
俺の考えを読み取ったのか、完全に拗ねているオーフィスからそっぽを向かれる破目になってしまった。
☆
「それで、お前と司波はやはり知っているんだな?」
カフェテリアに着いて早々、席に着いた十文字が威圧感を醸し出しながら、凄みを帯びた表情で訊ねてきた。
別に怖くは無いんだが、俺としては少しばかり言いたい事がある。
「……十文字先輩、いくらなんでも質問の内容をすっ飛ばし過ぎです。ついでにその問い方は、周囲から見ると後輩を脅す光景だと勘違いされますよ」
「むっ……すまん」
俺の指摘を聞いた十文字は途端に哀愁を漂わせ始めていく。
巌のような外見をしてるが、実は結構繊細な部分がある。俺がこうして指摘しただけで瞬時に受け入れるどころか、チョッとばかりショックを受けて
「はぁっ、どこかで見たやり取りのような気がするわ」
同席している真由美は、既視感があるように言いながら嘆息していた。
因みに俺達が座っている席には、十文字が構築した遮音フィールドが張られている。それは勿論、カフェテリアにいる自分以外の生徒達に聞かれないようにする為なのは言うまでもない。
高校だとCADの携行や魔法の使用制限があるのだが、魔法大学は意外と緩いようだ。危険な魔法でなければ使用を許される為、十文字が遮音フィールドの魔法は一切問題無いと言う訳である。
けれど、あくまで話し声を遮断しただけなので、彼が有無を言わさないよう俺に問い質す光景までは誤魔化しきれない。その結果、周囲はヒソヒソと小声で話す仕草をしている。
「じゃあ私が代わりに言うわね。リューセーくん。明日、野党の神田議員が第一高校へ視察に訪れることを知ってるでしょう? そしてその情報源は達也くん経由から聞いた、ってところかしら」
「……ええ、仰る通りです」
ショックを受けた十文字を余所に、真由美が俺に質問してきた。予想通りと言うべきか、やはり二人は国会議員が一高へ視察する事を既に知っているようだ。
もし市原であったら誤魔化すべきだが、十師族直系相手にそうする訳にはいかない。加えて、十文字が誰にも聞かれないよう態々遮音フィールドまで使ったのだから、大事な話をする為に俺を此処へ連れて来たのは既に分かりきっていた。
俺が返答した瞬間、真由美と(漸くショックから立ち直った)十文字は思った通りだと言わんばかりの表情になっていく。
「となると、明日の午後に一高の生徒であるリューセーくんが
「生憎ですが、俺は付き合わされてる側なので、アイツと共謀なんかしてませんよ」
司波が今回の実験をやる動機について、俺は本当に知らない。何か目的があって企画したかもしれないが、そこは自分が関わる事じゃないから、敢えて深く追求しなかった。
もし仮に俺や修哉達に何か不利益が被る事になれば、アイツは必ず前以て教える筈。そうしなければ、後ほど罰として
全面的に信用してる訳ではないが、それでも今の司波は眼を封印覚悟で俺を騙すほどの度胸は無い。司波妹を常時視なければいけないのに、急に使えなくなってしまう展開は決して望まないだろう。
「ふぅん……。まぁ確かにリューセーくんは、悪巧みしてる達也くんと違うからね」
どうやら司波はかなり性格の悪い後輩と見ているようだ。まぁ実際確かにアイツは狡賢いから、真由美がそう言うのは無理もない。
「ところで兵藤、答えられる範囲内で構わないから、明日演説をする目的を教えてくれ。神田議員が視察する日を分かっていながら、態々お前が此処へ来るのは、何かしらの理由があると俺は踏んでいる」
「……すいませんが、今はまだ言えません」
改めて問う十文字に俺は考える仕草をしながらも、答えれないと首を横に振った。
「リューセーくん、答えれない気持ちは分かるけど、どうにか教えて貰えないかしら。貴方も知っての通り、明日視察に来る国会議員は反魔法主義者の一人よ。視察後の報道次第では、魔法師全体の立場が悪くなるかもしれないの」
「そこは司波も考慮してるので大丈夫です。それと目的に関してですが、明日の演説を聞けば分かりますので、どうかそれまでお待ち下さい」
「……私達が卒業してからチョッと見ない間、随分可愛くない言い方するようになったじゃない。もしかして反抗期?」
「何でそうなるんですか……」
真由美が憎たらしいと言わんばかりにジト目で睨む為、俺は苦笑するしかない。
取り敢えず俺が答えられないと分かった二人はやっと諦めてくれたみたいで、どうにか解放してくれたのであった。
「リューセーくん、明日の演説は私達も参加するからね」
「明日にお前が来るのであれば、その時に俺が出迎えるとしよう」
意趣返しのつもりなのかは分からないが、二人して俺に明日の行動予定をご丁寧に教えてくれた。
今回は原作で来訪者編以降から一切登場しなくなった市原鈴音を出しました。
感想お待ちしています。