西暦2096年4月25日
午前授業が終わって早々、俺は修哉と紫苑を連れて魔法大学へ向かっていた。
昼食は一高でなく大学で食べる予定だ。本当なら昼休みを終えてから行くべきなんだが、午後に来る予定の神田議員と鉢合わせてしまう可能性がある。当然俺に協力してくれる二人にも、野党の議員が一高に来る目的を既に教えた際、揃って眉を顰めていた。パフォーマンス目的の為に来校する
「うう、緊張してきた……!」
「いくら何でも早過ぎるわよ」
まだ大学に到着してないのに、緊張した表情になっていく修哉を見て少々呆れる紫苑。
けれど、それは彼女も同様だった。外見は落ち着いた様子を見せてるが、声がいつもと違って少々上擦っているのだ。
自分達は助手役と言っても、大学で演説するのは初体験だから当然の反応と言えよう。最初にやったリハーサルの時も、チョッとばかり面白い反応をして苦笑してしまう程に。
「まぁまぁ、そう気張る必要はないって」
俺はそう言いながら二人の肩を優しく叩く。
「……それもそうだな」
「ま、リューセー君がいれば問題無いわね」
先程まで緊張していた二人だったが、段々落ち着いた様子を見せようとしていく。
何だか俺は精神安定剤みたいな感じがするも、それで修哉達の心が安定するなら別に構わない。それだけ自分を信頼してくれてると言う証でもあるから。
そう考えながら移動してると、魔法大学前に辿り着く。そこには予想通りと言うべきか――
「待っていたぞ、兵藤。天城と佐伯も、忙しい中よく来てくれた」
「「十文字先輩!?」」
先月まで一高の先輩であり、十師族直系である十文字克人が俺達を出迎えてると知った修哉と紫苑が驚きの声を上げた。
「まさか本当に俺達を出迎えてくれるとは、講義に出なくても良いんですか?」
昨日はてっきり話の続きをする為の口実に過ぎないと思ったんだが、大学の講義を抜け出してまでやるとは予想外だった。
「講師に事情を説明してるから問題無い。それに来客が一高の在校生であるなら、卒業生である俺が出迎えるのは当然のことだ」
「そ、そうですか……」
十文字は相変わらず真面目な表情で言い切った為、俺はもう何も言い返す事が出来なかった。
「ところで兵藤、確か一高はまだ昼休みの時間帯の筈だが、昼食はもう済ませたのか?」
「いいえ。午前授業が終わって早々に来て、勝手ながら大学で食べようと思ってます。もしかしてダメでしたか?」
「いや、それは構わない。後で昼食を取れる場所へ案内しよう」
午後に神田議員が来る事を十文字も当然知っている。なので鉢合わせないよう、俺達が早く大学へ来た事を察してくれた。
取り敢えず俺達は彼の案内で大学を案内される事となった。
昨日と同じく魔法大学学長と話を済ませた後、俺達は昼食を取ろうとカフェテリアへ案内された。
一高の制服を着てる所為か、多くの大学生達からの視線が集まるのは当然の流れなのは言うまでもない。加えて一高の五時限目に公開実験を中継の他、その前に俺達が演説を行う事も大学で周知された為、余計注目されている。
まぁそれ以外にも――
「今回行う『恒星炉実験』は非常に興味深いですね」
「去年の論文コンペで鈴ちゃんが考案したモノとは対照的だなんて、流石は達也くんと言うべきね」
「まぁ、達也くんが凄いのは今に始まったことじゃないがな」
俺達と一緒に昼食を取ろうと、三人の女子大生がいる事が一番の原因なのだが。
一人目は市原鈴音。今朝の周知で知った事もあってか、カフェテリアで昼食を取ってる俺達を見付けて早々に声をかけていた。『常駐型重力制御魔法式継続熱核融合炉』と言う内容は彼女からすれば、何が何でも聞き出そうとするのは既に察していたから。
二人目は七草真由美。今日の午後に神田議員が来る件以外にも、司波が行う公開実験にも興味を抱いてる他、久々に後輩と一緒に昼食を取る為に来ている。
三人目は渡辺摩利。殆ど真由美と同じ理由で、俺達と一緒に混ざっている。
市原と真由美はともかく、防衛大にいる筈の摩利が何故魔法大学にいるのかと俺達は最初疑問を抱いたが、これには勿論理由があった。
防衛大には特殊戦技研究科がある。早い話が魔法師の士官を育成する学科で、魔法大学はその学科にいる学生を聴講生として受け入れる制度があるようだ。防衛大側で選んだ学生が週に一回、聴講に訪れるから、摩利がその聴講生に選ばれて、今日は偶然にもその講義の日だったと説明された。
因みにその学科に、摩利の恋人である千葉修次もいるのだが、敢えて触れる事はしてない。大学で揶揄う事をすれば、この後に行う公開実験に何らかの支障を来たしてしまう恐れがある。
一高で有名だった女子三名が昼食に混ざってる事もあって、修哉と紫苑は気まずい思いをしていた。いくら一高の先輩であっても、俺と違って親しげに話せる仲で無い為、二人がこうなるのは無理もない。
「ところで兵藤君、演説前のリハーサルをする予定はあるのですか?」
「ええ。持ってきた機材の接続や、一高へ通信するテストも行いますので」
市原の質問に俺が答えると、彼女の目が急にキランと光ったような気がした。
「ダメです」
「まだ何も言ってませんが……」
「そのリハーサルに自分も参加したいと言うつもりなんでしょう? 誰よりも先に知りたい気持ちは理解出来ますが、助手役として一緒に来た修哉と紫苑に要らぬ緊張を与えたくないので、どうか演説の時間までお待ちください」
「………分かりました」
俺一人だけの演説なら全然構わないが、修哉と紫苑は初めてやるから断らせてもらう。
市原は緊張してる様子を見せる二人を見て察したのか、これ以上は無理だと引き下がってくれた。
「まぁまぁ鈴ちゃん、そう落ち込まないで」
「リューセーくん、市原にそこまで言ったんだ。君達の演説をじっくり見させてもらうぞ」
市原を慰める真由美とは別に、摩利はまるで責任重大のように言ってきた。
だからそれは俺一人だけの時にして欲しいのに。修哉と紫苑が摩利の発言で緊張が走ってるじゃないか。
☆
(思った以上に凄く集まってるな……)
大学にある空き用の講義室で一通りの準備を終えた後、開放した途端に多くの参加者が挙って入室してきた。その中には大学生だけでなく講師も混ざっており、あっと言う間に席が埋まり満室状態となっている。けれど、立ち見でも構わないと言わんばかりに参加者達は未だ続々と入室してくる。
高校生が企画したとは言え、ここまでの参加者達が集まるのは正直言って予想外だった。大学生だけでなく講師側も加重系魔法三大難問の一つ、『常駐型重力制御魔法式熱核融合炉』は相当注目度が高いようだ。尤も、今回の実験は実物ではなく可能性を分かり易いものとして演出にするに過ぎない。一応そういう風に周知されてる筈だが、それでも見てみたいのだろう。
因みに一緒に昼食を取っていた市原、真由美、渡辺は一番前の席を陣取って座っている。他にも俺達を出迎えてくれた十文字も同様に、な。
まぁどれだけ人数が集まろうが、俺のやる事は変わらない。傍に居る修哉と紫苑は余りの多さに少々威圧されかかっても、もうとっくに覚悟を決めている。つい先程までガチガチに緊張しまくっていたから、二人の心を落ち着かせるようにポンポンと優しく肩を叩いた際、
「リューセー、一高側は五時限目に向けての準備に移ったそうだ」
「分かった」
通信役を任せている修哉より一高の状況を聞いた俺は頷き、二人と一緒に教壇に立った直後、参加者達は熱の籠った視線を此方に向けていた。
「本日はお忙しい中、ご参加頂き誠にありがとうございます。私は第一高校二年、兵藤隆誠と申します。そして私と同じ二年、天城修哉と佐伯紫苑と一緒にお送りします」
演説前の挨拶と一礼をする俺達に、参加者達はざわめく。俺の名前を呟いてるのがチラホラいるが、それは無視だ。
そんな中、修哉と紫苑が配置に付き、それを見た俺は演説を始めた。
「既に今朝の周知でご存知の通り、第一高校二年の司波達也君は、加重系魔法の技術的三大難問の一つ、『常駐型重力制御魔法式熱核融合炉』をテーマにした『恒星炉実験』を行おうとしています。ですがこれは実物でないどころか、実行炉とすら言えず、あくまでデモンストレーションに過ぎません。それでも司波君は、この実験が成功すれば核融合炉実現の可能性があると確信し企画しました」
参加者の中には去年の論文コンペで市原が発表した件を知っている者や、当の本人がいる事を分かった上で説明を始めた。俺が目線を配った事で紫苑は機材を使って、黒板型のスクリーンで恒星炉の画像を出す。
司波が考案した恒星炉は、市原が考案した断続型の核融合炉とは対照的なコンセプト。加えて、取り出す事の出来る単位時間当たりのエネルギーの量は市原のシステムより桁違いに大きい。もし司波の恒星炉が実現すれば、昼夜の区別無く、気象条件に影響を受けずエネルギーを供給する事が可能になる。工場も電力供給に神経を使わず運転できるようになり、寒冷化の再来に怯えなくても済む。だからこの実験は魔法の平和利用に大きく活用出来るモノだと、俺は講義室にいる全ての参加者達にそう言い切った。
これらを聞いた大学生や講師達は再びざわめき立ち、市原は目を見張ると言わんばかりの表情になっている。彼女の反応は当然だと思いながらも、俺は次の説明に移ろうとする。
「ではこれより、一高で行う予定の『恒星炉実験』に扱う装置と魔法について説明致します」
紫苑の操作により、スクリーンには実験を行う各種装置の画像が展開された。
先程までのざわめきが一気に消えて無言となり、市原は一言一句聞き逃さない姿勢になっている。
第一段階は『重力制御魔法』。水槽に定義した重力場を発生させ、半分までは入ってる重水・軽水の混合水が中心部を空洞にして水槽の内側前面に張り付かせる。
第二段階は『
第三段階は『
第四段階は第二の『重力制御魔法』。新たな重力制御を発動する事で、球形水槽の中央に、直径十センチの高重力が出現。
この実験の中で一番の肝となってるのが重力制御魔法であり、それを補助する為に使われてる装置は、水槽の赤道部分にはめられた金属環。特化型CADに使用されている照準補助装置を六十個繋いだ物であり、この補助がある事によって、重力制御魔法を使う術者の負担を大きく軽減させる。この精密な照準補助システムが無ければ、安定的に高重力場を固定し続けるのは不可能だと司波が言っていた。
そして第五段階は『クーロン力制御』。高重力領域の電磁気的斥力を低下させて核融合を起こさせず、プラズマ化による圧力上昇で反応条件がクリアできる程になると、そこで淡い光が生まれる事になる。
五つの魔法を順番に行う事によって、球状水槽内の水が激しく沸騰し、中性子の運動エネルギーを熱エネルギーに変換される。だがこれは限定的な実験に過ぎない為、長く維持するのは現状不可能だった。高校で扱う設備と言う事もあって、司波の予想では三分が限界だった。
だが、まだ終わりではない。実験を終了するには、これも手順に沿って魔法を停止させなければならない。
クーロン力制御魔法と第二の重力制御魔法を停止後に、核融合反応が完全に停止する事を確認してからガンマ線フィルターの解除。そこで気体成分、水蒸気、水素、重水素、及びヘリウムに、トリチウム他放射性物質の観測をする。問題無いと判明した後、容器内冷却の為に注水を行い、水槽が透明な水で満たされた後、中性子バリアを解除。
「以上の内容が、この後第一高校の校庭で行われる実験予定になっています」
『…………………………』
俺の演説に誰もが無言となっており、口を挟む余裕がないみたいように愕然としていた。
真由美、摩利、十文字も同様の反応を示してるだけでなく、市原ですら言葉を失っている様子だった。俺の演説ではなく、司波が企画した『恒星炉実験』の内容に、な。
「さて、説明は此処までになりますが、ご質問はありますか? 私が分かる範囲内であればお答えしますが」
五時限目に行われる実験が行うのにまだ余裕がある為、俺は参加者達からの質問コーナーを設ける事にした。
予想通りと言うべきか、多くの者達が挙手してきた。特に市原が『自分に当てろ!』みたいに目が物凄く訴えている。
圧倒された訳ではないのだが、ここで当てなければ後で面倒になると思い、俺は市原を指そうとするも――
「たった今、第一高校より準備が終わったとの連絡が入りました」
すると、修哉が割って入り、通信用の機材を使って第一高校の校庭を中継する為の作業に取り掛かろうとする。
市原には申し訳無いが、俺は質問コーナーを打ち切らせてもらった。少々恨めしそうな視線を送る彼女を無視しながら。
修哉の作業により、スクリーンは第一高校の校庭に切り替わる。その中央・校舎よりに固定された実験装置が設置されている。
しかし、映像には明らかに一高の関係者とは思えない一団が映し出されていた。
「ん? おい、あそこにいるのは……」
「今映ってるのって、確か野党の国会議員じゃないか?」
「それに記者と思われるのも何人かいるわね」
「何で議員や記者が一高に来てるんだ?」
司波達が公開実験をやろうとするのとは別に、野党に所属する民権党の神田議員と記者達の姿に、中継を見ている大学生は勿論のこと、講師達も怪訝な表情で見ていた。
そんな中、俺は耳に着けている通信機をONにする。
「司波、大学側の中継映像で議員と記者の姿を確認した」
『了解』
周囲に聞かれないよう小声で言うと、通信相手である司波は此方の状況を理解した。
因みに参加してる講師の中に、何処かへ連絡している仕草をしていた。恐らく他の講師や学長に、神田議員が前以て一高へ来る情報の確認をしてるかもしれない。
とにかくこれで、大学側は神田議員の行動に不審を抱く事になった。そして後ほど魔法大学学長の耳に入り、一高の校長と共に野党民権党へ厳しい抗議をするのは確定となる。司波が俺を大学へ行かせた目的の中には、神田議員を含めた他の反魔法主義陣営議員の活動を縮小させる企みもあったらしいが、如何でも良いのでスルーしておく。
中継映像には俺が説明した通りの実験が中継されており、見事に成功したと中条が宣言した事で、一高だけでなく、大学にいる参加者達からも熱狂的な歓声と拍手が盛り上がるのであった。まるで『魔法』の可能性と未来を称える雄叫びにも聞こえたのは、決して気のせいではないだろう。
演説としてはいまいちかもしれませんが、大学側の話は此処までです
感想お待ちしています。