天城修哉と七宝琢磨が魔法勝負をする一昨日まで時間は遡る。
西暦2096年4月26日
『え、明日は無理なのかい?』
「すいません。急な用事が出来ましたので」
喫茶店『AMAGI』で緊急会議を終えて、俺――兵藤隆誠は自宅に戻り夕食を食べ終えた後、部屋である人物と電話をしていた。電話してる人物は明日の予定をキャンセルされた事で、大変残念そうな声を出している。
『でも会うのは夜だから、時間的には大丈夫だと思うけど』
「いやぁ、明日は一日中俺の弟子を徹底的に鍛えないといけませんから」
『弟子って……もしかして君が千葉道場へ来た時、一緒にいた彼の事かい?』
「ええ、そうです」
電話してる人物――千葉修次は数ヵ月前にあった俺とエリカの勝負をした日の事を思い出しながら訊いてきたので、すぐに頷いた。
因みに彼とは初めてやった夜中の手合わせ以降から何度も会っているから、互いにプライベートナンバーを交換するほどの仲になっていた。エリカが知ったら絶対騒ぐと思うので秘密にしている。
本当は明日の夜に会う予定だった。けれど明後日に行う修哉と七宝の試合に備えて、修次との手合わせをキャンセルしている訳だ。
『……何でそうなったのか理由を聞いても良いかな?』
理由を求めてくる修次に、珍しく食い下がってきたなと内心意外に思った。
俺が家庭の事情でいけなくなったと聞いた時はすんなり諦めていたのに、今回はいつもと雰囲気が違うような気がする。俺の弟子と聞いた時から。
「部外者の修次さんに余り詳しい事は言えませんが、学校でチョッとした揉め事が起きましてね……」
百家本流である千葉家に、十師族直系の七草香澄と七宝琢磨が起こした問題を具体的に話す訳にはいかない。もしこれで外に知れ渡れば大問題となってしまう。修次が二十八家の権力争いなどに興味無いのは知ってるが、もしも恋人の摩利にポロッと話し、彼女経由で広まってしまう恐れがある。
「修哉は俺が鍛えてある程度強くなったんですけど、魔法戦闘の経験がからっきし無いんですよ。だから俺が一日使って徹底的に叩き込もうと」
『……リューセー君、もし良かったら僕もその修行に加わって良いかな?』
「え?」
何か考えたように言い放った修次からの提案を聞いて、俺は思わず目を丸くしてしまった。
「いきなりどう言う事ですか? まぁ確かに、貴方が加わってくれるのは嬉しいんですが」
正直言って俺からすれば嬉しい誤算だった。魔法戦闘は勿論のこと、実戦経験も豊富な彼が修哉の相手をしてくれるのは非常に好都合だから。
けれど、それはそれで色々不味い展開でもある。修次も今回の修行に付き合うと言う事は、彼が通ってる防衛大も休む事になってしまう。あそこは魔法大学と違って色々厳しいだけでなく、修次が所属してる特殊戦技研究科は恋人の摩利もいる。彼の不在を知った直後、何かしら面倒事が起きてしまうのが容易に想像出来てしまう。
「たかが高校生の修行程度で、修次さんの大事な大学の単位を潰すのはチョッと……」
『大丈夫。僕は時々家の都合で大学を休んでる事があるからね。それに僕としては、大学で講義を受けるより、リューセー君との付き合いが一番有意義だと思ってるんだよ』
「へ?」
『前にも言ったけど、リューセー君との手合わせは僕にとって非常に貴重な経験なんだ。それに君が鍛えた直弟子の天城君にも興味があるから、この機会を逃したら僕は絶対後悔してしまう』
「………………」
凄く熱意が籠った台詞に俺は思わず口を閉ざしてしまう。
何だかいつの間にか日本でも有名な剣士と称されてる千葉修次から、途轍もない過大評価されてるような気がする。たかが高校の魔法戦闘に備えての修行をするだけなのに、あそこまで真剣な声で参加したいと言われたら無言になるのは仕方のない事だった。
「……と、取り敢えず修次さんがご参加されたい気持ちは理解しました。ですが貴方が加わるとなれば、修行場所も改めて探さなければいけなくなってしまうんですが……」
『なら、千葉道場に来ると良いよ。僕の権限で貸し切りにする事が出来るからね』
「良いんですか? そんな事したらエリカの耳に入るんじゃ……」
今回の修行はエリカに知られたら非常に不味い。
彼女が知った後の展開は既に予想してる。恐らく『あたしも参加する!』とか言って無理矢理参加して学校を休むだけでなく、その後は昼食とかで司波達に詳細な修行内容をペラペラ話す光景が目に浮かんでしまう。
だけどそれ以上に面倒なのは、エリカがバンドを外した修哉の全力を知った時の反応だ。前に修哉が彼女に勝利した時は
『あたしと勝負した時に手を抜いていたのね!?』
プライドが傷付くと同時に猛抗議して困らせるだろう。
エリカは剣の勝負に関して非常にうるさいから、修哉だけでなく俺でさえ手を焼いている。だから今回の件に関わって欲しくないのが正直な本音だった。
『その言い方だと余り妹に関わって欲しくないみたいだね』
「すいません、貴方の大事な妹さんを悪く言うつもりはないんですが、事あるごとに何度も絡まれまして……」
『……まさかとは思うけどリューセー君、エリカとは――』
「言っておきますが俺は彼女に対する恋愛感情ゼロなので、そこはご安心下さい」
『そんなにハッキリ言われると、それはそれで……』
俺がエリカに全く興味無い事を断言した事に向こうは何か言いたげな感じだったが、途中で止まる事になった。
修次はわざとらしい咳払いをした後、俺にこう言った。
『とにかく君がエリカを警戒してるなら、あの子の耳に入らないよう僕の方で手を打っておく。だからリューセー君は何も気にせず千葉道場に来てくれて良いよ』
「……分かりました。修次さんがそう言うのでしたら、お言葉に甘えさせて頂きます。あ、それと修哉の他にもう一人連れて来ていいですか? 女子なんですが、幼馴染の修哉が心配だからって一緒に参加したいみたいで」
『ああ、構わないよ』
今回の修行は紫苑も参加したいと言っていた。先ほど修次に言った理由の他、この機会を利用して彼女に上級用バンドを試してみようと思っているから。
そして俺は修次との話を一通り終えた後、修哉と紫苑に緊急メールを送る事にした。
『To:修哉
To:紫苑
sub:修行の件
場所は千葉道場でやる事になったから、取り敢えず運動着を持って兵藤家に来てくれ。エリカには内緒でやるから大丈夫だ』
「これで良し、と」
メール内容を確認した俺は送信して、明日に行う修行内容を考えようとする。
『おい! 千葉道場で修行ってどういう事だ!?』
『千葉さんに内緒でやるって書いてあるけど本当に大丈夫なの!?』
「……なぁ二人とも、そこまで言われると流石に俺もチョッと傷付くんだけど……」
因みに一分もしない内に、修哉と紫苑から慌てるように電話が来るとは思いもしなかった。
今回は七宝の試合に備えた修哉の緊急修行話です。
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