西暦2096年4月27日
「え? 休み、なんですか?」
「ああ。今日は家の都合で急遽休むと言ってたよ」
防衛大へ登校する摩利は朝に必ず会う筈の修次がいないどころか、講義にも姿を現さない事に少しばかり心配した為、講師に訊いてみると予想外の返答であった為に疑問を抱いていた。
自分が知ってる恋人は、休む時には必ず前以てメールで一報する事になっている。今日それが無かったから、いつも通りに登校していると摩利はそう思っていた。
(シュウのやつ、あたしに教えないとはどう言う事だ……!)
講師と話し終えた摩利は、摩利は少々不機嫌そうに剥れていた。
家の事情で休むと言っても、せめて自分にもメールくらいして欲しいと不貞腐れている。ここで親友の真由美がいたら絶対に揶揄われているかもしれないが、特殊戦技研究科にいる生徒達はそんな事をしないのが救いだった。
思わず電話してみようと考えたが、それはすぐに止めた。自分に一報を入れなかったのは、それだけ重要な仕事を任されているかもしれないと思った為に。
(取り敢えずメールだけはしておくか……)
いくら忙しいといっても多少の時間は空くだろうと思いながら、摩利は修次にメールを送るのであった。
☆
「修哉、先ずは身体を慣らす為、今から昼まで只管全力で手合わせしてもらうぞ」
「おう!」
千葉道場へ来てる俺――兵藤隆誠は、明日の魔法戦闘に備えて修哉の修行を本格的に始めようとしていた。
昨日は修哉と紫苑から色々突っ込まれたが、二人は取り敢えずと言った感じで同行している。そして今日、千葉道場を貸し切りにしてくれた修次と会って挨拶をした後、軽い準備運動を終えて、今は道場で対面している。
貸し切ってくれた修次や紫苑だけでなく、この道場には他にもいる。
「いや~、まさか兵藤君がウチの道場にまた来るなんて思わなかったよ」
「兄さん、言っておくけど――」
「分かってるって。エリカには決して言わないし、誰にも口外する気はないから」
見守っている紫苑とは別に、修次は隣にいる男性に改めて念押しをしていた。
その男性は修次の兄――千葉寿和で、会ったのは去年の横浜事変以来になる。
聞いた話によると彼は警察官で階級は警部。普通なら平日である今は仕事の筈だと思われるかもしれないが、今日は運良く非番だと言っていた。久しぶりに道場で身体を動かそうと思っていたところ、俺達が来た事で急遽混ざる事になったのだ。
これには修次が苦言を呈するも、決して邪魔はしないからと寿和が何度も言われた事で結局折れる事となった。俺としてはエリカに喋らないのであれば参加しても構わないし、修哉の戦闘経験が更に得る事もできて好都合だから。
「って事で、そのバンドを外せ。その後にちゃんと
「何かそう言われると緊張してくるな」
「「?」」
俺からの指示に修哉は両腕両脚に着けている上級用バンドを外そうとする。全く知らない修次と寿和は不可解そうに見てるが、そこは敢えてスルーさせてもらう。
修哉が残り一つとなったバンドを外した数秒後――全身から凄まじい
「きゃあっ!」
「こ、これはっ!?」
「おいおい、何だこの凄い
まるで強風のように吹き荒れてる修哉の
「や、やばっ!」
「修哉、早くその
「お、おう!」
紫苑にも被害が及んでいる事が分かったのか、修哉は俺の指示に従おうと頷き、眼を閉じながら深呼吸をした。
すると、先程まで吹き荒れていた筈の
「び、ビックリしたぁ~。まさかいきなりあんな風になるなんて……」
「全くもう……! リューセー君にあれほど
「そ、そんなこと言われても……」
苦言を呈される紫苑に修哉は言い返す事が出来ないのか、少々押され気味だった。
もし彼女であれば、吹き荒れることは無かっただろう。彼女は修哉と違って
「紫苑、色々文句を言いたいだろうけど、それは後にさせてもらうよ。明日が本番なんだから、な」
「……分かってるわよ」
俺の発言で紫苑は修哉への苦言が止まる事となった。明日に行う七宝との試合はかなり危険である事を理解している為に。
「さて修哉、バンドを外した気分はどうだ?」
「前と違って
「止めろ。そんな状態でやったら天井が突き抜けるから」
身軽になった事を証明する為にジャンプしようとする修哉に俺はすぐに止めた。
この道場の高さは約5メートル前後だが、加減が出来ない修哉が思いっきりやったら確実に天井に穴を開けてしまう。
「ちょ、チョッと質問良いかな?」
会話を聞いていた寿和が俺にそう言ってきた。
「兵藤君、天井が突き抜けるって言ったけど、それは魔法抜きでの話なのかい?」
「ええ。今の修哉でしたら、5メートル以上は確実に跳びますよ」
「……………マジ?」
俺の返答を聞いた寿和は未だ信じられないような目をしてるが、生憎今は時間が惜しいので、すぐに修哉の方へ意識を向けた。
「さて、早速始めるぞ。修次さんや寿和さんと手合わせしてもらう前に、その暴れ馬状態になってる身体を元に戻す。けどお前は俺の事は一切気にせず全力でやれ、良いな?」
「元からそのつもりだよ」
そう言いながら修哉は手にしてる竹刀を両手で持ち構えるのに対し、俺は片手で順手で持ったまま竹刀を下へ向けてる。明らかに俺のやってる事は無作法なのだが、修哉が本気でやる時は図る必要があるので、こうして観察に集中しなければならない。
剣道部でやっているのとは違い、この道場は荘厳な雰囲気があるからか、修哉の
「……おいおい、何だいこの雰囲気。コレ本当に高校生同士の手合わせなのかい?」
「兄さん、静かに」
修哉の身体から発する
「それじゃあ、私はリューセー君から貰ったアレでも着けますか」
俺に対する信頼があるからか、紫苑は自身の修行に移ろうとしている。前以て渡していた上級用バンドを着ける為に。
そして――
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
「はいはい、もうちょっと力を加減しような」
手合わせを開始して早々、全力で仕掛けている修哉の高速連撃を俺は大して動じることなく、全て竹刀一本で防ぐと同時に回避していた。
因みに端から見れば真剣勝負も同然の攻防だが、これは俺と修哉にとって普段やっている事なので、剣道部員達は全く気にしていない。今年入部した一年の新入部員達はまだ慣れていないが、な。
「凄い。リューセー君の弟子とは聞いてたけど、一体どれだけアレほどの実力を……!」
「……なぁ修次。彼等と手合わせする前に、チョッと俺の準備運動に付き合ってくれないか?」
「珍しいね。寿和兄さんが本気になるなんて」
「あんな凄い
俺と修哉が手合わせをしている最中、見届けている筈の寿和が何故か本気の目になり、修次を連れて何処かへ行ってしまった。
あの寿和と言う男は一見遊び人風だが、どうやら見た目とは裏腹に相当な努力家のようだ。本気になった眼を見ただけで分かる。
今日の修行は予想していた以上に楽しくなりそうだと思った俺は、修哉の攻撃を防ぎながらも内心笑みを浮かべていた。
申し訳ありませんが、修行内容は短く済ませます。
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