七宝と香澄に罰を下したランニング期間が終わり、今は五月に移っている。
劇的な変化が起きた訳では無いが、二人から刺々しい雰囲気が緩和されていた。顔を合わせても喧嘩腰にならず、この前やった罰の件があってか、お互い少々気まずそうな感じが見受けられた。まぁそこは時間が経てば解消するから問題無い。
七宝は改めて俺との実力差を痛感した他、アドバイスをちゃんと聞き入れて勤勉に務めているとの事だ。先輩に対する態度も改めていると、同じ部活連に所属してる修哉がそう言っていた。
香澄は(俺だけでなく司波も)姉の真由美と親しい事もあってか、未だに警戒されてる節が見受けられるが、これはすぐに改善出来ない事なので時間を掛けるしかない。他にあるとするなら、俺の友人と仲良くなっている事か。ランニングの時に親身なアドバイスをされて心打たれたのか、会った時は必ず話しかけられていると紫苑が言っていた。彼女曰く、香澄がまるで子犬みたいな感じがすると言っていたが、本人には内緒にしておく。
とまあ、先月にやらかした問題児二人が漸く大人しくなり、一高は再び平穏な時間を過ごす事になる。
……そう思っていたのだが、実は別の問題が起きていた。
2096年5月上旬
授業が終わった放課後。
俺は体育の授業で使うスポーツウェアを身に纏い、マーシャル・マジック・アーツ部がやっている闘技場へ向かっていた。
剣道部の俺が何故そこへ行くのかと疑問を抱かれるかもしれないが、これにはチョッとした理由がある。
「あ、兵藤君。待ってたよ!」
マーシャル・マジック・アーツのユニフォームを身に纏っている
実を言うと、今回此処へ来たのはコイツのお願いに根負けしたからだ。しかも数日前から。
そうなる原因となったのは、修哉と七宝の試合後に行われた俺と十三束の試合。あの時に俺が接触式
それを知りたい為に十三束は俺がいるA組へ来る度に、『どうか教えて下さい!』と頭を下げていた。最初は当然丁重に断ったのだが、全く諦めずに何度も来る始末。彼の友人(?)である明智エイミィだけでなく、光井や北山からも援護射撃されてしまった為、結局やらざるを得なかった。あの時余計なことを言わなければ良かったなぁと後悔しながら。
因みにマーシャル・マジック・アーツ部の方へ行く事を主将の壬生に説明済の他、事情を知る修哉からは『言い出したお前に責任あるからな』と言われ、こうして来たという訳である。
「おい、あれって生徒会副会長の兵藤だよな」
「確か剣道部に入ってる筈じゃ」
「何でウチに来てるんだ?」
歓迎する十三束とは別に、他の部員達も一斉に視線を向けている。部外者の俺が来たのだから、それは至極当然の反応だ。
「やぁ兵藤君、十三束から事情は聞いているよ。マーシャル・マジック・アーツ部は君を歓迎する」
「ありがとうございます、沢木先輩」
他の部員達と違い、マーシャル・マジック・アーツ部の部長――
「いっそのこと、このままウチに入部してくれても良いんだよ?」
「それは遠慮します」
この前の試合で俺が十三束に圧勝したからか、沢木はマーシャル・マジック・アーツ部に入るよう勧誘してくる。
もし修哉を強くする目的が無ければ入部していたかもしれないが、やる事は恐らく剣道部と大して変わらないと思う。例えば十三束なら欠点を解消ついでに、身体能力も可能な限り上昇させるとか。
「んで、十三束。今日は如何すれば良いんだ?」
まさか来て早々に十三束の指導するなど普通に考えて有り得ない。もしそんな事になれば、十三束や沢木以外の部員達から反感を食らうのは確実だ。現に部長の沢木から歓迎されてる事で、少しばかり俺を気に食わなそうに見ている数名の部員がチラホラいるから。
俺の問いに十三束は察していたのか、突然中央を指す。
「先ず僕と試合して欲しい」
「いきなりな要望だな」
恐らく俺の実力を部員達に教える為に試合をしようと考えたんだろう。確かに手っ取り早い手段かもしれないが、それはそれで問題であった。
聞いたところによれば、十三束は小柄な体躯でありながらもマーシャル・マジック・アーツ部のレギュラーどころか、校内屈指の実力者と言う噂が立っている。そんな彼と此処で部外者の俺と試合をすると、後々面倒な事になりそうなんだが。
表情に出したつもりはないが、俺の懸念を払拭するように沢木がこう言った。
「安心してくれ。部長の俺が許可を出せば問題無いよ」
「それはそれで問題のような気がするんですが……」
こう言うのを職権乱用なんだが、当人はそれを理解しているんだろうか。
俺が疑問視するように見ても、沢木はどこ吹く風のようにそっぽを向いている。
……まぁ良いや。もしこれで問題が起きた場合、部長の彼に責任を取らせれば良いだけの事だ。
俺と十三束が中央へ移動し、そして対峙する事で周囲の視線が益々突き刺さるように強くなっていく。
「全員、突然で悪いが今から試合をする。既に知っているだろうが、十三束と試合をする相手は二年の兵藤隆誠君だ。実力に関しては十三束以上とだけ言っておく」
『!?』
沢木の発言により、部員達が急にざわめき始めた。十三束の実力を知っているからか、中には信じられないと言わんばかりに俺を凝視しているのもいる。
「すぐには信じられないだろうから、それを手っ取り早く証明する為これから試合をする」
審判をやる気でいるのか、沢木はいつの間にか俺と十三束の間に立っている。
因みに十三束は周囲の視線やざわめきは完全に無視しており、俺と対峙した瞬間に構えていた。前の試合とは違って本気でやると言わんばかりの気迫を見せている。
「お、おい、何か十三束がマジになってるぞ……」
「あんな十三束君、初めて見るわ……」
「けど、兵藤の方は、構えてないどころか隙だらけだ」
「アイツ、本当にやる気あるのか?」
部員達は真剣になっている十三束に少々驚いており、全く構えていない俺に対して
う~ん、流石に前の試合みたいな流れにするのは良くないから、少しばかり向こうに合わせた戦いをするとしよう。
「二人とも、準備は良いか?」
急遽審判役を務めることになった沢木が確認する。
「ええ」
「いつでも」
「では、始め!」
俺と十三束が頷き、それを聞いた沢木は開始の合図を出した。
直後に先に動いて床を蹴った十三束は、前回以上の速さで俺に迫ろうとする。
突進しながら真っ直ぐ拳を繰り出すのを見た俺は、あと少しで自分の腹部に当たろうとする寸前――
「よっと」
「ぐっ!」
片手で相手の拳を受け止めず、軌道をずらして捌き、直後に前蹴りで十三束の腹部に当てて軽く吹っ飛ばした。
カウンターしてきたのが意外だったのか、十三束は体勢を立て直しても、すぐに再び突進しようとしない。
「お、おい、今何が起きた?」
「十三束君が攻撃したのに、逆に受けちゃってる……」
「嘘だろ?」
部員達は信じられないみたいに、先程までと違う反応を見せていた。
けれど俺は気にせず、十三束と距離があるにも拘わらずに拳を真っ直ぐ突き出す。
「!」
それを見た十三束は嫌な予感が過ったみたいに、身体をずらしながら横へ回避した。その瞬間、先にある壁が何かにぶつかってめり込むような音がする。
「今のってまさか……!」
「沢木部長の『マッハパンチ』!?」
更に驚きの声を出している部員達の中に、少々聞き慣れない名称が聞こえた。
何だよ、『マッハパンチ』って。聞くだけでチョッとばかり恥ずかしい名前なんだが。
思わずチラッとその技の持ち主に視線を移すと、先程まで楽しそうに眺めていたのが一変して、物凄い真剣な表情で俺を凝視していた。
今回十三束の話を出したのには理由がありますが、それについては次回以降で判明します。
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