西暦2096年7月14日
定期試験が終わり、九校戦へ向けた練習の再開日となっている。
俺は新競技ロアー・アンド・ガンナー(略してロアガン)の練習をしようと、一高裏手の野外演習場にある水路に来ていた。去年までバトル・ボードの練習として行っていた場所だが、ロアガンは水を利用する競技である為、此処を使うのは当然の流れだ。
野外演習場の水路はバトル・ボードの試合用コースのように立体的に作られていないが、此方の方が長い上に広く作られている。俺以外の代表選手も練習出来るほどのスペースがあるから、余程の事態が起きない限りぶつかる事は無い。
言い忘れてたが、定期試験前にあった練習日で修哉以外に紫苑も見させてもらった。結果としてバンドを外してまで練習する必要は無いと判断してる。それどころか光井と里美が、紫苑の身体能力と魔法力の高さに驚いて、思わぬ
弟子二人が問題無くやっていけそうだと判断した俺は、自分の練習に心置きなく専念させてもらう事にした。
水上競技をやるなんて凄く久しぶりで、やったのは確か……
あの時にやった障害物ボートレースには今回のロアガンみたく、水路上の標的を狙撃する射撃用ステージもあった。文字通り大昔にやったとは言え、その時の経験を活かしてやってみようと思う。
百発百中の射撃方法があると言っても、先ずはボート走行の感覚に慣れておかなければ話にならない。だから今日は走行のみの練習とする。
だけど、その前に注意しておかなければならない事があった。
――ディーネ、俺に補助は必要無いからな。
――っ……。了解、しました。
俺がボートに乗っていざ走行をやろうとする際、今も透明化してる水の神造精霊ディーネが何かやろうとしているのが見えた。多分問題無く練習をさせる補助として、俺に『水の加護』を施そうとしたのだろう。
生憎、俺はそう言った初めから有利なことはしたくない。
――主に、怒られて、しまいました……。
――そう落ち込まないのね、ディーネ。
――リューセーは決して怒ってない。
窘められて少々落ち込んでるディーネに、レイとオーフィスが姉として慰めている。
言うまでもないが、九校戦の会場へ向かう際にレイとディーネも同伴させる予定だ。里帰りの意味も兼ねて、な。
オーフィスは自宅に待機させるつもりだったんだが――
『我、置いてけぼりは嫌』
と言う風に元龍神様から訴えられてしまった為、レイ達と一緒に連れていく事にした。それでも自宅にいる家族に何かあれば、即座に緊急転移してもらう了承を貰っている。
そんなこんなで久しぶりにボート走行をしている中、転覆したと思われる女子二人を見かけた。その内の一人は去年の九校戦や遊園地で話した同級生の女子――明智英美。因みに修哉と紫苑がいる二年B組の生徒だが、二人は彼女と仲良く話す間柄じゃない。
明智とペアになっている女子は三年の
本当は自分の練習に専念すべきなんだが、転覆した際に辛そうな表情が見えた為、少しばかり手助けの意味合いも兼ねて声を掛けようと決意する。
一度も転覆する事無く完走して休憩してると、明智と国東が水路から上がって来たのを見て出迎えようと俺は声を掛けた。
「明智、お疲れ」
「あれっ、兵藤くん?」
予想外の人物が声を掛けてきたと思ったのか、明智は俺を見た途端にキョトンとした表情になっている。
「ペアの走行は思っていた以上に苦戦してるみたいだな」
「あはは、まあね」
俺の台詞に明智は笑っていた。それも自虐的な意味で。
俺が練習している最中、明智達は膝立ち走行の練習をしていた。初めてみたいだが、たった一周する間に何回もひっくり返していたのが見えたから、それで彼女の心境はすぐに察した。俺に向けてる笑顔だって精彩を欠いてるのが一目瞭然だと断言出来る。
「それにしても兵藤君は凄いね~。ボート部じゃないのに、ミス無しで走行できるなんて」
「前にやった事があるんだ。去年のモノリス・コードで、俺がボード走行したの憶えてないか?」
「あっ!」
去年の新人戦モノリス・コード決勝で、一条を含めた三高選手達の目を引きつける作戦として、俺は羽織っていたマントをボード状に変形させて浮遊走行を披露した。それを聞いた明智と会話に参加してない国東は、『そう言えば』と言う感じで思い出した表情になっている。
「尤も、あの時と違って今やってるロアガンはボートだけど、な」
「ボードとボートは違うからね~」
段々と話が逸れてきそうになってきたので、俺はすぐに話題を引き戻そうとする。
「それはそうと、其方は何回も転覆してたみたいだが、一体どんな体勢で走行していたんだ?」
「クーちゃん先輩とは別に、
「
原因が何となく分かった俺に明智だけでなく、聞き手に徹してる国東も途端に気になるような表情になる。
「確認したいんだが、明智の言う
「えっと……こんな感じだよ」
明智は教える為に片膝を立てて座り、その上に肘をのせて射撃をするポーズを取った。
それを見た事で、俺は転覆の原因を完全に理解したと同時に納得する。
「やっぱりな」
「え? これが転覆の原因なの?」
「ああ。ボートの走行中にその体勢でやるとな――」
俺が説明し始める事で、明智と国東が聞き逃さないように耳を傾ける。
例えば走行中の際に左方向から標的が出現すれば、
「――とまあ簡単だが、走行中の
「あ~、聞けば聞くほど納得した。確かに私が照準を付けようとした瞬間、そっちを意識する余り片足に重心が傾いてた……」
「それで私達は何度も転覆してたって訳ね」
説明を終えると、二人は言われてみれば確かにと言う感じで納得の表情を示していた。
「となれば
「いやいや、
「へ?」
「さっき明智が見せたのは『片膝立ち』だ。もう一つには『両膝立ち』があるんだけど、乗馬でやったこと無いのか?」
聞いた話によると明智は乗馬をやっていると光井が言っていた。何でも彼女は
乗馬は貴族の嗜みと言われてるが、どこの世界でも共通してるのだと
「やったことないけど、それは知ってるよ」
「じゃあ両膝立ちで照準をつける事は出来るか?」
「えっ、どうだろ?」
再度確認する俺に、明智は少々自信なさげに頷いた。
「う~ん、多分大丈夫だと思うけど、そっちの方が良いの?」
「ああ。両膝立ちで構えれば姿勢も安定するし、目線の高さはそれほど変わらないからな」
「……どうやるの?」
すぐに試してみようとする明智だったが、どうやら上手くイメージが掴めなかったみたいで、改めて俺に訊ねてきた。
「こうやって、足を左右に均等に開いて、ボートの揺れを膝で抑え込むようにして……そうそう、そんな感じだ」
俺が床で両膝立ちを見せると、明智はボートの上で同じ姿勢を見せた後にショットガンスタイルのCADを左右に振った。
「うん……行けそう。チョッとこれでもう一回りしてみるね」
「そうしてみるといい。国東先輩も、どうかお願いします」
「分かったわ」
国東はすぐに頷いて明智の前に座り、俺の方へ振り向いて横目で会釈した。
その直後、二人が乗ってるボートは緩やかに岸を離れた。
結果が気になってる俺は、練習をやらずに見守っていると――
「見て見て兵藤くん! 一回も落ちなかったよ!」
「お見事。凄い進歩じゃないか」
物凄く自慢気な顔で駆け寄ってきた明智に笑顔で応えた後、俺はボートに乗ったままの国東へ目を向けた。
「明智とは別に、国東先輩の方はどうでしたか?」
「そうね。あの態勢で
国東は男子が苦手なのかは分からないが、少々余所余所しい感じで言ってきた。話した事の無い相手だから、向こうがああ言う話し方をしても俺は全然気にしてない。
「やはりそうなりますか」
国東はボートの中に下半身を潜り込ませるような格好で乗り込んでいる。
それの対策に関しては、二人の担当エンジニアとなってる司波と中条に任せるしかない。
「後で俺の方から司波に報告しておきますね。多分アイツなら何かしらの手を打つでしょうから」
「え゛っ!?」
俺の発言に何故か明智が変な声を出した。
「ひょ、兵藤くん、司波くんにって……本気なの?」
「何で明智がそんな不味そうな顔をしてるのかは分からんが、君の担当エンジニアは司波なんだから、相方である国東先輩の懸念について報告するのは当然だろ?」
「そ、それは、そうなんだけど……」
明智が不安そうになってるのは内心察してるが、俺は敢えて何も気付いていないように振舞っていた。
多分彼女の事だから、司波が国東を
それでもアイツには去年の九校戦で、多くの選手達を優勝する為の対策を考えた実績がある。と言うより、そう言う事は担当エンジニアに任せるのは必然なんだが、な。
俺が内心そう考えていると、その人物がやってきた。
「兵藤、練習はどうした?」
「おお司波、丁度良い所に来てくれた。実はな――」
練習もせずに明智と国東と話し込んでる俺を見て話しかけるも、それを遮るように事情を説明する事にした。
いきなりの事に司波は怪訝な表情になるも、一通りの話を聞き終えると、もう如何でもよくなった感じになっていく。
因みに俺が話してる際、国東が司波を見た途端に表情が固くなったような気がする。
「取り敢えず事情は分かった。走行中に国東先輩の視界が悪い件に関しては、後で会長と相談してみる」
「ああ、頼む。じゃあ俺はまた練習するから、後は任せた」
「えっ?」
司波に引き継ぎをした俺は練習を再開しようとするも、国東が意外そうな声を出した。
俺、何か不味い事を言ったか?
「兵藤君、もう行っちゃうの?」
「いや、そう言われても……俺は元々エンジニアじゃなくて選手ですから」
「あっ、そ、そうだったわね……」
おかしな事を口にする国東に疑問を抱く俺だったが、取り敢えず練習に専念しようと、再びボートに乗って走行を始める事にした。
ロアー・アンド・ガンナーの練習中に明智達と話すリューセーでした。
最後辺りに見せた国東の発言についてですが、決してリューセーに好意を抱いている訳ではありません。男子が苦手でも、達也と違ってそれなりに話せる相手だからです。
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