西暦2096年8月5日
『それでは皆様、大変お待たせいたしました。これより2096年度、魔法科高校親善試合を開催いたします』
朝、開会式によるアナウンスの宣言によって九校戦が開幕される事になった。
初日はアイス・ピラーズ・ブレイク・ペアの男女予選、ロアー・アンド・ガンナー・ペアが行われる。
俺が見るとすれば、ピラーズ・ブレイクに北山と千代田、ロアガンに明智と国東と言ったところだ。どちらも女子だが、その競技の男子とは仲良く話す間柄でもないので、必然的に気軽に話せる女子の試合を見に行くのは仕方が無いだろう。
その際、北山から自分の試合を見て欲しいと頼まれた。明日に試合が控えてる身で、コースの下見も兼ねてロアガンの方を観戦しなければならないが問題無かった。試合スケジュールには、明智達が朝一番の第一走者で、北山達が四試合目と七試合目になっている為、試合の時間が重なる心配は無い。
だがそれとは別に、千代田が紫苑に対するラブコールが凄かった。後輩にいいところを見せようと言うのが凄く丸分かりな程、自分の勇姿を是非とも観て応援して欲しいと頼まれたのだ。紫苑は風紀委員長に大事にされてるなぁと少し引き気味になるほどに、な。
「ひょ、兵藤君! い、いくら三高の四十九院さんと仲が良いからって、九校戦の最中にあのような事をされては困ります!」
「別に俺からやった訳じゃないんですが……」
初日は幸先がいい結果と言ったところだろう。明智達のペアが一位、男子ロアガン・ペアが三位、ピラーズ・ブレイクの北山・千代田ペアは男子ペアと同じく決勝リーグ進出と言う内容だから。
俺が注目してる三高は、明智達と同じく出場した沓子・十七夜ペアは三位で男子ペアは二位、ピラーズ・ブレイクは男女ペア共に予選突破と言う結果だ。試合が終わった後、沓子が他校生である俺に『悔しかったのじゃ~!』と泣きついてきた事で、周囲から変な誤解をされてしまったのは言うまでもない。
試合が終わった後の反省会で、中条が問題ありだと先輩として俺を説教する破目になっている。それを見ている服部、啓、千代田、司波兄妹は彼女と違って咎めようとする感じは一切無く、ただ苦笑するだけに留まっているだけだ。
「それにしても、七高があそこまで仕上げてくるなんて予想外でしたね」
司波は早く本題に入りたかったのか、真面目な顔で七高について触れた。それを聞いた中条はハッとしたのか、ゴホンと咳払いをしながら頷いている。
「当校が男子三位、女子一位に対して、七高は男子一位、女子二位か」
服部が本日の成績を振り返った。まだ一種目が終わっても、ロアガンでは七高が有利な状況であるかを語っている感じだ。
「術式精度は負けてなかったけど、選手の練度が凄かった。流石は『海の七高』だね」
しみじみ言う啓の後に、服部が途端に俺の方へ視線を向ける。
「兵藤、明日のソロは七高から一位を取れる自信はあるか?」
俺が出れば一位確実と思っている服部でも、今日観た七高の練度に少しばかり不安があるようだ。
「まぁやれるだけやりますよ。ただでさえ俺は九島閣下から激励の言葉を頂きましたからね」
「……そ、そうか」
服部だけでなく、司波を除く面々から少々気の毒そうな目で見られた。
何度も言ってるが、前夜祭パーティで九島が俺を指名して激励の言葉を賜った事で、他校生達から睨まれる破目になっている。修哉と紫苑だけでなく、先輩方からも心配されているのだ。
「だ、大丈夫です! 兵藤君はやれると、私は信じていますから!」
特に生徒会長の中条は俺に物凄く気を遣ってくれて、今みたいに強く励ましてくれている。
「……でも万が一もあるからさぁ、司波君は兵藤君が出るロアガンのソロを担当した方が良いんじゃない? 司波さんなら誰が担当したって優勝するんだろうし」
暴論とも言える提案を出したのは千代田だった。俺を気遣ってくれたのかもしれないが、それはある意味蛮勇とも言えるモノだった。司波妹から凍てつくようなプレッシャーを放っている為に、周囲は途端に顔を青褪めていく。
「ダメですよ、千代田委員長。司波さんの担当は司波じゃなければ無理です」
俺がやんわり断った事で、司波妹はすぐに冷気を引っ込めるも――
「もし担当変更して俺と司波が二人で試合前の打ち合わせをすれば、司波さんは自分の試合を
「なっ!」
今度は一気に顔を真っ赤にするのであった。
「ひょ、兵藤くん、それは聞き捨てなりません! 何故貴方とお兄様が打ち合わせをしただけで、わたしが負けると断言出来るのですか!?」
「以前俺と司波が生徒会室で食事した際、君と光井が変な誤解をして情緒不安定になったのを踏まえて、な」
「あ、あれは、兵藤くんがお兄様に紛らわしい事をしたからです!」
「深雪、落ち着くんだ」
ポカンと眺める三年生達を余所に、負けじと反論する司波妹を司波が抑えようとした。
「……千代田委員長、今からエンジニアの担当変更は不可能です。それに、俺が担当したからと言って兵藤の戦績が必ず好転するとは限りません」
「そうだな。寧ろ暗転になるばかりか、変な方向へ誤解する司波さんと光井にも恨まれて――」
「兵藤、お前はもう喋るな」
同感だと言わんばかりに述べる俺に、司波は途端に俺をキッと睨みながら黙らせてしまうのであった。
チョッとしたコントのように思えたのか、中条達は先程までと違って今度は苦笑するだけに留まっている。
結局のところ、ロアガンは一週目の練習走行が成績を大きく左右する為、後程ペアの選手からソロの選手にアドバイスをしてもらうと言う結論に至った。
☆
(チョッとばかり悪いことしたな)
夕食や反省会を終えて、俺は一人で行動していた。修哉と紫苑は一緒じゃない。
つい先程、北山より一緒にお茶しないかと誘われた。言うまでもなく司波達と一緒と言う意味合いで、な。
だけど、俺は丁重に断っている。明日行うロアガン・ソロに向けての準備を理由にした事で、彼女は少し残念そうにしながらも受け入れてくれた。
まぁ準備とは言っても、レイ達がいる森林で瞑想をするだけだ。去年にやったピラーズ・ブレイクと違って、ロアガンは少しばかり緊張している。だから鍛錬ついでに、一度心をリラックスしようと瞑想をする訳だ。
ホテルの外へ向かう俺に、見覚えのある外国人が流暢な日本語で話しかけてきた。
「失礼、兵藤隆誠君ではありませんか」
唐突に名前を呼ばれた俺は足を止めて、少々目を見開きながら振り返る。
「貴方は確か……ローゼンの日本支部社長、エルンスト=ローゼンさんでしたね」
俺が外国人――エルンストの名前を言い当てると、向こうは小さな意外感を見せた。
「おや、私のことを知っているのですか」
「魔法師の間では有名な上に、入学式に顔を出して頂きましたからね」
エルンストの顔は既に二度見ている。以前に司波が考案した恒星炉実験直後のニュース番組と、更に遡って今年の入学式にも参列していたから。
「それは光栄だ。改めて、エルンスト=ローゼンです」
先程と違って、今度は適度に砕けながらも丁寧な、尚且つ余裕を感じさせる口調でエルンストが名乗る。
「こちらも改めて、兵藤隆誠です」
チョッとした意趣返しも含めて、俺もそれに応えた。
「それはそうと、ローゼンの支社長が俺に一体何の御用ですか?」
俺に接触してきた理由は何となく察してるが、敢えて目的を訊く事にした。
エルンストが勤めてる本社――ローゼン・マギクラフトは、魔法世界においての影響力が非常に高く、軍や警察内部においても深い繋がりがあるほど有名なドイツの魔法工学機器デバイスメーカーだ。魔法工学を携わる者であれば、是非ともお近づきになりたいだろう。
「単刀直入に言いますと、君を是非ともスカウトしたいのですよ」
「……自分は魔法工学の専門知識は持ち合わせていないのですが」
スカウトと言っても色々種類がある。この男が魔工技師として自分をスカウトしようとしているのではなく、別な理由がある事を俺は既に見抜いている。
だがそれはエルンストも分かっているようで、全く表情を変えていない。
「ここでは詳しい話もできませんから、私の部屋に来てくれませんか。スカウトの話は別にして、しっかりと説明させてください」
「そんな話をされても困ります。俺は明日に試合を控えてる身ですから」
本当ならすぐに断って立ち去りたいのだが、そう言う訳にはいかなかった。以前相手をしたUSNA軍より厄介な相手だから。
ローゼン・マギクラフトの影響力は高く、四月に行った恒星炉実験のインタビュー報道でエルンストが行ったことにより、反魔法師的なムードを和らげることに成功した実績がある。もしそれがなかったら、今も世間は反魔法師キャンペーンが続いていただろう。
俺が下手にエルンストの顔に泥を塗る事をすれば、自分だけでなく、日本の魔法師に対して冷淡な態度に転じる可能性がある。『兵藤隆誠が此方の好意を台無しにした所為で、日本との関係を改めなければならない』と言う風な感じで、な。
だけどそれとは別に、俺はこの男に対して不信感がある。例えるなら、真由美曰く狸親父こと『七草弘一』みたく巧みに相手を誘導して、上手く自陣に引き入れようとする狡猾さが見受けられるのだ。
「これは失礼。確かに試合前にこのような話をするのはマナー違反も同然ですね。では試合が終わって以降、機会があればまたお会いしましょう」
まるで大事なことを失念していたと胡散臭い演技をしているエルンストは、俺に軽い謝罪をした後、自分から背を向けて去って行くのであった。
後ろ姿を見せて去るエルンストに俺は――
――あの男を監視して欲しいんだが、誰がやる?
――はいはーい! レイがやるの!
――今回は、レイ姉さまに、お譲り、します。
レイにあの男の調査を命じる事にした。と言っても、透明化させて見聞きした情報を頂くだけだが、な。
「隆誠くん」
「エリカ?」
すると、背中から掛けられた声に俺は振り向く。
何やら少々焦ったような表情をしているエリカとは別に、見知らぬスーツ姿の女性がいた。
「さっきの男と何を話していたの?」
「スカウトだよ。けど俺が試合を控えてると言った途端、すぐに引き下がった」
「……そう」
簡単に教えると、エリカはすぐに後ろへ振り返る。その先にいるスーツ姿の女性二人は、エリカの視線など全く気にせず無表情を貫いていた。
「ってか、その人達は誰だ? エルンストさんの秘書か?」
「みたいよ」
「ほう。であれば、何故エリカがその人達と一緒なんだ?」
「……チョッとね」
答えたくない質問だったのか、エリカにしては珍しく言葉を濁していた。
普段から活発である筈の彼女が、らしくない事をするのには相当な理由があるのだろう。となれば余計な詮索をしないのが吉だ。
「まぁ、答えたくないなら良い」
「助かるわ」
「それじゃ俺は明日の試合に向けて、静かな場所で瞑想してくるよ」
「瞑想って……まぁ、確かに間違っていないわね」
剣術家であるエリカは瞑想の必要性を理解してるみたいで、一切指摘をしなかった。もしこれがレオだったら『似合わない』とか言っておちょくるだろう。
俺とエリカは互いに余計な詮索をせず、もう話しを終えたかのようにすぐ別れた。
その後にレイがエルンストを監視して見聞きした情報の中に、驚愕の事実が判明する。千葉エリカが複雑な事情でローゼン家に関わっていると言う事実を。
☆
「……オーフィスさん、一体何をやってるのかな? こんなに大量の精霊を集めて」
「我、リューセーに倣って神造精霊を造ろうと考えた」
「今すぐ中止しろ」
「無理。ここの精霊達、もう我やリューセーから離れない」
「………はぁっ。ディーネ、後でレイに後輩が出来る事を伝えてくれ」
「了解、しました。新たな後輩が出来て、嬉しいです……!」
夜中の森林で瞑想をしてる最中、オーフィスが周囲にいる純粋な精霊達を集めた事で、急遽新たな神造精霊を造らざるを得なくなってしまった。
『!』
「どうした、ピクシー」
『いえ、何でもありません』
違う場所にて、達也がピクシーにパラサイドールの探知をするよう命じていた。
その時にピクシーは小さな反応を示すも、同胞とは全く異なるモノであった為、敢えて達也に何でもないように振舞っていた。
(今の微弱な反応は間違いなくあの方、仮初めのマスターが……いえ、これ以上は止めておきましょう)
ピクシーは思わずマスターである達也に報告しそうになるも、辛うじて抑える事に成功した。もし下手な事を教えたら最後、彼女は隆誠に存在ごと、以前に見たあの光で