(今年は随分と観客がいるなぁ……)
最終レースとなり漸く自分の番になった俺――兵藤隆誠はボートに腰掛けながら、装着してるゴーグル越しから周囲の観客達を軽く見回していた。殆どが俺に視線を向けており、様々な感情を感じ取れてしまう。
去年やった新人戦ピラーズ・ブレイクの初戦は大していなかったけど、俺が勝ち進む度にどんどん増えていき、決勝が始まる寸前では満席状態だったと修哉と紫苑が言っていた。尤も、その時は諸事情によって俺は不本意ながら棄権する事になってしまったが、な。
既に埋まっている観客席とは別に、来賓席の方では……予想通りと言うべきか、九島烈が当たり前のようにいた。しかもレースがよく視える最前列の席に座っており、まるで準備万端と言わんばかりの様子だから、それが見えた俺は思わず苦笑してしまいそうになる。
精密射撃で的中率が多い三高の吉祥寺に対し、的は殆ど無視で走破タイムによる力尽く同然の戦法を取った七高。正直に言うと、七高の戦法は賢い選択をしたと俺は思っている。
ロアガン・ソロはペアと違い、一人でボートの操作と的を狙わなければならない。それらを同時に平行して行うとなれば、相当な集中力と忍耐力が求められる為、非常に難易度の高い競技だと改めて認識した。走行と射撃はどちらも魔法を行使するから、如何に優秀な魔法師でも容易に出来るモノじゃない。恐らく七高もそう考えて、ロアガン・ソロでは片方を捨てる戦法を取ったのだろう。『
俺がどんな戦法を取るかは分からなくても、七高は既に優勝を確信してるだろう。例え片方を捨てた戦法を真似たところで、『海の七高』と呼ばれる自分達のタイムを追い越せない筈だと。
まぁハッキリ言って、それは非常に如何でもいい事だ。久しぶりにやる水上競技を、存分に楽しませてもらうとしよう。
すると、スタートシグナルに光が入ったので、俺はすぐに其方へ意識を向ける事にした。
三つのランプが点り、ブラックアウトした瞬間、俺を乗せてるボートがスタートダッシュを切った。
「
「問題は二周目からになるがな」
一高の本部天幕で、ロアー・アンド・ガンナーのコースを映し出すモニターを見てる深雪と達也が声をあげた。
二人だけでなく、中条や服部、各学年のスタッフ達も隆誠の走行を食い入るように見守っている。特に中条は祈るかのように『神様……!』と小さく呟いている程だ。元神の隆誠に、それはある意味NGな行動である事を知らずに。
(兵藤の練習を少しだけ見る事は出来たが……)
隆誠が一周目のコースを回っている中、達也は九校戦前にやっていた隆誠の練習風景を思い出していた。
彼は女子ロアガン・ペアの明智英美を担当していた為、技術スタッフとして練習を見る機会があった。その時に運良く隆誠が走行と射撃を披露していたが、それは目を見開く光景だった。
走行とは別に、隆誠の射撃は見た事のある魔法だった。去年の九校戦で新人戦アイス・ピラーズ・ブレイク三回戦に見せた、指先から放つ光線魔法。その後に全ての的を外す事なくパーフェクトと言う結果を示しており、達也だけでなく、英美や国東、一年の香澄でさえも呆然と眺めていた程だ。
あれほどの速さと正確無比な射撃をするのであれば、確実に優勝は狙えるだろうと達也はそう考えていた。しかし、七高の取ったスピード重視の戦法を見た事で考えを改めざるを得ない。
隆誠の戦法は三高の吉祥寺と似ている。速さの方は若干上とは言っても、的を全て狙うのには必ずある程度スピードを落とさなければならない。現に練習の時、隆誠は光線魔法を放つ際には少しばかり減速していた。
もしも今のスピードを維持したまま光線魔法を放てば、如何に隆誠でも狙いが外れてしまう可能性がある。正確無比な射撃であればあるほど、僅かに意識が逸れてしまえば外れてしまう欠点もある。それは達也だけでなく、練習風景を見ていた英美達も似たような事を考えているだろう。
本当に優勝出来るかと若干懸念を抱く達也とは別に、モニターでは隆誠があっと言う間に一週目を終え、今度は本番の二周目に入ろうとしていた。
「いよいよ本番か」
服部がそう呟いた直後、時計が動き始めた。
同時にコースの左右から的が出現した後、天幕にいる一高生徒だけでなく、一高のレースを観戦していた他校生、観客達が騒然となった。
「バカな!」
「嘘だろおい!?」
一高生徒達が驚いているのは隆誠が一周目と同じスピードを維持しているのではなく、いつも彼がやっている
「お兄様、あの魔法は……!」
「ああ、間違いない」
確認をしてくる深雪に達也はすぐに頷いた。
大きさは異なるが、隆誠が使っている魔法に見覚えがある。去年の新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイク一回戦の他、約一ヵ月前に深雪と練習試合で見せた魔法と全く同じなのだ。
かなりの発射速度がある魔法だとは知っていたが、まさか操艇したまま的を一通り見ただけで一瞬で全て狙うなど、これには達也も予想出来なかった。
中条や服部も当然驚いており、本当に当たっているかどうかモニター操作で確認するも、静止画像には間違いなく的の真ん中が光で貫かれている事が証明されている。
「三高のカーディナル・ジョージと、七高の戦法を合わさったやり方だな」
達也も内心驚きながらも、思った事を口にしていた。深雪だけでなく、聞いていた中条達もウンウンと頷いている。
吉祥寺の的中率が高い精密射撃、七高選手の走破タイムを狙ったスピード重視。プロの軍人ですら簡単に出来ない並行作業を簡単にやってのける隆誠に、試技を観ている者達は只管驚愕するしかなかった。
モニターに映っている隆誠は、今もかなりの速さで走行しながらも、再び
各校の本部天幕も騒然とした声が聞こえるが、恐らく会場はそれ以上になってるかもしれない。普段から余り騒がしいのを好まない達也としては、此処で観て正解だったかもしれないと内心考えている。
そして全ての的を狙い終えた隆誠は堂々とゴールしていく。
『これは凄いです! 何と全ての的を命中しただけでなく、それを差し引かれた圧倒的なタイムで三高の吉祥寺選手や七高の選手を遥かに上回りました!!』
モニターから聞こえる実況者も興奮してるのか、物凄い勢いで捲し立てるように隆誠の記録を称賛していた。
走破タイムは勿論のこと、射撃スコアも全弾命中し、全て堂々の一位を飾っている。この競技の発祥国であるUSNAの海兵隊が残した最高記録を簡単に抜いていると、実況者が補足するように言っていた。言うまでもないが、ロアー・アンド・ガンナー・ソロの優勝は兵藤隆誠で、今もモニターでは彼が観客達に向かって手を振っている。
(もしリーナが見ていたら騒ぐかもしれないな)
実況者が余計な事を言った所為で、USNA側も黙っていないだろうと達也は予想する。
☆
『リューセー! 言っておくけど、あの出鱈目なタイムは
「ああ、分かった分かった。だからもうそんなに騒がないでくれ、リーナ」
表彰を終えた俺は、選手控え室で身支度を済ませたのだが、そこで予想外な連絡が入った。去年に一高の留学生としてUSNAから来た『アンジェリーナ・クドウ・シールズ』、並びにUSNA軍スターズ総隊長『アンジー・シリウス』からの連絡が。
空港で別れる前、USNA軍に口外しない事を条件に俺のプライベートナンバーを教えた。勿論彼女からのナンバーも知ってるから、一種の番号交換をしたのだ。余程の事が起きない限り連絡しないようにとリーナから釘を刺されたのだが、まさか向こうから突然してくるのは予想外だった。
ヴィジホンにしながら通話をONにして早々、久しぶりに顔を見て早々に再会の挨拶と、ロアガン・ソロの優勝おめでとうと祝いの言葉を貰った後、非常に面倒な事態になっている。俺のタイムを見た実況者が『USNA以上の記録を残した』と余計な発言をした所為で、彼女は黙ってられないと言わんばかりに至急電話してきたのだ。文句は俺じゃなくて実況者に言って欲しいと指摘しても、彼女は全く聞く耳持たず状態だから嫌になる。
因みにさっきまで俺と一緒にいた修哉と紫苑は、先に戻るよう言って今この場にはいない。感情的になってるリーナが下手な事を言って、USNA軍に関する情報を耳にしたら不味い為に。
「ったく、久しぶりの再会だってのに、いきなり苦情かよ。君の保護者が聞いたら問題視されかねないぞ」
『よ、余計なお世話よ!』
俺が言う保護者とは、リーナの上官であるヴァージニア・バランス大佐の事を指している。周囲に人がいないとは言え、万が一に誰かが聞かれたら困るから遠回しな言い方をするしかない。リーナもそこは理解しており、保護者が誰なのかを分かっているようだ。
「まぁ君がそれについて電話してくるのは、
『……ええ。実況者の発言で色々とね』
「だったらその実況者に言ってくれ。俺に文句言うのは筋違いにも程があるだろう」
『アナタがあんな非常識なやり方で異常なタイムを出したら文句の一つも言いたくなるのよ!』
「それはそれで酷いな、おい」
こんな感情的な彼女が、よくもまぁスターズ総隊長を務められるものだと少しばかり呆れてしまう。いくら俺の戦法が気に食わないとは言え、ここまで騒ぎ立てる事は無いだろうに。
『いっそのこと、アナタがUSNAで証明してくれたら、ワタシとしては非常に嬉しいんだけど』
「やなこった。俺にハニートラップを仕掛けるなら、もうチョッと色気づいた台詞を言うんだな」
『んなっ!』
俺の指摘にリーナは顔を赤らめ、再び激高して噛み付こうとする。
彼女と話す事に意識を向けていた所為か、俺は誰かが後ろから声を掛ける事に気付けなかった。
「隆誠殿! 素晴らしい試技……むむむ!」
「え? と、沓子?」
『誰なのその子? 一高の制服じゃないわね』
沓子の声に反応した俺が振り向き、リーナが思った事を口にしていた。
それと同時に、沓子はヴィジホンに映ってる金髪少女を見た事で途端に表情が変わっていく。
「悪い、後で架け直す」
『え? チョッとリューセー!』
沓子に見られた事で俺は内心少しばかり焦りながらも、すぐリーナに断りを入れて電話を切った。
「隆誠殿、今の金髪美少女は一体誰なのじゃ!?」
「去年一高に来た留学生だよ」
何故か急に詰め寄ってくる沓子に、俺は淡々と答えた。だけど彼女は納得してないみたいで、更に尋ねようとしてくる。
「その留学生が、何で隆誠殿と仲良く電話しとったのじゃ!?」
「あれが仲の良い会話なのかは分からんが、彼女とはチョッとした縁が出来て番号交換したんだ」
言っておくが別に嘘は吐いていない。
だけど沓子はその返答を聞いても、未だに表情が変わらずだった。それどころか突然正面から俺に抱き着いてくる。
「おいおい沓子さん、一体何をしてるのかな?」
「あの金髪美少女の関係を洗いざらい吐くまで、ワシは絶対離れんぞ!」
「……はぁっ。勘弁してくれよ……」
何やら変な誤解をしている沓子に、俺は額に手を当てて嘆息するしかなかった。
その後、沓子が本当に俺とリーナの詳細な関係を知るまで離れなかった所為で、周囲から物凄い誤解を招く事になったのは言うまでもない。
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