勝負しろと騒ぐエリカを如何にか宥めた俺は、漸く壬生を保健室を連れて行く事が出来た。
方法としては『こんな状況じゃ無理だから、近い内に手合わせする』と必死に説得しただけ。彼女も漸く引き下がったが、『絶対よ』と力強く念押しをしてきたから、そう簡単に忘れる事は無いだろう。
それとは別に、特別閲覧室で調査した後の司波兄妹だが、何やら少しばかり様子がおかしかった。矢鱈と俺に対する警戒を高めてる。本人達は完璧に隠しているつもりなので、敢えて気付かない振りをしておいた。
俺を警戒する理由は大体察しが付いてる。恐らく特別閲覧室で起きた事を疑問視してるんだろう。扉に施された魔法式
突然話は変わるが、俺が敵から情報を得た際に剣道部主将――
解決とは言い難くも、ブランシュによる襲撃は漸く鎮圧しつつあった。
さて、俺は俺でさっさと用事を済ませるとしよう。特に司波には気付かれないようコッソリと、な。
☆
俺が気絶してる壬生を保健室に連れて来た後、安宿が『今度は怪我人を連れて来たみたいね』と言ったが、余り詮索することなく彼女の治療を行ってくれた。
治療中に彼女が目覚めた直後、まるで狙ってきたかのように真由美、摩利、十文字の三巨頭が現れた。更には司波兄妹とエリカ、更に司波の友人である男子生徒も一緒に。
本当は治療を終えた後にして欲しいと安宿が言ってたが、壬生が全て話したいという希望で事情聴取が開始される。
今回襲撃の手引きをした司甲は一年以上前から剣道部員達に、魔法による差別の撤廃を目指すよう訴えかけていたようだ。それに同調した壬生は司に連れられて、ブランシュの支部にも行った事もあるそうだ。そこには司の兄がブランシュの代表も務めているらしい。
これには一緒に聞いていた修哉が途中から口を挟んだ。『何故あんなテロリストに加わってしまったんですか!?』と憤慨しながら。自身が尊敬してる先輩が、今回襲撃したブランシュの犯罪行為に加担した事が修哉には信じられなかったんだろう。
その叫びに壬生は必死に耐えるように淡々と理由を話す。何でも入学してすぐに『二科生だから』と差別された出来事が起きた為、司の話に聞き入ってしまったそうだ。
彼女が言う出来事とは、この場にいる摩利に関係する事だった。去年の剣術部勧誘で騒ぎを起こした時、それを沈めた摩利の魔法剣技を見て感動して指導して欲しいと頼んだが、すげなくあしらわれてショックを受けたと語った。
しかし、それは誤解であったと発覚する。摩利曰く『純粋な剣技では自分より上だから、稽古の相手は辞退する』というつもりで断ったらしい。
真実を知った壬生は己を酷く恥じる。勝手に摩利の事を誤解し、自分を貶め、逆恨みで一年間を無駄にし、更には大事な後輩である修哉を巻き込んでしまったと。
「壬生先輩、俺からもちょっと聞きたいんですが」
突然割って入って来た俺に、誰もが此方へ振り向いた。一体何を聞くつもりなのだという感じで。
「何故貴女は修哉を『エガリテ』のメンバーに加えようとしなかったんですか? 確かソレは剣道部を中心に構成されてるから、剣道部に入部してる修哉も当然その対象に入る筈なのでは?」
「!」
初めて聞いたと驚愕する修哉。壬生と修哉が中学からの関係だと知ってる真由美と摩利も、『そう言われてみれば』と言う感じで彼女を見ている。
摩利の時以上に非常に言い辛そうな表情をしていたが、意を決するように答えてくれた。
知っての通り、壬生と修哉は中学時代からの付き合いで、剣道部で仲の良い先輩後輩の関係であった。特に修哉は「剣道小町」と称されていた壬生を誰よりも尊敬する先輩と見ていた。聞いていた修哉は気恥ずかしくなっていたが、俺達は敢えて気にしないでいる。
そんな尊敬されている先輩が、第一高校に入学して摩利に対して一方的な誤解をし、差別されて劣等感を抱いていた。どんどん自分の心が醜くなってきていると思いながら。
そして一年後、その後輩も入学後に剣道部へ入部し壬生と再会。尊敬する先輩として真っ直ぐ見てる修哉の目が、自分にとって余りにも眩し過ぎたと。
最初は修哉を勧誘するつもりでいたみたいだが、会話する度に何度も良心が痛んだらしく、結局のところ勧誘しない事にした。司甲は勿論の事、他のエガリテメンバーにも決して話さないで欲しいと懇願して。
それと今回の襲撃時にはブランシュのリーダーで司甲の兄――
だが真実は異なり、俺と一緒に講堂前にいた修哉を連中は殺そうとしていた。向こうは初めから約束を守る気などなかったんだと、俺は再度認識する。
既に特別閲覧室で話したが、一緒にいた仲間に虚言だと言われたので、俺が改めてもう一度説明した。今度は本当に嘘ではないと分かった壬生は、涙を流し始めた。司一に騙されたと。
「そんな、あの時ちゃんと、約束は守るって言ったのに……! あ、あああ……! 私は、修哉君に、何て事を……!」
「紗耶香先輩! 貴女の所為ではありません!」
壬生が大粒の涙を流すのを見た修哉はすぐに彼女を宥めようとした。
だが――
「ごめんなさい、修哉君。本当に……ごめんなさい……!」
「先輩……」
突然彼女は修哉の服を握りしめて、そのまま胸に顔を埋めながらひたすら謝り続け、そして大声で泣き始めた。修哉はこの後からは無言で優しく抱きしめる。
俺だけでなく、この場にいる誰も責めたりしなかった。敵に騙されていたのだと非常に気の毒に思いながら。
因みに修哉の幼馴染である紫苑も俺達と同じ心情だったが、修哉が彼女を抱きしめているのを見た瞬間に目を伏せていた。
☆
「さて、問題はブランシュの奴等が今、どこにいるのかと言うことですが」
漸く落ち着きを取り戻した壬生の口から、有志同盟の背後組織がブランシュである事を語ってくれた。
その直後、司波が今後の行動方針を、まるで既定の物であるかの如く口にした。
「まさかとは思うが司波、ブランシュを叩き潰すつもりか?」
「その通りだ」
確認するよう尋ねた俺に、司波はあっさりと頷いた。
もしかしたらやるんじゃないかと予想していたが大当たりか。しかも寧ろ当然のように答えるんだから余計に性質が悪い。
「危険だ! 学生の分を超えている!」
「私も反対よ。学外の事は警察に任せるべきだわ」
真っ先に反対する摩利と真由美。
確かに二人の言う通りである。魔法師とは言え、学生である司波がやるには余りにも危険過ぎる行為だ。
今回は学内の襲撃だったから此方で対処しただけにすぎない。しかし、それ以外は全く別の話となる。
本来テロリストなどの対処は警察や軍がするのが常識だ。学生のやる事じゃない。
だが――
「そして壬生先輩を、強盗未遂で家裁送りにするんですか?」
司波の一言によって、摩利と真由美は顔を強張らせて絶句してしまった。
一緒に聞いている修哉も同様の反応をしている。
「なるほど、警察の介入は好ましくない。だからといって、このまま放置する事もできない。だがな、司波」
十文字は眼光を鋭くさせ、司波の眼を貫いて言い放つ。
「相手はテロリストだ。俺も七草も渡辺も、当校の生徒に命を懸けろとは言えん」
「当然だと思います」
淀みなく答える司波に、俺は嫌な予感がした。
コイツ、もしや……。
「最初から、委員会や部活連の力を借りるつもりはありません」
やっぱり一人で行く気だったようだ。
少し疑問に思ったんだが、司波がそこまでしてやろうとする理由は何だろうか。
報復か? それとも騙された壬生の無念を晴らす為か?
疑問を抱いている最中、司波と十文字の会話に司波妹が割って入って来た。自分もお供すると当然のように。
更にはエリカともう一人の男子生徒も参戦すると言い出す始末。
司波はともかく、他は兄や友人の為を思って同行するんだろう。
「確認したいんだが、もしかして司波は壬生先輩を家裁送りにしないよう、ブランシュを潰すつもりなのか?」
「いいや、壬生先輩の為じゃない」
俺からの問いに冷たく突き放す口調で言い返す司波。その発言に壬生と修哉がショックを受けた顔になっている。
「自分の生活空間がテロの標的になったんだ。俺と深雪の
………コイツ、本気で言ってるな。
日常を守ろうとするのは理解出来る。だけど司波の場合、他の人間とは違う意味でだ。
司波は別にブランシュに対して義憤を抱いた訳じゃない。ただ単に連中が障害になるから駆除する。あくまで自分にとって不利益な存在だからという理由のみで。
誰もが司波の台詞に言葉を発する事が出来なくなっている際、司波妹がいつものように話しかけようとしている。
「しかしお兄様。どうやってブランシュの拠点を突き止めればいいのでしょうか?」
「分からない事は、知っている人に聞けば良い」
さっきまで冷酷な表情をしていた司波だったが、妹に話しかけられた途端に和らげながら答えた。
「その知っている人って、さっきからそこで立ち聞きしてる人の事か?」
「ああ」
『?』
俺が出入り口の扉を見ながら言うと、司波は頷きながらそこへ近づき扉を開こうとする。
「っ!」
「小野先生?」
それが開いた瞬間、罰が悪そうな表情をしている第一高校の女性カウンセラー――
この人は以前に会って話した事があった。その時はパンツスーツ姿でなかったが、それでもよく似合っている。
「……九重先生秘蔵の弟子である司波君はともかくとして、何で兵藤君は分かったの?」
「俺は人の気配を探るのが人一倍得意なんですよ」
実際は見知ってるオーラを探知して分かったが、それを口にすると面倒な事になるので誤魔化しておいた。
小野の登場によって少しばかり緊張感が薄れた会話を少しばかりしたが、その後からはブランシュの居場所を教えてくれた。
彼女が持っていた端末をデータを、司波が表示している情報端末に送信し、座標データが示された場所は第一高校の近くであると判明する。
街外れの丘陵地帯に立てられたバイオ燃料の廃工場は、ここから徒歩でも一時間掛からない距離だ。それを知ったエリカ達が憤慨するのは当然だろう。
情報提供してくれた小野は後の事は任せると言って、今は壬生のカウンセリングを行っている。
「場所は放棄された工場か。車の方が良いだろうな」
「正面突破ですか?」
「ああ、それが一番だ」
司波はともかくとして、妹の方も当たり前のように好戦的な台詞を口にしていた。
新入生総代の意外な一面を見たとでも思ってるのか、修哉と紫苑は若干引き気味になっている。可憐な容姿をした美少女が言うから、それは当然と言えば当然か。
「車は俺が用意しよう」
「えっ? 十文字君も行くの?」
真由美の疑問を十文字は答える。
「十師族に名を連ねる者として、当然の務めだ。だがそれ以上に、俺もまた一高の生徒として、この事態を看過することはできん」
見た目通りと言うか、本当に十師族としての責任感が強い男だ。
まぁ責任感と言えば真由美にも言える。
「じゃあ私も、」
「七草。お前はダメだ」
「この状況で生徒会長が不在になるのは不味い」
当然彼女が同行志願するも、十文字と摩利が即座にダメ出しと理由を言われた為、渋々従わざるを得なかった。
「でも、だったら摩利、貴女もダメよ。残党がまだ校内に隠れているかもしれないんだから。風紀委員長に抜けられたら困るわ」
真由美なりのお返しとして、至極真っ当な理由を突きつけて摩利を残らせようとした。
「言っておくが修哉、お前もダメだからな」
「なっ!」
お互いに不満気な表情で睨み合う女子生徒二人を余所に、俺は参加する気満々の修哉を止めさせてもらう。
「何でだよ、リューセー! 俺はこれでも剣を――」
「どうせ修哉の事だから、『壬生先輩を騙したブランシュに報いを受けさせてやる』とか考えてるんだろうが止めておけ。実戦経験のないお前が参加したところで足手纏いになるだけだ。それに加えて、あの時に殺されかけた恐怖がまだ残ってるだろ?」
「ぐっ!」
憤慨する修哉だったが、テロリストに銃を突きつけられた恐怖について指摘すると言い返せなくなった。
思った通りか。日常生活を送っている人間が、突如その場で戦場となり、殺されかけた人間はそう簡単に恐怖を拭う事は出来ない。もしコイツが武器を持ってるブランシュと遭遇すれば、フラッシュバックを起こして動けなくなるだろう。
「天城くん、彼の言う通りよ。君も此処に残りなさい」
「リューセーくんの言ってる事が本当なら、私も風紀委員長として同行させる訳にはいかないな」
「………分かりました」
真由美と摩利も俺に合わせるように許可しないと言った事により、修哉は諦めて引き下がってくれた。
良かった。ここで二人が言ってくれなかったら、無理矢理行くと思ってたかもしれないので。
「紫苑、君は修哉の傍にいてくれ」
「勿論そのつもりよ」
修哉と違って紫苑は初めから行く気はないようだ。自分では力になれない事を理解してくれて何よりだ。
彼女の台詞に真由美と摩利も安堵した様子を見せている。
「因みにリューセー君は行くつもりなの?」
「俺としては万が一を考えて、修哉と紫苑の警護をしようと思ってるんだが……司波、俺も参加した方がいいのか?」
一応確認するよう司波に尋ねてみた。
「別に参加しろと言っていない。お前が行かないのであれば――」
「隆誠くんは来なさい!」
司波が言ってる最中、突如エリカが参加しろと言ってきた。彼女の台詞に一同が揃って凝視する。
もしかして、まだあの時の事を根に持ってるのか?
「何でだよ。別に強制じゃないんだから」
「戦力は多い方がいいわ。それにアンタはそこの渡辺先輩なんかより遥かに強い上に、壬生先輩を簡単に瞬殺出来る実力あるんだから」
「何だと!?」
初耳だと言わんばかりに声を荒げる摩利。壬生との戦いを見た司波達以外は目を見開いている。
エリカの奴、余計な事を言った所為で強制参加の空気になりかけてるじゃないか。
ってか、瞬殺って何だよ瞬殺って。俺が壬生を殺したような言い方するなよ。
「リュ、リューセー、お前、紗耶香先輩を倒したって本当なのか?」
ほれ見ろ、修哉の奴がめちゃくちゃ気になってる。自分の尊敬する先輩を俺が倒したなんて知ったら黙っちゃいないんだから。
すると、追い打ちを掛けるように、小野と話していた壬生が此方の会話が聞こえていたのか――
「それは本当よ、修哉君。彼は私なんか比べ物にならないほど強いわ。攻撃されたのが認識出来ない凄く速い技で倒されたんだもの」
証言されてしまった為、俺の参加が決定になってしまうのであった。
保健室から出た俺達は、十文字が用意したオフロードタイプの大型車に乗った。
その際、助手席には追加メンバーが座っていた。
「よう、司波兄と兵藤」
「桐原先輩」
「外から覗き見を止めて急にいなくなったと思えば……」
「おまっ、気付いてたのか……!?」
何で分かったと驚きの声を出す桐原。
気配が薄かった小野と違って、彼のは丸分かりだった。外にいるから気付かれないと思っていたんだろう。
「ま、まあいい。とにかくだ。俺も参加させてもらうぜ」
「どうぞ」
「別に反対する理由はありませんので」
桐原が何故参加するのかは知らないが、一先ず気にしない事にした。
恐らく十文字が既に許可を出している筈だ。でないと何も言わずに車を運転する準備をしてないはずなので。
さてと、到着するまでの間は
ハイスク読んでた方は、隆誠の言ってる意味が分かると思います。
感想お待ちしています。