2096年8月13日/大会九日目
新人戦が終わり、九校戦九日目から再び本戦に戻る。今日はミラージ・バット、別名フェアリー・ダンスが行われようとしていた。
ミラージ・バットは去年と同じく三名が出場する。佐伯紫苑、光井ほのか、里見スバルの女子三人。今年は三年生が出場してないが、三人とも相応の実力を有している故にエントリーされている。
光井のエンジニアは司波、里見のエンジニアは中条、そして紫苑のエンジニアは啓。因みに俺はエンジニアじゃないけど、紫苑の師匠と言う事もあってコーチ役を選任されている。修哉がやったシールド・ダウンとは違って、ミラージ・バットは魔法メインな上に試合時間も長いから、ピリオドを終える時のアドバイスも必要となるから。当然それは中条や啓の了承を貰ってる事を補足しておく。
現在、予選に向けて打ち合わせをしているのだが――
「頑張ってね、紫苑。あたし応援してるから!」
「紫苑先輩なら絶対優勝します!」
控え室で啓はCADのチューニング、そして俺が試合についてのアドバイスをしている最中、千代田と香澄が突然現れて激励の言葉を送っていた。
「え、ええ。やるだけやってみます……」
黒を基調にした、身体にフィットするユニフォームを身に纏っている紫苑は、今も緊張が取れない様子だった。寧ろ、千代田達が余計なプレッシャーを与えてる所為でこうなっていると言うべきか。
このままだとプレッシャーに圧される余り予選落ちになりそうだと危惧したので、俺は二人に退室するように言った。啓も察してくれたみたいで、俺と一緒に(千代田に対してだが)退室を促してくれている。
不満気な表情になりながらも、千代田と香澄は取り敢えずと言った感じで控え室から出てくれた。
「香澄はともかく、千代田委員長は本当に紫苑の事が大好きなんですねぇ」
「あ、あははは……」
俺のボヤキに啓は苦笑で返すだけだった。
再びCADのチューニングを再開する啓を余所に、俺は再び紫苑に試合前のアドバイスを送ろうとする。
「さて紫苑。知っての通り、先ずは予選で慣らしてもらうぞ」
ミラージ・バットは決勝を行う前に予選をやり、それに勝ち抜いた六人で決勝戦を行う。因みに今年は参加人数が二十七人に増えた為、予選の三試合が五人で行われる事になっている。
今回の予選で紫苑は光井や里見と当たらず、三人が順当に勝ち進めば決勝で戦う事になる。
里見や他校選手には申し訳ないが、紫苑にとって今回一番の強敵は『光井ほのか』だけだった。『光のエレメンツの末裔』である彼女は、常人には見えない光が見える為、ミラージ・バットをやるには最適な競技なのだ。現に去年の新人戦ミラージ・バットでは、里見や他の他校選手を引き離して優勝を飾っている。
「昨日からアレを外してるけど、身体に支障はないよな?」
「……緊張以外は問題無いわ」
一年以上の付き合いもあってか、紫苑が今もガチガチに緊張しているのが分かっていた。正直言って修哉以上かもしれない。
確かにミラージ・バットは九校戦の中でも花形と言われるほど人気がある競技だから、今まで観客側だった紫苑が選手として出場すれば極限に緊張状態になるのは無理もない。益してや去年の優勝者と準優勝者がいれば猶更に、な。
修哉の時には相手を俺だと認識するようアドバイスを送ったが、流石に女子専用競技で俺を想定させるのには不可能だ。一対一の競技ならまだしも、今回は複数同時に行うモノである為に。
いくら紫苑が上級用バンドを外しているとは言え、こんなガチガチ状態で試合に出したら無駄に力み過ぎて予選落ちになる可能性がある。
……仕方ない。ちょっとセコいけど、紫苑には何としても優勝してもらう為にチョッとした裏技を使うとしよう。
「啓先輩、チューニングは終わりましたか?」
「ああ、丁度終わったよ」
「そうですか。では申し訳ありませんが、少しばかり退室して下さい」
「え? ちょ、リューセー君!?」
確認した俺は、紫苑の緊張状態を解く為の裏技を使う前に啓を控え室から強制的に退室させるのであった。
「次は佐伯さんね」
「彼女も天城君と同様に凄い事をする筈」
「あの時は本当に驚かされたからのう」
花形競技である為か、観客席は既に満席状態だった。
その中には三高の一色愛梨、十七夜栞、四十九院沓子も当然と言わんばかりに観戦している。
彼女達が今回の競技で一番に注目しているのは一高の選手達だった。去年の新人戦で優勝した光井ほのか、準優勝した里見スバルは勿論のこと、今年初出場する佐伯紫苑が一番気になっている。
優勝経験も無い一般生徒であれば愛梨達は全く気にしないのだが、兵藤隆誠が直々に鍛えた弟子となれば話は全く異なる。数日前にあった男子シールド・ダウン・ソロでは、彼のもう一人の直弟子である天城修哉が見事に優勝を飾ったのだから。
愛梨達は当初他校の友人として観戦しに行くも、修哉が試合開始して早々に相手を一撃で倒し、凄い技を使っていた事に終始驚愕の連続だった。更には決勝で幻影魔法を使って翻弄させてから、三高選手の大盾を綺麗に四分割にして切断すると言う光景を見て、自分が試合していた訳ではないにも拘わらず完敗した気分になっていた。
あの試合を見て、隆誠の凄さを改めて理解した。途轍もない実力だけでなく、一般生徒であった筈の修哉を相当な実力者へ鍛え上げた彼の育成能力に。
愛梨や栞は思わず少しばかり恐ろしいことを考えてしまう。もしも隆誠が修哉や紫苑以外にも多くの弟子を取っていたら、達人に近い実力者揃いの軍団が出来上がるのではないかと。そうなれば一高が他の魔法科高校よりも一線超えた魔境と化してしまいそうな気がしたので、そんな事は絶対無いと自分を誤魔化すように思いっきり否定したが。
因みに沓子は隆誠が第三高校にいたら、自分を強くしてくれながら楽しい学生生活を送れていたかもしれないと考えていた。同時に両親に紹介を、等々と少々乙女チックな事も含めて。ソレとは別に、隆誠が電話で話していた金髪美少女についての言及をしなければならないが。
三人の考えとは余所に、予選に出場する選手達がフィールドに集まる。その中には彼女達が注目している紫苑が所定の位置に立つ。
一見すると、紫苑は落ち着いた表情だった。九校戦に初出場だと聞いたから緊張しても無理はないと思うも、緊張の欠片が微塵も感じられない。
「お、隆誠殿があそこにおるぞ」
沓子は紫苑ではなく、フィールド脇のスタッフ席で座っている隆誠を見付けていた。
彼はエンジニアや作戦スタッフではないのだが、紫苑を見てる事もあって同行したのだろう。
沓子が思わず手を振っていると隆誠は気付いたのか、軽くながらも手を振り返してくれた。苦笑しながらだが。
その直後、試合の始まりを告げるチャイムが鳴った。
空中に投射されたホログラムが出現すると、選手達が一斉に跳躍する中、一人だけ速度が違っていた。
「嘘ッ!?」
「速い!」
「もう次に移っておるぞ!」
愛梨達は紫苑の速さに驚いていた。特に去年ミラージ・バット本戦に出場していた愛梨としては、自分以上の速さではないかと思っている程だ。
紫苑が光球をスティックで打ち消した後、すぐに着地して次の光球に狙いを定める。単純な動作でありながらも、確実に決めていた。
他の選手達も負けじと追いかけようとするが、彼女の速度に全く追い付けない状況だった。
この光景に愛梨達だけでなく、観客やスタッフ達も驚くばかりだ。隆誠だけは当然と言わんばかりに余裕そうな笑みを浮かべているが。
「紫苑、そのまま一気にいっちゃえぇぇ!」
「いけぇぇ! 紫苑先輩!」
一高側の観客席では応援している女子生徒二人がいた。三年の風紀委員長と一年の風紀委員が。
最終ピリオドになるまで、紫苑の圧勝と言う結果になったのは言うまでもない。
その後には紫苑だけでなく、ほのかとスバルも順調に予選を勝ち上がり、一高の三選手が決勝に進むのであった。
次回は(既に想像してるかもしれませんが)誰かが泣きます。
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