2096年8月15日/大会十一日目
九校戦も遂に最終日となり、各校は最後の競技を行う為の準備をしていた。
今日行われるスティープルチェース・クロスカントリーは男女別となっており、スケジュールも異なっている。午前九時から女子が、午後二時から男子が行う予定だ。俺としては個人的に男子の方を先にやって欲しかったが、な。因みに参加者は男女・九校とも出場資格のある二年生以上の全選手がエントリーしているそうだ。順位が低い学校はエントリーしないだろうという予想もしていたが、まさか全員参加するとは思わなかった。
俺も当然参加するが、コーチ役として修哉と紫苑を担当している。特に午前はある意味大変だから、紫苑に万が一の事が起きないよう念入りにチェックしなければならない。CADをチェックしているエンジニアの啓はチョッとばかり苦笑していたが、そこは敢えて気にしないでおいた。
競技中に必ず秘密裏に動くであろう司波は、相も変わらずと言うべきか参加選手達のCADチェックを淡々と行っていた。休憩を挟んでいたとは言え、九校戦が始まってから重労働の連続であった為か、服部や啓が何度も心配そうに声をかけていた程だ。当の本人は「問題ありません」と返答した後、部屋で一休みすると告げている。
それを聞いた俺は、どうやってパラサイドールを倒すのかをお手並み拝見させてもらうとしよう。尤も、
◇
時間は午前九時三十分。女子スティープルチェース・クロスカントリーが開始された。
スタートの合図が鳴った事で女子選手達が一斉に進んでいる中、会場席では笑いに包まれていた。スタート直後に三高の一団から、一人の女子選手が飛行魔法を使って早々頭上のネットに絡めとられていたから。
そんな楽しそうなムードを見せている会場とは別に、コースの中央付近で選手とは全く違う侵入者が何かと交戦している。
破壊工作員として侵入しムーバル・スーツを身に纏う達也に対し、女性型ロボットの『パラサイドール』。この状況を把握しているのはコースを監視している国防軍、そしてパラサイドールの開発に携わっている九島の技術者のみだけだった。
だが、彼等は知らない。達也とパラサイドールの戦いを少々離れた場所から見ている事を。
(やはり今の司波では無理、か)
コースの上空から飛翔術を使って浮揚したままの隆誠がいる。普通なら国防軍が気付いてもおかしくないが、彼の周囲には魔法探知機やカメラでも認識不可能な結界を張られている為、発見する事は出来なかった。
けれど万が一の事を考え、隆誠は変装として久々に駒王学園の制服+白般若を身に纏っている。同時に髪の色も本来の茶髪から、神の
達也がコースに設置されている
残りのパラサイドールも同じ方法で倒そうとするだろうと思いながら、隆誠は達也が次の標的へ向かっていくのを眺めている。
「リューセー」
完全に観戦モードとなっている隆誠に、傍にいるオーフィスが姿を現わしながら声をかけた。
「どうかしたか、オーフィス」
隆誠がオーフィスに視線を向けると、彼女は達也とパラサイドールの戦いを見ずに違う方向を見ている。
「あそこ、見て」
「ん?」
オーフィスが指す方向には、スティープルチェースが行ってるコースとは全く違う場所だった。少し離れた場所でも、リューセーやオーフィスの眼にはある光景が映っていた。魔法障壁を展開してる作業車に、警備兵と思わしき一団が取り囲んでいるのを。
「あの車の中に、以前我が追跡した桜井水波、それとピクシーと言う人形がいる」
「何故あそこに……と言うのは愚問か」
隆誠は察した。達也が配置しているパラサイドールの位置を正確に把握出来ているのは、ピクシーの索敵によるものだと。同時に水波は襲撃者に備えてのピクシーの護衛である事も含めて。
もしも展開している魔法障壁を解除した瞬間、警備員達は間違いなく水波とピクシーを連行するだろう。そうなれば達也は間違いなくパラサイドールの索敵に時間が掛かり、競技中の選手と鉢合わせてしまう可能性がある。
「我、一つ分からない事がある。桜井水波は何故、司波達也に報告しない?」
「恐らく戦闘中の司波の邪魔をしたくないんだろう。あの子は司波兄妹に対して忠実だから、な」
隆誠は水波が達也と深雪の従妹ではない事を知っており、恐らく四葉から遣わされた護衛だと推測している。彼女は普段達也や深雪と行動する時は一歩控え目であり、二人から何か指示される時は言われた通りに動いているのを何度も見ているから。
だがそれでも、自分が不利な状況に陥っていることくらいは報告すべきだった。それを怠る事で達也が任務に成功したところで、窮地に立たされてしまう事態に陥ることを彼女は全く気付いていない。
隆誠からすれば如何でも良い事だが――
「やれやれ、司波とは違う意味で困った子だ」
放っておくわけにはいかないと、水波の窮地を救おうと行動に移すのであった。
「悪いが司波の方を見て、何かあればすぐに報告してくれ」
「分かった」
オーフィスに指示を出した後、隆誠は飛翔術で作業車の方へと向かおうとする。
☆
『今すぐに障壁を解除して、ドアを開けなさい!』
「うぅ……」
作業車の中から魔法障壁を維持している水波は、外にいる警備員と問答の繰り返しをしていた。
水波はパラサイドールと戦闘している達也の邪魔をしたくない。対して警備員は先程まで襲撃した正体不明の一団についての事情を聴きたい。どちらも相応の理由があるのだが、譲歩する気配が全く無かった。
『このまま拒否をするのであれば、我々は――』
「?」
警備員がとうとう痺れを切らしたかのように警告をしてる最中、途端に声が途切れた。
それに気付いた水波は疑問を抱きながら警戒するも、以降は外から警備員の声が全く聞こえない。
「一体何が……?」
外の様子が気になる水波だが、達也から与えられた命令を放棄する訳にはいかないと、そのまま魔法障壁を維持を続行する事にした。
(ッ! この気配、まさか……)
ピクシーは今もパラサイドールを索敵している中、ある事に気付く。
本来であれば主である達也に報告すべき緊急事態なのだが――
(知らなかったことにしておきましょう)
今も外にいる人物が誰なのかを分かっていながらも、敢えて知らないフリをするのであった。
(貴方達に恨みは無いが、そこで暫く眠ってもらうよ)
ピクシーが予想していた人物――隆誠は作業車を包囲している警備員達を一瞬で眠らせていた。神の
作業車の中にいる水波とは別にピクシーが気付いているかもしれないが、アレは達也に報告しないだろうと隆誠は予想している。以前に存在自体を簡単に消す事が出来る『終末の光』を見て、相当恐怖していたのを知っている為に。
取り敢えずは眠っている警備員達は、この状況を覗き見している男子高校生に任せようと考えた。
「これは……!」
急いで駆けつけたと思われる男子高校生――黒羽文弥は作業車の周囲を見て驚愕の表情になっている。
「一体何が……」
眠っている警備員達を見るも、実行した犯人である隆誠を一切見ていない。まるで初めから認識していないように。
文弥が今もいる白般若に変装中の隆誠に気付いていないのは、彼が張っている認識阻害の結界によるモノだった。それによって文弥の眼には、包囲していた警備員が突然倒れた光景しか映らなかった為、予想外な事態が起きたと駆け付けた訳である。
(さて、用は済んだから戻るか)
「ッ!?」
踵を返そうとするも、突如文弥は何かを感じ取ったかのように視線を向ける。そこには隆誠がいても、文弥の眼には何も存在しない虚空しか見えない。
「……誰かに見られたような気が」
(良い勘してるねぇ、この子)
司波みたいに鋭い奴だと思いながらも、認識阻害の結界を展開中の隆誠は、この場を後にする。
☆
秘密裏に動いている達也や(本体の)隆誠とは別に、女子スティープルチェース・クロスカントリーは終盤に近付いていた。
現在トップに立っているのは一高の司波深雪、千代田花音、里見スバル、そして佐伯紫苑の四人。
ゴールラインまでの距離は二百メートル。
「紫苑、このまま突っ走るわよ!」
「ちょっ、花音先輩!?」
トップに立っていると確信した花音はピッチを上げようと、隣を走っている陸上部の後輩にスパートを掛けるよう言った。躊躇う紫苑とは別に、スバルが呼応するようにスパートを掛けていたが。
紫苑が躊躇っているのには理由があった。此処まで来るのにトラップがあったのだから、ゴールの手前も必ずあるだろうと。
その懸念が的中したかのように、
「きゃあぁ!」
「しまった!」
複数の自動銃座から放たれたペイント弾の連射を受けた花音が転んでしまい、跳躍を使っていたスバルは空中でネット弾に捉えられて地面に落下していた。
最後のトラップがあった事に、紫苑は自分の判断は間違っていなかったと改めて認識した。
「大丈夫ですか、花音先輩!?」
「あ、ありがとう。でも……こんなところで軍隊っぽくしなくても……」
花音を介抱しようとする紫苑に感謝しながらも、愚痴同然の突っ込みをしていた。まだ余裕があると思ったのか、深雪は三人に声を掛けた。
「すみません、先に行きます」
「ちょっと、司波さん……!?」
自分達を見捨てようとする深雪の薄情な行為に、花音が待ったを掛けようとするも向こうは聞く耳持たずだった。
しかしスティープルチェースは個人競技なので、如何に同じ学校の生徒であっても、競技の上では敵同士に変わりない。故に深雪はゴールラインへ向かおうとピッチを上げる。
それは当然花音も理解しているが――
「紫苑、今すぐ行って!」
「え!?」
「司波さんに陸上部の意地を見せてやりなさい!」
「は、はい!」
自分を見捨てた深雪に思い知らせてやろうと、自身の大事な後輩に全てを託すことにした。
突然の指示に紫苑は戸惑いながらも、言われた通りに実行する事にした。
とは言え本気で走ったところで、深雪との距離感はかなり空いている。いくらバンドを外しているとは言え、いくら全力で走ったところで現在トップの彼女がゴールするのは目に見えていた。
故に紫苑は決めた。狡い手段だと重々理解していながらも――
「なっ!?」
「ごめんなさい、司波さん!」
ミラージ・バットで優勝する為に使った『瞬間移動』で、一気に深雪を追い越した。
(しまった! 佐伯さんには『瞬間移動』が……!)
この競技で彼女が瞬間移動を使う事を深雪は当然考慮していたのだが、既に三十メートル以上も空いていれば大丈夫だろうと油断していた。
紫苑がミラージ・バットで披露していた瞬間移動の距離は、約十数メートルだったと達也が前以て計算している。だが実際、今の紫苑が全力で使えば五十メートル以上は可能だった。隆誠からすればまだまだ未熟としか言えないが、訓練を続ければ更に引き延ばす事が可能である。
差を付けられた事で深雪は何とか追い越そうとするも、既に全力を出して走っている紫苑に届かない。
その結果、トップとなった紫苑がゴールラインを通過した。その後に深雪が二位、根性でレースに復帰した花音は三位、網に脱出するのに手間取っていたスバルは八位だった。
託した後輩が一位を取った事で大喜びする花音とは別に、達也の期待に応えられなかった深雪は心底落ち込むのは言うまでもない。
次回は男子のスティープルチェースで、リューセーがパラサイドールと交戦します。
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