スタート直後、巨大ディスプレイを前にした観客席は驚きに包まれた。男子スティープルチェース・クロスカントリーで一番に注目されている選手――兵藤隆誠が開始のピストルが響いて早々に突然姿を消したから。
だが、それだけではない。まだ始まったばかりなのに、姿を消した隆誠が各選手達を凄まじい勢いで独走態勢に入っているのだ。別のモニターでは一位の欄に『第一高校 兵藤隆誠』と表記されており、二位の選手との距離がかなり引き離している。
いくらスティープルチェースが個人競技とは言え、序盤は団体で進むのがセオリーだ。隆誠が完全にそれを無視する行動を取れば一高の服部達が表情を顰めてもおかしくないが、ディスプレイに映っている彼等はそんな様子を微塵も見せる事無く走行していた。必ず一位を取るよう事前に了承済みである為に。
「うわっ、もう数百メートル以上引き離してるわ」
「ホントに凄ぇな、リューセーは……」
観客席にいるエリカとレオは、隆誠の独走を見て思った事を口にしていた。尤も、それは二人以外の観客達も同様だが。
「何だか、去年の新人戦モノリス・コードを思い出しますね」
「あの時は本当に心底驚かされたよ」
美月は去年の出来事を想起しており、彼女に同調する幹比古も苦笑していた。
隆誠がとんでもない事をするのは今に始まったわけではないが、同級生かつ友人であるエリカ達としては何度も驚かされるばかりだ。加えて、彼の弟子となっている修哉と紫苑も同様に。
シールド・ダウンで優勝をした修哉とは別に、ミラージ・バットと女子スティープルチェースは少々複雑な心境だった。去年まで同じ二科生だった紫苑が優勝したのは勿論嬉しいのだが、明らかに落ち込んでいたと思われるほのかと深雪を見て何とも言えなくなっていた為に。勝負事に関してメリハリをつけるエリカだけは、「油断していたほのかと深雪が悪い」とハッキリ告げているが。
男子スティープルチェースでも何かやるだろうと予想するも、案の定と言うべきか、隆誠が開始早々に相当なスピードで各選手との差が今も広がり続けている。二位となっている三高の一条将輝も負けじと追いかけているが、一方的に差を付けられている始末だった。
普通なら十師族の直系である将輝が、有名な家系の生まれじゃない一般魔法師の隆誠に劣っているなど断じて有り得ない。大敗になれば一条将輝だけでなく、日本の魔法師の頂点に立つ存在である十師族の力に疑いを残すことになってしまう。現に去年の九校戦で、師族会議の通達を受け取った七草真由美が十文字克人と密かに話していたのだ。
将輝が再び隆誠に負けてしまえば、多くの魔法師達から問題視されてもおかしくない。それどころか一条家を十師族の座から失脚させようと、師補十八家が密かに動く可能性もあるだろう。
師補十八家の直系である七宝琢磨は――
(やはり一条でも、兵藤先輩が相手では無理だな)
複雑な気持ちでありながらも憤慨する様子を見せていなかった。
数ヵ月前までの彼は傲慢で横柄な態度を取っていたが、隆誠に諭された事もあって、一度基本に戻り自ら鍛え直している。後から知った七宝家当主の七宝
(一条君は間違いなく三高の中で一番の強者だけど、相手が兵藤君では……)
同じく師補十八家で三高の一色愛梨も、琢磨と似たような考えだった。
以前の彼女であれば、十師族の魔法師が一般人相手に負けるなど恥だと憤慨していただろう。しかし去年の九校戦を通じて考えを改めただけでなく、圧倒的な実力を見せる隆誠の前では全く歯が立たないどころか、上には上があると酷く痛感させられた。
スティープルチェースで将輝が隆誠にどこまでやれるかと思って見届けるも、スタート直後から一気に引き離されるのを見て、やはり無理だったと思わず嘆息してしまった。それは当然、一緒に観戦している栞や沓子だけでなく、一年生を除く三高の生徒達も含めて。
「おお、もうコースの後半まで進んでいるのじゃ!」
他校選手である筈なのに、トップで独走してる隆誠に我が事のように喜ぶ沓子。
開始してから数分しか経っていない筈なのに、破竹の勢いで走行してる彼は四キロのコースを既に半分以上突破していた。途中にある自動銃座や魔法による妨害、他にはネットや落とし穴などトラップも当然あるのだが、全く通用しないと言わんばかりに突き進んでいる。
このままいけば男子スティープルチェースの優勝は一高だろう。観客達の誰もがそう思い見届けている中、独走している隆誠は速度を緩め始めるのであった。
因みに隆誠が独走しなければならない理由を知っている達也だが――
「深雪、ほのか。人目もあるから、余りはしたない事は……」
「大丈夫です、お兄様。ここにはわたし達しかいませんから」
「達也さんは気にしなくて大丈夫ですよ」
一高本部の天幕にあるモニターで深雪とほのかと仲良く(?)観戦している。隆誠とのチョッとした誤解は解消されたのだが、それでも二人は油断出来ないと言わんばかりに引っ付くのであった。
☆
超スピードを使いながら、少しばかり本気で走っている俺――兵藤隆誠は、既にコースの半分以上を進んでトップになっている。装着しているメガネ型ゴーグルには地図と現在位置が映し出されている為、自分がどこのコースにいるのかは把握済みだ。
当然、走行している途中に自動銃座によるペイント弾を難なく躱し、落とし穴などのトラップも(身体能力のみでの)跳躍だけで問題無く回避していた。俺は大して問題無いが、余りの多さに(修哉を除く)他の選手達が大丈夫かとチョッとばかり不安視するも、それは敢えて気にしない事にする。一高含めた各校も、承知の上で参加しているのだから。
このまま何の問題無く進めば、あっと言う間に俺が優勝なのは言うまでもない。だが生憎それは二の次であり、本来の目的であるパラサイドールの撃破が何よりも最優先なのだ。
ゴールラインまでの距離が数百メートルに差し迫ると、突如魔法と思わしき拳大の砲弾が飛んできた。常人からすれば目にも留まらぬ速さだが、俺には問題無く視認出来る。スピードは銃弾に劣るとは言え、質量が全く桁違いだが。
俺はオーラを纏った状態の右手刀を横に振った事で、砲弾は放物線を描くように弾き飛んでいく。その数秒後には、まるで制御が効かなくなったかのように砲弾が破裂し、そして爆発した。
(おいおい、何だよ今のは!?)
砲弾の速さだけでなく、弾の質量と爆発は明らかに問題がある。俺だから良かったものの、もしこれが他の選手達に直撃すれば確実に大怪我してもおかしくない威力だった。
妨害レベルを完全に超えているパラサイドールの魔法に、俺は脚を止めて砲弾が来た方へ視線を向ける。その先に犯人と思わしきパラサイドールはいるが、背後から斬撃と思わしき魔法の刃が俺に襲い掛かろうとする。さっきと同じく今度はオーラを纏った左腕で簡単に防いだが。
(前に修次が見せてくれた魔法と似ているな)
進行方向に対して垂直両方向に作用する斥力、加重系魔法『
俺はエリカや摩利に内緒で、時折だが修次と会って手合わせしている。その交流もあってか、彼は得意魔法の一つである圧斬りを披露してくれた。エリカと手合わせした時に見せてくれた俺専用の『ドウジ斬り』を見せてくれたお礼として、な。
だが、あくまで似ているだけに過ぎない。威力とは別に、技量が全く無い。並みの相手では簡単に倒されるかもしれないが、『技』があるエリカや修次クラスの剣士では通用しないだろう。
それとは別に、あの圧斬りも先程の砲弾と同様に殺傷性が高い威力だった。完全に違反行為を通り越した異常とも言える行為だ。
司波の時は侵入者と言う理由で本気でやっていたかもしれないが、選手として参加している俺は全く別になる。これで万が一に選手の誰かがパラサイドールを相手に大怪我したら、競技どころか大会が急遽中止せざるを得ない事態になってしまう。多分それだけでは収まらず、パラサイドールを開発した九島家も世間から大バッシング、更には反魔法主義者の連中も鬼の首を取ったかように非難するのが容易に想像出来る。
そう考えると、俺が一番に来て良かったと心底思う。こんな危険な相手を他の選手達と相手させる訳にはいかない為に。
一刻も早く撃破しようと決意してる中、いつの間にか自身の目の前には四体のパラサイドールが姿を現わしている。その内の一体が、突然口を開く。
「漸く会えたな、シューティング・スター。我が同胞達の無念、今此処で晴らす!」
「何だと?」
予想外の台詞に思わず目を見開くも、四体のパラサイドールは一斉に俺に襲い掛かろうとする。
☆
「一体これはどういう事ですか!?」
場所は変わって九島の移動ラボ。
映像を見ているパラサイドール開発主任は、最高傑作である筈の
女子スティープルチェースで達也に十二体のパラサイドールを倒されてしまい、本当ならプライム・フォーで迎撃する予定だったが、九校戦で一番に注目されている選手――兵藤隆誠の相手をさせなければならないので敢えて出さなかった。そして男子スティープルチェースが開始して早々隆誠がトップに立ったので、予定通りプライム・フォーに指示を出す。
必要最低限にまで威力を抑えた魔法と連携による足止めをさせる筈だったのに、全く異なる展開になっている事で彼等は非常に大慌てしているのであった。
「わ、分かりません! プライム・フォーが現在トップの兵藤選手を見た途端、暴走してしまって……!」
「何ですと!」
先程まで四体のパラサイドールは正常に作動していた筈なのに、急に制御から外れるどころか独断で動き始めた。異常事態が起きたと部下からの報告に、開発主任は徐々に顔を青褪めていく。
「すぐに緊急停止しなさい!」
プライム・フォーが隆誠を殺してしまう事態になれば、パラサイドール開発関係者達は色々な意味で終わってしまう。彼のことを大変気に入っている九島烈の怒りに触れるどころでは済まないのだ。
「ダメです! 何度やっても制御術式が作動しません!」
「そ、そんな……!」
制御出来ていた筈のパラサイドール達は完全に自分達の手から離れてしまっている為、最早彼等には何も出来ない。
絶望している開発主任とは別に、映像では連携して襲い掛かるプライム・フォーと隆誠が交戦しているのであった。
原作と違って、此方ではパラサイドールが暴走する展開にしました。
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