九校戦が終わって二日後。
今も夏休み真っ只中だが、それとは別に一高の各クラブも一斉に再開していた。特に九校戦の種目に参加していた生徒の中は、遅れた分を取り戻すように練習に励んでいる。
剣道部も当然含まれており、午前から闘技場で行われている。
部員達が練習前の準備運動をしている中、剣道部部長である壬生は少しばかり対応に苦慮していた。
「はぁ!? チョッとさーや、隆誠くんだけじゃなくて天城くんも休みってどういう事なの!?」
「だ、だから二人は用事があって休むって……」
壬生が対応しているのは千葉エリカだった。彼女は剣道部員じゃないが、隆誠と言う
朝から早く剣道部へ来たのは、修哉と本気の手合わせをする為だ。九校戦のシールド・ダウンで見せた彼の実力が、まるで別人と思わせるほどの強さだと分かった事に疑問を抱いたのだ。以前に手合わせで不覚にも一本取られたとは言え、あの時から既に実力を抑えていたのではないかと。
それを確認する為に隆誠と修哉に問い質そうと意気揚々と来た結果、肝心の二人が揃って休んでいると壬生から聞いて今に至る。生徒会に入っている隆誠はともかく、普段から休まず参加している筈の修哉が休むなどあり得ないとエリカは憤慨寸前となっている。
「落ち着けよエリカ、その人に怒鳴ってもしょうがねぇだろ」
宥めるように言ってるのは西城レオンハルト。彼もエリカと同じ理由で同行しており、改めて修哉と手合わせしようと剣道部へ来ていた。勿論、山岳部には前以て剣道部へ行く事を話してある。
とは言え、隆誠と修哉が休んでいるのは何故なんだと少しばかり疑問を抱いている。休むのは別に悪いことではないが、あの二人が揃っていないとなれば、もしかしたらまた自分達に内緒の特訓でもしているんじゃないかと考えてしまう。
「五月蠅いわね! アンタに言われなくても分かってるわよ!」
レオの言ってる事は勿論分かっているのだが、それでもエリカは声を荒げていた。
(もう、どうして兵藤君はこう言う時に限って休んじゃうのかな~)
隆誠であれば彼女を簡単に抑える事が出来るのだが、そのストッパー役が休んでいる事に壬生は内心嘆息している。
彼女は二人が休んでいる理由を聞いている。
隆誠は家族を連れて遠出するので数日欠席したいと、夏休みが始まる前から申告があった。夏休みを利用して家族と一緒に出掛けるのはよくある事なので、壬生は反対する理由が無く即了承している。
修哉は昨夜に突然連絡が入って、休みの理由を知った時は本当に驚いた。佐伯紫苑と付き合う為に彼女の父親に会うから急遽休みたいと言ってきたのだ。大事な弟分が幼馴染が好きなのを前々から知っている姉分の壬生としては、『頑張ってね!』と激励の言葉を送って承諾したのは言うまでもない。
壬生が対応に苦慮している中、突然闘技場に新たな部外者が入ろうとしている。
「千葉に西城、お前たち何やってんだよ」
「あ、桐原君」
声を掛けてきたのは剣術部のエースである桐原。剣道部と剣術部が交流している事もあって、剣道部の練習に参加するのは全く問題無い。実は恋人の壬生と会う為の口実である事を、(隆誠と修哉も含めた)剣道部員の殆どは知っているが。
「兵藤と天城はどっちも休みだって壬生が言ってるんだから、今日は諦めな」
桐原は修哉が休んだ理由を既に察している。前に隆誠からシールド・ダウン・ソロで参加しなければならない理由を聞いているから、今日クラブに参加してないのは幼馴染の佐伯関連なのだろうと。
もしエリカが知ったら絶対碌でもない事が起きそうだと思いながら、壬生と一緒になって帰って貰うように退室させるのであった。
☆
「はい、金沢に到着しました~」
「「しました~!」」
去年と同じく公共交通機関の
二日前に金沢へ行く事を話すと、二人は『いっしょにいく~!』と快く賛成したのは言うまでもない。弟達は大して問題無いんだが、俺にとって一番の懸念は――
「……ねぇリューセー、本当に行っても大丈夫なの?」
「母さん、何度も言ってるだろ。向こうの許可はちゃんとあるって」
魔法師に対する忌避感がある母さんだけは、今もこうして躊躇っている姿を見せている事だ。
セージ達と違って自分は行かないと断ろうとしていたが、俺が何とか説得して同行させている。あの時に比べて今は大分和らいだから、それがなかったら絶対無理だと頑なに断っていただろう。
だけどそれとは別に、母さんは横浜事変で俺が巻き込まれた件で負い目を感じている。以前家に来た一条剛毅と息子の将輝に失礼な態度を取っていたから、もし会ったら何か言われるんじゃないかと。尤も、それは考え過ぎで一条親子は全く気にしていないが、な。
今回行う遠出の目的は家族で遊びに行くのは勿論のこと、魔法師に対して忌避感のある母さんの考えを改めてもらう事だった。息子の俺が大丈夫だと言っても完全に払拭出来ないので、これはもう魔法師の知り合いに協力してもらうしかない。その白羽の矢が立ったのが十師族の一条家で、息子の将輝に事情を説明している。
息子を通じて当主の剛毅に確認を取って貰ったところ、是非とも喜んで協力すると承諾してくれた。特に今回頑張ってもらうのは剛毅の妻である美登里の方で、主に母さんの話し相手をしてもらう予定だ。絶対に大丈夫とは言い切れないが、一条家の母である彼女であれば何とかしてくれるだろう。
「ほら、行くよ。だけど一条家に行く前に、チョッと寄り道するけど、ね」
「寄り道?」
「「?」」
俺が寄り道をすると言った事に母さんだけでなく、セージとセーラも首を傾げていた。
因みに去年は一条家当主の剛毅が迎えとして駅前に来ていたけど、そうすると母さんが委縮してしまう恐れがあるので今回は自力で行くと予め断っている。
「去年は大変失礼な態度を取ってしまい、誠に申し訳ありませんでした」
「いえいえ奥さん、どうかお気になさらず」
寄り道を終えた俺と母さん達は、コミューターを使って一条家に辿り着いて早々、剛毅達が家族総出で歓迎してくれた。
家の中に案内されてリビングで改めて対峙して挨拶をしている際、母さんが去年の事について謝っていた。覚えている剛毅は全く気にしてないように、笑顔で言い返している。
「そんなに緊張なさらず、どうか楽にして下さい。私は妻の美登里と申しますが、気にせず美登里と呼んでくださいな」
「は、はぁ、どうも……」
ここで一条家を支える母親の美登里が母さんに話し掛けた。去年と変わらず包容力があって優しい笑みを浮かべているからか、母さんの警戒が段々と薄れていく。
他にも――
「ぼ、僕は兵藤セージです」
「ひょ、兵藤セーラです」
「よろしく、私は一条瑠璃。何か困った事があれば私に言って」
セージとセーラが気になるのか、一条家末妹の瑠璃が二人に話し掛けている。
「珍しいわね。瑠璃があんな積極的に話し掛けるなんて」
「俺も初めて見るぞ」
瑠璃がセージとセーラに親身に接しようとするのが珍しいのか、長男の将輝と長女の茜が珍しそうに見ていた。
あくまで予想に過ぎないが、瑠璃はこの家で末っ子だから、自分より年下の二人を見てお姉ちゃんらしく振舞おうとしているのだろう。俺としても、そうしてくれた方が非常に助かる。三高へ行く時にセージ達を任せる事が出来るからな。
「色々と話したい事はありますが、私はこれから夕食の準備をしますので、その間は此処で自由に寛いでください」
「あ、美登里さん。チョッと良いですか?」
美登里がリビングから離れようとするも、俺がすぐに待ったをかけた。
いきなりの事に彼女だけでなく、剛毅達も何事かと俺の方へ視線を向ける。
「皆さんから了承を貰ったとは言え、此方が急に押し掛けてきましたから、そのお詫びも兼ねて今日の夕食は俺に作らせて下さい」
「お詫びって隆誠君、別にそこまで気にする必要はないわよ」
「だからその為に寄り道をしたのね……」
俺の提案に美登里が断ろうとするも、母さんは寄り道で食材を買い込んだ理由が漸く分かった表情になる。
「美登里さん。息子はこう言った以上は何がなんでもやろうとする性格なので、母の私に免じて任せてもらえないでしょうか。料理については私が保証します」
「はぁ……」
母さんは俺の事を理解してくれてるみたいで、美登里を説得してくれていた。
「今日は兄ちゃんが作るんだ~!」
「凄くたのしみ~!」
「二人とも、隆誠さんの料理って美味しいの?」
セージとセーラの反応を見た瑠璃が思わず尋ねている。
「うん、ぼく大好き! 瑠璃お姉ちゃんも大好きになるよ!」
「お姉ちゃん……そう言われると気になるかも」
セージからお姉ちゃんと呼ばれた事で嬉しいのか、瑠璃は顔を赤らめながら受け入れていた。
末妹の反応を見た兄の将輝がピクリと反応する。
「セージ君。大丈夫だとは思うけど、俺の妹に変なことは言わないよう――」
「チョッと兄さん、小さい子相手に何やってるのよ」
真剣な表情で忠告しようとする将輝に茜がすぐに窘めていたのは、何も見なかった事にしておこう。
一条家に来て早々に賑やかになるも、如何にか俺が夕食を作る許可を貰える事が出来た。
次回は三高へお邪魔する予定です。
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