一条家に夕食を披露した翌日の朝、俺は将輝と一緒に三高へ向かっている。
「いやぁ、まさか美登里さんがあそこまでショックを受けるとは思わなかったよ」
「俺から言わせれば、母さんの料理をあそこまで再現したお前が凄かったぞ」
三高へ向かっている途中、俺と将輝は昨日の夕食について話をしていた。
美登里の許可を得て厨房に入った俺は、いつも以上に料理スキルをフル活用して本気で夕食を作った。自分の家族だけでなく一条家も合わせて九人分を一人で作るから、いつも以上に大変だったのは言うまでもない。因みに途中で美登里が来て『良かったら手伝うわよ?』と声を掛けられたが、自分でやると言った以上最後までやると丁重に断っている。
作った料理の内容についてだが、去年にお邪魔した時に美登里が作ってくれた御馳走を再現させてもらった。金沢特産の隠し味として『じろ飴』や『魚醤』も当然使って、専業主婦の彼女にも負けない出来栄えだったと自負している。
剛毅達は食べた瞬間、普段家で食べている味と殆ど似ていると驚愕していた。美登里も俺が去年一度食べただけで、物の見事に味を再現させるとは全くの予想外だったみたいだ。
だが、その後にチョッとばかり不味い事態が起きてしまう。一条家次女の瑠璃が『お母さんより美味しいかも』と素直に言ってしまい、その所為で美登里が見てて分かり易いほどショックを受ける破目になってしまった。子供は正直者であっても、俺としては『やっぱりお母さんの方が美味しい』と言って欲しかったんだが。
そして夕食を終えて以降、美登里は大層落ち込んでて、ずっと母さんが傍にいて慰めていた。
そして翌日の今朝方にはすっかり元通りになって――
『隆誠君、昨日はありがとう。だけどもう料理しなくて良いからね』
頬を引き攣らせながらニコニコとそう言っていたが、あの様子だと俺がまた作ると言っても絶対拒否するだろう。顔は笑顔でも目が全然笑ってなかった上に、夫の剛毅でさえも彼女に気圧されていたのだから。
まぁ料理は作れなくなっても、お菓子作りに関しての許可は貰っているので問題無い。セージやセーラが食べたがってる他、今日会う予定になってる三高の前田校長への挨拶用としても必要な為に。
「そう言えば将輝、今更だけど他校生の俺がまた三高にお邪魔しても大丈夫なのか?」
本当なら三高に行く予定は無かった。けれど、前田校長は俺が金沢へ来る情報を入手したみたいで、是非とも会いたいから三高へ来て欲しいと言われ、もしもの時に備えて持ってきた一高の制服を身に纏って今に至る。
「問題無い。仮にリューセーに対して文句を言う奴なんかいたとしても、一色達が黙ってないからな」
「まぁ、彼女達はなぁ……」
一色達と聞いて、俺は思わず四十九院沓子の顔を思い浮かべてしまう。あの子の事だから三高で会った瞬間、周囲の目なんか関係無く自分に引っ付いてくるのは既に確定だ。
沓子とは別に一色愛梨は根っからの実力主義者なので、実力を示した俺にそれなりの敬意を持っている。一条の言う通り、俺が来る事に不満を述べる生徒がいれば問答無用で黙らせる光景が容易に想像出来てしまう。
それはそうと、俺と将輝は昨日からお互い名前で呼び合う事になっている。去年は友人達と一緒に来たから名字呼びで問題無かったが、今年は家族で来たので名前で呼ばないといけない為、これを機に俺は『将輝、これからは俺の事をリューセーと呼んでくれ』と言って、向こうも了承済みだ。
「ん? チョッと待て。もしや彼女達も俺が三高に来るの知っているのか?」
「ああ、特に四十九院が喜んでいたぞ」
「お前なぁ、口が軽過ぎにも程があるんだけど」
「俺じゃない。前田校長の方で、リューセーが来れば三高にとっていい刺激になるだろうって周知したんだ」
「……相変わらずあの校長はそう言う事に関しての行動早いな」
非公式でも新人戦アイス・ピラーズ・ブレイク決勝戦の会場を三高でやると聞いて即了承してくれた彼女に勿論感謝しているのとは別に、本来踏むべき手順を思いっきりすっ飛ばしてる事に驚くばかりだ。勿論良い意味で、な。もし頭の固い権力者みたいな人であれば、無駄に時間が掛かる上に却下されていただろう。
個人的に大変好ましい人物とは言え、思い切りが良すぎる行動は流石に勘弁して欲しい。特に俺が三高に来るだけで周知するのは、些かやり過ぎだと抗議したい。となれば剛毅も学生時代の頃から彼女に散々振り回された経験があるが故に、十師族当主となった彼女に対して全く頭が上がらない光景が目に浮かびそうだ。
「誤解してるかもしれないから言っておくが、前田校長は破天荒でも、教育者としては尊敬出来る立派な人だ。教員不足を理由に、
「へぇ、そうなのか」
二科生を完全放置している一高と違って、三高は前田校長が自ら直接指導するとは。一高の教師陣もそう言う所を見習って欲しいが、要望したところで確実に実現不可だと諦めるしかない。
そんな話をしながら移動していると、将輝がある事を思い出したかのような表情になる。
「ところでリューセー、お前の弟は瑠璃に対して随分親しげだったが、昨日会ったばかりの筈なのに近過ぎだと俺は思う」
「たかが小学生同士の会話程度で、そんな危機感を抱くお前もどうかと思うんだが」
セージと瑠璃が会って早々に仲の良い会話をしてるのを見た将輝は、どうやら兄として見過ごせない光景だったようだ。
二十四時間も妹を監視しているどこかの変態兄と違って、俺の目の前にいるお兄さんは健全なシスコンなので問題無い。自分でもおかしな事を言ってるのは重々承知してるが、それだけアイツが異常だと言う事を理解して欲しい。
セージと瑠璃の事について話している中、いつの間にか三高に辿り着くのであった。
活動報告で載せた小ネタの内容を追加して載せます。
後夜祭パーティで隆誠が深雪とのダンスを終えた達也は、すぐに隆誠を外に連れ出した。
「兵藤、深雪と何か小声で話していたみたいだが、一体何を話していた?」
「大した事じゃない。こう言ったダンスは男女で踊るもの云々と常識的な事を、な」
連れ出して早々にそんな事を訊くのかよと隆誠は内心呆れながらも、取り敢えずと言った感じで達也の問いに答えている。
「本当にソレだけか? 顔を近づけて話していたみたいだが」
「そこまで疑うなら妹に訊いたらどうなんだ?」
「先ずはお前に確認を取ろうと思ってな」
「本当に妹関連だと疑り深いヤツだ。ならば……今此処で俺とダンスでもするか?」
そう言いながら隆誠は達也に近付く。
「兵藤、お前何を……!」
「大丈夫だ、俺がリードしてやるから」
「(な、何故拒めない……!)」
「それじゃあ、始めようか……」
そして隆誠は達也を抱き寄せながら、顎をクイっと持ち上げて顔を近付け――
「イヤァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
――る寸前に深雪が哀哭同然の悲鳴をあげた事で、光景が一気に変わった。
此処は深雪の部屋であり、先程までの光景は深雪が見ていた夢に過ぎない。
九校戦が終わり、残りの夏休みを達也と過ごせると気持ちを舞い上がらせながら気分よく寝入っていたところ、急に悍ましい夢を見た事で一気に目が覚めてしまったのだ。
「はぁっ、はぁっ……! い、今のは、夢? でも、あの悍ましい光景は、一体……?」
「どうした深雪! 何があった!?」
「お、お兄さま……!」
深雪は起き上がってすぐにベッドから離れ、達也に引っ付いてこう言った。
「わたしに内緒で、噴水場で兵藤くんと二人っきりでダンスをしながら、き、き、キスまでしたのですか!?」
「………深雪。寝起きのところ悪いが緊急測定をしよう」
夢と現実がごっちゃになっている深雪に、達也は妹が精神に何らかの異常を来たしてるかもしれないと測定を提案するのであった。
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