⑤
とある夜の河川敷。街灯の光が届かない薄闇の中で、二つの影が高速で交錯していた。
木刀を手にした少年と青年――隆誠と千葉修次。互いの呼吸が乱れぬまま、ただ木刀の衝突音だけが静寂を裂いていく。
実力は完全に互角。だが、互角であるがゆえに一撃ごとに研ぎ澄まされた緊張が走り、剣劇は凄まじい速度で加速していく。夜風が二人の動きに追いつけず、遅れて草を揺らすほどだった。
そして勝負は終わりを迎えようとしていた。最後の一撃が交錯し、木刀が甲高い音を響かせた直後、二人は同時に後退する。
「ふぅっ……。今日はここまでにしましょうか」
「そうだね。僕としては続けたいところだけど……」
隆誠が静かに終了を告げると、修次は名残惜しげに肩を落としながらも素直に頷いた。その表情には、悔しさよりも純粋な楽しさが滲んでいる。
「と言うか修次さん、段々本気になってますね」
「当然だよ。エリカに圧勝した君に、手を抜く事なんか出来ないからね」
修次は当たり前のように言い返した。
彼は千葉エリカの兄であり、千葉家の次男。千刃流剣術免許皆伝の実力者で、『魔法白兵戦技の英才』『千葉の麒麟児』と呼ばれる男だ。3メートル以内の間合いなら世界でも十指に入ると噂すら囁かれる、日本屈指の魔法剣士。
だが今、彼は年下の隆誠を相手に本気で木刀を振るっていた。それでもなお、自身の剣技は難なく捌かれ、紙一重で躱され続けている。
並の剣士なら激昂しているだろう。だが、千刃流剣術印可の妹――エリカを圧倒した相手となれば話は別だ。益して、純粋な剣技だけで魔法を凌駕する奥義を披露したとなれば、手を抜く理由など存在しない。
(やはり隆誠君は強い。何度もやって分かったけど、まだ実力を隠している)
修次は確信していた。
エリカとの手合わせでも、隆誠は本気を出していなかった。その本気を見たいがために、修次は忙しい合間を縫ってこうして時間を作っている。
やればやるほど、自分の剣が届かないと痛感する。しかし、心は折れない。むしろ、剣士として更なる高みへ踏み出すための刺激として、隆誠との手合わせを歓迎していた。
「それにしても修次さん。いつも手合わせの時間を作ってくれるのは良いのですが、大丈夫なんですか? 家の手伝いとか、大学で忙しいのでは……」
「大丈夫だよ。僕としては、こうして君と手合わせするのが有意義なんだ」
隆誠の心配を、修次は柔らかい笑みで否定した。
家や軍の立場など関係ない。一人の剣士として、隆誠と剣を交える時間こそが何より心地良いのだ。
「はぁ……。そう言えば、摩利さんはこのことを知ってるのですか? あの人、自分が除け者にされてると分かった途端に拗ねそうですし」
「摩利はそんな事で拗ねたりしないから大丈夫だよ」
恋人の名を出されても、修次はどこか楽しげに笑った。
隆誠との手合わせを心から楽しんでいる。その事実が、彼の声色に滲んでいた。
⑥
しかし修次が思っていたのとは全く異なる方向で、事態は進んでいた。
「………………はぁっ」
場所は国立魔法大学校のカフェ。授業終わりの学生達が談笑する柔らかな空気の中で、ひときわ重い溜息が落ちた。
椅子に腰かけていた渡辺摩利が、テーブルに視線を落としたまま深く息を吐く。その向かいで、七草真由美が心配そうに眉を寄せた。
「ねぇ摩利、ここ最近溜息吐いてるけど、何か遭ったの?」
摩利は修次と同じ防衛大学校の生徒だが、特殊戦技研究科に所属しているため、魔法大学の授業を週一で聴講している。
今日もその聴講を終え、親友である真由美とカフェで一息つくはずだった。摩利の表情は晴れないから。
「…………実は最近、シュウが夜中に何処かへ出かけているらしくて」
摩利は、意を決して胸の内を打ち明けた。普段なら軽口を叩く彼女が、こんな声を出すのは珍しい。
「夜中に? 家の手伝いとか、軍の仕事とかじゃないの?」
真由美は当然の疑問を口にする。
修次の立場を知っている彼女からすれば、深夜の外出は任務か家の事情だと考えるのが自然だ。
「あたしも最初はそう思ったんだが、どうもそんな感じじゃない」
「じゃあどんな感じなの?」
摩利の否定に、真由美はさらに身を乗り出す。
摩利は唇を噛み、少しだけ視線を泳がせた。言いたくない。けれど、言わなければ胸の奥が苦しくて仕方ない。
「この前、偶然にシュウが電話をしてるのを見たんだが……電話の相手と会うのが非常に楽しみのような会話をしてて……!」
その瞬間、摩利の胸の奥で何かがグツグツと煮えたぎった。
修次が楽しそうに話していた『誰か』。その存在を思い出すだけで、胸の奥がざわつく。
真由美は一瞬、言葉を選びかけ――
「……ねぇ摩利、それってまさか浮――」
「シュウがそんな事するわけないだろう!」
摩利はバンッとテーブルを叩いた。周囲の学生が驚いて振り向くほどの勢いだった。
真由美は目を丸くする。
摩利は怒っているのではない。ただ修次を疑うことが、彼女には耐えられなかったのだ。
胸の奥で渦巻く不安と、信じたい気持ちが激しくぶつかり合っている。
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