壬生が退院して二日経ち、俺は修哉を鍛える為に剣道部へ入部した。と言っても訳ありの入部だが。
勧誘期間が過ぎてしまった為に入部出来るかを彼女に訊くと、即決定となった。強い人は大歓迎だと快く迎えて貰っている。
俺と直に戦って自分より遥かに強いと知った壬生としては、俺の入部希望は全くの予想外だったそうだ。そこを修哉関連である事も伝えると、『弟の修哉君をよろしく頼むわ』と逆に頼まれたほどだ。
どうやら彼女も知っていたようだ。修哉が紫苑を好きである事と、その父親の件も含めて。
俺が修哉を鍛える師匠役になったのはいいが、入部した以上はある程度の練習もする事を条件として剣道部員として活動する日々を送っていた。
その際に俺はすっかり失念していた。討論会が終わった後、真由美を含めた生徒会メンバーにスイーツご馳走する約束があった件を。
「本当なら朝練もしたいが、今の状態じゃ流石に無理か……」
朝の通学路を歩んでいる中、俺は修哉の今後の修行内容について考えていた。
初日は剣道部の練習を一通り済ませた後、修哉の実力を見ようと試合形式で対戦したが、思っていた以上の実力者であると分かった。まぁ向こうも、俺が壬生より遥かに強いと認識して若干心が折れかかっていたが。
前に戦った壬生より若干劣って荒々しい部分はあったが、伸びしろは充分にあって鍛え甲斐がある。一応、『決して強制はしない。無理なら諦めても構わないぞ』と言っておいた。
勿論そう言ったのは理由がある。俺の修行内容は前の世界で鍛えた
どんなに才能があっても最後までやり遂げるのには非常に難しい事に変わりないから、修哉に確認をした。実力差が分かっても『最後までやるのが男だ!』と見事に言い切ったから、有意義な時間を過ごせそうだと思ったのは内緒だ。
とは言え、この世界にいる人間の身体能力はちょっとばかり低いから、そこまで大した期待はしていない。今の見立てで修哉を限界まで強くさせるとしたら、魔法抜きでも並みの魔法師を簡単に倒せるのが精々だろう。
取り敢えず一ヵ月以上は徹底的に基礎を教えるつもりでいる。今の修哉では俺と実戦形式でやるのには、余りにも力不足でやっていけない。基礎を疎かにする者ほど、いざ実戦に立つと役に立たないのを充分理解しているので。
そのついで、身体能力を底上げさせる為の
今日の部活が楽しみだと思いながら、あと少しで校門に到着するところで――
「リューセーく~ん」
「ん?」
突如、後ろから俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
思わず身体ごと振り返った先には、笑顔で手を振りながら走ってきてる生徒会長の真由美がいた。
彼女を見るのは、ブランシュを壊滅した後以来だ。事件の後始末とか色々忙しい事もあって会えず仕舞いとなっていた。
あの様子を見る限りだと、漸く一段落ついたと言ったところだろう。そうでなければ、朝っぱらから態々俺に声を掛ける筈がない。
まぁその所為で、ちょっとした問題も起きて俺は居た堪れない気持ちになっていた。
考えれば誰でも分かる事だ。
まず最初に、俺は学校へ向かう為の通学路を歩いており、その周囲には自分と同じ生徒が多数いる。一科生や二科生関係無くだ。
次に七草真由美は十師族『七草家』の娘であり、男子に凄く人気のある第一高校の美人生徒会長。そんな彼女が二科生である俺に凄く親しげな呼び方で声を掛けて来たとなればどうなるだろうか。
答えは簡単。周囲にいる男子生徒達が激しく嫉妬するように俺を敵視しているからだ。あ~鬱陶しいったらありゃしない。
「リューセーくん、オハヨ~」
真由美はそれに全く気付いていないのか、物凄く親しげな挨拶をしてきた。
「おはようございます、会長」
一応、周囲の目もあるので丁寧な対応をする事にしたのだが、途端に彼女が不機嫌そうな表情になる。
「何でそんな他人行儀みたいな呼び方するのかな? この前みたいに『真由美さん』って呼んで欲しいんだけど」
『真由美さん!?』
ああ、余計な事を言っちゃって。男子達の嫉妬の視線が更に鋭くなってグサグサと俺に突き刺さってくる。
前の世界でも似たような経験はしたが、それは主に
俺を睨んでいる男子達よ。たかが名前で呼び合う程度で詰まらん嫉妬をしないでくれ。こう見えて真由美は普通に接して欲しいように願ってるから、もしかしたらチャンスがあるかもしれないぞ。
「分かりましたよ。改めておはようございます、真由美さん」
「うん、よろしい」
真由美が逃げ道を防いだ以上はもう諦めるしかない。
久しぶりに聞いた呼び名に彼女は笑顔を見せるのとは逆に、男子達が更に鬱陶しくなってくるがこの際無視させてもらう。
「ところで、俺に何か御用でしょうか?」
「用って程じゃないんだけどね。リューセーくん、私との大事な約束を忘れていないかな?」
「大事な約束?」
ニコニコと言ってくる彼女に俺は思わず首を傾げた。何か気のせいか威圧感が感じられる。
はて、そんな大袈裟な約束をしたか?
あるとすれば、真由美が討論会で打ち負かされなければスイーツをご馳走する位しか……。
「……一応確認ですが、討論会が終わった後の約束の事ですか?」
「そうそう、それそれ」
俺の問いに真由美はうんうんと頷いた。
やはりスイーツだったか。でもアレって大事な約束と言うほどの事じゃないと思うんだが。
「ちゃ~んと憶えていたみたいね。でもあの後に全然音沙汰無かったら、てっきり忘れられてると思ったのよ?」
「すいません。生徒会があのトラブルの件で大変そうでしたから、行くに行けなくて」
事実、ブランシュの襲撃事件によって生徒会の真由美達は色々と後始末に追われていた。
特に十文字と真由美は、十師族へ諸々の報告もしている。主にマスコミへの情報操作依頼とか。でなければ今頃新聞に『国立魔法大学付属第一高校で謎の爆発事件発生』と言う、明らかに
しかし、それはもう既に終えてるから、五月となってる今はもうすっかり平穏な時間が訪れている。
とは言え、いくら約束だからって行くに行けなかった。あの事件の後にスイーツをご馳走しますと言ったら、あの嫌な事件を思い出すんじゃないかと危惧したので。
「その気遣いは嬉しいけど、私としては楽しみに待ってたのよ。それで、いつになったら生徒会室に来てくれるのかな?」
「でしたら今日の昼休みに如何でしょうか?」
「あら、既に用意していたのね。いいわ、昼休みに生徒会室へ忘れずに来るように。絶対よ」
念を押すように言った真由美は、スキップでもしそうな足取りで立ち去った。
そこまで食べたかったなら、家で食べれば良いだろうに。それとも、俺が用意するスイーツは高級品とでも思ってるんだろうか。
だとすれば、それはとんだ勘違いだ。今回用意したスイーツ――ベイクドチーズケーキは俺の自作で、そこら辺のパティシエよりは美味しいと自負してる。
ここから先は簡単に省略させてもらう。
昼休みに生徒会室へ訪れて真由美の他、摩利、市原、中条は俺のベイクドチーズケーキを食べた瞬間に幸せそうな顔になった。
ついでに俺の手作りだと知った途端、四人揃って仰天した後――
「ねぇリューセーくん、もし機会があったらまた頼んでいいかしら? 例えば今度の九校戦で優勝したご褒美とかで」
真由美が物凄い真剣な顔でお願いされてしまった。
随分大袈裟だと思いながらも、『材料費をそちらで用意してくれれば作りますよ』と言う凄く渋りそうな条件を提示するも、向こうが即行OKの返事をしてしまった為、作らざるを得なくなってしまった。
感想お待ちしています。