「ふぅっ……。さて、行きますか」
体育が終わり、残りの午前授業を終えた昼休み。俺は約束の返事をしようと生徒会室へ向かった。
真由美から返事も兼ねて一緒に昼食を取ろうと言われたので、今回は前と違って弁当+αを持ってきてる。勿論、俺が作った弁当だ。
修哉と紫苑には適当な理由を言って別行動を取っている。生徒会からのお誘いと教えれば、九校戦の事だと勘繰られるかもしれないと思ったからだ。
生徒会室前にある扉の前に立った俺は意を決するようにノックをしようと――
「兵藤?」
「何故、貴方が生徒会室に……」
「ん? って、お前達か」
する寸前、突如横から声が掛かってきた。思わず振り向いたら司波兄妹がいた。
二人は俺を見て早々、若干警戒するような仕草をしている。
何もそこまでする必要は無いだろうに。特に司波兄、もう癖になってるのかどうか分からんが、いくら俺が警戒すべき相手だからって妹を守ろうとする行動を取るなよ。別に敵対してる訳じゃないんだからさ。
司波兄妹の行動に内心呆れるも、敢えて気にしないように俺は此処へ来た理由を教える事にした。
「昨日、生徒会から昼食のお誘いがあったんだよ。お前達は聞いてないのか? てっきり同じ生徒会の司波妹が知ってると思っていたが」
「……えっと、わたしは会長から何も聞かされていませんので」
「そっか。実を言うと、俺は真由美さん達から九校戦の参加を要請されてな。今日はその返答をしに来たんだよ」
「「!」」
俺が訪れた本当の目的を知った途端、兄妹揃って目を見開いていた。
司波兄はともかく、妹もこんな反応をしてるって事は、もしやソレすらも聞かされてないのか? 同じ生徒会メンバーでも教えないとは意外だな。
……いや、そうじゃないな。恐らく真由美は確定してない状況で教えれば大騒ぎになると危惧し、敢えて一年の司波妹だけには教えなかったかもしれない。例え口外するなと言っても、敬愛してる司波兄に家でコッソリ教えるだろうと考慮して。
まぁ、今更そんな事を考えたところで遅い。もう俺が教えちゃったし、この後には一緒に生徒会室に入って返事を聞く事になるからな。
根拠はある。何故なら司波兄妹も弁当袋を持参しているのを見て、生徒会室で昼食を取るだろうと確信してる。
「いつまでも此処にいるのもなんだから、一緒に入ろうか。お前達も俺と同じく誘われたんだろ?」
「「…………」」
二人は一瞬帰ろうとする雰囲気を見せていたが、断る理由が見付からなかったみたいで仕方なく付いていくと言った感じを見せた。
いくら警戒してるからって、そこまで嫌そうにするなよ。本当に兄妹揃って失礼だな。ほんの一瞬、コイツ等の頭の中を読んで誰にも言いたくない秘密を暴露してやろうかと思ったのは内緒だ。
二人の失礼な態度に敢えて気付かない振りをしながら、俺は生徒会室の扉をノックした。いつもの通り真由美から入室許可が出て、ドアを開けて俺が入った後、司波兄妹も早々に入室する。
「あら、リューセーくんに達也くんと深雪さんも一緒だったのね。丁度良いわ、早速お昼にしましょう」
俺達の入室に真由美達は歓迎の笑みを見せながら、昼食の準備に取り掛かろうとする。
「その前に此方を先に済ませておきます。真由美さんと摩利さん、昨日にありました俺の九校戦参加要請の返答をします。上から目線な物言いなのは重々承知してますが、そちらが責任持って他の一科生達の対応をしてくれるのなら参加致します」
「え!? 本当に!?」
「それぐらいはお安い御用だ! 後は我々が何とかする!」
昼食中に返答を聞こうと思っていた二人だが、俺が参加するという返答を聞いた途端にハイテンションになった。加えて、俺の九校戦参加に司波兄妹達が驚いていたのは言うまでもない。
「リューセーくんの選手参加とは別に、まだ厄介な問題が残ってるのよねぇ……」
「厄介な問題、ですか?」
真由美と摩利がハイテンションのまま昼食になるかと思いきや、予想外の事態が起きていた。
確かに二人は俺が選手として参加するのを心から喜んでいる。けれど、それとは別に問題があって、未だ解決してないようだ。
ある程度時間が経って昼食を食べ終えている者がおり、残ってるのは真由美と摩利だけだ。いつもならもう既に食べきってる筈だが、悩みが解決出来てない為に余り箸が進んでいなかった。
因みに司波兄の隣に座ってる俺も既に食べ終えていて、今は別の物を食べている。それはデザートのチョコチップマフィン。勿論、自作スイーツだ。俺がモグモグと食べてる中、司波兄妹は少し驚いたように見ているが敢えて無視した。スイーツに目が無い筈の真由美達も当然見ていたが、優先する事があるのか気にしないでいる。
「ウチの学校はエンジニア――技術スタッフが不足気味なの」
「成程。確かにそれは厄介ですね……」
「まだ数が揃わないのか?」
俺と真由美の会話中に摩利がそう問うも、真由美が力無く頷いた。
「ええ。特に三年生は実技方面に人材が偏っちゃって。二年生はまだ、あーちゃんとか五十里くんもいるんだけど」
「
その人物が誰なのかは知らないが、少なくとも真由美が言葉に出したと言うことは頼りになるエンジニアであるのは確かなんだろう。摩利もそう言ってるって事は、二科生に対しての差別意識はないから俺の担当にさせようと考えているに違いない。
あれ? 確か五十里って名前はどこかで聞いたような無いような……どこで知ったんだっけ?
「はぁっ。一年生のリューセーくんはまだ良いとして、せめて三年生の摩利が自分のCADぐらい調整できるようになってくれれば楽なんだけど」
「……いや、深刻な問題だな」
疲れ切ったような仕草をする真由美からの皮肉に反論出来ないのか、摩利は空々しく顔を背けていた。
少しばかり暗い雰囲気となっている中、俺の隣にいる司波がさっきから妙だった。真由美がエンジニアと言う単語が出た際、何故かピクリと反応していたので。
「ねえ、リンちゃん。やっぱり、エンジニアやってくれない?」
「無理です。私の技能では、中条さんたちの足を引っ張るだけかと」
まるで何度も同じやり取りをしていたような会話をする真由美と市原。
すげない謝絶をする市原に、真由美がすっかり意気消沈してしまっている。
「……では、俺はこれで」
すると、司波兄は弁当袋を持って生徒会室から出ようと動き出す事に、真由美は全く気にする様子を見せなかった。
おかしいな。俺を警戒しているコイツが妹を置いていくのは普通に考えてありえない。そうせざるを得ない理由が何かある筈だ。
そう言えば司波って確かエンジニアを希望してるって聞いたな。この前あった定期試験後に教師達から呼び出された時に初めて知った。
まさかとは思うが、真由美の
「なぁ司波、戻る前にちょっと訊きたいんだが」
「……何だ?」
おや? いつもと違って反応が遅いな。まるで一番不味い奴に声を掛けられたみたいな感じがするぞ。
この会話に真由美達も少し気になったのか、揃って俺達の方へ視線を向けている。
「確かお前、この前の呼び出しで先生達に魔工師希望だって言ってたな」
「それがどうした?」
「いや、その他に理論試験では俺や司波妹を抜いて
『!』
俺の言葉にこの場にいる誰もがハッとして司波を凝視した。
すると、中条がある事を思い出したように追撃をしようとする。
「そう言えば深雪さんのCADは、司波君が調整していましたね」
その言葉を聞いた真由美が勢いよく身体を起こした。
さっきまで意気消沈していたのが嘘のように、彼女の顔に生気が戻っていた。
「リューセーくん、素晴らしい提案じゃない! これは完全に盲点だったわ……!」
「そうか……あたしとした事が、うっかりしていた。ナイスファインプレーだ、リューセーくん」
「いやぁ、それほどでもないですよ」
まるで得物を見付けた鷹のような視線みたいに、真由美と摩利が司波へ向けられた。
二人からのお礼に俺が照れる仕草をしてると、司波が少々殺意が籠った目で俺を睨んでいる。まるで『また余計な事を……!』と言ってる感じだ。
やっぱりコイツが我先に逃げようとした理由はこう言う事だったのか。それが分かれば殺意の視線なんか痛くも痒くもない。ついでに生徒会室前での失礼な態度もチャラにしておこう。
そう思っていると、司波は俺へ視線を向けるのを止めて、まるでもう諦めたかのような表情となっていた。
「一年生が技術スタッフになった例は、過去に無いのでは?」
「何でも最初は初めてよ」
「前例は覆す為にあるんだ。リューセーくんのようにな」
司波の抵抗に間髪を入れず、真由美と摩利から随分と過激な反論が返ってきた。
どうでもいいけど、俺を引き合いに出すのは止めて欲しい。
「進歩的なお二人はそうお考えかもしれませんが、一年生の、それも二科生、しかも俺は色々と悪目立ちしてますし」
「おい司波、それを言うなら選手として参加する俺はどうなるんだよ。俺もお前と同じ一年生の二科生で、悪目立ちしてるんだぞ。今更そんな言い訳は通用しない」
「確かに今更な言い訳である事は否定しない。だがな兵藤、俺の場合は技術スタッフだから、選手以上に難しい問題だ。特にCADの調整は、
ふ~ん、そう来たか。まぁ確かに司波の言う通りだな。信頼出来る技術スタッフでなければ、選手も充分なコンディションを望む事は出来ない。水と油の関係になってしまえば、それこそ問題となってしまう。
真由美と摩利も否定出来ないのか、互いに顔を見合わせている。恐らくどうやって覆してやろうかと考えているに違いない。
二人がそんな事をしなくても大丈夫だ。俺は俺で更に反論出来る要素がある。
「だったら猶のこと、お前がスタッフとして出るべきじゃないかと俺は思うんだが」
「何故そうなる。聞きそびれた所があるならもう一度言おうか?」
「ちゃんと聞いてるよ。
「!」
俺の司波妹を利用した更なる反論に、流石の司波兄も今度は言い返す事が出来ない様子だった。
知っての通りコイツはシスコンだから、妹の名を使えばすぐに弱くなる。司波の唯一の弱点とも言えよう。
するとそこへ、予想外の援護射撃が撃ち込まれた。
「お兄様、わたしは兵藤君の意見に賛成です。九校戦でも、お兄様にCADを調整していただきたいのですが……ダメでしょうか?」
司波妹がそう言った瞬間、司波兄は即座に凍り付いてしまった。
驚いたな。まさか彼女が俺を持ち上げてくれるとは。てっきり俺と司波の会話に口を挟まないと思っていたんだが。
だが、こちらとしては大変好都合だ。これでもう司波は断る事なんか出来やしない。妹の頼みとあれば、な。
そう確信してると、ここで更なる追い打ちが司波に襲い掛かろうとする。
「そうよね! 信頼出来るエンジニアがいると心強いわよね、深雪さん!」
「はい!」
確認を取ってくる真由美に司波妹が力強く頷いた為、司波兄の逃げ道は完全に無くなった。
「と言う訳だ、司波。ここは同じ二科生同士、頑張ろうじゃないか」
「……誰の所為でそうなったと思っている」
「何の事かな~?」
諦めの表情になってるところを俺が声を掛けた途端、司波が物凄く恨みがましい目をしながら言ってきた。
「じゃあ、放課後に準備会議があるから、そこで相談しましょう」
真由美の言葉により、ここで完全に司波が技術スタッフ候補の一人として決定された。尤も、本当に参加出来るかどうか分からないが。それは当然、俺も含めてだ。
さて、昼食を済ませた俺はもう生徒会室に留まる理由が無いから退散するとしよう。
因みに俺が食べてたチョコチップマフィンは彼女達にも用意したが、この後色々と忙しくなると思うから修哉達に食べさせるか。
「それでは俺は教室に戻りますので、放課後にまた」
真由美達に退室する事を告げた俺は、弁当袋とスイーツが入っている袋を持って出ようとするが――
「ちょっと待って、リューセーくん」
「何ですか?」
すると、いきなり俺を呼び止める真由美に思わず足を止めた。
「さっき一人で美味しそうなスイーツを食べてたけど、アレってもう無いの? 確か君が持ってるその袋は以前、私達の為に用意してくれたスイーツが入ってる袋だと記憶してるんだけど」
「………よくご存知で」
やっぱり憶えていたのか、俺が用意したスイーツに狙いを付けていた。今はもう気分が晴れたから、心置きなく食べるつもりなんだろう。
生徒会メンバーと摩利に用意したものだが、今回は多めに作ったから司波兄妹にもあげた。
貰った二人は若干警戒しながらも受け取った後――
「す、凄く美味しいです……!」
「……美味いな。兵藤、これはどこで買ったんだ?」
「俺が作った」
「「!」」
スイーツを美味しそうに食べながら俺の自作スイーツだと知った途端、物凄く驚いたのは言うまでもない。
「ああ~、食後にリューセーくんのスイーツは格別よね~」
「美味しくてついつい食べてしまいそうだ」
「丁度良い甘さと少々苦みのあるチョコチップが上手く合わさっていますね」
「本当に美味しいですぅ~」
因みに一緒に食べていた真由美達は以前の事もあってか、ゆっくりと味わって食べているのであった。
そして今度はちゃんと退室し、俺は生徒会室を後にする。
原作と違って、リューセーが達也の九校戦参加に追い打ちをかけました。
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