四時限目終了後、俺と司波は指定された時間に講堂の舞台裏へ向かった。既に来ていた司波妹が司波兄に薄手のブルゾン、そして真由美から俺にスポーツジャケットを差し出された。
「これは?」
「もしかしてユニフォームですか?」
確認の意味を込めて訊ねる司波と俺。
「ええ。リューセーくんは選手用、達也くんは技術スタッフ用よ。発足式では、制服の代わりにそれを着てね」
真由美から予想通りと言うべき回答が来た。
言われてみれば、彼女が着ているのは俺に差し出したのと同じスポーツジャケットを羽織っている。
拒否する理由が一切無い為、俺と司波は揃ってブレザーを脱いで、用意してあったハンガーにかけた後に着替えようとした。
真由美から受け取った俺が自分で羽織っているのとは別に、司波は妹の手を借りながら羽織っていた。司波妹のやってる事はまるで旦那の着替えを手伝うような妻みたいで、襟と裾まで整えた後、一歩下がって司波兄の姿を視界に収めた瞬間、とても満足げな笑みを浮かべていた。
「よくお似合いです、お兄様」
司波兄が羽織ってるブルゾンの左胸に刺繡されてるエンブレムを見ながら嬉しそうに言う司波妹。
一科生の象徴を見て、自分と同じだと思ってるんだろう。
シスコン兄貴とブラコン娘のやり取りが続いてる中、俺の近くにいる真由美が冷たい眼差しを送っている。
「ねぇリューセーくん、アレを見てどう思う?」
「仲睦まじい兄妹の微笑ましいやり取り、と言う解釈でよろしいかと」
真由美の言うアレとは司波兄妹の事を指しているのを分かっていた俺は、取り敢えずと言った感じで答える事にした。
司波妹はともかくとして、司波兄は何となく
「そこのラブラブ兄妹。いつまでもイチャ付いてないで早く行くぞ」
「待て兵藤、その名称は聞き捨てならないぞ」
「そ、そうですよ兵藤君! べ、別に私とお兄様はラブラブでも、イチャ付いてる訳では……!」
「深雪、何故お前は兵藤の言葉に動揺してるんだ?」
俺に突っかかろうとする
何度も口にしてるけど、あのブラコン娘は本当に分かりやすい反応をしてくれる。
因みに義妹のアーシアは俺を大切な義兄と慕っていても、流石に一人の愛する異性とまでは見ていない。彼女にとってそれは
「もう行きましょう、リューセーくん」
「そうですね」
時間が迫っているのか、もう付き合いきれないと思ったのか不明だが、真由美は俺を連れて移動する事にした。
☆
発足式と言う名のお披露目は、何事も無く進んだ。
二科生の俺と司波が壇上に上がって、石や魔法と言う名の抗議が飛んでくるかと一瞬考えたが、それは杞憂となった。
いくら不満だらけと言わんばかりの一科生達でも、流石にそんな非常識な真似はしないようだ。俺は現に一部の一科生達から襲われた事はあるが、それは周囲の目が無い場所でだ。尤も、俺を襲ったとある一科生二人は同性愛レッテルを貼られて既に自主退学となって姿を消している。
それは別として、多少の居心地の悪さはやはりあった。俺はまだしも、司波が一番キツイかもしれない。
選手とエンジニアは分かれて列を作っており、エンジニアチームはアイツ以外、上級生ばかりだから場違い感が少々浮き出ていた。
加えて、俺と司波は二科生でありながら、一科生の証明である八枚花弁のエンブレムを付けている。
それを見ていた一科生達の中に表情を歪めているのもいたが、敢えて無視する事にしていた。気にするだけムダなので。
『続いては、1年F組、兵藤隆誠くん』
プレゼンターをしている真由美が選手チームを紹介していて、いつのまにか俺の番となった。
紹介を受けた俺は一歩前に出た。その眼前には司波妹がにこやかな表情をしている。
こうなってる理由は勿論ある。紹介されたメンバーは、競技エリアへ入場する為のIDチップを仕込んだ徽章をユニフォームの襟元に付けてもらう事となり、その役目に目の前にいる司波妹が選ばれたのだ。舞台栄えがすると言う理由で。
選手だけでもかなりの数がいるから凄く手間だと言うのに、司波妹は淑女としての教育を受けてるのか、常に表情を崩さずに徽章を取りつけている。
因みに俺は選手の中では最後の紹介だ。彼女にとっては司波兄と同様警戒すべき相手だから、内心はさぞかし嫌そうに思っているだろう。
俺が羽織ってるユニフォームの襟元に徽章を付けようとする司波妹に、何事も無くやり過ごす事にする。
「……兵藤君、ありがとうございます」
「?」
すると、至近距離で司波妹から何故か感謝の言葉が贈られた。周囲の耳に入らない程の小さな声だったが、バッチリ聞こえていた俺は思わず首を傾げそうになる。
襟元に徽章を付けた彼女はすぐに何事も無かったかのように離れていく。本当は何故かと聞きたい衝動に駆られたが、今は発足式の最中の為、俺はすぐに選手の列に戻ろうと下がる。
直後、今まで違って小さな拍手が聞こえた。一科生達の殆どが拍手をせず、しているのは1-Fの修哉や紫苑やクラスメイト達や剣道部壬生達の他、エリカたち1-Eの数名達だけだった。俺からすれば充分なものだ。
選手の紹介が終わり、作戦スタッフ、技術スタッフの紹介も淡々と終わっていく。そして最後の五十人目である俺と同じ二科生の司波も、妹からブルゾンの襟に徽章を付けてもらっている。チラリと視線を移すも、司波妹を見て内心ちょっと引いた。何故なら今までと違って蕩けそうな笑みを浮かべていて、精神状態が少しばかり不安そうに見えたので。
あれはもうある意味重傷だと思いながらも、発足式は何とか無事に終わるのであった。
☆
「技術スタッフの司波です。CADの調整の他、訓練メニュー作成や作戦立案をサポートします」
発足式終了後、俺を含めた選手達は割り当てられた教室を使い、担当する技術スタッフと顔合わせをしていた。
司波が俺を担当する事になったのは、ある意味当然と言える。選手や技術スタッフだから別々とは言え、俺と司波は一科生達の殆どから目の敵にされている為、そこを真由美が一緒になるよう計らった。
尤も、司波からすればそれは余計なお世話だと思っているだろう。何しろ俺は警戒すべき相手と見ているから、それもずっと一緒にいるとなれば(勝手な思い込みで)心労が溜まっていくのが容易に想像出来る。
本人としては丁重に断りたいだろうが、もう決定事項だった為に無理だった。ちょっとばかり気の毒と思ったのは内緒である。
まぁ俺からすれば好都合だった。俺が余計な事を言って九校戦に参加させられて恨まれているとは言え、コレを機に司波と話して仲良く……とまでは無理だがある程度の警戒を緩めさせておく必要がある。俺としても流石に少々ウンザリ気味なので。
しかし、それとは別の問題も起きていた。同じ男子の二科生同士が一緒になるのは至って問題無い。それは――
「エンジニアは女の子が良かったな~」
「僕は誰でも良いよ。仕事さえちゃんとしてくれればね」
技術スタッフの司波はともかくとして、選手の俺も女子達と一緒に混ざる事となったのだ。
鮮やかな赤毛の女子生徒――
「ちょっとエイミィ! スバルも失礼よ! 達也さんの腕前はプロ級なんだから!」
二人の発言が頂けなかったのか、光井が声を荒立てながら注意した。
それを面白そうに捉えたのか、他の女子達が彼女を茶化すようにからかい始める。
図星を突かれたかのように光井が顔を赤らめている中、そこを司波妹がバッサリと断言した。ただのお友達であると、そう何度も告げて。
知ってはいたが、女子って恋愛話になるとすぐに食いつこうとする。これでもし俺の友人二人の恋愛話をした途端、例え知らない相手でも絶対に聞こうとするだろう。
「……なぁ、そろそろ打ち合わせを始めないか?」
女子達のやり取りを見ていた俺だが、このままでは本題に移る事が出来ないと思ってそう言った。
すると、その発言に司波妹を含めた女子達が一斉に俺を凝視する。
「あの~……技術スタッフの司波君はともかくとして、どうして男子の兵藤君も私達と一緒なんですか?」
代表するように一人の女子が恐る恐ると質問してきた。
それは尤もな疑問だ。普通に考えれば女子の中に男子が混ざる事自体ありえないのだから。
「実を言うと、俺と司波は本来だったら一科生の男子達と混ざる予定だったんだよ。そこを――」
俺は疑問を抱いている女子達に説明をした。
此処へ訪れる前、最初は司波と一緒に一年男子達がいる教室へ向かっていた。だがその途中で、筆頭である森崎がこう言った。『二科生は二科生だけでやってくれ』と、明らかに俺達をメンバーと認めていない発言をして追い出したのだ。
そこを同行していた中条が真由美に事情を説明して、司波と俺は急遽女子側のチームに加わる事となったのだ。司波はともかく選手の俺も一緒に入るのはどうかと思ったが、居場所が無い俺はそこに入らざるを得ない状況なので諦める事となった。
簡単に説明を終えると、聞いていた女子達は物凄く呆れていた。それは主に一科生側の発言に対して。
「ほんっと、男子ってバカだよね~。テストの結果で分かんないのかな~?」
「二科生で選手や技術スタッフに選ばれること自体が異例中の異例。それだけ兵藤さんと達也さんが優れていると言う何よりの証拠だよ」
「うん、そうだよね!」
森崎達の言い分を聞いた明智がバッサリと言い切ったのを切欠となったのか、北山が俺と司波の参加を快く受け入れてくれた。光井も乗っかるように強く頷いている。
どうやら女子の一科生達は男子と違って差別意識はないようだ。それが分かっただけでも、このチームに加わって良かったと思う。
一先ず俺がいる理由も分かった事で、漸く打ち合わせが始まる事となった。
~おまけ~
打ち合わせが終わり、九校戦に向けての準備をしている最中。
「ところで司波妹、発足式の時に言ったあのお礼は一体何だったんだ?」
「え? あ……ああ、アレですか。兵藤くんがお兄様を九校戦メンバーに加えてくれた事に対してです」
「ふ~ん。やっぱり君としてはお兄さんと一緒が良かったのか」
「ええ。お兄様ほど信頼出来る相手はいませんでしたので」
「そうか。ま、その肝心なお兄さんは女の子達に囲まれてハーレム状態だけど」
「……お兄様はそんなふしだらな事なんか考えていませんわ」
「それは失礼。あ、そうそう。突然話は変わるが、今度の九校戦の会場となるホテルに泊まる際、俺が司波と同室になったのは知ってるよな?」
「え、ええ。それが何か?」
「妹の君が許可を出してくれるなら、隙あらばお兄さんの無防備な寝顔写真を撮ってみようと思うんだが、欲しくないかい?」
「! 兵藤くん、そのお話を詳しく訊かせて頂けませんか?」
「おお、凄い食いつきだね。それってつまり撮っていい事かい?」
「いいえ、その前にわたしからいくつか条件を出させて頂きます。その条件を呑んでくれるのでしたら許可します」
「条件、ねぇ。是非とも伺いたいけど練習は良いのか、司波妹?」
「大丈夫です。少しくらい抜けても問題ありませんから。それと兵藤くん、今後は“司波妹”ではなく、普通に呼んで頂けませんか?」
「分かった。それじゃあ司波さん、聞かせてくれ。君が提示する条件と言うやつを」
(………兵藤の奴、さっきから深雪と一体何を話しているんだ? 随分と仲が良さそうに見えるのは気のせいか?)
「達也さん?」
(深雪に下らない事を吹き込んでなければいいんだが……それにしても、妙に顔を近づけているな。なんだかまるで内緒話でもしてるような――)
「達也さん!」
「! あ、ああ、どうした雫?」
「訓練メニュー終わったから呼んだんだけど……深雪と兵藤さんがそんなに気になるの?」
「………まぁ、深雪は兵藤に対して余り話そうとしないから、それが急にあそこまで話し込んでるのを見て、ちょっとばかりな……」
「……言われてみれば確かに」
「雫は何か心当たりがないか? あの二人がああなった要因とか」
「分からない。私も初めて見る光景だから」
「そうか……(家に戻ったら深雪に訊いてみるか)」
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