「……もうっ、達也くんったら私を何だと思ってるのかしら。席だって隣に誘おうと思ったのに……!」
「だからって俺を隣にする事はないでしょうに……」
走り出したバスの中で頬を膨らませて怒る真由美に対し、俺は嘆息しながら呆れ混じりに呟いた。
因みに肝心の司波は技術スタッフの一人として作業車両に乗り込んでいる。だから決して避けた訳ではない。それは真由美も分かっている筈だが、
もうついでに言っておくと、知っての通り俺と真由美は相席となっている。けれど、他の席で男女の相席となっているのはいない。同性同士の相席が当たり前のような空間だった。
それを無視するかのように真由美が俺の腕を引っ張って隣に座らせてしまった為、物凄く目立っていた。今はバスが走り出しているので落ち着いているが、通路の向こう側の席にいる服部だけは相変わらずだ。俺は気付いていながらも敢えて無視しており、真由美が視線に気付いた途端に目を逸らしている。
今になって気付いたのだが、服部は真由美に対して好意を抱いているかもしれない。当然、恋愛的な意味で。対する真由美の方は好意を抱いても、あくまで後輩程度だ。好意と言う単語が共通しても、中身が全く違うとは少しばかり切ないものだ。
「まぁ、司波の判断は正しかったかもしれませんね」
「リューセーくん、今なんて言ったのかな?」
さっきからブツブツと愚痴を零し続ける真由美に少々嫌気が差してきた俺は、仕返しの意味も込めてツッコミを入れた。
にこやかな笑みを形作りながら、目はちっとも笑っていない怖い笑顔で、表面上だけ朗らかな声で問い返してくる。
「まだ知り合って数ヵ月程度でも分かった事があります。真由美さんは気に入った相手を弄って楽しむ節が見受けられましたから、恐らく司波はそれを危惧して回避したんじゃないかと」
「チョッ? リューセーくんってばヒドイ!」
俺が大真面目に断言した事で、真由美の余裕ぶった仮面に罅が入るのを感じた。
「加えて、真由美さんは凄く美人な上に、そのドレスを着てる事で更に美しさの魔力が増しています。殆どの男子生徒は緊張してまともに会話が出来ないでしょう」
「……えっと……」
今も凄く真面目な顔で言われた為か、真由美は少し戸惑っていた。台詞の中に「魔力」と言った時点で冗談なんだが、今の彼女はまだ判断が出来ていない。
「と言っても、司波は真由美さんの色仕掛けに全く動じていなかったから、通用すらしていませんでしたがね」
俺が「色仕掛け」と言った事に、真由美が反応した。
「……リューセーくん!」
漸く、完全に揶揄われていたのだという事に気付いた。途端に少し顔を赤らめながら憤慨し始めている。
「先輩をからかうなんて、良い度胸してるわねぇ……!」
「いえいえ、滅相もありません」
依然として真面目な表情を崩さない俺に憤然とした顔で詰め寄る真由美。
自分で言うのもなんだが、今の俺と真由美のやり取りは修哉と壬生みたいな感じがする。
あの二人は中学の頃からの先輩後輩の関係であり、更には姉弟みたく親しい。余りにも仲が良い雰囲気な為、紫苑や桐原が時折焼き餅を焼く事がある。勿論、紫苑は壬生に対し、桐原は修哉に対して、だ。
「ならば怒らせたお詫びとして、ホテルに着いたらスイーツを用意しましょう」
「私がそれで簡単に許すと思ったら大間違いよ!」
「ではいらないんですか?」
「……別にそんな事は言ってないわ」
俺がどうにか宥めると、真由美はもう諦めたかのように背を向け不貞寝気味に丸くなった。
背中を丸めて横向きになった姿は、端から見れば誤解するだろう。
現に――
「あの、会長。兵藤が余りにも失礼な事をした所為で、ご気分が悪いんですか……?」
こちらをチラチラと見ていた服部が誤解して、態々立ち上がって様子を見に来たのだ。
「えっ? はんぞーくん、別にそういう訳じゃないのよ」
「我々に心配をさせたくないという会長のお心遣いを尊重すべきとは存じましたが、ここで無理をされてますます体調を崩されては元も子もありません」
真由美が何とか誤解を解こうとするも、服部は大真面目な表情かつ心から彼女の体調を案じていると分かる真剣な眼差しで見つめていた。
「服部副会長は真由美さんをとても慕っておられるんですね」
「んなっ!?」
俺の台詞に服部は急に顔を赤らめた。すっごく分かりやすい反応だ。
「お、お前はいきなり何を言い出しているんだ!?」
「あら? 私ははんぞーくんが尊敬に値するような人ではなかったということかしら…」
「会長!?」
真由美が残念そうに呟いた事で今度は慌てふためく服部。
「い、今のは別にそう言う意味では……!」
「いいのよ、はんぞーくん、私なんて……」
よよよ、と悲しんでいる真由美に服部は完全に大慌て状態に陥ってしまっている。
このやり取りを見て俺は気付いた。真由美の仕草が演技であるという事に。
恐らく、司波や俺相手では思うように弄る事が出来なかったから、代わりに後輩の服部に狙いを定めたかもしれない。
そう考えると、真由美は随分と良い性格してる。余り感心しないが。
だとすれば、俺は一旦離れた方がいいかもしれない。このまま留まって眺めていたら、服部を弄るのに飽きて再び俺にターゲットが変更される恐れがある。
「すいませんが真由美さん、俺は一旦元の席に戻ってますから、それまで仲直り(と言う名の弄り倒しを)しておいて下さい」
「え~? でも私、はんぞーくんに嫌われちゃってるし……」
「会長、私は別に嫌っていませんから!」
「では服部副会長、真由美さんのお隣へどうぞ」
「んなぁ!?」
俺が席を立って譲る仕草をすると、またしても顔を赤らめる服部。はっきり言うと、服部と言う男は見てて面白い。
もじもじする真由美、それを見てどうすればいいのかと困惑する服部を余所に、俺は本来座る予定だった一番後ろの座席へと移動する。
そこは誰も座っていなくガランとしていた。このバスはまだまだ人数が乗れるので余裕がある為、俺は他の一科生達と相席にならずに一人で利用する予定だったのだ。
もしかすれば、真由美はそれを考慮して俺と相席したかもしれない。一人では寂しいだろうからみたいな感じで。
別に気にしてはいない。他の(一部を除く)一科生の誰かが二科生と相席なんて嫌なのは分かっていたし、俺としてもそんな感情を抱いている奴と相席なんて御免だ。
「リューセーくん、チョッと良いか?」
そう思いながら移動してる中、誰かが俺に声を掛けて来た。
振り向くと、席に座っている摩利がいる。彼女の隣には千代田もいるが、何故か元気が無さそうだった。
「何でしょう」
「アレは一体何なんだ?」
摩利が指している先には、硬直している服部を、期待に満ちた眼差しで真由美が見上げている光景がある。
「一言で表すと、『真由美さんが服部副会長を弄り倒そうとしている』、です」
「……何だ、いつもどおりか……」
俺が言った後、摩利は呆れるような表情をしながら視線を外して嘆息した。まるで心配して損した、みたいな感じだ。
「いつもどおりって、あのお二方はいつもあんな感じなんですか?」
「ああ。去年からな」
あらら、服部は去年から今も続いているのか。そりゃお気の毒だ。
真由美も真由美で随分と人が悪い。ああやって真面目で純情な青少年を弄ぶとは何て非道な。いつか訴えられてもおかしくないと思う。
………と、そんな冗談は置いといてだ。
今の俺はちょっと気になる事がある。摩利の隣に座っている女子生徒――千代田花音の様子がおかしい。
自分の記憶が正しければ、彼女はバスに乗る前は凄く元気だった。だと言うのに今は真逆のようにションボリしている。
「ところで摩利さん、俺からもちょっと質問が」
「何だ?」
「お隣に座っている千代田先輩はご気分でも優れないんですか?」
「いいや、そうではない」
俺の質問に摩利は若干呆れ気味に答えた。
別に呆れてると言っても俺に対してじゃない。千代田に対してだ。
「花音がこうなってるのは、フィアンセの五十里と一緒じゃないからだ」
「………はい?」
余りにもバカバカしい返答が来た事に、俺は思わず首を傾げてしまった。
因みに千代田花音が五十里啓と婚姻関係である事を準備会議の後に聞いたと同時に思い出した。紫苑が凄くウンザリしながら話していた時のことを。
何でも部活中の際、紫苑は不意に聞いてしまった。その質問は失敗だったと後悔する程に。
熱心に指導してる千代田がフィアンセについて訊かれた途端、恋する乙女みたいな表情となり、部活中にも拘わらず惚気話を始めたそうだ。相手が気に入っている後輩の紫苑だからか、五十里がどれほど素晴らしい男性であるのかと長々と語ったらしい。
それは色々な意味で
で、その肝心の五十里だが、生憎とこのバスには乗っていない。彼は司波と同じく作業車に乗っている。
「えっと、ホテルに着くのは大体二時間ぐらいなんですから、別にそのくらいどうってことは……」
「あっ! ちょっと兵藤君、それは聞き捨てならないわ!」
呆れながら言ってる俺に、元気の無かった千代田が突然別人のように元気になった。
「今日はバスの中でもずっと一緒だって思ってたのよ。少しくらいガッカリしてもいいじゃない!」
「いや、お二人はいつも所構わず一緒にいると思うんですが……」
九校戦に向けての練習期間中、千代田を見かける時はいつも五十里がいた。傍にいたいと思わせるイチャ付き振りを周囲に見せ付けて呆れるほどに。
そんな俺の皮肉を千代田は物ともせずに再度言い返そうとする。
「バス旅行なんて今時滅多にないから、楽しみにしてたのよっ。君には分からないでしょうけど、許婚と一緒にいたいと思うのは当然の事なのよ!」
「……そうなんですかねぇ?」
「いや、あたしに訊かれても困るんだが」
断言する千代田に俺が思わず尋ねてみるも、それに振られた摩利は知らんと言い返された。
「だいたいなんで――」
すると、千代田は突然のマシンガントークを始めた。それは当然、五十里と一緒にいられない事に対する不満ばかりだ。
こうなった彼女はもう止められないと諦めたのか、摩利が此処から離れるようジェスチャーしてくれた。
俺としても付き合ってられないので、コクリと頷いて移動を再開する。
(ああまで来ると重傷だな……)
歩きながら千代田に対して凄く失礼な事を考えていた。
他にもこう考えている。この世界の魔法師と言うのは優秀であればあるほど、色々面倒臭い人種なのではないかと。
それを一番に思うのは司波達也だ。アイツは頭が良すぎる余り、色々と深く考え込んでしまう。どんな結論に至ったのかは知らないが、俺を物凄く警戒する対象としている。
俺に敵対行動を取る事さえしなければ大丈夫であると結論を出せば良いのに、何故か敵対する事を前提として考えている。優秀な魔法師は常にそう言う事を視野に入れなければいけないんだろうか。もしそうであるなら、それは却って己が身を滅ぼす行為だ。例え
言っておくが、別に司波を貶めている訳ではない。俺としては単に、何故あそこまで深く考えすぎるのかを疑問に思っている。元からああなのか、アイツの境遇がそうさせたのか分からない。少なくとも、司波が間違って俺に明確な敵対行為をして欲しくないと願うばかりである。
「ん?」
すると、突然俺の制服の袖を誰かに引っ張られたので思わず足を止めた。思わず視線を移すと、何故か少し怯えている光井だった。
「どうしたんだ、光井?」
俺が問うと、光井は無言である方向を指した。そこは窓側に座っている司波妹だ。
見ただけで分かった。無言の彼女が物凄く不機嫌になっているのがヒシヒシと伝わってくる。
「わざわざ外で待つ必要なんて無い筈なのに……。何故お兄様がそんなお辛い思いを……」
今度はブツブツ声に出して愚痴り始めた司波妹。俺も少しばかり怖いと思ったのは内緒だ。
成程な。光井はこの状況を如何にかして欲しいと態々男の俺に声を掛けたのか。自分ではどうにもならないからと言う理由で。
「……しかも機材で狭くなった作業車で移動だなんて……せめて移動の間くらい、ゆっくりとお休みになっていただきたかったのに……」
これを聞いた俺は内心呆れていた。
あの場には一応俺もいたんだが、どうやら司波妹にとって兄以外は如何でもいいようだ。
兄の身を案じる気持ちは分からなくもないが、不穏な空気を醸し出すのは止めて欲しい。現に隣に座っている光井が怯えている。
取り敢えず助けを求められた以上、どうにかするとしよう。ただでさえ光井はメンタルが弱いと練習期間中に知ったので、九校戦に何らかの影響が出るかもしれない。
「司波さん、余計なお節介だと思うけど」
「え?」
突然、俺から声を掛けられた事で彼女は此方へ振り向いた。
「俺から見て司波は仕事にとても誠実な奴だと思っている。どんな雑用でも当たり前のようにやり遂げる人間なんて、中々出来る事じゃない。そう考えると妹の君としては、とても誇らしいんじゃないかな?」
さっきまでアイツの事を頭が良すぎて深く考え過ぎるとか、己が身を滅ぼす行為をしてると考えていたが、今はそれを抜きにして素晴らしいお兄さんのように言う俺。我ながら呆れてしまう。よくこんな心に思ってない事をスラスラ言えるもんだと思わず自己嫌悪してしまいそうだ。
それとは別に、一緒に聞いていた光井や北山もウンウンと頷いている。
「……確かに、兵藤君の言う通りですね。でも妹のわたしからすれば、お兄様は変なところでお人好しだから少々心配で」
司波妹は賛同と同時に少々呆れつつも、満更でもないと言わんばかりの照れ隠しをしていた為、さっきまでの底冷えする威圧感は完全に消え去っていた。
これを見て思った。本当に兄を褒める事をすればチョロいと。
そして光井と北山から感謝の言葉を受け取った後、俺はやっと元の席に戻ることが出来た。
ダラダラ感が出てる内容ですが、次回で事故が起きる予定です。
感想お待ちしています。