ここで時間は少し遡る。
懇親会が始まり、各校が続々と集まりつつある中、とある高校が会場入りしていた。
「来たぞ。過去最強と呼ばれている優勝候補の第三高校……!」
「あの方、『
「一緒に居るのは『
第三高校の選手達が会場に入った途端、他の高校が彼等の登場に畏怖の声を上げていた。
特にその中で一番に注目されていたのは二人である。
一年であり十師族の一条家長男で次期当主――
もう一人も同じ一年の
両名とも御大層な二つ名で呼ばれているが、それには勿論理由がある。けれど、それは後ほど語らせて貰うので今回は割愛させてもらう。
有望な第三高校のエース格二人が畏怖されているが、何も彼等だけではない。この高校には他にも有望視されている者達もいる。
「全く。戦いの前だというのに、お気楽なものね。懇親会を何か別のものと勘違いしているんじゃないかしら?」
「それだけ気を抜いている者が多いという事じゃ。これは、わしら三校の楽勝じゃな」
「沓子はそうやって、すぐ楽観視するのは良くないわ」
とても不愉快そうに言い放つ金髪ブロンド女子――
各校の気の抜き様を見て思った事を口にする小柄な長髪女子――四十九院沓子。
沓子の楽観視を指摘する黒ショートヘアーの女子――
この三人も一条と吉祥寺と同じく一年であり、そして第三高校の有望選手である。
特に愛梨は一年でありながらも、二年と三年を押しのけてミラージ・バット本戦に出場予定であった。それだけの実力があるという証拠でもある。
他の二人は新人戦のみの出場でありながらも、他の一年女子から傑出した優秀な選手である。
今年の第三高校に入学した一年達は、どれも将来有望な選手揃いとなっていた。そして愛梨達も自身が優れていると自負しており、今年の九校戦優勝は三校という目標を掲げている。
「あの、三校の一色さんですよね。良かったらお話でも……」
すると、愛梨に話しかけようとする他校の男子が声を掛けた。
「あなた、十師族? 百家? 何かの優勝経験は?」
「へ? えーと……。特にそういったものは……」
「話すだけ無駄ね。行きましょ」
愛梨からの一方的な質問に他校男子が控えめに無いと答えた瞬間、呆気なく轟沈してしまった。
実力主義的な考えを持っている彼女にとって、何の取柄もない
「やれやれ。愛梨は相変わらずあしらいが厳しいのう。一条とはえらい違いじゃ」
少々呆れ気味に見ていた沓子がそう言ってると、他校だけでなく三校の生徒達からもどよめきの声が上がった。
それを聞いた愛梨達三人が振り返った先に、今年の優勝候補である第一高校が入場してきた。
先頭には他校の誰もが知っている第一高校の三巨頭――七草真由美、渡辺摩利、十文字克人。その内の二人は一条と同じ十師族に連なる者であり、それによって存在感が増している。
男女問わず畏怖する声が上がる中、他の一高の生徒達も堂々と三人の後に付いて歩いている。
そこで思わぬ事態が起きた。第三高校のエースである一条将輝が顔を赤らめながらもジッと凝視している。その先には一高の女子生徒――司波深雪がいて、彼女の余りの美貌に魅了されていたのだ。
一条は三校の女子達から絶大な人気がある為、彼を不埒な女から守ろうとする自称『一条親衛隊』が動こうとするも、深雪を見た途端に太刀打ち出来ないと涙を流しながら退散している。
これに興味を抱いた愛梨達が見に行こうとするも――
(ん?)
その中で沓子は、視界に一高の集団にいる一人の男子を見た途端に足を止めた。
端整な顔立ちをした男子生徒であるも、美形を見慣れている彼女からすれば普通としか見えない。
だと言うのに、何故か視線を外す事が出来なくなっている。沓子は何故だと疑問を抱いてるも、急にその人物と軽く目が合った瞬間――
(っ!?)
突如、沓子が石のように固まった。まるで金縛りにあったかのように。
もしやこれは恋の予感だろうか、と思うだろう。
(何じゃ、これは? あの男……いや、あの御仁は一体何者なのじゃ……!? 他の魔法師とは次元が違い過ぎると、わしの本能が叫んでおる……!)
残念ながら初恋と言う類ではなかったようだ。
突然だが、四十九院家は神道系古式魔法を受け継ぐ由緒正しい家系である。そのルーツを辿るとかつての神道の大家『白川家』に行きつく。
その神道に属する事もある故か、沓子は男子生徒――兵藤隆誠を見て何かを感じ取った。目が合った途端、古式魔法師としての本能が叫んだ。長年追い求めていた存在が目の前にいると。
その隆誠は現在、ウェイターとコンパニオンの二人と何やら楽しそうに話している中、沓子は気にせず凝視し付けている。
「……ふ、ふふふ……面白い……!」
「沓子?」
「突然どうしたの?」
見知らぬ男子生徒を見て固まったかと思いきや、すぐに笑い始めると言う奇怪な行動をする沓子に、栞と愛梨が怪訝な表情となった。
二人からの問いに、沓子は無視するように動き出す。
「済まぬが二人共、わしはちょっとばかりあの御仁と話してくる」
「え? ちょ、沓子……!?」
これから一条を魅了した女子生徒に声を掛けようとしてるところを、沓子が思わぬ行動をした事に愛梨が止めようとするも一足遅かった。
☆
「――とまあ、四十九院沓子についての情報はこの程度だ。悪いがそれ以上は分からん」
「そこまで聞けば充分だよ。教えてくれてありがとな」
沓子と一通り話して別れた後、俺は一人で佇んでいる司波に声を掛けて、彼女についての情報を求めた。
思った通り、やはり司波は有望な他校の選手についての情報を入手していた。勿論、四十九院沓子もその一人である。
バトル・ボードに参加する光井の一番強敵になる相手と見ていたようで、実力以外にも、彼女の家柄のルーツについても知っていた。それを聞いてて、何でそこまで詳しいんだよとツッコみたい衝動に駆られたが何とか我慢した。
だけどそのお陰で、四十九院が神道に属する家柄だと分かった事で俺は納得した。恐らく沓子は本能的に
「しかし、一体どう言う成り行きで四十九院沓子と知り合ったんだ?」
「向こうがいきなり俺に話し掛けて来たんだよ。それで――」
司波は俺が沓子と知り合ったのが物凄く意外みたいだった。
そりゃそうだ。いくら懇親会とは言っても、競技前の空気はギスギスしたものだから、そんな簡単に友好的な関係を築く事は出来ない。この状況なら普通、不用意に話しかけないか、もしくはちょっとした宣戦布告をするのがお決まりだ。
しかし、沓子はそれを抜きにするかのように友好的に話しかけた。こちらを見ていた司波が驚くのは無理もない事だ。
司波と差し障りの無い雑談をしていると、ここでアナウンスが入った。
『えー、本日の九校戦懇親会にあたり、多数の御来賓の方々にお越し頂いております。ここで魔法協会理事、
アナウンスで『九島烈』と聞いた瞬間、会場にいる誰もが無言となった。それは当然の流れとも言える。
九島烈。魔法師で知らない者はいないと言われるほどに有名だ。当然俺も知っている。
九島家の重鎮で、日本魔法師界の長老的存在。既に当主から退いているが、それでも強い影響力がある人物だ。現役時代は最高にして最巧と謳われ『トリックスター』と言う異名で呼ばれ、世界最強の魔法師の一人と目される程の実力者でもあった。
現在は九十歳近い老人で、殆ど人前に出る事はないが、毎年開催する九校戦にだけは何故か必ず顔を出す事でも有名だそうだ。
俺を含めた、会場にいる高校生全員が、息を吞んで九島烈の登壇を待つ。
会場の電気が消えた数秒後、俺は思わず目を疑った。
眩しさを和らげたライトの下に現れたのは、パーティドレスを身に纏った若い女性だった。
これによって隣の司波も困惑しており、周囲からも会場全体にざわめきが広がった。
九島烈と言う老人が登壇する筈が若い女性となってるから、そうなるのは当然と言えよう。
(――成程、そう言う事か)
何らかのトラブルかと思っていたが、そうでない事に俺は気付いた。
そして隣の司波も気付いているだろう。あの女性
ついさっき分かったが、今この会場全体を覆う大規模な魔法が発動していた。その魔法によるものなのか、会場にいる者達は未だに女性の後ろにいる老人の存在に全く気付いていない。
もし俺が
因みにああ言う魔法に気付くのはかなり困難なものだ。若い女性と言う印象強い存在に囚われているほど、中々抜け出す事が出来ない。
そう考えると、背後にいる老人――九島烈が発動させたものと容易に推測出来る。随分と面白い事をしてくれるものだ。
そっちがそんな悪ふざけをすると言うなら、此方も相応の返しをするとしよう。勿論、周囲に誰にも気付かれない返しを、な。
俺が笑みを浮かべながら片手を上げ、中指を内側に丸め親指で押さえようとする。
(兵藤、お前一体何を――)
隣にいる司波が気付いたのか、小声で俺に声を掛けるも無視させてもらった。それと同時に、女性の背後にいる九島烈も此方を見て怪訝な表情となっている。
そして中指に伸ばす力を精一杯込めた状態で対象目掛けて、親指を離し中指を解き放つ仕草――デコピンを行った。
「ぬっ!?」
『!?』
すると、突然老人の呻き声が発した事で周囲がまたしても驚いた。
それもその筈。さっきまで若い女性の後ろにいた老人が急に現れたのだ。さっき俺がやった遠当てのデコピンバージョンによる衝撃を受けた事で、よろけた九島烈は魔法を解除したから。言っておくけど、かなり加減した威力なので、当たっても軽くよろける程度だ。
老人の呻き声を聞いた若い女性がすぐに振り向いて身を案じようとするも、向こうは何でもないように大丈夫だと言って退場させた。
その後に九島烈は俺を見て、ニヤリと笑った。
あれはもう完全に気付いているな。左胸に当たった衝撃は俺の仕業であるという事に。
にも拘らず、九島烈は怒った様子を見せていない。それどころか物凄く上機嫌だ。
普通は発動してる魔法を邪魔されたら必ず怒る筈なんだが、全く逆の反応であった。何だかまるで見抜いてくれた事が嬉しいように思われる。
「いやはや、見っともない姿を晒してしまったな。それと、悪ふざけに付き合わせたことも含めて謝罪する」
マイクを通したものでも、とても老人とは思えない若々しい声だった。
「本当はチョッとした余興で魔法を利用した手品の類をやろうとしたのだが、
はっはっは、と誤魔化すように笑う九島烈に誰もが心配そうに見ていた。特に大会関係者達が。
どうやら俺が仕掛けた事を公表する気はないようだ。敢えて自分のミスだと誤魔化すとは。
「因みに手品のタネに途中で気付いた者は、私の見たところ六人だけだった。つまり」
ここからが本番だと言わんばかりに真剣な声となった事で、誰もが真剣に耳を傾けていた。
「もし私が君たちの鏖殺を目論むテロリストで、来賓に紛れて毒ガスなり爆弾なりを仕掛けたとしても、それを阻むべく行動を起こすことが出来たのは六人だけだ、ということだ」
口調は強くなければ荒げられた訳でもない。
九島烈がやろうとした余興の真の目的が、自分達を試す為だった事に、会場は別種の静寂に覆われていた。
「魔法を学ぶ若人諸君。魔法とは手段であって、それ自体が目的ではない。私がいま用いた魔法は規模こそ大きいものの、強度は極めて低い。だが、君たちはその弱い魔法に惑わされ、私が途中でミスをするまで一切認識できなかった。魔法力を向上させるための努力は決して怠ってはいけない。しかし、それだけでは不十分だということを肝に銘じてほしい。使い方を誤った大魔法は、使い方を工夫した小魔法に劣るのだ。魔法を学ぶ若人諸君。私は諸君らの工夫を楽しみにしている」
挨拶を終えるも、全員一斉に拍手、とはいかなかった。
それとは別に、俺は九島烈という人物の言葉を聞いて驚いていた。
この世界の魔法師社会は魔法ランク至上主義となっている。だと言うのにあの老人は意義を唱えるどころか、魔法を手段と断言した。今の魔法師達からすれば喧嘩を売ってるも同然の発言だ。
だが元世界最強の魔法師であり、魔法師社会の頂点に立っている人物が言えば話は別だ。
九島烈が『老師』と呼ばれるのが分かった気がする。案外、
感想お待ちしています。