前話にあった精霊についてですが、次回以降になります。
西暦2095年8月3日
九校戦当日。開会式が行われた事により、漸く開幕となった。
今日から十日間、本戦男女各五種目、新人戦男女各五種目、計二十種目の魔法競技会の幕開けとなる。
一日目に行われるのはスピード・シューティングの決勝と、バトル・ボードの予選まで。
その二つの競技には真由美と摩利が出る事になっている。当然男子もいるが、応援する相手がいない為に女子の方を優先させてもらう。
俺は修哉と紫苑と一緒に、先ずは真由美の試合を見ようと、スピード・シューティングの競技場へ向かった。
けれど残念な事に、二人がバトル・ボードを最初に見たいと既に決めていた為に別行動となった。別に強制ではないから、後で合流する予定である。
今回観戦するスピード・シューティングについておさらいしておこう。
スピード・シューティングとは、三十メートル先の空中に投射されるクレーの標的を魔法で破壊する競技であり、制限時間内に破壊したクレーの個数を競うものとなっている。
試合には二つの形式があり、予選は五分の制限時間内に破壊した標的の数を競うスコア型。上位八名が準々決勝に進む形式となっている。
そして上位八名が行う準々決勝以降は対戦型であり、紅白の標的が百個ずつ用意され、自分の色の標的を破壊した数を競う。
予選と決勝トーナメントでは戦い方が異なるも、聞いた話だと真由美はどれも同じ戦い方をする事で有名らしい。
一体どんな戦いを見せるのかと期待しながら会場に到着するも、予想以上に観客達で埋め尽くされていた。
まだ予選なのに、ここまで多いとは思いもしなかった。まぁ、何となくだが察しは付いてる。恐らく真由美の試合を見たいが為に集まっているんだろう。
肝心の真由美だがステージに立っており、近未来映画のヒロインみたいな雰囲気を持ったユニフォームを身に纏い、スピード・シューティング用の小銃形態デバイスを手にしている。
一高でも絶大な人気がある我等が生徒会長は、他校でも大人気とは恐れ入る。しかも男女問わずの人気っぷりだ。その証拠に最前列近くの席には、真由美の姿を見たいが為に多くの観客達が座っていた。
俺としては最前列に座りたかったが、これでは無理そうだと諦めざるを得なかった。どこか空いてる最後列辺りの席を探していると――
「あっ、隆誠くんじゃない」
「ん? おお、エリカ達じゃないか」
突如誰かが俺に声を掛けて来たので振り向くと、そこには司波一行が勢揃いしていた。
「天城くん達はどうしたの?」
「バトル・ボードの方を観に行ってる」
エリカに別行動中である事を教えながら座っている彼女達を見る。
並び順としては最後列の一団目に左から、北山、光井、司波、司波妹。二段目には右からレオ、俺に声を掛けたエリカ、柴田、最後は……確か吉田だったな。
運が良いとは言えないが、偶然にも北山の隣には一つ席が空いている。
「お前は天城達と違って会長の試合を観に来たのか?」
「まあな。本当は最前列に座ろうかと思ったんだが……」
司波の問いに答えながら、視線を北山へと移しながら問おうとする。
「ところで北山、もし良かったら隣いいかな?」
「いいよ」
了承を貰った俺は礼を言いながら、北山の隣にある席に腰掛けた。
直後、観客席が静まり返る。
静寂の中、競技用CADを構える真由美の集中と気迫が観客席にも伝わって緊張感が広がっていく。
開始のシグナルが点った瞬間、クレーが空中を翔け抜ける。
「ほう……」
競技中に俺は思わず感心の声を出してしまった。
けど、周囲は俺に何も言う事無く観戦に集中している。
射出されるクレーを漏れなく全て撃ち抜いている真由美を見て、魔法は違えど練習中にやった俺と同様のやり方であると気付く。
そう思いながら見ていると、五分の試合時間があっと言う間に終了した。しかもパーフェクトで。
ゴーグルとヘッドセットを外し、客席の拍手に笑顔で答えている真由美の姿に、俺は観客と同じく拍手をしている。
「流石は真由美さん。パーフェクトとは恐れ入る」
「……兵藤さんも同じ事してたじゃない」
「え? それどう言う事?」
俺の台詞に隣の北山がボソッと呟いたのが聞こえたのか、後ろの席にいるエリカが訪ねてきた。
「練習期間中、兵藤さんが私達の練習相手をしてくれて、その時に今の会長みたいにパーフェクトだった」
「マジかよ!?」
淡々と教える北山の説明に、エリカの隣に座ってるレオが驚きの声を出した。エリカと柴田と吉田も同様の反応をしている。
「そんな凄い結果出してるなら最初からスピード・シューティングに出ればよかったじゃない!」
「エリカ、パーフェクトを出したからって優勝出来る訳じゃないぞ」
と言ってる俺だが、確かにやろうと思えば優勝出来るだろう。
常人の目からすれば射出されるクレーのスピードを捉えきれないが、前世の経験と鍛錬で鍛えられた俺の動体視力だと簡単に捉えて撃ち落とす事が出来る。
練習期間中に北山達と対戦した際、魔法を使ったのは
本番の会場で見せる射出されたクレーを見ても、練習と大して変わらなかった。不規則な間隔で撃ちだされたところで、俺から見れば遅過ぎる。
エリカ達に練習と本番では全く違うと誤魔化した後、真由美が競技中に使った魔法についての解説となった。主に司波の解説メインで、ドライ・ブリザードやマルチスコープについて。
☆
スピード・シューティングを一通り見るも、真由美が問題無く決勝に行ける事が分かったので、司波達より一足先にバトル・ボードの会場へと向かった。
手っ取り早く捜す為に修哉と紫苑のオーラを探知してすぐ、二人が座っている席へと向かう。そこへ辿り着くと次のレースが始まるのを待っている二人を見付けた。
「此処にいたか」
「お、リューセー」
「早撃ちの方はどうだったの?」
俺に気付いた修哉と紫苑が揃って振り向いた。
「真由美さんが余裕で勝ち進んでるから、こっちへ来たんだ」
「去年と全く変わらないって訳ね。流石はエルフィン・スナイパー」
問いに答えながら、空いている修哉の隣の席に座った。
聞いていた紫苑は思った通りと言うような反応をしている。
因みにエルフィン・スナイパーとは真由美のニックネームだ。見目麗しい容姿に加え、圧倒的な射撃センスを見せたが故にそう呼ばれているらしい。尤も、当の本人は嫌っているようだが。
「で、バトル・ボードの方は?」
「第三レースの準備中で、風紀委員長の渡辺先輩が出るぞ」
「ほう、それはそれは」
どうやら丁度良いタイミングで来れたようだ。
ここで少しばかりバトル・ボードのおさらいをしておこう。
バトル・ボードは全長三キロの人工水路を3周するレース競技。加速魔法などを駆使し競い合うが、ルールとして他の選手に魔法で干渉することは禁じられている。その代わり、水面に魔法を行使する事は大丈夫だ。
予選は四人ずつ六レース行い、予選一位になった六人で三人ずつ二レースの準決勝。三位決定戦を準決勝敗退者の四人で行い、準決勝一位の二人で決勝を行う事になっている。
試合時間としては平均で十五分。他の競技と比べてかなり体力が要求されるから、女子には少々辛い競技とも言える。
「それまではどうだったんだ?」
「ああ、さっきのレースで七高が出てな」
「他の高校とはレベルが全然違ったわ」
第三レースが始まるまで、二人からバトル・ボードの経過報告をしてもらった。
二人の話によると、どうやら七校の選手だけが摩利と互角に戦える相手のようだ。去年は摩利が勝ったようだが。
一通りの話を聞き終えた直後、コースの整備が終わり、選手がコールされた。
四人が横一列に並ぶと、登場したウェットスーツ姿の摩利が他の選手と違う。
膝立ち、または片膝立ちで構えるのが基本である筈が、彼女だけは真っ直ぐに立っている。
「なぁリューセー。何で渡辺先輩だけ、あんな風に立っていられるんだ?」
「硬化魔法を使ってるからだ。それで自分とボードの相対位置を固定してるんだよ」
「ああ、成程。自分とボードを一つの物体を構成する部品として、その相対位置を固定しようと硬化魔法を使えばボードから落ちないって訳ね」
「正解だ」
一早く気付いた紫苑が解説するように答えたから、修哉の疑問はあっと言う間に解消された。
多分だけど、既にこの会場にいるであろうレオも似たような事を司波に訊くかもしれない。確かアイツは硬化魔法をメインに使うと前に知ったので。
そう思ってると試合が開始される。
ハラハラする試合になるかと思っていたが、開始して数分もしない内に摩利が独走態勢に入って、苦戦する事無く一位となった。
残りのバトル・ボードの第四~第六レースは午後から行われるが、今日は予選のみとなっている。なので午後以降はスピード・シューティングの準決勝と決勝を観戦する事にした。修哉と紫苑も一緒に。
ここから先は結果だけを言わせてもらう。
バトル・ボードでは摩利が余裕で予選を通過して準決勝進出。スピード・シューティングは真由美の優勝。
それと男子の方だが、摩利と同じくバトル・ボードに参加してる服部も危うくも準決勝進出で、余り知らない男子の先輩は真由美と同じくスピード・シューティング優勝。
九校戦一日目は随分と幸先のいい流れだが、これは一高からすれば予定通りらしい。
しかし、二日目以降から思わぬの事態が起きてしまう事を、俺を含めた一高の誰もがその時になるまで考えもしなかった。