2095年8月5日/大会三日目
九校戦三日目となり、男子アイス・ピラーズ・ブレイクと男女バトル・ボードの各決勝が行われる予定だ。ここが前半の山場と言われている。
「今日、どれを観に行くんだ?」
「俺は女子バトル・ボードだ。渡辺先輩が出る第二レースで『海の七高』との勝負が見ものなんでな」
「本当なら私もそっちを観たいんだけど、女子ピラーズ・ブレイクの方へ行くわ。花音先輩の優勝を見届ける約束しちゃったから」
修哉と紫苑に尋ねてみると、今日も二人揃って別行動のようだ。
俺としては男子アイス・ピラーズ・ブレイクを観に行こうかと考えている。分かりきってるとは言え、十文字の試合は見応えがある内容なので。
因みに昨日、摩利と会ってレースを観ない事を言ってある。俺がアイス・ピラーズ・ブレイクに専念したい事を察した彼女は、「あたしが優勝した時のスイーツを必ず用意するように」と苦笑しながら釘を刺されたが。
「リューセーはどっちにする?」
「男子ピラーズ・ブレイクだけど、十文字会頭が出るのは第三試合だから……第一試合に出る千代田先輩の方を観に行こうと思ってる」
「あら、また私と一緒ね」
俺の選択を聞いた紫苑が少々嬉しそうに笑みを浮かべる。
修哉は少々残念そうだが、エリカ達と観に行く予定なので別に一人じゃない。
観に行く試合を確認した後、修哉がバトル・ボードの会場へ行くのを見た俺と紫苑は、アイス・ピラーズ・ブレイクの会場へ向かうのであった。
☆
「どうやら急いで来てしまったな……」
千代田が出る女子アイス・ピラーズ・ブレイクの第一試合を観た俺は、次に男子アイス・ピラーズ・ブレイクの会場へと向かっていた。言うまでもないが一緒に観ていた紫苑とは、ちゃんと言って別れている。
試合内容としては、昨日と何ら変わりなかった。防御無視+攻撃特化の戦法で勝ち進んだ。千代田の性格からして、あのまま決勝も同じ事をやり続けるだろう。勝ってるから文句はないんだが、戦法を少し変えるぐらいの変化を持たせて欲しい。あんな単純一辺倒な戦法じゃ、対策を講じられて負けると思う。
五十里もそれ位の事は多少考えていると思うんだが、彼女の単純な性格を配慮しているのか? だとしても手段を増やすべきだと思うんだが……まぁ、それが二人にとって望ましいやり方なら別に構わない。加えて第三者の俺が二人のやる事にああだこうだと口出し出来る立場でもないので。
それはそうと、男子アイス・ピラーズ・ブレイクの会場へ来たけど、まだ第二試合が始まるところだった。
千代田の試合は他と比べて短く終わっていたのに対し、男子の方は少々時間が掛かっていたようだ。今やってるのは他校同士で、余り見応えのある試合じゃなかった。真面目に試合してる彼等には申し訳ないけど、とても観る気にはなれない。
会場内にある休憩室で時間を潰すついで、飲み物でも買おうと考えながら観客席を後にする。
今は第二試合中の為か、休憩室はがら空き状態だった。試合が終わるまで独占出来そうだと思いながら、近くにある自販機でジュースを買い、横幅が広い椅子に座りながら飲んでいると――
「隣に座ってもいいかね?」
突然の不意打ちとも言うべきか、急に誰かが俺に声を掛けて来た。
振り向くと、そこには見覚えのあるスーツ姿の老人がいる。他の魔法師が見たら仰天確実だろう。
俺を見下ろしているのは懇親会で激励のお言葉を賜った魔法協会理事――九島烈なのだから。
そんな大物がこの場にいれば大騒ぎになってもおかしくない。がら空き状態の休憩室とは別の場所に少なからず人はいるのだが、誰も此方を見ようとしない。まるで九島烈がいる事を全く気付いていないように素通りしている。
「……態々声を掛けなくても、他の椅子に座れば宜しいかと思いますが。」
「ほう。懇親会の時とは違って、今度は完全に私だと認識出来ぬ魔法を今も使っている筈なのだが……やはり君には分かるのか」
「生憎と俺は少しばかり特殊な体質でして、ある程度の魔法を
「それは中々興味深い。とある十師族が知れば是非とも知りたがるであろうな。ところで、質問の返答は如何かね?」
「……どうぞ。ここで閣下をぞんざいに扱ったと知れ渡ったら、一高全体に迷惑を掛けてしまいますので」
「私はその程度で怒ったりはせんよ」
返答を聞いた九島は苦笑しながらも、俺の隣に腰掛けた。背筋を伸ばしており、礼儀正しい座り方だ。
自分だけ飲み物を手にするのは流石に気が引けるので、九島にも何か飲み物を用意しようとする。
「何かお飲みになりたいのでしたら、ご用意しますよ。自販機の安物でよろしければ」
「では紅茶を頼む。無ければコーヒーで構わんよ」
「分かりました」
自販機を見た際に紅茶があったので、俺はすぐにそれを買った。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
買った紅茶を手渡してすぐ、俺は再び元の席に戻って腰掛けた。
それを見ている九島は何やら不思議そうに見ている。
「何か?」
「先程から気になっていたのだが、君は一切取り乱す事無く私と接しているね。自分で言うのもなんだが、他の魔法師や大会委員達は私と話す際、必ずと言っていいほど緊張しているというのに」
「御不快でしたら、この場で即座に土下座をしますが」
「いやいや、そんな必要は無い。寧ろそのままでいて欲しいくらいだ。こうやって若者と普通に話せるのは、私の孫くらいなのでね」
表面上ではなく、本心で言っている九島に俺は内心苦笑した。
どうやらこの老人は立場上、身内以外普通に話せる相手がいないようだ。十師族の長老ともなれば仕方ないだろう。
さて、九島相手に『そんな事よりも』と思うのは大変失礼だろうが、さっさと本題に入るとする。
「ところで、何故このような場所に? 大会委員は今頃、閣下がいなくなった事に気付いて大騒ぎしてると思いますよ」
「かもしれんな。この前の懇親会で
「……まさかとは思いますが、余興を邪魔された事に今も根に持ってますか?」
「それこそ、まさかだよ」
九島は心外だと言わんばかりに否定しながら紅茶を一口飲む。
「ふぅっ。市販で売っている紅茶にしては中々良い味だ。偶に飲むのも悪くない」
「そうですか。で、話を戻させてもらうのですが」
「せっかちだな。少しくらいは老人の話に合わせてくれても良いだろうに」
「老人だからこそ、関係の無い話で長くなってしまうと思いまして」
このまま話してると第三試合が始まるまで続きそうだと思い、さっさと本題に入って終わらせたい気持ちだった。
例え相手が有名な九島烈であっても、予定を崩されては堪ったものじゃない。
「ふむ、そう返されると耳が痛いな。まぁ良かろう。ならここから一切無駄話は無しにして単刀直入に問おう。兵藤隆誠君、懇親会の時に君は一体どんな魔法を使って私に当てたのかね? 正直言って今もタネが全く分からなく、お手上げ状態なのでな。良ければ教えてくれないか」
さっきの好々爺みたいな雰囲気から一変して俺に質問をしてきた。
普通の高校生ならガチガチに緊張して、言葉を上手く発する事は出来ないだろう。老人でありながらも凄い迫力を感じる。流石は多くの魔法師達から『老師』と呼ばれるだけの事はあるようだ。
本当なら少しずつヒントを与えて答えを導かせるが、相手は有名な九島烈だから無理だ。
加えてもう少ししたら第二試合が終わりそうなので、ここはすぐに答えを言うとしよう。
「アレは魔法じゃありません。チョッとした技――『遠当て』の一種です」
「『遠当て』? 確かそれは武術の秘伝技ではないかね?」
「ええ。それをデコピンで応用したんですよ」
実演を見せようと俺は座っている椅子から立ち上がって答えを言いながら、ちょっと歩いて既に飲み干したジュースの空き缶を地面に置く。
その行動を不可解そうに見ながらも、九島は何も口出しせずジッと見ている。
再び椅子に座り、懇親会でやったデコピンの仕草をしながらこう言った。
「指を弾いて空気を弾丸のように撃ちだす技――『指弾』。これが九島閣下の胸に当たった衝撃です」
「っ!」
直後、俺が中指を弾いた瞬間に地面に置いてあった空き缶がカンッと何かにぶつかったように跳んだ。その衝撃によってコロコロと転がっていく。
魔法の発動どころか、
因みに転がっている空き缶はちゃんとゴミ箱に捨てている。転がしてそのまま放置何てする訳がない。
「これが答えですが、如何でしょう。ご理解頂けましたか?」
「…………ク、クククク……ハッハッハッハ!」
すると、無言だった筈の九島が急に笑い出した。
一通り笑った彼は漸く落ち着いたのか、此方に顔を向ける。
「いや、すまない。余りの事に年甲斐もなく大笑いしてしまったよ。まさか、私に当てたアレが魔法でなく『指弾』と言う技だったのか。全く恐れ入ったよ。この私ともあろう者が、そんな事に気付かなかったとは」
「未知の攻撃を受けた瞬間、すぐに魔法と捉えてしまうのが魔法師の癖ですね。失礼ながら。九島閣下にも該当しておりますが」
「うむ、全く以ってその通りだ」
俺の指摘に九島は気分を害しないどころか、事実と受け入れていた。これがプライドの高い魔法師なら絶対認めず反発しているだろう。
「やれやれ、この前の演説で『魔法は手段』と偉そうに言った自分が恥ずかしくなってしまう。君のような魔法以外に目を向けている若者に気付かされたら余計にね」
「九島閣下がその様な事を仰ったら、色々不味いかと……」
魔法師の頂点であり、『老師』と称されている九島が一人の魔法師として反省すると、他の魔法師達の立つ瀬が無くなってしまう。それは向こうも当然分かっていると思うが。
そろそろ話を終わらせようかと考えている中、途端に俺の懐に入っている携帯端末の呼び出し音が鳴った。当然、それは俺だけでなく九島も聞こえている。
「すみません。少しいいですか?」
「ああ、私に気にせず出るといい」
九島から許可を貰って、俺はすぐに彼から少し離れて携帯端末を取り出してディスプレイを見ると、発信者は何と修哉からだった。
変だな。今はバトル・ボードの第二レースが既に始まってるから、アイツが観てる最中に電話するなんてあり得ないんだが。
少々不可解に思いながらも通話をONにして、端末を耳に当てて話そうとする。
「どうした、修哉。何かあったのか?」
『大変だリューセー、渡辺先輩が……!』
凄く慌てながら言ってくる修哉の台詞に俺は只事ではないと分かり、何とか落ち着かせようとする。
話を聞きながら、休憩室に置かれているモニターの電源を付けてバトル・ボードの中継チャンネルに繋げると、信じられない光景が映っていた。
フェンスに激突したと思われる摩利と七高選手が意識を失って倒れている。これには目を見開いている俺だけでなく、一緒に観ていた九島も眉を顰めていた。
これによって十文字が出る第三試合より、摩利の容態が重要となった。今すぐにこの場から出てバトル・ボードの会場に向かう事にする。
「閣下。お話の途中で誠に申し訳ありませんが、これから至急行かなければならない所がありますので」
「そのようだな。では、話はまたの機会にしよう」
一高生徒である俺が先輩の摩利を案ずる気持ちを察している九島は、すぐに行くよう促した。
そして俺はすぐに彼女が運ばれる予定の場所へ先回りしようとする。
直接観てはいないが、激突した頑丈なフェンスの破損具合からして、骨が何本か折れているのは確実だろう。
そう考えると、あの
アレは部屋に置いてあるから――
――ご主人様、大変なの!
ん? 誰かが俺に念話したような気が……って、まさか。
『聞こえてるの、ご主人様!?』
やっぱりお前だったか!
目の前に現れたのは、九校戦前夜に俺が集束させた女性型の精霊――『レイ』だった。それによって俺は咄嗟に動かしている足を止めた。
簡単に纏めると、この子は俺に甘えるように抱き着いた後、富士山周囲の森に留まらせている。俺の指示があるまで待機せよと。
当然この子はすぐに反発して、『やだ! ご主人様の傍にいる!』と子供みたいに駄々を捏ねられた。どうにか説得している際、俺は咄嗟に名前を付けた。『レイ』と言う名を。
名前の由来は勿論ある。精霊を集束させて核となった時、虹色の輝きを発していたので、それ関連の名前にしようを決めた。かと言って『
女性型の精霊――レイは俺が名付けられた事が凄く良かったのか、何度も自分の名前を呼んでご機嫌な状態となった。そのお陰で何とか森に留まってくれている。
だったのに、今はこうして俺の目の前に現れている。幸い、レイの姿は周囲の人間には見えていない。常人はともかく、魔法師でも精霊を見る事は出来ないんだろう。沓子のような古式魔法師なら話は別かもしれないが。
『一体何の用だよ、レイ! こっちは大変なんだから手短に済ませてくれ!』
取り敢えず用件を聞こうと、俺は念話を使った。誰もいない先に話したりしたらアレな人に見られるのは嫌だ。
『こっちも大変なの! 水の精霊達が悪意ある人間達の所為で大変な事になってるの! すぐに助けて欲しいの!』
『悪いけどソレは後回しに――ん?』
ちょっと待て。確かバトル・ボードは水を使う競技だったな。
そのレース中に摩利達が事故を起こした直後、レイが俺の目の前に現れて『水の精霊が悪意ある人間達の所為で』って……妙な偶然だ。
いや、そんな筈ないか。だけど偶然にしては随分と出来すぎて……ダメだ。何も確証も無い状態で考えていたら、余計にこんがらがって分からなくなってしまう。
すぐ病院に向かって摩利の容態を確認後に回復アイテムを使わせたいが、かと言ってレイからの報告を無下にする事も出来ない。
この世界の精霊は非常にデリケートな存在だから、悪意のある人間が触れると、悪性に染まって人間に害を与える存在となってしまう。
富士山の周辺にいる精霊達は例え悪性に染まっても、澄み切った空気で元に戻るかもしれないが、それでも放置する事は出来ない。悪性に染まった精霊は、他の精霊に伝染させる恐れがある。
摩利は病院で治療されるから大丈夫だろうが、精霊は古式魔法師の誰かが気付かない限り対処出来ない。だから此処は俺が何とかしないとダメだ。
『分かった。俺が何とかするから早く案内してくれ』
『ありがとうなの、ご主人様! こっちなの!』
一先ず摩利の方を後回しにして、俺はレイの案内で病院とは全く違う方向へと向かうのであった。
精霊については独自の設定です。