2095年8月7日/大会五日目
九校戦五日目で新人戦二日目。
本日は新人戦アイス・ピラーズ・ブレイクと新人戦クラウド・ボールが行われる。並びに、やっと俺の出番でもある日だった。
今までずっと気楽に観戦する側だったが、今回は出場する側だ。と言っても、気持ちは昨日と全く同じままでいるがな。
それとは別に、エンジニアの司波が本日も大変忙しい予定になっている。女子アイス・ピラーズ・ブレイクの選手三人(明智・北山・司波妹)を担当する上に、今回は俺が出る男子アイス・ピラーズ・ブレイクも見なければいけない。しかも男子と女子がやる会場は別々だから、司波は何度も行き来しなければならない事になる。
一度に女子選手の三人を見るのが手一杯な状態であるアイツには非常に申し訳ないので、別のエンジニアに来てもらうよう俺の方で既に要請していた。司波の事情を聞いた真由美や市原はすぐに了承し、俺の担当を臨時として五十里がやる事となった。彼は他の一科生と違って二科生に対する差別意識がないと言う理由で。俺としても安心出来るので問題無い。
聞いていた司波は不服な顔をするも諦めざるを得なかった。何しろ俺は朝一番に行われる第一試合に対し、女子の一人である明智も俺と同じく第一試合で被ってしまっているから。流石の司波も二つ同時に見る事が出来ない為、五十里に任せる選択しかなかったと言う訳である。尤も、二回戦以降は本来の担当である司波が見る予定だ。
アイツが無理をしてまで俺を見ようとするのは既に察しが付いている。担当者として見なければいけないからと言うのは建前で、本当は警戒すべき対象である俺の魔法を間近で見て分析したいんだろう。幹比古から相談を受けた際、司波には視るだけで起動式の内容を読み取る事が出来ると言っていたから。
恐らくだが、四月に起きた襲撃事件の際、図書館にある大型扉を俺がどうやってこじ開けたかの判断材料を探したいんだと思う。それはあくまで俺の個人的な推測に過ぎないが。
それが正解だったとしても、司波の真の目的を知ったところで別に問題無い。寧ろバレても構わないと思っている。例え俺の
もし仮にアイツが報復行為をしようと、何処かで密かに繋がってるかもしれない十師族や軍とかに密告でもして、その連中が俺を捕獲すると言う愚かな真似を仕出かしたら壊滅させ――おっと、いかんいかん。危うく物騒な事を考えてしまった。とは言え別に止めはしないが、司波が早まった行動に走らないでくれとだけ祈っておこう。
…………ってか、まだ何の確証も無いのに俺は一体何を考えてるんだろうか。頭が良すぎる司波にそんな事をさせないよう、今も何とか警戒を緩めさせていると言うのに。ここは素直に自省しないと。
☆
本日最初の試合となる一回戦第一試合の開始まで、まだ三十分以上あるも、俺は既に会場入りをしていた。
「おはよう、兵藤君。もう来ていたんだね」
「おはようございます」
その数分後、臨時担当である五十里も会場入りした。
「あれ? 今日はお一人なんですね」
「流石にいつも一緒と言うわけじゃないから」
俺が何を指しているのかを五十里も分かっているみたいで苦笑していた。
必ず傍にいるであろう千代田花音がいないから、一人で来た彼が珍しかったのだ。この前起きた摩利の事故を検証する際もいたのだから。
そう思っていると、俺と同じく参加する一高選手の二人もいつの間にか入場していた。こっちを見た途端、忌々しげに睨んだ後はふんっと鼻を鳴らして何処かへ行ってしまう。
俺は別に気にしてないが、五十里は少しばかり眉を顰めている様子だ。
「全く。同じチームメイトなんだから、何もあそこまでしなくたって……」
「大丈夫ですよ。今に始まった事ではありませんし」
まだ何の結果を示してない状態で一科至上主義の連中に何を言ったところで無駄だ。例え忠告しても、意固地になって聞きやしないだろう。
どこまで勝ち進むかは分からないが、それでも予選通過ぐらいはするだろう。三高の一条に当たらない限りは。
因みに俺の場合、問題無く順当に勝ち進めば明日の決勝で当たる予定となっている。
「あ、そうだ兵藤君。体調は大丈夫かい?」
「ええ。司波から『試合前は早めに寝ておくように』って言われましたので」
今日は担当として見れなくても、昨日に色々とアドバイスを受け取った。主に体調管理の事で。
本当だったら
「だったら問題無さそうだね。CADの方は?」
「一応それも司波に見てもらいましたが……念の為に五十里先輩からもチェックしてもらって良いですか?
「っ……分かった。じゃあすぐに確認するよ」
俺が持っているCADを渡した後、五十里はすぐに試合前の最終チェックを始めようとする。
摩利の事故の事を考えて、真面目な表情となっている俺と五十里だったが――
「ちょっと啓! あたしを置いていくなんて酷いじゃない!」
「「………………はぁっ」」
急に現れた千代田の登場と空気を読んでない発言により、雰囲気がぶち壊しとなってしまった。
後ほど彼女に甘い五十里でも、こればっかりは流石に苦言を呈したようだ。
☆
「やっぱり女子と違って、男子の方はあんまりいないな」
「みたいね」
男子アイス・ピラーズ・ブレイク一回戦の開始が迫っている中、既に一般客席に座っている修哉と紫苑は周囲を見ながら思った事を口にしていた。
二人はこれまで主に女子の競技を観戦しており、観客席は殆ど埋まっていたので、席に座るのに一苦労していた。
今回は友人である男子の隆誠が参加する為、見やすい席を確保しておこうと素早く向かったのだが、予想外の肩透かしを食らった。何故なら席がガラ空きに近い状態であったからだ。
観客は一応いるのだが、一般客らしき人達は余りいない。いるとしても魔法科高校の関係者以外に、一般客とは思えない組織の関係者らしき者達ばかりだった。
男子と女子での差が歴然としている事に、修哉と紫苑は改めて認識した。尤も、二人からすればどうでも良い事だと思っている。観客は少なくても、自分達は隆誠を応援する事に変わり無いのだから。
「隣、いいかしら?」
修哉と紫苑が振り向くと、二年の壬生紗耶香だけでなく、彼女の恋人である桐原武明も一緒だ。
剣道部主将代理と剣術部エースの登場に修哉は大して気にすることなく、どうぞと席に座るよう促す。
席の順番としては左から紫苑、修哉、紗耶香、桐原になっている。
「いよいよ兵藤くんの出番ね。修哉くんとしてはどう見る?」
「少なくとも、普段から冷静なリューセーが無様に負けるとは思えません」
「それはつまり、兵藤が絶対勝つと確信してるって事か?」
「そこまでは言い切れませんが、多分大丈夫でしょう」
紗耶香と桐原からの問いに修哉は淡々と答えていた。
隆誠が会場へ向かう前にホテルで会っていたが、とても緊張してる様子は一切無かったと修哉と紫苑は分かっていた。まるで簡単な用事を済ませてくるみたいな返答だったので。
「それより、紗耶香先輩こそ大丈夫ですか? 何か妙に眠そうな感じがするんですけど」
「やっぱり天城も分かったか。コイツ、昨日は興奮してあんまり寝れなかったそうだぞ」
「ちょっと桐原くん!」
アッサリ答える桐原に、まるで秘密をばらされたみたいな感じで紗耶香が少々顔を赤らめながら叫んだ。
それを見た修哉は苦笑している。もう既に察していたから。
今回の九校戦で隆誠が参加する事に、一番に喜んでいたのは紗耶香だったのだ。同じ二科生であり、しかも剣道部の代表として参加すると知った途端、まるで自分の事みたいに大はしゃぎしていた。隆誠を含めた剣道部員達が呆然とするほどに。
修哉達とは別の席でも、他の一高関係者も隆誠の試合目当てで訪れていた。
「ねぇミキ、確か隆誠くんは第一試合だったわよね?」
「僕の名前は幹比古だ。そうだよ。相手は第四高校だ」
「聞いた話ですと、七草会長や十文字会頭と同じ十師族の人が今回のピラーズ・ブレイクに出場してるみたいですね。確か一条、でしたか」
「マジかよ。リューセーの奴は運が悪いなぁ。よりにもよって十師族を相手にしなくちゃならねぇのかよ」
エリカからの問いに、幹比古は少々嫌そうに呼び方を訂正しながらも答えている。
美月が今回の新人戦男子ピラーズ・ブレイクに出る選手の中に十師族が出場する事を言うと、聞いていたレオは罰が悪そうな表情となっていた。
「だとしても、リューセーが彼と当たるのは決勝だよ。勝ち進めばの話だけどね」
「あれ? アンタいつの間に隆誠くんの事を名前で呼んでるの?」
「昨日話しただろう? 一昨日の夜にチョッとした相談をしたって」
幹比古が親しげに隆誠の名前を呼んだ事にエリカが違和感があった為に確認するが、すっかり忘れていた彼女はすぐに思い出した。
この四人が此処へ来ているのは、隆誠の試合を観る為だった。特にレオとエリカは前に応援しに行くと約束をしていたので。一科生側の深雪と北山は女子ピラーズ・ブレイクに参加しており、ほのかはそっちを観ようと別行動をしている。
隆誠が九校戦の選手として出場するのだから、同じ二科生である彼等としては是非とも観なければと来ているのだ。更に、今回の試合で隆誠が一体どんな活躍をするのかと期待が膨らんでいる。
更に別の席では、第一高校の三巨頭も陣取っていた。
「真由美、テントに行った方が良いんじゃないか? 昨日に続いて今日も離れたら差し障るだろう」
「大丈夫よ、今回はリンちゃんがいるから。でもそれを言うなら摩利だって寝ていた方が良いんじゃないの?」
「暴れなければ問題無いと言った筈だ」
「………………」
昨日と同じやり取りをする真由美と摩利に、腕を組んでいる十文字は敢えて気にせず無言を貫いていた。女性の会話に突っ込む気は彼に無いので。
「十文字くんも来てるって事は、やっぱりリューセーくんの事が気になる?」
「……七草も知ってる筈だ。俺はいつもピラーズ・ブレイクの新人戦を直接観に行ってる事を。別に兵藤の試合を観る為だけに此処へ来た訳ではない」
「あ、そうだったわね」
少々間があるも、淡々と理由を告げる十文字に真由美はすぐに思い出した。聞いていた摩利も同様に。
「とは言え、俺もお前達と同様に気になる一人である事は否定しない。今回行われる試合で兵藤の実力が分かる絶好の機会でもあるからな」
「確かに。何せ彼の担当である達也くんですら一切不明だと言ってたからな」
「まぁ、正確には忙し過ぎてリューセーくんを見る暇が無かったんだけどね、今日も達也くんは女子ピラーズ・ブレイクに大忙しで、リューセーくんの方に急遽五十里くんを派遣せざるを得なかったし」
ここに来て真由美は少しばかり後悔していた。こんな事になるなら隆誠が参加する競技をピラーズ・ブレイク以外にすれば良かったと。
達也からの報告によれば、スピード・シューティングでもかなりの結果を出していたので、その時には万が一の事を考えて補欠として登録した。しかし昨日の結果を知った際、補欠ではなく選手として出場させれば違う展開になったかもしれないのではないかと、今更ながらもついつい考えてしまう。
別に真由美は決して他の一年達を軽く見てはいない。けれど、模擬戦とは言え隆誠がスピード・シューティングに出場する女子選手達相手に満点の結果を出して勝ち続けたから、どうしてもそう考えてしまうのだ。
もし隆誠が今回のピラーズ・ブレイクで凄い結果を残したとなれば、来年も必ず出場する事になるだろう。実力を示せば、二科生だからと言う理由はもう一切通用しないだろうと。
それは真由美だけでなく、摩利と十文字も同様に思っている。それ以上に、出来れば隆誠が司波兄妹と一緒に一高を支える柱になって欲しいと願っているほどだ。一科生と二科生の垣根を壊すのは、あの三人かもしれないと考えているから。
観客席から知る術はないが、別の場所では少々ざわめいていた。
そこは本部席近くのスタンドで、思いがけない来賓が来ていたのだ。
「九島先生! 何故このような所へ!?」
いつもであれば、大会本部のVIPルームでモニター観戦している魔法協会理事――九島烈が突如来賓席に姿を見せたから、それを知った大会委員達は大慌てとなっている。
非常に困惑している彼等を余所に、九島は気にすることなく急遽用意された革張りの椅子に腰を下ろしている。
「なに、今回の競技にはチョッとばかり、気になる若者がいるのでね」
九島の言う若者が誰なのかは分からないが、恐らく十師族である一条家の嫡男である一条将輝だろうと大会委員達は予想した。
だが、それは全くの見当違いだった。九島が気になってる人物は一条将輝でなく、あと少しで始まるであろう兵藤隆誠だ。彼が出る試合を間近で見ようと、こうして足を運んだのだ。
(兵藤隆誠君。君は一体どんな魔法を見せてくれるのかな? まさか私に使った技を披露する訳ではなかろう?)
一昨日に会った時から、九島は隆誠が出場するピラーズ・ブレイクをとても楽しみにしていた。一体どんな魔法を見せるのかと年甲斐もなく高揚しながら。
隆誠がどれほどの実力を示すのかを気になりながらも、漸く第一試合が始まろうとする。
次回からリューセーの試合が始まります。