午前の競技が終わり、第一高校の天幕はお祭り状態だった。
新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイク三回戦三試合共に三勝した為、午後の決勝リーグを第一高校の出場選手全員が独占。
新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイク三回戦も勝利し、決勝リーグ進出。
女子新人戦バトル・ボードでも光井が決勝に進出。
以上の事から第一高校の快進撃、と言う言葉に相応しい成績となっている。
だが残念な事に俺を除く一年生男子選手全員は、女子達と一緒に浮かれることが出来ないでいた。
これまでやった男子新人戦の競技は、一科生の森崎がスピード・シューティングで準優勝しただけで、残りは全員予選敗退となっている。
フォローと言う訳ではないが、他の高校と比べても決して弱くはない精鋭揃いだ。普通にやれば女子にそこまで見劣りしない成績を収められる筈なのだが、気合が空回りしてミスから敗退、と言う焦りを募らせて悪循環に陥っていた。
それを断ち切るように俺が決勝リーグ進出となるも、男子達は未だに陰鬱な気分が晴れないでいる。それどころか、まるで気に食わないように敵視する始末だった。
ここまで来て未だに
発足式から見てきたアイツ等の見苦しい行為に、これはもう俺が頑張って結果を出したところで無駄かもしれないと思い始めてきた。ここはいっそ一科生男子共の性根を叩き直す、もしくは一科至上主義と言う名のプライドを粉々に砕かない限り、考えを改める事はしないだろう。
今だって生徒会長の真由美が一科生と二科生の垣根を失くす為に奔走するも、中々上手く行かないのが実情だ。加えて彼女は優し過ぎる性格な為、どうにか穏便に解決しようと考えてしまう。
とまあ、今はそのような事を気にしたところで如何にもならない。取り敢えず一科生の一年男子共は放っておいて、俺は俺のやるべき事をするとしよう。
「明智、寝てた方が良いんじゃないのか?」
「だ、大丈夫だよぉ……えへへ」
「そんな状態で言われてもなぁ……」
お祭り状態である天幕だったが、女子の方で少しばかり問題が起きていた。
新人戦男女アイス・ピラーズ・ブレイクを終えた後、決勝リーグに進出した明智英美が三回戦の影響で疲労困憊に陥っている。司波妹と北山は問題無く、明智の様子を見て心配げな表情だ。
彼女が戦った相手は三高の十七夜栞で、聞いた話では接戦と言える程の魔法と魔法のぶつかり合いだったようだ。最後の力と根性を振り絞って何とか勝利するも、ステージの上で倒れて即搬送。それは三高の十七夜も同様に。
ある程度寝ていたみたいだが、全く回復していなかった。それどころか今も倒れそうな感じで、手にしてる杖で支えてなければ立つ事が出来ない状態だ。よぼよぼな老人と全く大差ない。
「エイミィ、兵藤君の言う通りだよ!」
「まだ寝てた方が良いって!」
俺に賛同してる春日と里美も心配そうに言うも、当の本人が大丈夫だと言い返すも全然説得力が無かった。
だが――
「エイミィ、今日は重要な一戦だからキチンと寝ておけと、あれだけ言ったのにまた寝不足だっただろう」
司波が指摘した事によって何も言い返す事が出来なくなっていた。
ここまで酷いのは寝不足も原因だったのか。道理でそうなる訳だと、俺はすぐに納得する。司波妹達も同様に。
「ちょっとみんな、話を聞いてくれるかしら」
司波のアドバイスを無視していた事が発覚した明智に誰もが呆れている中、真由美が現れる。
「実は大会委員会から、ある提案を頂きました。知っての通り、新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイクは我が第一高校が独占しました。だから午後の決勝戦、戦わずに三人とも同率優勝でどうか、って」
それを聞いた司波妹達は顔を見合わせるも、俺は内心苦笑していた。
同率優勝、ねぇ。聞こえはいい提案だが、恐らく氷柱の設置準備を省きたい為の方便だろう。唇を歪めている司波兄も当然気付いている筈だ。
「あ、あの~……私は言われる前から棄権しようと思ってました」
「それはそうよね」
明智の発言に真由美は苦笑しながらも頷いていた。例え続けると言ったところで、この場にいる誰もが強制的に棄権するよう促していたが。
「じゃあ、提案を受け入れて全員優勝ってこと――」
「待ってください!」
他の二人は特に何も言ってないのを見た真由美が締めくくろうとするが、途端に北山が待ったをかけた。
普段から表情の変化が乏しく、滅多に声を荒げない彼女に俺達は意外そうに見る。
「私は深雪と戦いたいと思います」
どうやら北山は最後まで続けたいようだ。
とても強い意志が込められた瞳で、真由美の目を真っ直ぐ見返している。
「北山さんはそう言ってるけど、深雪さんはどうかしら」
「私は……」
確認するように問う真由美に司波妹は北山の台詞に少々戸惑いつつもハッキリと答えた。
「雫がわたしと戦いたいと思ってくれるなら、わたしにそれを断る理由はありません」
その返答に北山はホッとしたような表情になった。
決勝戦をやると言う彼女達の言い分を聞いた真由美は――
「そう……。じゃあ大会委員会には、そう伝えておくわね」
一切反対する事無く受け入れることにした。
午後に行われる決勝戦は明智は抜きで、司波妹と北山だけの試合か。一高同士の試合だから、これはこれで面白そうだ。
俺としては会場に行って直接観に行きたいが、男子アイス・ピラーズ・ブレイクの決勝が控えてるから無理なので、モニターで我慢するしかない。
そう思っていると、次に真由美は俺の方へ声を掛けて来た。
「次はリューセーくん、君の方からも通知があります」
「はい?」
突然の事だったので思わず素っ頓狂な声を出してしまった。司波兄妹や北山達も気になるように見ている。
「新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイクの決勝リーグで第一高校はリューセーくん、残り二つは第三高校が独占しています」
うん、それは知ってる。その第三高校の一人に一条がいることも含めて。
「三高の一人が棄権するとの報告がありました。なので男子が行う予定である午後の決勝リーグは急遽、一高のリューセーくんと三高の一条将輝くんで決勝戦を行うことになりました」
『!』
三高側が予想外な行動をした事に、俺達は思わず目を見開いた。
☆
場所は変わって三高側の天幕。
「すまない。俺の我儘を聞いてくれて」
「な~に、気にすんな」
新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイクの決勝リーグに出る予定の一条将輝が、一緒に出場する三高選手に謝罪していた。
こうなっているのは当然理由がある。何と将輝は決勝で隆誠と万全な状態で戦いたいからと、棄権するよう頼んでいたのだ。
いきなりの頼み事の三高選手が戸惑うも、それはすぐに了承した。彼としては内心、本気になっている将輝と戦うのを避けたかった。もし決勝リーグで戦えば、間違いなく心が圧し折られてしまうと。
だけど、それ以外にもある。今朝から闘志を剥き出しにしており、更には三回戦を数秒で終わらせていた。あんな将輝を見るのは初めてだと、チームメイト以外の面々も驚くほどだ。
天幕にいる三高の誰もがこう思った。一条将輝が本気になった以上、新人戦男子ピラーズ・ブレイクの優勝はもう確定した。いかに兵藤隆誠が見た事のない魔法を使って瞬殺劇を見せようが、一条家の『爆裂』の前では無意味だと。
「全く、君がこんな事を言い出したのは完全に予想外だったよ」
謝罪を受け入れたチームメイトがいなくなった後、近くにいた真紅郎が嘆息しながら将輝に苦言を呈した。
隆誠が試合をする度に見た事のない魔法を披露して勝ち進むから、真紅郎は決勝リーグで将輝が隆誠と戦う前に情報収集をしたかったのだ。
「僕としては彼の手の内をもっと見たかったんだけどね」
「文句は後でいくらでも受け付ける。だから頼む相棒、最後の調整をしてくれ。絶対に勝つから」
「……はぁっ。そこまで言われたら首を縦に振るしかないじゃないか」
頼み込んでくる将輝の熱意に負けた真紅郎は、再び嘆息しながらもCADを受け取った。
「その代わり、負けたら承知しないからね」
「ああ」
自身が頼れる最高の相棒が万全以上に戦えるようにしようと、真紅郎は設備がある作業車へと向かう。
隆誠と将輝の決勝は一高や三高だけでなく、会場にいる誰もが気になっている。一体どっちが勝つのかと。
この時は誰も予想だにしてないだろう。二人の決勝戦が思わぬ形で水を差されてしまう事に。
☆
「どういうことだ!? あんな選手がいたなんて聞いてないぞ!」
またまた場所は変わって、横浜の中華街。
とあるビルの室内は赤と金を主調とした豪華な色彩の内装となっており、テーブルの周囲には苛立たしげな表情をしながら座っている外国人らしき集団がいた。
「兵藤隆誠と言う選手は一高の劣等生じゃなかったのか! なのに何故決勝リーグまで勝ち進んでいる!?」
「それは我々が知りたい位だ!」
彼等は予想外な事が起きている事で非常に苛立っていた。男子新人戦ピラーズ・ブレイクで一高が全員予選敗退になると踏んでいたのに、何故か覆されるように決勝リーグまで進んでいた。女子のように独占はしてなくても、一人でも残っていたら非常に困ると男達は焦っている。
「第三高校には一条選手がいるから負けはしないだろうが……万が一に優勝されたら余計に第一高校が有利になってしまう……!」
言い争いをしていた男達だが、一人の男がそう言った途端に静まり返って、深刻な表情で顔を見合わせる。
「ここで何らかの手を打っておかねば不味い事になる」
「だがもう既に渡辺選手を棄権へ追い込んだのだぞ。ここで立て続けに事故が起きたら怪しまれてしまう」
「かと言って、このまま手を
男達がこうして焦っているのに理由がある。
今回行われている九校戦は、ある犯罪組織が裏で賭博をしていたのだ。予想した高校が優勝すれば配当金を得ることが出来ると言うトトカルチョみたいな事を。
本命が第一高校であり、大半がそこに賭けている。これで第一高校が優勝したら、胴元が大損失となってしまう。周囲にいる男達がその胴元なので焦っている訳だ。
「やはり決勝前に
「一条選手の敗北を疑っているのか?」
「そうではない。我々はあくまで彼の手助けをするだけだ」
妨害行為をするにも関わらず、一条将輝をサポートすると恩着せがましい発言をするも、この場にいる誰もが一切反論せず頷くのであった。
彼等は知らない。自分達が正に『神をも恐れぬ』行為を仕出かしてる事に。
カウントダウンの針は、今ここに動き出すのであった。当然、そんな音など男達には一切聞こえていない。
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