「あの人間、
「そのようだな」
新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイク決勝戦が始まるまでに時間が空いてるので、俺は一人で新人戦女子バトル・ボード決勝戦を観に行ってた。
因みに俺が行う午後の試合は、新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイク決勝の後に行われる予定だ。男女共に一人が棄権した為にリーグ戦をやる必要がなくなったので、どちらも観れるように時間調整された。どちらの試合も観たいと言う観客の要望に応えるように。
その間、森林区域に待機させているディーネを連れて来た。バトル・ボードは水の競技だから、レース中に操られた同胞をすぐに感知出来ると思って。自分も行きたいとレイが駄々を捏ねていたけど、女子アイス・ピラーズ・ブレイクで一緒に観ようと言ってどうにか森林区域に留まらせている。
勿論、姿を見えないよう俺の方で透明化させている。万が一の事を考えて観客席サイドにいても席には座らず、周囲に人がいない最後列の壁に寄りかかって立ち見していた。
光井と三高の沓子の一騎打ちとなる決勝戦は、中々見応えのある試合だ。光魔法などを巧みに使う光井に対し、沓子は古式魔法を使って相手を翻弄させようとする。
ディーネが一番に驚いていたのが、沓子が使う精霊魔法で、同胞である水の精霊達を理解するような使い方をしている。悪性に染めた低俗な古式魔法師の連中と違い、操る事は一切しないで精霊本来の力を引き出していた。これは当然俺も驚いており、見事としか言いようがない。
もしかすれば、彼女ならディーネの良き相棒になれるかもしれない。正式な主従契約をさせれば、沓子の精霊魔法も一段と腕を上げるだろうと思いながら。
「ディーネ、もし――」
「今の私はまだ、主だけしか、考えていません」
さり気なく沓子を主になってみないかと言おうとするも、ディーネがいきなり断り文句を言ってきた。
まだ最後まで言ってないってのに、勘の鋭い奴だ。
でもまぁ、『今の私はまだ』と言ってたから、時期が経てば何れ沓子の元へ行くかもしれないな。尤も、沓子が受け入れてくれればの話だが。
それに加えて、この世界では未だに意思を持って喋る精霊が発見されていない。もしも
となると、今のレイとディーネを誰かに預けるにしても、余程信頼が出来る相手じゃないとダメだ。沓子なら協力してくれるかもしれないが、出来ればもう少し有名な古式魔法師がいれば……って、いたじゃん。司波の友人である吉田幹比古が。吉田家は沓子の家と同様、精霊魔法を使う名門だと前に幹比古が言っていた。一度アイツに相談するべきかもしれない。
かと言って馬鹿正直に話したりするわけにはいかなく、先ずは遠回しに喋る精霊がいる事から訊かなければダメだ。そうしないと幹比古は仰天するどころか、狂喜乱舞するかもしれない。
「そろそろ決着が、付きそうです」
「さて、一体どっちが勝つのやら」
ままならないと思いながらディーネと一緒にレースを観てると、とうとう最終局面を迎えようとしている。
沓子が勝負に出ようと、水面に嵐の海のような妨害魔法を使っていた。しかし光井は全くものともせず、逆にその波に乗って確実に距離を詰めている。
最後のループで二人が並ぶように走行するも、インコースを取ってる沓子がこのままゴールするかと思いきや……何と光井がいつの間にか抜き去っていた。
「主、もう一人の人間、幻影魔法を、使ってました」
「ああ、分かってる」
ディーネの言うもう一人の人間は光井の事である。彼女は準決勝で、影を濃くして目の錯覚を起こす幻影魔法を使っていた。それにまんまと引っ掛かってしまった沓子が抜き去られたのだ。
そして、見事に逆転した光井はそのままゴールして、新人戦女子バトル・ボード優勝を飾る事となった。
負けてしまった沓子に何か言葉を掛けたいところだが、今はまだ一高と三高の優勝争いが続いてるので、九校戦が終わってからにしよう。
「ディーネ、今すぐとは言わない。ゆっくり時間を掛けて、沓子が自分の主に相応しいかどうか、是非とも見極めてくれ」
「………分かり、ました」
まだ俺から離れたくない様子を見せるディーネだが、それでもちゃんと考えてくれているようだ。
もしもやっぱり嫌だと言われたら、最後まで面倒を見るつもりでいる。その際は依代になるアイテムを作って、俺の傍にいさせなければならないが。
さて、お次は新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイク決勝だ。さっきからレイの奴が『ご主人様、時間なの!』と俺に何度も念話を送ってきて、もう五月蠅くて敵わない。
☆
「ご主人様~。何で直接観ないの~? レイ、あっちに行きたかった~」
「少々面倒な奴がいるから、此処に来たんだよ」
午後一番。新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイク決勝が始まろうとするが、俺は会場に行かず男子側の会場控え室にいた。ディーネと交代したレイが観に行きたいと駄々を捏ねるも、流石に今回はダメだと反対した。
モニターに映っている会場には勿論司波がいる。アイツは厄介な眼を持っているから、もしかすれば
不服なレイを何とか宥めている中、向こうの観客席は超満員だ。一般客席だけでなく、関係者用の観戦席もギッシリ満員となっている。
偶然にモニターのカメラが固定されて、関係者用観戦席の最後列に、真由美と摩利に挟まれた司波の姿があった。
「レイ、あの男の顔を覚えておけ。名は司波達也で、さっき俺が言った面倒な奴だ」
「あの人間が? 何かご主人様と違って凄く無愛想なの」
「……まぁ、知らないお前から見ればそうだな、あははは……」
司波妹が聞いていたら間違いなくキレてもおかしくない発言をするレイに俺は苦笑した。
以前に偶々目撃したのだが、どこかの一科生が廊下で司波兄に対する陰口を叩いていた時、それを耳にした司波妹が突如全身から冷気を出していた。文字通り本当に冷気を放出していて、同時に陰口を言った奴が氷漬け寸前になろうとするところを、司波兄がどうにか諫めて事無きを得ている。
司波妹の事だから、相手が精霊であろうとも容赦なく氷漬けにするのは間違いない。尤も、
そう思っているとモニターの中では選手二人がステージに上がった。
「いつも思ってるんだけど、何でご主人様や人間達ってフクって物を着てるの?」
「人間にとって服は必要不可欠なんだ」
方や、目に
方や、目に涼しい水色の振袖を身に纏う北山。
どちらも見目麗しい衣装であるが、それとは別に冷徹な「戦う意思」を見せている。
精霊であるレイは彼女達の衣装を見て理解出来ない表情だった。前にも言ったが、コイツは人間の姿になってて今も全裸だ。さっき透明化していたディーネも含めて。
俺以外の人間と会話する事を考慮して、二体の精霊には人間の文化を教える必要がありそうだ。特に服が如何に重要な物であるかを。加えてこの世界の人間は貞操観念が高いので、今も全裸で飛び回っているレイ達を見た途端、どのような反応をするのかなんて容易に想像がつく。
始まりを予告するライトが点り、色を変え、開戦を告げる狼煙となった。
直後、両者が同時に魔法が打ち出された。
司波妹は『
北山は『
一進一退の攻防を繰り広げると言う互角な戦いに見えるが、実はそうでもない。このまま時間を掛けたら、北山の敗北が確定する。
情報強化で『魔法による』事象改変を回避したところで、『
「う~ん……なんか見てもあんまり面白くないの」
「人間からしたら、とても緊迫した戦いなんだよ」
確かにレイからすれば大して面白味のない試合だろう。これはハッキリ言って玄人向けの内容だ。
試合への興味が無くなり始めたのか、レイは俺に話しかけようとする。
「レイはご主人様の魔法ならすぐ終わると思うの」
「それはそれで面白くないんじゃないのか?」
「他の人間なんかより、少し前にご主人様が指先から放った綺麗な光を見ただけで嬉しいの」
「綺麗な光? ……おい、ちょっと待てレイ。まさかお前、持ち場から離れて俺の試合を観てたのか?」
「あっ!」
俺からの問いにギクッと身体を震わせるレイが、すぐに両手で口を閉ざすも既に遅かった。
やっぱり遠くから俺の試合を観ていたようだ。ちゃんと指示に従って森林区域にいるから問題無いと思ってたが、まさか独断行動をするとは。
「お前って奴はぁ~……! 万が一誰かに見られたらどうするんだ~?」
「い、痛いのご主人様! ゴメンナサイなの~!」
ガシッと頭を強く握ると、ジタバタ暴れながら凄く痛そうな表情で涙目になって謝るレイだが、それでも緩める事はしない。
因みにレイが言っていた光と言うのは、『ドラグ・ソボール』に出てる極悪人キャラのフリーズの技――『キルビーム』。人差し指の先から光線を出す際、技の出が速いのが特徴だ。貫通力がある上に、当たると爆発する場合もある。今回は貫通をメインにして使ったので、並んでる氷柱を一気に貫いてアイスみたいに融かした。
折檻と説教をしていて気付かなかったが、モニターでは北山が別のCADで俺の『キルビーム』と少し似た魔法を使っていたが、司波妹が別の冷却魔法を使った事により勝敗が決まった。
新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイクは司波妹の優勝で決まり、準優勝をした北山は無表情でありながらも悲しそうな雰囲気を醸し出しながら佇んでいた。
☆
新人戦女子ピラーズ・ブレイクが終わるも、新人戦男子ピラーズ・ブレイクが始まる際、休憩も兼ねて時間が置かれる事となった。
だが、観客達はそんなの知った事かと言わんばかりに、すぐさま男子側の会場へと大急ぎで向かっていた。
「危なかったな。決勝中に抜け出さなかったら、絶対座れなかったぞ」
「全くよ」
既に会場へ訪れて席を確保している修哉と紫苑は、一気に入場してくる観客達を見て冷や汗を搔いていた。
二人以外にも――
「いや~、助かったわ二人とも」
「天城達が言ってくれなきゃ、危うく来れなかったぜ」
「司波さん達には申し訳ないけど、二科生の僕たちとしてはコッチが本命だからね」
「天城くん、佐伯さん、度々すいません」
同じ二科生であるエリカ、レオ、幹比古、美月も席を確保していた。
一高の男子一年選手でただ一人だけ二科生である隆誠が、一科生を差し置いて決勝リーグへ進出してる。他の二科生達からすれば一番重要だった。隆誠が一高にいる全ての二科生を代表する選手のように見ている。
今回行われる上位三名のリーグ戦を行う予定だったが、その内の一人が棄権を申し出た為、急遽リーグ戦から事実上の決勝戦となった。兵藤隆誠VS一条将輝と言う、凄く注目の高い決勝戦は観客達の誰もが気になっている。
兵藤隆誠はこれまでの試合で見た事のない魔法を使い、自陣の氷柱を一本も壊されずに完全勝利。
一条将輝は一条家の秘術である『爆裂』を使用し、試合に勝つ度に最短時間を更新していた。現在は十秒を切って、約七~八秒ほどとなっている。
どちらも試合を最短時間で終わらせているから、今回の決勝戦は間違いなくスピード勝負となる。
勝つのは隆誠の魔法か、はたまた一条の『爆裂』か。観客達はどちらが勝つのか議論する程だ。
「隆誠くんの魔法には何度も驚かされたけど、一条家の『爆裂』も凄かったらしいわね。試合を観てた二人からして、どっちが勝つと思う?」
「う~ん……」
「正直言って微妙ね……」
エリカからの問いに修哉と紫苑は難しそうな表情となる。
本当なら隆誠が勝つと言いたい二人だが、将輝が使う『爆裂』の展開速度が速い為、すぐに断定する事が出来なかった。
「真由美と十文字はどう見る? あたしはリューセーくんが勝つと思うが」
「そうねぇ。私個人としては摩利と同じよ。でも……これでもしリューセーくんが勝てば、ちょっと面倒な事になるのよねぇ」
「俺も七草と同意見だ」
関係者用の観客席がギッシリ満員となってるが、一高の三巨頭である真由美達は何とか席を確保して最前列に座っている。
先程の深雪と雫の試合は充分に見応えがあって素晴らしいものだった。けれど、男子ピラーズ・ブレイクの決勝戦――兵藤隆誠VS一条将輝の試合はそれ以上になるだろうと踏んでいる。
「もしもリューセーくんが十師族だったら、此処まで複雑な気持ちにはならないんだけど」
「一条が敗北したとなれば、向こうは少なからず黙っていないだろうな」
同じ十師族である七草真由美と十文字克人は、この試合である意味隆誠の今後に関わる事になるかもしれないと危惧している。
特に真由美の方である七草家の現当主が、何かしらの事を仕出かすのではないかと考えていた。周囲が十師族の力に疑問を抱かれるのを払拭する為に、隆誠を此方側へ引き入れるのではないか、もしくは最悪の場合、不穏分子として排除するかもしれないと。
前者はギリギリ受け入れるとしても、一番の問題は後者だ。もしも排除と言う愚かな事をあの狸親父が実行したら、真由美はもう完全に隆誠に一切顔向けが出来なくなってしまう。
それに加え、あの彼が簡単に排除されないと真由美は予想する。今回の試合で見た魔法は明らかに殺傷性ランクが高い。あれらは戦闘級魔法、もしくは戦術級魔法に匹敵している。
特に真由美が恐ろしく思ったのは、隆誠が第三試合で見せた光線魔法だった。CADを介しているとは言え、指先から放たれた光線で分厚い氷柱を簡単に貫通させていた。もしアレを人間に向かって撃てば、文字通り『指先一つで人を殺せる』威力だ。しかも連続で速く放つ事が出来るという恐ろしい展開速度でもある。
当然それは十文字も同様の危惧を抱いていた。自身の防御魔法が発動する前に、あの展開速度が速い光線魔法を放たれたら危ういと危険視するほどに。
「まぁ、いくらあの狸親父でも、こんな高校生の競技なんかで口出しするとは思いたくないんだけど……」
「だといいがな……」
「ちょっと十文字くん、そこはせめて『流石にそれはないだろう』と言って欲しかったわ」
「む……すまん」
フォローしなかった事が失敗だったと気付いた十文字は謝ったが、何とも微妙な空気となっていた。
「さて、そろそろ始まるな」
十師族側の話をまるで聞いてなかったかのように振舞う摩利に、真由美と十文字は内心感謝しながら試合の方へ意識を向ける事にした。
決勝戦が開始するアナウンスが流れた瞬間、先程までざわついていた観客達が急に静まり返った。
そして、注目の選手二人がステージに上がる……と思いきや、此処で予想外な事態が起きる。
ステージに立っているのは三高の一条将輝だけだ。一高の兵藤隆誠は未だに現れていない。
余りにも予想外な事に真由美達を含めた観客達にどよめきが走り、選手である将輝も戸惑う様子を見せている。
「何でリューセーくんがいないのかしら」
「一体どうしたんだ? 十文字は何か知ってるか?」
「いや、俺も分からない」
リューセーが現れない事に真由美達が疑問に思ってる中、ここで更に予想外なアナウンスが流れた。
『たった今、大会委員会より情報が入りました。第一高校兵藤隆誠選手は急遽棄権する事になりました。よって、決勝は第三高校一条将輝選手の不戦勝となり、新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイク優勝となります』
決勝戦を一番楽しみにしていた観客達や選手の将輝にとって、余りにも予想外であり、余りにもショックな報せを聞いて一気に騒然となった。
真由美達はすぐに席を立って会場から離れた。一体隆誠に何が起きたのかを確認しようと、すぐに一高本部の天幕へと向かう。
場所は変わり来賓席。
アナウンスを聞いた一人の老人が途端に表情を歪め、物凄く不機嫌となっていた。
「一体これはどう言う事なのかね?」
「も、申し訳ありません。私も今知ったばかりでして、一体何が何だか……」
「……そうであったな」
老人――九島烈は苛立ちながらも運営委員に問い質すと、ビクビクと震えている彼は全く知らないと首を横に振った。
兵藤隆誠に棄権と言う判定を下したのは間違いなく大会委員会。だから近くにいる委員も知ってる筈だと思っていたが、四六時中ずっと自身の傍にいたから知る由もないと結論して怒りを収める。
本来なら委員の彼を通じて大会委員会に問い合わせるのが筋である。だが今回ばかりは別であった為、九島が自ら大会委員長に話を聞こうと動き出す。
「ならば私が直接訊きに行くとしよう」
「お、お待ちを! 九島先生が態々行かれなくても、私がすぐに確認を――」
「生憎だが、今の私は悠長に報告を待っている気分ではない」
九島はこれまであった隆誠の試合を楽しそうに観戦していた。
試合があっと言う間に終わっても、未知の魔法を見た事で柄にもなく子供のように
席を立った九島はすぐに来賓室から出て、大会委員長がいるであろう本部へ向かうのであった。
決勝戦でリューセーが突如棄権となりました。
予想していた展開と全く違うとガッカリするかもしれませんが、これには当然理由があって次回で分かります。
感想お待ちしています。