天幕に辿り着くと、各校の天幕が置かれたエリアはパニック一歩手前の空気となっている。
その中心となってる第一高校の天幕に入ると、中は外よりも大慌て状態であった。
「あっ、兵藤さん」
俺が踏み入れた途端、気付いた北山が此方へ駆け寄って来た。彼女の近くには司波妹もいる。
「モノリス・コードで事故が起きたと聞いて来たんだが……森崎達はどうなってる?」
「まだ分からない。会頭と会長が今確認しに向かってる」
「そうか……」
九島と一緒だった時、彼の護衛もまだ分からないと言っていた。俺が此処へ来るのにまだそんな時間が経ってないから、知る筈もないか。
「なら第四高校はどうしてる? 何でも向こうが使った『破城槌』の所為で事故が起きたとか」
「アレは事故じゃない。故意の
口調は抑えてるが、目には見間違えのようの無い憤りに燃えている北山。
屋内で使用厳禁とされてる『破城槌』を使ったんだから、彼女がそう考えるのは当然と言えよう。
「まだ四高の故意と決まった訳じゃないんだろう? 何の確証も無いまま決め付けたら、後々になって誤解だったと判明しても、それが事実となってしまう」
「雫、兵藤くんの言う通りよ。今の段階であまり滅多なことを言うものじゃないわ」
正論を述べる俺に、司波妹も同意しながら北山を宥めた。こう言う時に親しい友人がいてくれた方が助かる。
あ、そう言えば彼女を見て思い出したが、司波の奴が天幕にいないな。まだ知らないのだろうか。
「ところで、司波はどうした? アイツならもう知ってもおかしくない筈だが……」
「お兄様はまだ部屋で休んでいます」
俺の台詞にピクリと反応した司波妹がすぐに答えた。
相変わらず兄関連の事となると素早いと思いながらも、此処にいない理由に納得する。
確かにアイツは新人戦が始まって以降、女子選手が出る競技全て付きっきりだ。俺が試合してる時も被ってて、その時は五十里に臨時で任せるほど多忙だった。
今日も今日でミラージ・バットに出場してる選手二人(光井・里美)も見ないといけないから、今の司波は相当疲労が溜まってるだろう。時間が空いてる時に休みたがるのは無理もない。
因みに光井と里美もいないという事は、恐らく決勝に備えた体力回復の為に身体を休めている筈だ。あの競技はクラウド・ボールやモノリス・コード以上にスタミナを求められるから、決勝前に休んでおかないと身体がもたない。
「兵藤くん、まさかとは思いますが……こうも立て続けに一高側に事故が起きてるという事は、もしや昨日の決勝で兵藤くんが棄権した事にも何か関係があるのでは?」
「いや、それとこれとは事情が全く違うと俺は思うが」
そう答えてしまった俺は後悔してしまう。直後、司波妹が目の色を変えたのだから。
「ならばこの際、教えて下さい。昨日に兵藤くんが棄権した他、お兄様が呼ばれた本当の理由を」
俺の棄権なんか殆どついでも同然で、担当エンジニアの司波兄が呼ばれて何があったのかを知ろうとしてるのが見え見えだ。
九校戦が終わるまで口外するなと九島から緘口令を敷かれてるので、当然素直に教えたりしない。
仮にここで言ってしまえば彼女は間違いなく荒れるだろう。この天幕を氷漬けにする程のブリザードを放出するのが容易に想像出来る。
「昨日の棄権については九島閣下が直々に説明しただろう? 俺の急な体調不良だって」
「ですが、それとお兄様とは何の関係も無いではありませんか。そもそも兵藤くんが棄権された理由は、本当に体調不良なのですか? わたしには方便としか思えなくて、実はエンジニアのお兄様が呼ばれなければならない程、何か深刻な事態が起きているのではありませんか?」
このブラコン娘は兄関連の事では本当に鋭いと心底思った。それも呆れるほどに。
司波妹の発言によって、北山以外の選手やスタッフ達も気になっているように俺を凝視している。
「兵藤さん、深雪の言ってる事が本当なら教えて欲しい」
「言った筈だ。九島閣下が全部説明したって。頼むから俺の棄権と今回の事故を一緒くたにしないでくれ」
「だったら、達也さんと五十里先輩が呼ばれた理由を教えて欲しい。それについては九島閣下から何も説明されていない」
「…………」
司波妹だけでなく、まさか北山もこれほど食いついてくるとは予想外だった。
迂闊な発言をしたつもりはないんだが、今回の事故がきっかけになって何が何でも知りたがっているようだ。
確かにこうも立て続けに一高側に不利な事が起き続けたら、司波妹達がそうなるのは無理ないか。とは言え、だからって教える訳にはいかないが。
再度聞こうとしてくる司波妹と北山の対応に苦慮している最中――
「兵藤はいるか?」
突如、誰かが天幕に入りながら俺の名前を呼んだ。
思わず振り向くと、森崎達の確認をしに行っていた十文字だ。真由美は一緒じゃないが。
呼ばれた俺は女子二人から逃れるように離れ、すぐに彼がいる方へ向かう。後ろから恨めしげな視線を感じるが気にしないでおく。
「何でしょうか」
「少し話がある。付いてきてくれ」
有無を言わせないような深刻な表情をしている十文字に疑問を抱きながらも、俺は言われるがまま彼に付いていこうとする。
☆
「俺が負傷した選手の代わりにモノリス・コードに、ですか?」
「ああ。お前が出た競技は一つだけな上に、補欠で登録しているのでな。出場できる条件に問題はない」
天幕の奥へ連れて行かれ、昨日と同じように遮音障壁を張って周囲に聞かれないよう十文字が施した後、予想外の話をされた事に俺は動揺していた。
ついさっきまで、森崎達が魔法治療でも全治二週間で、三日間はベッドの上で絶対安静だと聞かされた。
その際、負傷した者達に代わって、俺をモノリス・コードの選手として出場して欲しいと言われた訳である。
「ちょ、チョッと待って下さい。その話をする前に自分の質問に答えてもらえませんか? いきなりそんな事を言われても困るんですけど」
「む……」
いくら
モノリス・コードは事故が起きて中止になってもおかしくない状況であるのに、継続するように話すのはまだ良い。一番の問題は、何で俺が補欠として登録されているかだ。
本当なら真由美と摩利に問い詰めたいのだが、今此処にいるのは十文字だけしかいないので無理だった。なので彼に説明を求めるしかない。
「先ずは、何で俺が補欠になってるんですか? 全く初耳なんですけど」
「司波から聞いてないのか? お前の実力ならどの競技にも対応出来るから、万が一の事を考えて補欠登録して欲しいと言っていたぞ」
「……は?」
おいおい、そんな話は全く聞いてないぞ。司波の奴、俺の了承も無く勝手に補欠登録してたのか? ってか、いつの間にそんな事してたんだよ。
これは後で問い詰めて………ん、ちょっと待てよ。
確か九校戦二日目の夜中に、司波が俺に武装一体型CADのテストを依頼された時に妙な事を言ってたな。
えっと、あの時――
『なぁ司波、コレは俺よりレオで試した方が良いんじゃないか? 硬化魔法をメインに使ってるって前に言ってたし』
『いや、出来れば兵藤の方が良い。
試す前に妙な事を言っていた他――
『まぁ取り敢えずはこれで、万が一の場合に備える事が出来たから良しとするか』
『何だ? その万が一って』
『気にするな。俺の独り言だと思ってくれ』
それとテストを終えた際に気になる独り言も呟いていたな。
司波が言う『万が一の場合』って……っ! そう言う事か!
あの野郎、九校戦が始まる前から俺に内緒で補欠登録してやがったな。多分、俺が他の競技で女子達の得意分野の競技を圧勝したのを知った際、もしも男子が負傷して交代せざるを得ない事態を考慮したかもしれない。
あの武装一体型CADも俺がモノリス・コードで使う際の予備武器として問題無いかを試したに違いない。そう考えると、まるでアイツの
どうやらこれは落とし前を付けさせないといけないようだ。目的が判明した以上、絶対只では済まさないぞ。
念の為に、真由美と摩利にも聞いておかないとな。司波からどう言う経緯で俺を補欠登録したのかを。
「兵藤、さっきから表情を変えているが、一体どうしたんだ?」
「え……あ、いや、何でもないです、あははは……」
「?」
不可解な表情をしてる十文字は恐らく何も知らないだろう。俺が補欠登録をしたと言う情報ぐらいしか分からない筈だ。
彼を責め立てるのは全くの筋違いだから、一先ず本題に戻るとしよう。
「えっと、俺の補欠登録については分かりました。では次に、モノリス・コードはこのまま続けるんですか? 四高側の故意では無いにしろ、あの事故が起きたのですから、中止になってもおかしくないと思いますが」
「確かに中止の声もあったが、このまま続行すると大会委員会が決定を下した。今は一高と四高を除く形で予選を再開する予定でいる」
あんな状況になっても続けるって……随分と思い切った事をしている。
となると、大会委員会は今回の事故が起きた原因を四高側と見なして、その責任も全て押し付けるかもしれない。
昨日の検査では、装置が壊れた原因は俺のCADだと勝手に決めつけていた。あの連中ならそうやってもおかしくない筈だ。九島が知れば絶対呆れると思う。
「ですが再開するにしても、一高が復帰するのは無理なんじゃないですか? それに俺を選手として出場させると言ってますが、多分無理ですよ。会頭も知っての通り、俺は昨日の決勝戦前に問題を起こした身です。だから俺以外の選手に頼んだ方が良いかと」
「それについては俺の方で大会委員会に折衝する。試合続行は勿論のこと、兵藤の出場も含めてな」
自信を持って言う十文字だが、失礼ながらも俺は絶対無理だと思う。
今の俺は検査装置を壊した犯人と断定されてるから、あの大会委員長が認めてくれるとは到底思えない。それどころか、必死に説得する十文字に対して邪推するかもしれない。もしかすれば、俺のCAD暴発は彼も関係してるんじゃないかと。
かと言って他の選手を出場させたところで、一高が優勝出来る望みは殆どゼロだ。俺以外に単一エントリーしてる一科生の選手達が頑張ったところで、入賞すら行けるのか不安に思うほどだ。何せ今回やった競技で、準優勝した俺と森崎を除いて全員予選落ちだ。全く期待出来ないと断言出来る。
二科生の俺や司波に対して未だ詰まらない事に拘ってるから、変に意識し過ぎて空回りしてアッサリ負ける光景が目に浮かぶ。それさえ無ければ何とかなるかもしれないが、言ったところですんなり認めるほどあの石頭共はそこまで柔軟な考えを持ち合わせていない。
「まぁ、そこは会頭に任せますが……仮に自分の出場を勝ち取る事が出来ても、残り二人の選手が一緒に戦ってくれるかどうかは別ですよ。アイツ等とじゃ、足の引っ張り合いになるでしょうし」
知っての通りモノリス・コードは今までの個人競技と違い、三人で行う団体競技である。チームワークを前提としてるから、バラバラで戦って勝ち残るほど甘くない競技だ。そこは十文字も当然分かっている筈だが。
どんな結果になっても無理だから、優勝は諦めざるを得ない――
「いや、そうとは限らない。今回は司波にも出場してもらおうと考えている」
「司波ですか。確かにアイツなら大丈……え?」
十文字の台詞を流してしまう俺だったが、すぐに予想外の名前が出たと認識する。
「ちょ、し、司波って、あの司波ですか? 選手の司波妹じゃない、担当エンジニアの司波達也ですか?」
「そうだ。不服か?」
「あ、いや、別に不服……って訳じゃなく、それは本気で言ってるんですか?」
「勿論だ」
そんな力強く答えても、こっちとしては戸惑うばかりなんだが。
恐らくだが、十文字は二科生の俺と司波なら優勝する可能性があると見ている。一科生と組ませるより同じ二科生同士なら問題無いと。
確かに俺は構わないんだが、問題はアイツがそれに従うかどうかだ。はっきり言って絶対断ると思う。自分では力不足、俺以外の二科生を更に出場させたら士気に関わる、と言う至極尤もな理由を述べて。
まぁ十文字の事だから、司波がそう断る事を承知の上で出場させるだろう。一切迷いなく答えたのを聞く限りは。
「仰る事は分かりました。ならばもう一つ、会頭が何故そこまでして俺と司波を出場させようとしてるんですか? 他にも選手がいる筈なのに」
いくら実力があると言ってもこれで俺と司波が出場すれば、もう一科生達のプライドは木っ端微塵に砕かれるだろう。
俺としては別にそうなったところで構わない。それはそれでいい薬になると思っている。
とは言え、いくら十文字が決定を出したところで、あの連中がそう簡単に二科生二人の出場を認めはしないだろう。発足式前の会議以上に反発するのが容易に想像出来る。
俺と司波の説得以上に難しいと内心不安に思うも――
「決まっている。モノリス・コードで優勝出来るメンバーを改めて選出した。二科生でありながらも、他の一科生以上に一段抜きん出ている兵藤と司波が組めば、間違いなく優勝出来ると俺は確信している」
「………………」
予想外な台詞を聞いてしまった事に、俺は思わず固まってしまった。
一科生至上主義でないとは言え、二科生である俺と司波が一科生以上だと臆面もなく言い放つ十文字を、改めて凄いと心底思った。
これが他の一科生達なら絶対に言わない。益してや自分達が二科生に劣っている事を絶対に認めず否定する一方だ。
だけど十文字は違う。高校生でありながらも、ここまで確固たる意志を持っているのだから、例え他の一科生達が抗議したところで一切撤回しないだろう。
それ以外に、表も裏も一切関係無いと言わんばかりにとても澄み切った眼をしている。益荒男でありながら、ここまで純粋な人間を見たのは本当に久しぶりだ。
そんな素晴らしい
「これで納得してくれたか?」
「………ええ、充分です。先程まで失礼な態度を振舞い、誠に申し訳ありませんでした」
「? いや、別に謝る必要はないのだが……」
さっきまでの俺は、無理だ。上手く行かない。と言うネガティブな事を考えながら十文字に聞いていた。
なので此処は一度頭を下げて謝罪しなければいけなかった。彼が戸惑っても、これは俺個人の問題だから。
それを終えた俺は、先程と打って変わるように参加の表明を示す。
「兵藤隆誠、謹んでモノリス・コードの選手として参加させて頂きます。十文字会頭のご期待に添えるよう、必ずや優勝に導きます」
「感謝する」
俺の参加を聞いた十文字が若干笑みを浮かべようとするが、何とか堪えながら俺に礼を言った。
「兵藤からの了承を受け取った以上、俺は大会委員会からお前の試合出場を必ず勝ち取る事を約束する」
「楽しみに待ってます」
「だが、お前は良くても、司波がそう出てくれるかは別だが」
「でしたら、司波に関しては任せて下さい。俺が説得しますので」
十文字からの頼みを聞いた以上、何が何でも絶対出場させてやる。俺に黙って勝手に補欠登録した責任を取らせなければいけないから。
まぁそれでも文句を言った場合の事を想定し、俺に関する情報を提供しようと思っている。例えば……図書館特別閲覧室の扉に施された強固な魔法式を
「兵藤がそこまで言うなら構わんが……まぁそれは後にしよう。では、俺はこれから大会委員会本部へ行く」
「お気をつけて」
十文字は席を立ち、大会委員会と折衝しようと天幕から出ていく。遮音障壁の魔法を解くのを忘れずに。
「……よし」
部屋からいなくなったのを見届けた俺は、すぐに懐から携帯端末を取り出す。
指定のナンバーを入力後に発信した後、向こうからの反応を待っていると、思いのほか早く電話に出てくれた。
「もしもし、兵藤ですが……ええ、いきなり電話して申し訳ありません。実はちょっとお頼みしたい事がありまして――」
俺が用件を言うと、電話に出ている相手は快く了承してくれた。
上手く行くよう祈りながら、俺は天幕から出ようとするも――
「兵藤くん、お話は終わったみたいですね」
「さっきの続き。聞かせて」
司波妹と北山に詰問されていた事をすっかり忘れていた。
やっぱり逃げられないかと思うも、いつの間にか真由美と摩利が来てどうにか回避する事に成功するのであった。
「そうそう、真由美さんと摩利さん。さっき会頭から俺は司波経由で補欠登録されてると聞きましたけど、どう言う事ですか?」
「え!? あ、いや……」
「それは、その、だな……」
「ほほ~う。その反応をするって事は、やっぱり揃って一枚噛んでるようですね」
「「………………」」
「まだ白を切るなら、用意する予定のスイーツを無しにしますよ?」
「ごめんなさい!」
「すまなかった!」
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