新人戦モノリス・コードを第一高校が優勝した事により、一睡も出来ないほど追い詰められ、そして歯軋りしている者達がいた。
「くそっ! 兵藤隆誠の所為で第一高校の優勝は最早確定的じゃないか!」
「一体どういう事だ!? あんな出鱈目な実力を持っていたなんて聞いてないぞ!」
「それは此方の台詞だ!」
またしても予想外な事が起きた所為で、男達は見苦しいとも言える口論をしていた。その元凶である隆誠がモノリス・コードの代役選手として出場し、そして優勝に導いたから。当の本人からすれば知った事ではないが。
「あのガキが余計な真似さえしなければ!」
「今は兵藤隆誠なんかより、九校戦の事を考えねばならん!」
男達は非常に焦っていた。このまま一高が優勝したら大損失するだけでは済まされず、楽に死ねない事が確定しているのだ。
そうなれば此処にいる男達は良くて『
当然、誰だってそんな末路は迎えたくない。故に今まで控えていた強引な手段を使おうとする。
「明日のミラージ・バットでは、一高選手の全員に途中で棄権してもらう。兵藤隆誠の時は不発となったが、今度は上手く行く筈だ」
その決断が一高にいる男子生徒の逆鱗に触れるトリガーを引いてしまう事となった。尤も、例えそうなったところで、もう一人の男子生徒によって阻止されてしまうが。
「ところで、一条選手を勝たせる為に送った使いの魔法師はどうした?」
「分からない。だが一向に報告が来ないのを考えると――」
一条将輝が使う『爆裂』を使わせる為の支援策として、摩利の事故で利用した水の精霊を再び操らせようと古式魔法師を向かわせていた。けれど、未だに帰還の報せがない為、男達は全く分からず仕舞いでいる。
もしかすれば下手をして軍に捕まったかもしれない。一人はそう結論していたが、それは違っていた。
その古式魔法師は軍でなく、先程まで男達が罵っていた男子生徒――兵藤隆誠によって捕縛されている。正確には、隆誠が造った水の神造精霊ディーネによって。
☆
2095年8月11日/大会九日目
九校戦九日目、本戦四日目。
新人戦が終わった事で本戦となった。今日は本戦ミラージ・バットが行われる予定だ。
俺――兵藤隆誠は競技を終えた事により、選手として肩の荷を下ろす事が出来て安堵してる。これでやっと本格的に裏の行動が出来ると思いながら。
因みに昨日に新人戦優勝が決まって、俺と司波と幹比古が一高の天幕に戻った時、会場の観客達と同様の拍手を送られた。それ以外に、俺が使った技――九頭竜撃も相当話題になったようだ。
特に凄い反応を示していたのが摩利だ。俺を見付けて早々に『あの技は一体何処で会得した!?』と、何故か凄い真剣な顔をしながら問い詰められた。普段見ない表情に俺が思わず絶句するも、真由美と十文字がどうにか抑えてくれて事なきを得ている。勿論、冷静になった摩利からも『すまなかった』と謝罪されてるから、そこまで大事にはなっていない。
ただ、彼女からある事を言われた。
『実はシュウが――こほんっ。今日観戦しに来た千葉家の千葉
千葉修次と言うのは、恐らくホテルのロビーでエリカと口論していた彼の事だろう。エリカが大好きな兄+摩利の恋人である美青年。
エリカが口論していた際、千葉流剣術免許皆伝の剣士と言っていた。それを聞けば、千葉修次はかなりの実力を持った有名な人物なのだろう。そんな彼から手合わせをしたいと言われるとは、俺が使った九頭竜撃が相当気になるようだ。尤も、それは摩利にも言える事だが。
普通に考えれば、そんな有名剣士からのお誘いには是非とも受けなければならないだろうが……ハッキリ言って全然その気は無い。もし彼と手合わせをして勝利すれば、確実に面倒事が起きるのは目に見えてる。かと言って態と負けたら、それはそれで向こうが怒るだろう。特に兄を慕っているであろうエリカが。
取り敢えずは『保留にして下さい』と彼に伝えるよう言っておいた。いきなり拒絶すれば、恋人である摩利には申し訳ない。加えて、もしかしてどこかで聞いてるかもしれないエリカが絶対黙っていないだろうし。
今日の俺は、前回の続きをしようとある場所へ訪れる予定だ。そこにいるであろう人物から朝食後に来て欲しいと報せが入ったから。
「全く、君はとんだ詐欺師ではないか。おかげで昨日は興奮をおさめるのに一苦労したよ」
「そんな事を言われても困るんですが……」
場所はVIPルーム。
前回と同様、この部屋には俺と老人――九島烈しかいなかった。当然彼の護衛も外している。
まるで食後の一服のように紅茶を飲みながら、昨日あった新人戦モノリス・コードの試合内容について話していた。尤も、此処へ来て早々に九島が唐突に切り出したから、そうせざるを得なかったのだが。
一介の高校生と魔法協会理事が、またしてもVIPルームで茶飲み話に興じている。もうこれで二回目だ。九島を尊敬してる魔法師が知ったら大絶叫確実なのは容易に想像出来る。
まぁ俺も俺で、モノリス・コードの試合内容を九島の視点から見てどうであったのかを知りたかったから、本来の目的を一旦横に置いていた。既にもう一時間は越えて、あと少しすれば本戦ミラージ・バットが始まる予定だ。
因みに話をしている九島は俺に文句を言いつつも、凄く楽しそうに観戦していたようだ。新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイク決勝戦が観れなかった分、その埋め合わせが出来て良かったんだろう。
さて、これ以上長引かせる訳にはいかない。彼には悪いが、ここでお開きにさせてもらう。
「閣下、水を差すようで誠に申し訳ないのですが、そろそろ本題に入りませんか? 俺のタイムリミットは今も刻々と近づいていますし」
「むぅ………はぁっ。致し方あるまい」
まだまだ話したりなさそうに嘆息してる九島だが、事情を察しながらも俺に合わせてくれた。
「では、この前の続きだが……。確かあの時は若人からの悩み相談の途中で、対抗魔法についての話だったかな?」
「そうです」
単なる他言無用としての如何でも良い設定まで言ってきた事に、俺はよく憶えていたなぁと思ったのは内緒だ。
「まぁ、それについては深く聞かないでおくとしよう」
「宜しいのですか?」
俺の対抗魔法――『
魔法師なら普通、相手の魔法の詳細を知りたがる筈だ。九島が敢えて訊こうとしないのは、何か理由があるかもしれないが。
「兵藤君が使う対抗魔法は全く気にならない、と言えば嘘になってしまうがね。だがそれとは別に、少し気になる事があるのだよ」
「気になる事?」
「対抗魔法について話す前、君はSB魔法と口にしたであろう? それが検査装置に仕込んでいたと」
「……ええ、言いましたね」
九島の台詞を聞いて、俺は思い出す為に少し間を置いた後に頷いた。
「閣下には何かお心当たりがあるんですか?」
「うむ」
これはまだ推測の域に過ぎないが、と付け加えながらも九島は話そうとする。
「突然だが兵藤君、『
「電子金蚕、ですか。初めて知りました」
と言う俺だが、実は知っていた。流石に詳細までは知らないが、昨日にディーネが捕らえた古式魔法師の頭の中に入ってる情報を根こそぎ頂いている。
ソイツから電子金蚕の情報を得た際、検査機に仕込んだ異物の正体がそれだと判明済みだ。
しかし、それを流石に九島の前で知っていると答える訳にはいかなかった。何故ならその魔法は世間に知られてなく、発祥地が日本でないからだ。
俺が初めて知ったと嘘を吐いた事に、九島は疑った様子を微塵も見せていない。それどころか、知らなくて当然だという感じである。
「因みにどう言った魔法なんです? 閣下がそれを言うには、何かしらの関係がありそうに思えるのですが」
「あると言えばある。電子金蚕とは電子機器に侵入し、動作を狂わせる遅延発動術式でな。君が知らないのは無理もない。何故なら私が現役だった頃、東シナ海諸島部戦域で広東軍の魔法師が使っておった魔法だからな。我が軍はそれの正体が判るまで、随分苦しめられてな……」
九島は自分の記憶を掘り起こし、どこか懐かしむ口調で、電子金蚕について語ってくれた。
あの
新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイク決勝戦の妨害工作をしようと、
その組織は
「なるほど。閣下はその電子金蚕と言うSB魔法が、俺のCADに仕込まれたかもしれないとお考えなんですね」
「うむ。だが先程も言ったように、これはまだ推測に過ぎないから断定出来ない。いくらあの連中でも、流石に同じ手を何度も使うとは――」
思えないと言おうとする寸前、VIPルームの扉が突然開いた。
「あの、閣下……」
「やれやれ、またか……」
このパターンに俺と九島は揃って嘆息した。話をしてる最中に九島の護衛が入室し、モノリス・コードで事故が起きたとの報告が入った時の出来事を思い出しながら。
恐らく、既に起きたであろうミラージ・バットの事故についての報告をしてくる筈だ。
態々聞くまでもないと思いながら、九島は前と同じく手元にあるリモコンを操作してVIPルームにある大きなモニターの電源を付けた。
モニターに映っているのはミラージ・バットの会場であり、第一試合が中継されているが、残念ながら今は緊急事態が発生してる為に中断となっていた。
そうなってる理由は当然ある。俺達が見てるモニターの隅で、本戦に出場してる一高の三年女子――
けれど、彼女の身に一体何が起きたのかが全く分からなかった。
「閣下――」
「ああ、分かっている。あの選手に一体何が起きたのかね?」
慌てた様子で入室してくる護衛に、九島は事故の詳細を催促してきた。
彼は出鼻を挫かれたような表情をするも、言われた通り状況を説明しようとする。
三年の小早川が空中で魔法式を切り替えようとCADを使っていたが、何故か発動せずに落下したそうだ。水面に激突する寸前、立ち合いの大会委員が減速魔法を放って何とか事無きを得るも、彼女は意識を失ってしまった。故に今は担架で運ばれていると言う訳である。
それを聞いた俺は、担架で運ばれている小早川を同情的に見た。同時に、魔法師としての道が断たれたかもしれないと思いながら。
この世界で扱う魔法は意外に脆く危うい上に、精神の微妙なバランスの上に成り立っている。
複雑な科学演算式のような理論で展開されているとは言っても、多くの魔法師達は魔法その物がどういう仕組みで働いているのかを見る事は出来ない。魔法があると認識してるから、魔法師達は魔法を使っている。
けれど、その途中で魔法の存在に疑念を抱き、それが次に確信になれば大きく変わってしまう。『やはり、魔法などないのだ』と確信したら最後、二度と魔法を行使する事が出来なくなるのだ。
この事実を知った際、『この世界の魔法は諸刃の剣も同然じゃないか!』と
話が逸れてしまったから戻すとしよう。
小早川の状況を聞く限り、CADに問題があると見て良いだろう。それに心当たりもあった。ついさっきまで、九島が電子金蚕について語っていて、丸っきり似たような内容であったから。
「九島閣下、まさかとは思いますが、
「……はぁっ。どうやら私の推測は確信に変わりつつあるようだな」
出来れば当たって欲しくはなかったが、と付け加えながら九島は小早川を気の毒そうに見ていた。
彼としては魔法を学ぶ若人の未来が潰され、貴重な才能が失われた事にとても寂しく思ってるだろう。
(ん?)
すると、モニターの隅で映ってる一高の技術スタッフを偶然見つけた。ソイツは昨日のモノリス・コードに選手として出場した司波で、この後の試合に出場する予定の司波妹も隣にいる。
その司波兄が誰かと電話しており、相変わらず無表情だが、何か情報を掴んだかのような感じが見受けられた。その後に司波妹を安心させるように、柔らかな笑みを浮かべながら、彼女が持っているCADを手にしようとする。
(アレは絶対何かやらかすな)
司波の行動を見て俺はそう思った。ああ言う事をするのは、大事な妹を巻き込ませない為の
アイツが司波妹のCADを持って行くとすれば……恐らく大会委員のテントだろう。スタッフとして、司波妹のCADをチェックしようと向かう筈だ。
同時に、何か良からぬ事を起こすに違いない。大事な妹の持ち物であるCADに
それを防ぐ為にも、早く行動した方が良いだろう。
「閣下、もし例のSB魔法が使われているとなれば、俺のCADに仕掛けたアレは――」
「どうやらこれは、運営委員に問い質さねばならないようだ」
俺が言ってる最中に、九島は行動を開始しようとする。まるで大きな証拠を握る事が出来ると言うように。
そしてすぐに俺と護衛を連れてVIPルームから出た。その後に大会委員長も同行させ、大会委員のテントへ向かう為に。
「あ、すいません閣下。俺は一足先に向かわせて頂きます」
「何故かね?」
「実は
「ほう、中々興味深い人物だ。兵藤君はその彼を止める為に先へ行くと?」
「そう言う事です。だから行ってもいいですか?」
「ならば是非ともそうしてくれ。まだ証拠も掴んでない状況の中、そのような事をされたら私も流石に困る」
「では今すぐ行かせてもらいます」
「うむ」
(何であの少年は九島閣下に対して、あそこまで馴れ馴れしいんだよ。閣下も全く気にする事なく話してるし……この二人、一体どう言う関係なんだ?)
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