(やっぱり一人で行ったか!)
俺は少々慌てながらも、大急ぎで大会委員のテントへ向かっていた。早まった真似をするなと思いながら。
九島から一足先に向かう許可を貰った後、最初は念の為の確認と言う事で一高テントへ向かった。その控え室にいる司波妹から聞き出すも、自身のCADを持ってチェックをする為に大会委員のテントへ行ったそうだ。
それを聞いた俺はすぐさま司波がいる場所へ辿り着くと、何やら出入り口付近が騒がしかった。他校の生徒やざわめき、警備担当の委員が何やら叫んでいる。ついでにテントの中には司波と思わしきオーラを確認できた。妙に殺気立っているのも感知済みだ。
(思った通りだ!)
嫌な予感が的中したと確信した俺は、他校の生徒を押しのけてテントの中を見ると――
「深雪が身に着ける物に細工をされて、この俺が気付かないと思ったか?」
前の新人戦アイス・ピラーズ・ブレイク決勝戦前に担当した検査員が、殺気を放っている司波によって叩きつけられ、そして組み伏せられていた。
普段感情を表さない司波の表情に、俺は思わず目を見開いている。あそこまで怒りの感情を見せたのは初めてだったから。
他にもあった。今のアイツを見て、
嘗てアーシアがディオドラ・アスタロトに色々とちょっかいを掛けられた際、何度殺そうかと思い、怒りを抱いた。まぁ奴は
比較対象は全く違うが、今の司波は
まぁ今はそんな事よりも、早く止めないと不味そうだ。
「検査装置を使って深雪のCADに何を紛れ込ませた? ただのウイルスではあるまい」
検査員の顔が途轍もなく引き攣っていた。それだけ司波が放つ殺気と睨みが恐ろしいと言う証拠だ。
「これはどうでも良い事だが、確かお前は三日前に兵藤のCADを検査していたな。それと似たような物を使ったのか?」
おい、俺の事は如何でも良いのかよ。
今のアイツは俺が見ている事に全く気付いていないから、あんな事を言ってるんだろうが、随分と良い度胸してるな。後で覚えてろよ。
「だがこの大会、今までの事故が全てお前一人の仕業というわけでもあるまい?」
司波の膝の下で、検査員は弱々しく首を横に振った。
「そうか。言いたくないか」
司波が検査員に見せ付けるようにして、右手の指を揃え真っ直ぐ伸ばして手刀を作った。
その指先がゆっくりと、組み伏せた検査員の喉元へ近づいていく。
周囲の者達は想像してるだろう。司波がこれからやろうとしている恐ろしい事を。
当然、この場にいる俺がそんなバカな真似をさせまいと――
「何をしている、司波」
「――兵藤」
即座に近付いて早々、片手で司波の右手首を掴んで阻止した。それを見た周囲が再び驚愕している。
司波は振り向きながら俺の存在に気付くも、まるで如何でもいいように言い放つ。
「放せ。俺はこの男を尋問している最中だ」
「尋問だと? 拷問の間違いじゃないか?」
俺のツッコミに他校の生徒の一部が賛同するように頷いていた。
だがそれでも司波は続けようと、掴まれている俺の右手から逃れようとしている最中だ。
「関係無い。コイツは深雪のCADに異物を紛れ込ませようとした。それは絶対に許されない事だ」
「その気持ちは分からなくも無い。けれど、だからと言って正当化する理由にはならん。もし司波妹が知ったら酷く悲しむ事になるんだぞ?」
「!」
妹を口にした途端、司波の殺気が揺らぐと同時に動きが止まった。
思った通りだ。やはりコイツは妹関連の事を言えば、感情を制御する事が出来る。
しかし分からんな。普段どんな罵倒や嘲笑をされても全く気に留めないと言うのに、司波妹の事となった途端、ここまで感情的になるとは完全に予想外だ。
やはり司波は普通の人間と違って、何らかの感情が欠落してると見ていいだろう。特定の人物だけに反応し、こんな極端な行動を取るなんて明らかに異常と言ってもおかしくない。
機会があればその内、コイツの頭の中を探ってみるとするか。何故俺に対して異常な警戒心を抱くのか、何故妹に関して過剰な反応をするのかを。
他人のプライバシーを詮索するのは、人として最大のマナー違反である事は重々承知してる。だけど司波の場合、俺の素性を調べてるから、ある意味お返しのようなものだ。もし糾弾されても、『先に仕掛けたのはそちらだろう?』と言い返させてもらう。
「何事かね?」
すると、穏やかな老人の声によって、状況は一変した。
テントに入って来たのは九島と彼の護衛、そして以前会った大会委員長だった。
「――九島閣下」
俺が咄嗟に手を放すと、司波は打って変わる様に殺気を収めて、組み伏せていた検査員から離れ、立ち上がって九島に一礼した。
流石の司波も彼の前では大人しくなるようだ。此方としては大変好都合である為、九島に感謝しなければならない。
「やはり思った通りの展開になっていたようだね、兵藤君」
「ええ。俺が咄嗟に止めなかったら危うかったですよ」
『!』
予想通りの展開だったと会話してる九島と俺に、司波だけでなく周囲の者達が目を見開いていた。
いや、そうじゃないか。俺が魔法協会理事と親しげに話してる事が信じられない、と言うべきだろう。
九島はそんな事を全く気にしてないみたいで、司波の方へと視線を向ける。
「君は――第一高校の司波君だな。どうやら兵藤君が言った通りの若者のようだね」
「見苦しい姿をお見せして、申し訳ありませんでした」
司波は一瞬俺を睨むも、すぐさま九島に頭を下げながら謝罪をした。頭の中では『兵藤、一体お前は九島閣下に何を言ったんだ!?』とでも考えながら。
それに気付いていない九島は笑みを浮かべた後、用件を聞こうとする。
「ところで、これは一体何事かね?」
「はっ。当校の選手が使用するCADに対する不正工作が行われましたので、その犯人を取り押さえ背後関係を尋問しようとしておりました」
「そうか」
おい司波、何で平然と嘘吐いてんだよ。俺さっき『拷問』って言い直したよな?
……まぁ良いか。俺が止めた事で事無きを得たから、ここは敢えて『尋問』と言う事にしておくか。九島もそれで通そうと、敢えて何も追求せずに頷いているだけだし。
さて、そんな事は如何でも良いとしてだ。目の前の問題に向き合わないと。
先程まで司波に叩きつけられた検査員だが、現在は九島の護衛に取り押さえられている。そして検査員が使っていた検査機には司波妹のCADがあるので、俺がすぐに取り外した後にそれをジッと見る。
大事な妹のCADを見詰めてる事で司波は少しばかり睨んでいたが、俺は敢えて気にせずにこう言った。
「九島閣下、このCADにSB魔法らしき反応があります。これが例の『電子金蚕』っていうやつですか?」
「どれ、私が直接確認しよう」
そう言って九島は俺が手にしてる司波妹のCADを手にし、繁々と見詰めた。
司波は知らないのか、俺が電子金蚕と口にしたのを聞いて驚くように見ている。
数秒後、九島が突然首を横に振りながら嘆息した。この様子からして分かったのだろう。
「やはり電子金蚕だ。まさか、またコレを目にする事になるとは……」
「あれま。となるとピラーズ・ブレイク決勝前、俺のCADに仕込まれようとしたのは、その電子金蚕だったんですね」
「恐らくな」
顔を青褪めている検査員は別として、俺と九島の会話に周囲は全く付いていけない様子だ。
そんな中、司波が俺に尋ねようとする。
「兵藤、その電子金蚕とは一体何だ?」
「それは私が説明しよう」
まるで初めて聞いたみたいな司波からの問いに九島が代わりに答えた。
その後は電子金蚕について、VIPルームで話した内容をそのまま説明する。俺は既に聞いてるが、復習も兼ねて改めて聞く姿勢だ。
「君は電子金蚕のことを知らないようだが、どうやって気付いたのかね?」
「自分の組み上げたシステム領域に、ウイルスに似た何かが侵入したのはすぐ分かりました」
一通り話し終えた九島が問いかけると、司波は姿勢を保持したまま答えた。
答えを聞いた九島は、何だか楽しげな笑みを浮かべるも、検査員へ向けられた時には違う笑みとなって見下ろしている。
「では君は、一体何処で電子金蚕の術式を手に入れたのだね? それと……確か三日前の新人戦ピラーズ・ブレイク決勝前、兵藤君のCADをチェックしたのも君だったな」
途端に九島から若干の怒りが感じられた。仕掛けた犯人が目の前にいる奴だと分かったから、あの時の事を思い出したんだろう。
検査員……ではなく工作員は悲鳴を上げて逃れようとするも、既に護衛と警備員によって拘束されていた。
徹底的に調べ上げるよう指示された事により、連行されていく工作員の末路がどうなるかは言うまでもない。
司波がやらかした事だが不問となった他、CADのチェックは必要無いとの判断が下された。九島が大会委員長にそう確認したので。
だがしかし、それとは別にやらなければならない事がある。
「運営委員の中に不正工作を行う者が紛れ込んでいたなど、かつて無い不祥事。だが、他にもまだある」
そう言って九島は目を鋭くしながら大会委員長を容赦無く睨んでいた。今は明確な怒りを露わにしているのが丸分かりだ。
睨まれている本人も、まるでこの世の終わりみたいに顔を青褪めている。
「一切調査せずに工作員の言い分を鵜呑みにしたまま、新人戦ピラーズ・ブレイク決勝を控えていた兵藤君に失格の判定を下し、彼に全ての責任を押し付けた挙句、CADまでも没収しようとした。これほど職務怠慢で身勝手な振る舞いをする愚かな大会委員長など、私は初めて見たよ」
「……………………」
「加えて、ミラージ・バット本戦に出場していた若き魔法師の未来までも消してしまった。君達が充分な調査をしていれば、あんな悲劇が起こらなかったと言うのに」
あ~らら、大会委員長はもう卒倒する寸前になっちゃってるよ。
工作員が電子金蚕を仕掛けたと判明したから、弁明なんか一切出来ないのは当然だ。
加えて、今の九島は完全に怒っている。これはもう日本の魔法師から尊敬されている魔法協会理事を敵に回したも同然。それを理解してるからこそ、大会委員長は何も言えないでいる。
「君とは後でじっくり話をしようじゃないか。今後の事も踏まえてね」
今後の事って……それって処分を下す意味じゃないよな? まぁどっちにしろ、大会委員長が今回の件で落とし前を付けさせられる事は確定だけど。
当然、九校戦が終わった後に予定されていた俺のCAD没収、並びに検査機の賠償責任も帳消しとなった。責任は失態を侵した大会側が全て負う、と言う事で。
「兵藤君、君も彼に言いたい事は色々あるだろうが、ここは私に任せてもらえないか?」
「分かりました。後の事はお任せします」
態々俺が抗議しなくても充分だと分かるほど、大会委員長の顔色はすこぶる悪い。もう死人も同然だった。
俺の返答を聞いた九島は笑みを浮かべ、今度は司波へ向けた。
「それと司波達也君、君にもいずれ兵藤君と同じく、話を聞かせてもらいたい」
「ハッ、機会がございましたら――」
「フム、ではその『機会』を楽しみにしていようか」
気のせいか、九島は何故か司波を前から知ってるような感じがした。
………まぁ俺には関係の無い事だ。兎に角この後、真由美達に結果を報告しないと。
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