嘗て、聖書に記されし神が存在した。そして人間へと転生し、悪魔へ転生した弟と共に波乱万丈な人生を送るどころか、様々な出会い、更には世界の命運をかけた壮絶な戦いを繰り広げた。
しかし、それらの出来事は一切知られてないどころか、世界中にある歴史の記録にも一切記されていなかった。
何故そんな当たり前な事を言うのだと誰しも疑問を抱くだろう。
理由はある。人間へと転生した筈の神が、またしても人間へと再転生したという異常事態が発生したのだ。
それは二度目の死を迎えた神としては、全く予想だにしない誤算であった。それどころか、自分の知る世界でない。
神や悪魔等の超常的存在がいっさい居なく、『魔法』と言う名の異能が発展した歪みが人間社会に満ち溢れた世界へ飛ばされたのだと三度目の生を迎えた神――兵藤隆誠は後ほど知るのであった。
西暦2095年4月3日/東京・八王子
「少し早く来てしまったか……」
二回目の転生をした俺――兵藤隆誠は嘆息しながら呟いた。
今日は第一高校入学式の日。けれど、開会するまで時間がある為、どこか適当な場所で時間を潰すしかなかった。
瞑想するか、もしくは本でも読もうかと考えながら歩いている最中、上級生と思わしき生徒達とすれ違う。
――ねぇ、あの子もウィードよ
――またなの?
――スペアなんだから、身の程を弁えろよな
通り過ぎた上級生達が嘲るように言った事に、俺は少しばかり眉を顰めた。
(世界は違っても差別をしたがる人間はどこにでもいる、か)
さっきの会話にあったウィードと言う単語は、二科生を指す差別用語の一つだ。
この第一高校には一科生と二科生と分けられている。それを区別するように、制服のブレザーに八枚花弁のエンブレムがある生徒は『
一科生はともかく、二科生に対するその呼び方は差別用語として禁止されている。尤も、そうしたところで現状は全く変わっていない。さっきの上級生達が正にそれだ。
もう言うまでもないが、俺は二科生として入学している。
この世界に転生して15年経ち、魔法については一通り学んだが、未だに理解しきれていなかった。自分が知っている魔法とは全く異なっているから。
そう言った情けない理由もあって俺は試験でいまいちな結果を残した為、二科生として入学したのである。もしも堕天使アザゼルなら、この世界の魔法に強い興味を抱いてのめり込んでいるだろう。それどころか、独自に新しい強力な魔法を作成するに違いない。
とまあ、話は脱線しかけたが、この第一高校には差別的なところがある。生徒側だけでなく、学校のカリキュラムも色々とあるが割愛させてもらう。
差別をして優越感に浸る人間に何を言ったところで無意味だと分かっている俺は、さっきの言葉を無視しながらベンチの置かれた中庭を発見した。
そこで時間を潰そうとベンチへ向かうも、既に先客がいた。携帯端末らしき物に目を通している俺と同じ二科生である黒髪の少年が真ん中に腰を据えている。
ふと思い出した。先程の上級生たちの会話は、俺以外の二科生と遭遇したような内容だった。恐らく彼かもしれない。
しかし――
(何だ? あの少年から感じる
普通の人間とは思えないほどの異質な力を感じ取った。
前にいた世界は生物の体内にある力の源を魔力やオーラと称していたが、この世界では『
それを感じ取った俺は少しばかり、目の前の少年を思わず警戒してしまう。莫大なサイオンを保有しながらも、一切垂れ流すことなく
「ん?」
すると、携帯端末に目を通していた少年は途端に此方へ視線を移し、まるで俺を警戒するように目を細めている。
「さ~てと、此処で時間を潰すか」
感付いたかと思った俺は何でもないように振舞いながら向かいのベンチに腰掛けた後、携帯端末を取り出して書籍サイトへログインした。
個人的には本で読みたいが、この世界は紙媒体の書籍自体が非常に珍しい物となってしまっている。それを初めて知った時の俺は非常に残念に思いながらも、携帯端末をメインとして利用している。
俺が時間潰しの為に此処へ来たと分かったのか、少年は視線を外して自身の端末へ目を向ける。けれど、時折チラチラと視線を向けられる事はあるが、敢えて気にしない事にした。
(気のせいか? 明らかに俺を探っているような目をしていたが……)
少年――司波達也は携帯端末を見ながらも、目の前のベンチに腰掛けて自身と同じ事をしている二科生らしき少年を警戒していた。
しかし、向こうは全く気付いていないように端末へ意識を集中している。
思わず
見た感じは自身と似た体格をしており、無造作でありながらも綺麗に整っている茶髪をして、成人男性と思われるような顔つきをした端整な少年。
全く隙だらけのような姿を晒しているが、達也はそんな事を微塵も思っていなかった。それどころか、全く隙が無いと認識している。
(もしこの場で俺が動いた瞬間、間違いなく即座に迎撃するだろう)
と言っても、今の達也に確かめようがない。
少年が自分を見たと言っても、同じ二科生だからと物珍しそうに見たと言う可能性が非常に高い。加えて何の確証もなく動いてしまえば、結局はただの勘違いで相手に非常に申し訳ない事をしてしまう。それどころか、大事な妹に迷惑を掛けてしまう恐れがある。
達也は取り敢えず保留にしている。本当ならとっくに問題無いと判断しても良いのだが、さっきの視線がどうにも気になっている為、確証を得るまで警戒する事にした。
司波達也と、兵藤隆誠。二科生である二人の少年がベンチに座って対面しながら、左右揃って携帯端末へ向けている事に、通りがかった生徒達は若干不思議そうに見ているのであった。