「悪い、リューセー!」
「いきなり何だ?」
一条将輝との試合を終えて控え室に戻った後、突如慌てながら入って来る修哉が俺に深く頭を下げて謝ってきた。
何も謝られる事はされていない筈だと不可解に思ってる中、一緒に来た紫苑が説明する。
「実は試合が始まる前、修哉が一条の小父様の前でポロッと喋っちゃったのよ。『爆裂と似たような魔法を使う』って」
「ああ、そう言うことか」
修哉が謝って来た理由を俺はすぐに納得した。
確かに迂闊な発言かもしれない。よりにもよって『爆裂』を扱う一条家にそんな事を言ってしまえば絶対黙っていないだろう。
もし喋らなければ一条親子が『ソールパニッシャー』を見ても、「もしかしたら『爆裂』と似ているのではないか?」と疑念を抱く程度に収まっていた筈だ。
けれど、俺としては非常に好都合な展開だった。修哉に非常に感謝したいところだが、絶対口に出す事はしない。
俺が二人に前以て教えたのは、どちらかが剛毅に喋って欲しいと期待していたからだ。そしてそれを聞いた彼が『疑念』から途端に『疑惑』へと変わり、一条家当主として俺を問い質す展開にして欲しいと。
魔法師からすれば、俺のやってる事は十師族に対する命知らずな行為だと思われるだろう。もしこれが十師族の中でも悪名高い『四葉』だったら、問い質される以前に捕縛され、外道な手段でも使って根掘り葉掘り情報を抜き取った後、秘密裏に消すかもしれない。尤も、そんな連中が来たら
恐らく一条はそんな事にならないだろう。あの親子を見る限り、非道な手段を取らない事を予想してる。少々軽い脅しを仕掛けて『ソールパニッシャー』の詳細を聞き出そうとする、と言ったところだ。
「謝る必要なんて無い。どの道、あの魔法を使った時点で一条に疑われるのは分かってたからな」
「けど……」
全く気にしてないように言うが、修哉は申し訳ない表情になったままだ。
「元はと言えば、『爆裂に似た魔法』と言った俺にも落ち度がある。それにあの魔法は――」
俺が二人に『ソールパニッシャー』についての(表向きな)詳細を教えようとする瞬間、控え室の扉からガラッと開いた音がした。
突然の事に俺達が振り向くと、一条親子と前田校長の三人が入室してくる。特に剛毅が険しい表情だ。
前田校長はともかく、一条親子の登場に修哉と紫苑が凄く焦った顔になっていた。二人は分かっているのだ。剛毅がこの後に何をするのかを。
「どうしました、一条さん。随分と怖い
「……もうその二人から聞いている筈だ。私がこうして君に会いに来た理由を」
少々おどけたように言う俺に、剛毅は間がありながらも淡々と告げる。
「ええ、勿論。俺が決勝戦で使った魔法の詳細について訊きたいのでしょう? もしかすればアレは一条家の秘術――『爆裂』の術式を盗んで参考にしたかもしれないと」
「その通りだ」
険しい表情のまま頷く剛毅。
今の彼は完全に一条家当主として俺を見ている。ふざけた返答をすれば許さない、と言った感じだな。
将輝の方は一切口を開かず、黙って見守っているだけだ。コイツも剛毅と似たような事を考えているんだろう。
それと一緒にいる前田校長は仕事モードになっているのか、剛毅と似たように真面目な表情である。流石にこんな空気じゃ、そうならざるを得ないだろう。
「兵藤君。私としてもこんな事は言いたくないのだが、君が見せてくれた魔法は、一条家の現当主として見過ごす事は到底出来ない。マナー違反である事は重々理解してるが、詳細を明かしてくれるまでは――」
「分かってますよ。ちゃんと全部教えますから」
凄みを利かせながら言ってくる剛毅を、俺はその先を言わせないようにした。絶対恥を掻くだろうと思いながら。
何故そう考えたのかと言うと、俺がこれから説明する『ソールパニッシャー』の詳細は、系統魔法の『爆裂』とは異なる分解魔法にする予定だから。それを教えた後に、剛毅がどんな反応をするのかなんて簡単に想像出来てしまう。
分解魔法はこの世界だと最高難易度に数え上げられる、構造情報への直接干渉の魔法になっている。対象を消滅させる『ソールパニッシャー』も充分該当するから、分解魔法にしようと決めたのだ。
後々面倒な事になるかもしれないが、
☆
隆誠から『爆裂』の秘術を盗んだと思わしき魔法について問い質すも、全く異なる魔法であった事が判明し、大変気まずい空気となっていた。
術式の詳細を聞いて納得した剛毅は、顔から火が出そうなほど途轍もない羞恥心に駆られるも、必死に己を押し殺しながら謝罪。隆誠は敢えて何も言わずに謝罪を受け取っていたが、アレは恐らく察しているだろうと剛毅は確信していた。そう考えるだけで更なる羞恥心が増大するばかりである。
仕方ないとは言え、学生相手に大人げない事をしてしまったと剛毅は心底悔いた。既に他界してる彼の父親に土下座したいが、流石に立場上それは無理である。
その後になるが、隆誠は友人二人を連れて三高を去ったが、今も金沢に留まっている。ただ試合をするためだけに金沢に来て、用が済んだら東京に帰る気は無かったようだ。どうやら観光するのも目的であった為、どこかの旅館で泊まった翌日に観光をして帰ろうと言うプランを立てていたらしい。
予定を聞いた剛毅は、自分の家に泊まるよう提案した。将輝以外の家族に話を通しておくと。当然これは隆誠に対する非礼を詫びる為である。旅行も兼ねて来てるのなら、此方が宿を用意しなければ割に合わないと思いながら。
隆誠はそこまでしなくて良いと遠慮していたのだが、けじめを付けさせて欲しいと言う剛毅の押しに負け、息子の将輝の案内により、今は修哉と紫苑も一緒に一条家の屋敷で世話になっている最中だ。因みに真紅郎も一緒に泊まる事になっている。
そして提案をした肝心の剛毅だが、隆誠達とは別行動をしていた。
「全く。とんだ道化だったな、剛毅。一条家当主ともあろう者が情けないったらありゃしない」
「もう本当に返す言葉もありません……!」
場所は金沢にある名門料亭。その一室に一条剛毅だけでなく、第三高校校長・前田千鶴も一緒にいる。
二人だけとなった瞬間、剛毅は途端に素の顔となり、先輩である前田に色々とぶちまけた。『兵藤君に非常に申し訳無い事をしてしまったぁ!』と。
前田は叫ぶ剛毅を見て、『よく我慢したものだ』と内心驚きながらも、取り敢えずと言った感じで呆れるように言ったのである。
「まぁ、本当ならお前がやらかした件についてには色々突っ込みたいところだが、必死に我慢してたのに免じて、これ以上やらないでおくとしよう」
「………ありがとうございます」
(違う意味で)小さくなってる剛毅は、先輩である前田の情けに小声ながらも感謝の言葉を口にした。これ以上傷口に塩を塗る事をすれば不味いと思うほど、彼は精神的に打ちのめされていたから。
「それにしても、兵藤君が使った分解魔法――『
「ええ、私もそう思います」
さっきとは打って変わる様に、隆誠が使った魔法についての話になった途端、前田と剛毅は深刻な表情となった。
「我が第三高校も負けてはいないが、今年の第一高校一年はとんでもなく優秀揃いだな。尤も、兵藤君の場合はそれを通り越して鬼才、とでも言うべきか。こんな事を言ってはいけないのだが、お前の息子より実力が遥かに上だと私は思っている」
「そうですね」
前田の発言は十師族を愚弄してるも同然だった。けれど、剛毅は一切反論しなかった。それどころか事実と受け止めて頷いている。
「息子から聞いた話によりますと、どうやら兵藤君は九校戦を通じて九島老師と御縁が出来たみたいです」
「だろうな。十師族でもないあれ程の逸材を、あの老師が黙って見過ごす訳がない」
当然の流れだと言わんばかりに前田は納得していた。
隆誠は新人戦ピラーズ・ブレイクで披露した圧倒的な魔法力だけでなく、更に新人戦モノリス・コードで凄まじい身体能力と技も見せていた。そんな偉業も同然の事をしていた彼を九島家の重鎮が無視するとは到底あり得ないのだ。
あんな逸材は何処の組織も欲しがる。現に軍や警察関係者も勧誘をしていたのだから。それは前田も例外ではない。もしも隆誠が三高に転校したいと願い出れば、彼女は即座に受け入れて面倒な手続きを率先してやるだろう。
「なぁ剛毅、先輩の頼みとして、一条家の権限をフルに使って兵藤君を三高に転校させること出来ないか?」
「そんなの出来るわけないでしょう!」
前田からのお願いを即座に断る剛毅。
ただでさえ非常に申し訳ない事をした身であるのに、そんな事をすれば完全な恥知らずになるどころか、兵藤家に顔向け出来なくなってしまう。剛毅としては絶対に無理だ。
他にも色々と隆誠についての話をする他、酒を飲んで気を紛らわせようとするのであった。因みにそれは日付が変わるまで、剛毅は前田に酔い潰される事となる。
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