修哉と一緒に帰る際、陸上部の活動を終えた紫苑と合流し、修哉の父親が経営してる喫茶店でテーブルを囲んでいた。
此処へ来たのは、司波が聞いた噂の確認をする為だった。三高に行った俺が、一条将輝とアイス・ピラーズ・ブレイク決勝戦をやった件についてだ。
友人を疑いたくはないのだが、念の為だ。
「いや、俺は誰にも言ってないぞ」
修哉は即座に違うと首を横に振っている。
「私もよ。家族にだって言ってないわ」
紫苑も心外そうに言ってきた。
「そうだよなぁ」
二人の返答を聞いた俺は、嘘偽りが一切無いと判断した。
あの件については当事者である俺と修哉と紫苑、そして一条親子と第三高校関係者しか知らない。
一条剛毅の方でも県外に知れ渡らない為の規制を掛けている筈。次期当主である一条将輝が二度も俺に敗北したとなれば、他の十師族が絶対黙っていないだろう。特に関東を守護している七草家と十文字家が。
チョッとした御縁が出来た九島烈になら教えても大丈夫だろうが、それはそれで面倒になる。あの老人は九校戦に出場した俺の試合を欠かさず観ていた他、アイス・ピラーズ・ブレイク決勝戦も楽しみにしていたから、内緒でやっていたと知ったら抗議されるのが目に見えてる。
『何故教えてくれなかったのかね? 私もあの試合を観たかった一人なのだよ。言ってくれればこちらも色々協力したというのに――』
みたいな小言を並べてくるだろう。
けれど万が一にバレた場合の事はちゃんと考えてある。三高の前田校長より、あの試合の映像記録を密かに受け取っているから、それを見せれば彼もある程度満足してくれる筈だ。
と、今は九島の事よりも司波の方だったな。
「なぁ紫苑、陸上部の誰かが司波と似たような噂話をしていた奴とかいたか?」
「いなかったわ。仮にいたとしたら、クラブが始まる前に知れ渡っているでしょうに」
「それもそうか」
確かに紫苑の言う通りだった。もしも広がっているなら、学校へ着いた瞬間にクラスメイト達だけでなく、他の生徒達から問い詰められてもおかしくない。
司波は夏休み中に噂を耳にしたと言っていたが、一体何処で知ったんだ? そこが一番気になるな。
………そう言えば九島からの情報だと、アイツは軍に所属していたな。確か独立魔装大隊とか言う特殊部隊、だったか。軍経由で密かに情報入手、もしくは何処かの協力者から情報を得た……などの可能性が充分考えられる。
「ま、どうせ明日以降は学校中に知れ渡る事になるか」
「どう言うことだ?」
俺が諦めるように言い放った事に、修哉は問う。
「アイツがその話を振ってきた際、一緒に聞いていた人がいてなぁ。次期風紀委員長になる予定の先輩が」
「……チョッと待ってリューセー君、その先輩ってまさか……!」
どうやら紫苑には心当たりがあるようだ。恐らく今も気に入られている彼女から聞かされたんだろう。
「ああ、君が頭の中で思い浮かべてる人物――千代田花音先輩だよ」
「おいおい、確かあの人って紫苑から聞いた話だと、思った事をすぐ口に出してしまうんじゃ……」
「だから言っただろう。明日以降は学校中に知れ渡る事になるって」
噂が広まり、その真偽を確かめる為に真由美と十文字が、十師族として俺を呼び出す事を考慮しておく必要がありそうだ。
尤も、今は生徒会長選挙の他、各委員会の引継ぎを行う準備期間中だ。確証は無いが、自分達の身の回りが片付くまで、俺の件については後回しになるかもしれない。
☆
新学期が始まり一週間が経った。
もう既に噂が広まってもおかしくない筈なのだが、これと言って良いほど話題になっていない。
てっきり千代田が許婚の五十里に話したのが切っ掛けとなり、学校中に知れ渡る流れになると俺は踏んでいた。
しかし、それに反するかのような展開となってる為、俺は逆に疑問を抱いている。千代田が意外と口が堅い事に。
司波の方で決して口外しないようキツく言われたんだろうか。だがそれでも五十里辺りにコッソリ教えてもおかしくないんだが……本当に意外過ぎて、逆に彼女を心配してしまう程に。
当然、この疑問は俺だけじゃなく紫苑も同様の事を考えていた。クラブ活動では一緒にいるのが当たり前となるほどの仲になってるから、さり気なく訊いてくるよう頼んでみるも、知ってるような感じを見せるもはぐらかされてしまったらしい。
あの千代田が仲の良い紫苑にもはぐらかしたとなれば、口止めされたと考えるべきだ。そこまでさせる程の相手となれば……摩利と言ったところか。千代田は従順と言えるほど彼女を慕っているから、口外しないよう厳命したと考えれば辻褄が合う。
まぁどの道、俺が何れ呼び出される事に変わりない。摩利が知ったのなら、恐らく既に真由美や十文字の耳に入っているだろう。
話は急に変わるが、さっきの件とは別の噂が学校中に広まっていた。どうやら俺と司波達也の二科生二人が生徒会長に立候補する。と言う噂が流れているらしい。
部活中に壬生や桐原だけでなく、他の上級生達から訊かれた俺は思わず首を傾げた程だ。俺は立候補した憶えもないし、全く興味は無い。司波ですら寝耳に水だろう。
因みにこの噂は数日前に広まっているから、司波の耳に入ってもおかしくない筈だが――
「兵藤、少し話があるんだが」
「ん?」
そう考えていた矢先、突如1-Fの教室に踏み込んだ司波が俺の席に向かって話しかけてきた。
「珍しいな。まさかお前が俺に会いに来るとは」
クラスメイト達だけでなく、修哉と紫苑も奴の登場に戸惑っている中、俺は気にせず歓迎する。
「それで、何の用だ?」
司波が場所を変えたいとの要望があったから、1-Fと1-Eの中間位置の廊下で話していた。
無論、此処には大勢の生徒が教室を出入りしてるし、会話してるのも当然目に入っている。
ついでに1-F側の廊下には修哉と紫苑、1-E側の廊下に司波一行の四人(レオ、幹比古、エリカ、柴田)が気になるか見ているが、俺と司波は敢えて気にしない事にした。
「もう耳に入ってるだろうが、俺とお前が生徒会長に立候補すると言う噂は知っているか?」
「ああ、知ってる。と言うより、何故そんな話になったのかとこっちが知りたい位だ」
「なら兵藤は、生徒会長になろうと言う意思は無いんだな?」
「ある訳ないだろ。俺が立候補するはずないのは司波も分かってる筈だが?」
真由美には悪いけど、生徒会長になる気は全くと言って良いほど興味が無い。益してや、権力を持った役職になぞもうなりたくない。
スケールは違うが、
権力を持つと色々大変である事を身を以て経験してるが故に、俺は生徒会長に立候補する気は微塵も無い。
たかが高校の生徒会長ぐらいで何をそこまでと思われるだろうが、生憎と魔法科高校は普通の学校と全然違う。聞いた話によると、非公式でありながらも三等勲章に匹敵する名誉職らしい。
「まぁ、お前と勝負するのも一興かもな」
「二科生同士の一騎打ちなど、別の意味も含めて面白くないだろうに」
「それもそうか」
司波の言う別の意味とは、一科生達の事を指している。
二科生の俺達が生徒会長選の一騎打ちをすれば、一科生至上主義の連中にとっては不愉快極まりないだろう。癇に障るどころか、プライドが傷付くかもしれない。司波はソレを分かっているから、敢えて遠回しな事を言ったのだ。
「ああ、そうそう。続きと言う訳じゃないが、ここ最近カウンセラーの小野先生が噂の情報を集めていたぞ。あの人なら何か知ってるんじゃないかと、俺は推測する」
「……成程。その情報はありがたく頂くとしよう」
「どう致しまして」
小野の名前が出た瞬間、司波は無表情でありながらも何か考えてそうな感じがした。
恐らくコイツの事だから、後で彼女に会いに行って問い詰めようとするかもしれない。
「チョッと待って、隆誠くん。あたしも君に用があるんだけど」
「何だ?」
話を一通り終えた俺と司波は踵を返して、それぞれの教室に戻ろうとするも、突然エリカが近づいて来て引き留めてきた。
俺だけでなく司波も足を止め、揃ってエリカの方へ視線を向ける。
「まだ
モノリス・コードが終わった後、摩利経由で千葉修次が俺と手合わせしたいと話を聞いた。因みにエリカは後から知ったようだ。
相手をしても構わないんだが、相手は百家の中でも本流である千葉家だから、もし勝てば色々面倒な事になりそうだから敢えて勝負は避けている。益してや千葉道場に足を踏み入れたら猶更に、な。
適当に誤魔化しながら断るも、エリカはそれでも諦めずに道場に来いと言ってくるが、予鈴が鳴った為に何とか回避する事が出来た。