クラブ活動を終え、真由美のオーラが生徒会室から出たのを感知した俺は行動を開始する。
「あら、リューセーくんじゃない」
校門を出ようとする寸前、俺の姿が見えた真由美が声を掛けて来た。言うまでもないが、敢えて自分に気付かせるようにしたのだ。
「お疲れ様です、真由美さん。今お帰りですか?」
「ええ。明日やる生徒総会の準備を入念にやっていたからね」
摩利の言った通り、彼女は明日に向けて頑張っていたようだ。
俺としても、あの廃止案は通って欲しいと願っている。
「そうでしたか。ところで……今日は摩利さんと一緒じゃないんですね」
「摩利は今も明日の打ち合わせ中よ。それに私は大体一人で帰ってるわ」
「ほう? じゃあこの前、摩利さんと一緒に俺と鉢合わせたのは、やっぱり芝居だったんですね」
「な、何の事かしら~?」
俺はジト目になりながら、九校戦の代表選手としての交渉をした時の話を持ち出した途端、真由美は目を逸らしながら惚けていた。
尤も、そんな事を今更追及したところで何の意味も無い。もう終わった事である上に、寧ろ九校戦に参加して良かったと思っている。真由美と摩利がいなければ、色々な経験を得る事は出来なかったのだから。
「冗談ですよ。それより、今日は本当に偶然会いましたから、宜しければ途中までご一緒しませんか?」
偶然会ったと言う俺に真由美は疑う様子を見せなかった。それとは別に、俺の誘いに対して逆に疑問を抱いてるようだ。
「天城君と佐伯さんは一緒じゃないの?」
「もう既に帰っています。アイツ等としても、『二人だけの時間』も必要でしょうから」
「え? あの二人、やっぱりそういう関係なの?」
「まぁ、そんなところです」
修哉と紫苑には悪いが、真由美を誤魔化す為の材料として使わせてもらった。もしバレたら謝っておくとしよう。
だが、思っていた以上に効果は抜群だ。その証拠に物凄く興味津々と言わんばかりに彼女の目が爛々としている。
「流石にプライバシーの侵害となるので、これ以上はお答え出来ませんが」
「え~? お姉さん、そのお話すっごく気になるんだけど~?」
女は恋愛話に目が無いという事はよく聞くが、真由美を見ると正にソレだった。
「俺としては摩利さんの方が気になりますね。あの人、彼氏さんの前ではすっごく可愛い恋する乙女の顔をしてましたから」
狙いを修哉達から別の人物に定めると、こちらも気になっていたのか、真由美はまたしても過敏に反応した。
摩利、悪いけど君を出しにさせてもらうぞ。
さっきまで俺と一緒に途中まで帰ろうとしていた事に疑問を抱いていた真由美だったが、恋愛話になった事で段々気にしなくなっていた。
「……は、はっくしゅん!」
「どうしました、摩利さん。風邪ですか?」
「い、いや、大丈夫だ、花音。気にするな……」
☆
「もう本当にあの時の摩利さんは可愛かったですよ。写真に撮りたかったぐらいで」
「それ分かるわ。摩利ってば普段から凛々しい顔してるけど、恋人さんの前では惚気ちゃうのよね~」
校門から駅へ、普段は修哉と紫苑と連れ立って帰る一本道だが、俺と真由美の二人だけで歩く。
滅多に見る事の無い光景だからか、かなりの視線が此方へ向いていた。正確には俺と言うべきか、明らかに敵意を含んだ視線がグサグサと俺に突き刺さっている。
それは仕方の無い事であった。七草真由美は第一高校の生徒会長でファンが出来るほど人気がある。未だに彼氏がいないフリー状態である筈の彼女が、二科生である一年の男子生徒と親しげに会話してるところを見れば気に食わないのは無理もないだろう。
尤も、彼女もそれに気付いていながらも、敢えて無視してるように俺との話に集中していた。自身が十師族の一員であるから、注目されているのはとっくに慣れているのかもしれない。
まぁ正直言って俺も真由美ファンからの敵意ある視線なんか如何でも良かった。問題は、反対派の連中だ。
会話しながらも周囲を警戒してるが、今もこれと言って襲い掛かるような雰囲気は見せていない。駅までの道のりの半分を消化するも、一応警戒は最後まで緩めないつもりだ。
「……ねぇ、リューセーくん」
すると、先程まで楽しそうに会話していた真由美が、途端に表情を変えて俺の名前を呼んだ。
「本当は私が帰るのを見計らって、態と校門前で鉢合わせたんじゃないの?」
その指摘を聞いた直後、俺は思わず何故分かったと声を出しそうになってしまう。
しかし、俺の反応に頓着せず、まるで独り言のように、真由美は言葉を続けた。
「摩利に頼まれたんでしょ? 反対派が襲ってくるかもしれないから、家まで送ってやってくれ、とか」
「……その根拠は何ですか?」
正直に答えたら摩利に申し訳が立たないが、ここまで見抜かれたら白状せざるを得ない。けど、せめて理由を知ろうと尋ねる事にした。
「リューセーくんが普段しない筈の恋愛話を持ち出してまで、私と一緒に帰ろうとするのに疑問を抱いたの。更には摩利の恋愛話まで持ち出すから、これは絶対何かあると思ったのよ」
「……おみそれしました」
成程、確かにそう考えてもおかしくないな。
自然に持っていったつもりが、話題が話題なだけに不自然であったが為に感付かれてしまったか。どうやら俺は真由美の洞察力を甘く見過ぎていたようだ。
これはしくじったな。俺もまだまだ甘い、か。
「大丈夫よ」
すると、真由美は俺に向かってクスリと笑って見せた。
「君から真相を聞き出したなんて、摩利には言わないから。それに、さっきまでの恋愛話は楽しませてもらったしね」
気付いていながらも敢えて話しに乗っていたのとは、中々に人が悪いな……ま、俺がどうこう言える立場じゃないか。
「しかし、そこまで気付いていながら、何故俺と一緒に下校しようと考えたんですか?」
「それはねぇ……」
今度は俺の疑問に考えるような仕草をする真由美だったが――
「君が私を十師族としてでなく、一人の先輩として見てくれるからよ」
「え?」
笑顔で言い切った事に俺は少しばかり返答に困った。
「リューセーくんも知っての通り、私は十師族『七草家』の生まれだから、摩利達を除く同級生や後輩から少し距離を置かれるのよね」
「まぁ、そうですね。七草家は十師族結成当時から、一度も枠外に落ちた事の無い名門ですからね。一般魔法師が馴れ馴れしい態度を取ってしまえば、いつ魔法師生命が断たれてもおかしくありません」
「そんな名門の一人である私に対して、親しげに『真由美さん』と呼んでくれているのは一体誰かしら?」
「でしたら、今すぐこの場で土下座して、呼び方も改めましょうか?」
「そんな事する必要は無いから絶対しないでね」
思わず構えて実行しようと思ったが、真由美から釘を刺されてしまった為に出来なかった。
「まぁ、冗談はさて置き。真由美さんは普通に接してくれる俺だから、敢えて思惑に乗りながらも一緒に下校しようと思ったんですね」
「そーゆーこと。それにリューセーくんほど心強いボディーガードがいるなら、私も簡単に狙われる事はないだろうと踏んでいたし」
「……その言い方から察するに、まるでご自分が常に狙われていると自覚されてるようですね」
有名な令嬢が一人で歩いていれば、好機だと思って狙う輩がいる。
最初は一人で行動する真由美に対して不用心だと思っていたが、ちゃんとした理由があるようだ。
「ええ。自分で言うのもなんだけど、私って七草家の『お嬢様』だから営利目的とか政治目的とかで狙われやすいのよね。私がみんなと一緒に帰らないのは、もしもの時に巻き込まない為の用心なのよ」
やはり思った通りだった。他者に巻き添えを食らわせない為に敢えて一人で行動していたのか。
けれど、真由美が口にしたお嬢様、という言葉には自慢気な響きが欠片も感じない。単に自嘲的な色合いが込められているような気がした。
「だから私は常に用心を怠らないよう教育されてるし、いつでも魔法を発動出来るように準備しているの」
「成程」
左手を挙げ、袖をずらして露わにした真由美のCADは、待機モードとなっていた。この状態なら、いつ襲われてもすぐに迎撃出来る。
彼女が歩いている際に
「それにボディガードもついてるし」
「そうなんですか?」
周囲を探知するも、真由美のボディーガードらしき存在は感じ取れなかった。本当にいるのかと疑問を抱いてしまう。
「……駅で待たせてるのよ」
ああ、何となく分かったぞ。
「いくら私でも、通学路でボディガードを引き連れているのは、流石に恥ずかしいから」
名門だからって、堂々とボディーガードと一緒に同行するのは嫌なのだろう。
その気持ちは
「ならば駅に着いたら、俺の役目は終了ですね」
「そのとおり、よ。でもそれまでは、きちんと私を守ってね」
もう完全に開き直ったのか、駅まで自分を護衛するよう強調してきた。
「分かりました。とは言っても、着くまでの距離は半分以下ですけどね」
「まぁまぁ、そんなこと言わないで。最後まで護衛に徹するのがボディーガードのお仕事よ」
大して意味が無いように言う俺に、真由美がフォローするような感じで言い返してきた。
「あ、リューセーくん。この際だから今の内に訊いておくわ」
「何をですか?」
何だかまるで決心したかのような表情をする真由美を見て、少しばかり怪訝な表情となる俺。
「私は摩利経由で又聞きしたんだけど、達也くんが面白い噂話を耳にしたそうね。何でも……リューセーくんが夏休み中に金沢へ行って、一条君とピラーズ・ブレイク決勝戦をやったとか」
「!」
おっと。此処でその話を持ち込んで来たか。
てっきり生徒総会や各委員の引き継ぎを終えてから、改めて呼び出しをするんじゃないかと予想したが、とんだ不意打ちを喰らってしまった。
因みにさっきの問いに真由美は周囲に聞かれないよう、少しばかり声を抑えていた。内容が内容だけに訊かれた不味いと思ったんだろう。
「その噂が本当だとしたら、生徒会長である私としては到底見過ごせないのよね~」
「あ、いや、それは……」
司波の時は誤魔化せたが、今の真由美相手だと咄嗟に言葉が出なかった。
俺の反応を見た彼女は、途端に俺の片腕に引っ付いてくる。当然それを見た真由美ファン達の視線が敵意から、殺意へと変わっていく。
「ちょっ、真由美さん、何を……!?」
「答えるまで逃がさないわよ、リューセーくん♪」
ニッコリと笑みを浮かべながら引っ付いている真由美に、俺は冷や汗が流れる一方だった。
……致し方ないか。遅かれ早かれ、どの道バレてしまうのだから、此処は素直に白状するとしよう。
「分かりました。ですが、条件があります。此方が提示する条件を呑まない限り、俺は一切お答えしません。でないと……情報封鎖してくれた“名門”の顔を潰す事になってしまいますので」
「!」
俺に引っ付いてる真由美に後半部分を耳打ちすると、さっきまで浮かべていた笑みが途端に消えた。
彼女は事の重大性を理解してくれただろう。俺の言った“名門”が、今回の噂に関連する『一条家』が情報封鎖した事に。
「……どんな条件かしら?」
「それは――」
改めて問う真由美からの問いに、俺はまたしても小声で話し始めた。
(あの野郎、いつまで七草会長とくっ付いてやがるんだ!!??)