(凄いな。普通ならもうとっくに警戒しなくなるのに……)
入学式が始まるまでに時間を潰そうと一時間近く経つが、目の前にいる黒髪の少年は未だに緩める様子が見受けられなかった。
これが普通の一般人なら途中からバカらしくなってどうでも良さそうに流し始める。だと言うのに、向こうは今もチラチラと此方へ視線を向けては、俺の動きを観察していた。それはもう呆れるほどに。
物珍しそうに見たとは言え、何もそこまで警戒する必要は無いんじゃないかと思わず言いたくなってしまう。今更だが、普通に声を掛けて無害である事をアピールすればよかった。相手は俺と同じ二科生だから、それなりに接してくれたかもしれないと思いながら。
だが、それはもう出来ない状態だ。ずっと話しかけず端末を見ていたから、今更声を掛けて「さっきからチラチラ見るの止めてくれるか? 気になってしょうがないんだが」と言えば余計に警戒感を与えてしまう恐れがある。コレは完全に俺の選択ミスだ。
もしも前の世界にいた俺の弟――イッセーがいれば状況は変わっていたかもしれないが、残念ながらアイツは俺と違ってこの世界に転生してない。今頃はどうしてるんだか。大事な妹分のアーシアや、姪のアイリを悲しませる事をしなければいい。尤も、俺が死んだ時にその二人を一番に泣かせてしまったが。
……いかん。思わず前世の事を考えてしまうと、段々涙が込み上がってきそうだ。早く思考を切り替えよう。
さてさて、時間はまだ早いが、入学式を行う講堂の扉が開いているから、一足先に行くか。これ以上此処にいても、向こうはずっと俺を警戒してるだろうし。
端末に表示されてる書籍サイトからログアウトし、端末を閉じてベンチから立ち上がろうとした事に、目の前にいる黒髪の少年はピクリと身体を動かした。そんな素振りをしても俺は全く気付かないように振舞い、そのまま講堂へと向かう。
出来れば、あの少年と同じクラスでない事を祈る。もしそうなれば、俺はずっと警戒される破目になるのが目に見えてるので。
◇
講堂へ来たのはいいが、やはりと言うべきか入場者は余りいなかった。
それでも何人かはいるようで、ポツポツと集まり始めている。しかし、此処である事が分かった。
突然だが、座席の指定はない。最前列や最後列、もしくは真ん中や端に座ろうが自由だ。
だと言うのに、俺の視界に映っている光景に、明らかな規則性が見受けられた。
前半分が
同じ新入生である筈なのに、エンブレムの有無がはっきりと分かれている。決して強制されていない筈なのに。
(入学早々に差別する、か)
別世界の
高校生と言う多感な時期から選民意識を持たせようとするのは実に嘆かわしい。それによって周囲の軋轢が生じやすくなるどころか、いつか必ずどこかで自滅してしまう恐れがある。
そう言った人間達を俺は前世で何度も見た事があるから、目の前にいる新入生――特に
尤も、それが分かったところで今の俺に何も出来ない。それどころか、自分から率先して阻止する気も一切無い。
薄情だと思われるだろうが、二科生の身である俺が何を言ったところで無駄だ。
郷に入れば郷に従えという言葉があるので、俺は敢えて(向こうの勝手な)規則に従おうと、後ろ半分にある席を適当に見繕って座った。
壁にある時計を見るも、開始時間まであと一時間弱。
また携帯端末を使って書籍サイトを見たいところだが、通信制限の掛かってる講堂では使えない。故に何もする事が無くなった俺は入学式が始まるまで目を閉じ、そのまま意識を睡魔に委ねようとした。勿論、周囲が俺に何かしようとしたらすぐに起きるつもりだ。
因みに寝入ってる最中、黒髪の少年が俺を見つけてまたしても警戒していたが、俺は敢えて無視させてもらった。
◇
(確か
入学式が終わり、交付されたIDカードを受け取った後、俺は先程行っていた答辞を思い出していた。
内容には「皆等しく」・「一丸となって」・「魔法以外にも」・「総合的に」、等々の際どいフレーズが盛り込まれていた。普通に考えれば、選民意識が強い一科生からすれば喧嘩を売ってるも同然だ。
しかし、それは杞憂に終わった。何故なら答辞をしていた彼女に誰もが見惚れていたからだ。それは男だけでなく、同性の女も含めて。
確かに司波深雪は可憐な美貌の持ち主だった。見惚れるのは当然だと納得する。
前の世界で多くの美女たちを見た俺からすれば、他と違って大して何の感情は抱かなかった。天使や堕天使、悪魔などの超絶した美女達と比較すればまぁまぁと言った感じのレベルなので。因みに俺としては、妹のアーシアや姪のアイリが一番だと思っている。
とは言え、司波深雪の人間でありながらもあれ程の美貌は逆に違和感を覚えてしまう。まるで調整されたかのように思ってしまう美しさだ。もしかして遺伝子操作によって生み出された子だったりして……な訳無いか。我ながらバカらしい事を考えてしまった。反省反省、と。
それとは別に気になる事もあった。あの子から感じるオーラは、入学式前に見た黒髪の少年と似ていた。それどころか少年のオーラは彼女のオーラによって覆われていた。
人間が持つオーラは全く異なっており、例え親族でも完全に同じではない。だと言うのに、黒髪の少年が覆っているオーラは、司波深雪のオーラと全く酷似している。恐らく二人は双子の兄妹で、何かしらの封印、もしくは誓約を掛けているんだと思う。魔法を使っての封印などはよくある事なので。
入学して早々に凄い事を知っちゃったような気がする。もしこの事をあの黒髪の少年に知られたら、絶対に何かしらの手を打ってくるだろう。あれほど用心深そうに警戒している彼が、俺を簡単に見逃すなんて到底思えない。
暫くは自分から接触するのは止めておこうと思い、今日はもう帰る事にした。
IDカードが交付され、クラスがF組と分かったからホームルームへ行って、今年のクラスメイトの顔を知るべきだろう。けれど、今日突然(あくまで俺の個人的な)重大な事を知ってしまったから、今の状態のまま彼に会ったら最後まで隠し通せる自信が絶対にあるとは言い切れない。故に退散の選択を取らせてもらう。
そう思いながら用が済んだ講堂を出てすぐ、何と言う偶然だろうか、入学式前に会った黒髪の少年と遭遇した。他にも新入生総代の司波深雪や、初めて見る女子生徒二人もいる。
あの光景を
入学式が終わったと言うのに、彼は未だ俺に対する警戒を解いていないようだ。どこまでも用心深い奴だと少しばかり呆れてしまう。
いい加減にうんざりしてたから、ここいらでアクションを起こそうと思い、歩いている俺は途端に歩を止めてこう言った。
「あのさぁ、君は俺に何か用でもあるのかい? あの時の事を根に持ってるなら今すぐ謝るよ」
「……すまない。そんなつもりはなかったんだが」
「「「?」」」
いきなり俺が話しかけられた事に虚を突かれたのか、黒髪の少年は若干間がありながらも逆に謝り返してきた。司波深雪や女子生徒二人は一体何の話をしてるのかと首を傾げている。
「そうか。ならもう今後熱い眼差しを送るのは勘弁してくれ。生憎と俺は同性愛に興味は無いんでね」
「なっ……!」
「「!」」
「お、お兄様! それは一体どういう事ですか!?」
俺の発言に黒髪の少年は言葉を失い、女子三人は目を見開いてギョッとしていた。特に司波深雪は気が動転し、お兄様と呼ぶ黒髪の少年を問い詰めようとしている。
チョッとした仕返しが出来た事に満足した俺は、用が済んだと言わんばかりに移動を再開する。
黒髪の少年は俺を引き留めようとするも、妹からの追及によってそれは叶わなかったのは言うまでもない。
後からになって分かったのだが、彼の名は